【第11回】“アンチ天才”のボトムズ流仕事術

「⼤企業に⼊れば勝ち」か?

今⽇から始める「敗者復活」~“アンチ天才”のボトムズ流仕事術・2
2008年8⽉27⽇(水) 渡辺由美⼦

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―― 監督がおっしゃった「100点の呪縛」は、本質的には「他⼈が決めたルールを、⾃分にとっての正しさと勘違いする」こと。だから満点にこだわる必要はない、合格点ぎりぎりでもいい、と。

 たぶん、頭では理解できたと思うのですが、やっぱり「偏差値の⾼い⼤学に⾏けた=⼤きな会社に⼊れた=幸せ」と、そのルートに乗れなかった⼈たちだけがしんどい思いをしている、というのは、私の中ではなかなか消えないんですよ。たとえばこの「プラチナタワー」。

担当編集・Y ん、うちの会社のビルがどうかした?

―― ⼤きくて新しくてきれいなビルで、⼤勢のビジネスマンの⽅が忙しそうに⾏き来しているじゃないですか、⽩い巨塔みたいに。ここに無名のフリーライターである私が1⼈でのこのこ⾏くと、「ああ、何だか負けている、この⼤企業の皆さんに私は負けているんだろうな」と思って、それで凹んだりするんですよ。

Y …でも所詮賃貸だよ、借りビルだよ(笑)。

―― 個⼈的な話で恐縮なんですが、私は今の記憶をもったまま、⾃分が17歳に戻ったらどうするか、と考えるんですね。たぶん遊んでいないで受験勉強をして、もっと偏差値の⾼い⼤学に⼊ろうと頑張ったんじゃないかと思うんです。そうしたらこのなんとなく抱えている「負け感」は感じずに済んでいるのではないかなと。

Y 17歳で⼈⽣を間違えたんじゃないか、って︖

―― ⽇本では早いうちに勝負が決まってしまう気がするんです。負け感を感じないためには、よほど才能がある⼈以外は、⼤企業とか安定した職業に就いた⽅がいい。またそういうところに⾏くためにはいい偏差値の⼤学に⼊った⽅がいい。……フリーライターとして結構楽しく仕事をしてきたはずなのに、やっぱり⼼のどこかでそう思っているんですね。さきほど⾼偏差値の⼤学に⼊っても報われないと感じている⼈がいる、と⾔いましたが、やっぱりその(学歴)カードはあるに越したことはないと。

⾼橋 そういうことで⾔うと、僕は思うことがあるんですよ。僕は最初に就職したのが伊藤忠⾃動⾞だったんですね。

―― 伊藤忠、ということは⼤会社のグループ企業ですよね。

⾼橋 まあ、そうですね。労働時間は9時から5時半までだったですし、残業はほとんどなかったですし、働くところとしてはとてもよかったんですよ。

―― ⼀流どころのグループ企業で、働く環境はよくて、どうして辞めるという気持ちになったんですか。

「⽣きるために働け!」という時代でも、迷いは⽣まれる


⾼橋 やっぱり若いですから、何か、⽣活のためだけに会社にいるということに飽き⾜らなくなったんでしょうね。

 就職するまでは、僕も世間の価値観の中に逆らわなかったですよ。僕らの時代は、親が「あなたは、⾃分の好きなことをやりなさい」という時代じゃなかったですからね。⾷べていくために就職するわけです。

 それで、その頃から、⾁体労働よりは事務職の⽅が給料もよかったから、親としては事務職に就きなさいとごく普通に。今の親だと個性を伸ばすとか、好きなことをやれとか、志は何だとか、よく分からないことを⾔いますけれども。

―― よく分からないこと(笑)。

⾼橋 いや、よく分からないというのは、そこに責任を持っていないですからね。

 その⾔葉に責任を持つ覚悟がちゃんとあれば、「好きなことをやれ」という⾔葉は⽣きてくると僕は思うんだけれど、たぶんそんなに真剣に考えて⾔っていないと思うんですよ。それより昔の親のように、世の中に出たら⽇々の暮らしだよ、暮らしをよくするためにはどうしたほうがいいよ、という意⾒の⽅が、親としての責任から出る⾔葉だし、はるかに⼼に響くんじゃないでしょうか。

―― 最近の親が個性を伸ばせと⾔うのは、もしその職で⾷べられなくても、家で暮らしていればとりあえず⽣活は⼤丈夫だからという意味もあるのかもしれませんね。

⾼橋 最近は「ガテン系」とか「⼿に職を」という流れも出てきたけど、僕たちの親が⾔う「⼿に職を付けろ」は、そんな流⾏に左右される⾔葉じゃなかったですから。お前は勉強もできないし、サラリーマンは無理だろうから⼿に職を付けろという、そういう指導の仕⽅ですからね。

 だから取りあえずは親の⾔うことに逆らわないで、まずは⾷わねばと思って就職したわけです。その後に、就職はしてみたものの、さて世の中に出て、学⽣以外の⽣活をしてみて、⾃分のこれからの余⽩の⼈⽣を考えると、「ええ? 俺ってこれでいいのかな」ということになったんじゃないですかね。

―― 監督は、親の⾔うことはありがたいと思いつつも、結局、そういう安定した⼈⽣はつまらなくなってしまったということですか。

⾼橋 そうですね、でも、もうどうにもやるせないというほどせっぱ詰まっていたわけじゃないんです。何となく漠然と考えているときに、発作的に辞めたわけですから。

―― 発作的に?

⾼橋 発作的にですね。マスコミ関係に⾏った友達から電話が来たんですよ。フジテレビジョンに就職した友達だったんだけど、会って⼀杯飲もうやみたいな内容で。そのときに、友達のやっていることをうらやましく思ったんじゃないですか、はっきりとは記憶していないですけど。

 というのは、その友達はいまだに付き合っているんですけど、僕と彼は⾼校時代にラジオドラマを制作する部を作ったんですよ。それで東京都の⼤会に出たりしていて。僕は⾃動⾞の販売会社に就職したけれど、彼はテレビ局に就職して、⾼校時代に⾃分たちがやりたいと思っていたことに直結するようなことを、世の中に出てもやっているというのが、どこか僕の⼼の奥にはあったんじゃないですかね。

 僕は親や周りの⼤⼈たちが期待していた堅い就職をして、そこでもワンダーフォーゲル部を先輩と⼀緒に作って楽しくやっていたんですけど、やっぱりそれではカバーし切れなくなっちゃったということなんじゃないですか。

―― それでというか、それだけで発作的に。

⾼橋 そうですね。思い詰めて辞めたわけじゃないですね。

 でも僕は⾼校で就職して、1年たって夜学へ⾏き始めたんですけど、当時の伊藤忠なんていう組織は、もう夜学(出⾝者)は50歩ぐらい後ろからスタートしているようなものなんですよ。ましてや⾼校を出てすぐ就職するということは……それは、30年たったら分からないですよ、でも最初の10年は、かなりどんじりのところを⾛っているようなものですから、だから出発からあきらめが⼊るわけですよ。

 その会社の中で指導的な⽴場に⽴つなんてことはあり得ない、というところから⼊っていますから。だから⽇常的なワンダーフォーゲル部で楽しくやるとか、残業がないのがいいなとか、そういうことになるわけですよね。

仕事だけではないと思っても、「負け感」は消せない


⾼橋 だけれども、1⽇24時間を、寝る時間、⽣活のための時間、仕事の時間と⼤きく3つに区切っていくと、⽣活の時間を趣味とか個⼈的なことに使ったとしても、あと8時間は仕事がメインですよね。仕事の8時間、どこか制約されたと⾔うかさめた感じでもってずっとこなしていくというのは、やっぱりちょっと物⾜りないと。たぶん今の若い⼈も、過去の⼈も、僕らのときも同じだと思うんですよね。

高橋良輔,ボトムズ,サンライズ,矢立文庫
高橋良輔氏(写真:⼤槻 純⼀、以下同)

⾼橋 おっしゃるような「負け感」に繋がることで⾔えば、やっぱり伊藤忠に⼊ってくる⼈はみんな優秀ですから、出た⼤学も優秀なんです。もうそこから、⾃分が夜学で「趣味で⽂学部の⽂芸学科を選びました」なんていって、本当に(⽣きる道も)趣味だと決めていても、そこはやっぱり負け感はどこかにあるでしょうね。

 負けているとはいつも意識はしていないですよ。でも、俺は仕事⼀直線じゃない⼈⽣を歩むんだと思っていても、⼼の奥底からは納得できていなかったんじゃないですかね。

Y ⼩さな⼤学の哲学科を出て、ぜんぜん畑違いの経済誌の編集部に⼊ってしまった私ですが、なんだかすごくよく分かります(笑)。

⾼橋 だから⾃分の中で気持ちを押し込み切れないというか、それが発作的にぽんとはじけるというか。

Y 監督は「負け感」をバネにして、新しい世界に⾶び込んだ、ということですね。

―― そしてアニメの世界に。アニメは新しい産業だから、スタートラインがみんな同じだ、というふうに思われたんですか。

⾼橋 いや、そこまでは考えていなかったです。というのは、アニメという就職先があるから辞めたわけじゃないですから。辞めちゃってから、友達がこんなのがあるんだと教えてくれて、それで、じゃあ受けてみようかなと。ただ、この会社を辞めてから(アニメ制作会社の)⾍プロに⾏くまでは、ものすごく短かったです。会社が辞めることにOKを出してくれてから、まだ会社に在籍しているような形のときに、こういうアニメの会社が募集しているよ、と。

Y あらら(笑)。となると、「負け感」を感じたら、思い切って⾶び出して外で敗者復活戦を挑んだ⽅がいい、ということになるのでしょうか。

―― では次回は、負け感を抱えて会社にいるべきか、あるいは⾶び出すべきか、なんてテーマでいかがでしょう。

(次回に続く)


※本連載は、2008年に公開されたインタビューのリバイバル掲載になります。 


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