メゾン・ド・アームズ バシレイオン【第6回】

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前回のあらすじ
コンビニ店長の草永は今日もバイトの田島さんに当たり散らす。そんな殺伐としたコンビニで真世と静香は出逢った。配送ドライバーの静香にもカラみ続ける草永のその肩を真世は思わずつかんでしまう。その時、運命の歯車が回りだした! ⇒ 第5回へ

 同じルートでも、往路に比べ復路の方が近く感じることを帰宅効果と言うらしい。建設途中のまま打ち捨てられている変電施設から、作業用エレベータで地下深部へと降り、A3エリアディフェンスとの境界となるシャッターをくぐり保護域内に入ったところで、真世とバシレイオンAIとのインターフェイス・リンクが復活した。

「『アレ』……買えた?」
「ううん」
「そうだよね、そんなに簡単に買えたりするもんじゃない……よね」

 何やらホッとした様な残念な様な、モヤモヤした想いをプロセッサ内で感じながら、バシレイオンAIは、真世が帝都中央卸売市場移転予定跡地の複雑な地下構造をLEDの案内に従って抜け、チューブリフトに乗り込み、バシレイオンの胴体内に進入したところで、彼が屈辱と憤激にまみれているのを感知した。

「どうかしたの?」

 答える代わりに真世はダメもとで聞いてみた。

「ねぇ、バシレイオンって……武装って、ある?」
「武装? 武器がついてるかってこと?」

 とは言え……と、真世は歯噛みをした。バシレイオンAIも言っていた、彼女はボクを護るために父さんと母さんが建造したと。だとすると、やっぱり前に聞いたバリアみたいなのとか堅い装甲とか、防御に徹した装備ばかりが備わっていると考えるのが妥当だろう、法にもいろいろと引っかかるだろうし――

「攻撃対象は? 対地? 対空? 対海? 対宙?」
「あるの武装!?」
「NBCR(核・生物・科学・放射能)みたいな大量破壊兵器とか、人道的に問題アリってされてる兵器以外ならひと通り、格闘・近接・中距離・BVR(視界外射程)、運動エネルギー系・燃焼系・音響系・自由電子レーザー。お父さんは最初、法律の問題もあるからって武器を装備するの、躊躇してたの。けどお母さんの方がね、法律と真世とどっちが大切なんだ、って。それでお父さんも、真世の為なら仕方がないかって。で、どうせなら、実際に使わなくても装備していること自体が抑止力になるくらいの、まだどの国家の軍も研究施設も実用化まで持ち込めていないような、最新最強の武器を持たせようって、あたしに」

 ホント無茶苦茶やるよな二人とも、ボクの事となったら……真世は呆れつつも嬉しそうに表情を緩ませ、チューブリフトはクローゼットへ到着すると停止し、そしていま、彼は自分の世界へと帰ってきた。海外から戻り空港へ降り立てば醤油と味噌の香りが迎えてくれるように、8畳半の安堵の匂いが温もりとなって真世の体全体を暖かく包み込む。ホッと大きく息をつくと次の瞬間、外の世界にいた時とは一転、カッと沸き上がってきた自信に拳を握り、真世は表情にニンマリと不敵さを滲ませた。

「攻撃対象は、 1丁目のフレッシュマート!」

 

 草永が店長を務めるフレッシュマートのデリコーナーで、配達してきた商品をとにかく急ぎ陳列しようと、必死の背伸びで商品棚の最上段に手を伸ばしていた静香は、ふと「そういえば……」と思い出し、浮かせていたかかとを戻した。

「さっきのあの、ひきこもりの人……どこかで会った事ないかって、言ってたけど……」
「手、止めてる暇ないんじゃないんですか」

 背後を草長が通りかかる。

「じゃあこれから私、出かけますんで」

 告げると去りかけて、「あ、そうそう」と振り返った。

「下請法とかありますんで、この作業は、平さん、あなたが自分でやりたいって言い出した事にして下さいね」
「え!」

 『野菜たっぷりもっちり餃子スープ』を右手に、『焼きロールキャベツ〜デミグラスソース風味〜』を左手にそれぞれ持ったまま、静香は慌てて草永の方を振り向いた。

「それだと私、残業代出ないどころか、応援に呼んだトラックの分まで日給から引かれてしまうんですが……」
「あなたの給料の事なんて知りませんよ。私がやらせたなんて知られたら監督署がうるさいんですよ、私が本部マネージャーから怒られるんです」
「ですが!」

 それでは今日はタダ働き同然となってしまう、ヘタすれば明日の日給まで目減りしてしまうかもしれない。ただでさえ今月は父と母が生活費まで研究資金につぎ込んでしまいカツカツだというのに――さすがに静香も食い下がろうとした、その時だった。店の外から何やら、歓声とどよめきが入り混じり沸き上がるのが聞こえてきた。
 何事かと草永が表に出た、静香も続いた。二人は揃って「!」と息を呑んだ。
 「おおー!」と漏らした息を音にする野次馬たちの視線の先、挙動を引き締めた一帯の陸自部隊が緊張を集中させる夜空の中、群がっていたヘリがまるで舞台の幕を開くように一層の距離を置き、その真ん中で、座位だった巨人ロボットが重々しく膝を伸ばすと胸を張るように上体を起こし、おもむろに立ち上がろうとしていた。

 

 バトルステーションモードに入ったバシレイオンのコクピット、真世の8畳半は今、夜間戦闘用の赤色灯に包まれている。

「荷重制御系全青ランプ、FCS全青ランプ、マスターアーム・セレクト対地上、反水素生成ポジティブ、対消滅リアクター臨界出力までTマイナス30よりカウントダウン、スタートします」

 これまでとは打って変わって、冷静沈着無感情な口調で告げるバシレイオンAIの自己状況検証モニター音声に、戸惑いながらも多少萌えつつ、真世は愛用のARヘッドセットのケーブルをPC本体から引き抜くと、壁に現れたインフォメーション・コネクタに接続し、慣れた手つきで頭からかぶり装着した。目をつむり視界が暗闇に溶け込んだ頃合いを見計らって、再度グッと見開く。自分のまわり360°に、仮想現実世界として構築された、露島研究所を中心とする全周囲場景が広がった。真世は今、身長150mの巨人となってベイエリアを見下ろし立っていた。
 戦車に機動戦闘車に自走砲の砲塔、護衛艦のオットーメララ(艦砲)、あらゆる砲口が自分に狙いを定めている。更にバシレイオンのデュアルバンド広域センサーは、三沢のアーミングエリアで、あとは抱えているペイブウェイ(精密誘導爆弾)のセフティピンを抜くのみの状態にて待機する空自の戦闘機編隊や、湾外にて対地巡航ミサイルを準備しつつ日本政府からの要請を待つ、米太平洋艦隊DDG(ミサイル駆逐艦)をも捉えていた。
 なのに真世は何故か怖くなかった。彼自身不思議だったが、ひょっとしたら現モードでのバシレイオンAIの無機質無感情な口調が、まるでそれらの相手を敵とも受け止めていないといった余裕として感じられたからかもしれない。
 真世は、前に映画だったかテレビだったかで見たおぼえのある愚鈍な巨人を真似し、ふざけた様子でわざと大きな身振りをつけながら、ゆっくりと辺りを見回した。
 草永のフレッシュマートは容易に見つけられた。

「そうだよ……なにをどう繕おうと、ボクは……」

 VRヘッドセットの下にのぞいている口許が、ニヤリと薄笑んだ。

「ひきこもりだよ……」

 

 フレッシュマートの店先に並び立つ静香と草永が、言葉を忘れ見入る野次馬たちの背中や、緊張のなか凜々しく身構える陸自部隊越しに、じっと目を据え見上げる先で、巨大ロボットは遂に、完全に起立した。

「奥に見える旧首都圏電波塔が333m……その半分近い高さ、か……」
「大きすぎて距離感が掴めない……」

 草永と共に誰に言うともなく呟いた静香は、そこでふと、気づいた。

「動いてませんか……?」
「いや、もう完全に立ち上がっただろう」
「じゃなくて」

 「?」と草永は、眼鏡の奥の目を細め凝らした。どうやら野次馬たちも気づき始めたらしい、あちらこちらがざわつき始める。スマホで望遠画像を録っていた一人が思わず声にした。

「こっち見た!」

 巨人はまず静香たちの方にゆっくり顔を向けると、次いで一歩二歩と足を踏んで重々しく身体を従わせた。
 皆が息をつめる中、野次馬の一団からまず一人があとずさり逃げ出した。数人が続く。それでも多くの者はまだ好奇心の方が勝っていた。しかし、次いで巨人が右手をあげ、その人差し指がこちらを指さし、陸自隊員たちの間に飛びかう指示が怒声に変わり始めると、さすがに全員がクモの子を散らした。

「おい……アイツが指さしてるの、この店じゃないか!?」

 自身の店が捨てられないとばかりにねばっていた草永が気づいた。静香が、いつしか店中から現れていた中年アルバイトや年配客と共にハッとなる。
 巨人の人差し指の先が、なにやらボウッと明るくなった。

「アレって、ひょっとして」中年アルバイトが告げる。「ほら、漫画とかアニメとかでよく見る、ビームを撃つ前の……」
「ビーム!? ちょ、ちょっと待てよ!」

 そしてとうとう草永も慌て逃げ出した。アルバイトと年配客が必死にあとを追う。
 残された静香は、ひとり立ち尽くすと思いを巡らせた。逃げるべきか、それとも……逡巡の時間は長くはなかった。彼女は両の脚で地面を踏み直すと、ギッと顔を上げ、強い眼で巨人を見据え、睨みつける事を選んだ。

 

「狙い外さないでよバシレイオン」

 真世は、VRヘッドセット内に構築された仮想現実世界の中で、フレッシュマートに人差し指で狙いを付けながら念を押した。

「ご心配なく、わたしのプラズマDEW『焼き尽くし光線』の半数必中界(命中精度)は3cmです」
「なんだかわかんないけど、絶対命中するって事だよね? あ、それと、フレッシュマートの建物だけをぶっ壊すんだよ、人や周りには被害を出さないで」
「キャパシタ容量値を最適設定しました」

 指している指を使って目の前の景色をピンチアウトし、フレッシュマートを拡大する。先ほど自分を辱めた店の店長が、アルバイトや客と共に慌てて逃げていくのが見える。無様な姿に真世は「いい気味だ」とほくそ笑んだ。

「アーミング、アーミング」淡々と報告するバシレイオンAIの声は、落ち着き払っていてかえって恐ろしい。「現在『焼き尽くし光線』は、セイフティを解除した状態です」

 そんな彼女が今、自分の味方でいてくれている。真世はしみじみと感慨に耽った。ああ、ひきこもりでよかった!

「発射キュー、いつでもどうぞ」

 バシレイオンAIがプラズマ兵器の発射準備完了を告げた。

「2桁年数に突入した筋金入ったひきこもりの実力、思い知らせてやるよ……」真世の表情に憤怒が剥き出す。

「焼き尽くし光線――!」

 発射を命令しようとした真世は、次の瞬間、続く言葉を呑んでいた。
 フレッシュマートの前で、先ほどの少女が、小さな身体を必死に大の字にして仁王立ち、バシレイオンの攻撃を止めようとしている。その口が激しく何かを訴えている。暫し見入り固まっていた真世は、ハッと彼女の思いを汲み、「まさか」と唖然となった。

「……ひょっとしてボクが、街を、焼き尽くそうとしていると思っているのか? ……ボクを悪魔か何かだと? 自分を犠牲にして人々を、帝都を、この国を、世界を……その幼い身体でボクから護ろうとしているのか!」洩らし言う言葉は、いつしか叫びになっていた。

「違う! そうじゃない! ボクは……違うんだ!」

 

 静香はヤケになっていた。もうなんだっていい、とにかく、

「これ以上邪魔しないで!『あっさり厚揚げ野菜炒め』を!『白身魚の甘酢ソースまぶし』を! 早く品出しさせて! じゃないと配送の仕事をクビになるの! そんな訳にはいかないの! 父や母を養わなきゃならないのに……こんな私を雇ってくれる職場なんてそうそうないのよ!」

 

「彼女はあんなに小さな体で必死に世界を救おうとしているのに! ボクはバシレイオンの巨体を使って! 力を借りて! ちっぽけで些細な自分の虚栄を満たそうと……」真世はフレッシュマートをさしていた指を、力なくだらりと降ろした。
「ボクは……馬鹿だ……なんて……馬鹿なんだ……」

 フレッシュマートの店長へ向けられていた憤りは、気付けばいつしか真世自身に向いていた。わだかまりが捌け口をなくし行き場を失っている。それを踏み潰そうと、真世は思い切り床を蹴りつけた。

「『床ドンシステム』作動します」

 バシレイオンAIが告げた。

 

 遠くに見える巨人が、こちらを指さしていた腕をゆっくりと下ろした。ここまで事態が切迫してもなお、引き金を引く為の拠り所を与えられずにいた陸自隊員達から、安堵と失望とが入り混じった地鳴りのような太息が上がる。どこからから「防衛出動命令さえ下ってりゃ、帝都を守るためにぶっ倒すのに……」と、悔しそうに吐き捨てる声が聞こえた。
 静香は巨人を睨みつけたまま、大きく広げていた両手をようやくと戻した。その視線の先で巨人は、暫し沈黙した後、地団駄をひとつ踏むように足元の露島研究所を蹴りつけた。

 床ドンシステムの衝撃による揺れは関東から信越地方までの広範囲に及び、最遠部としては群馬県渋川市で観測可能震度を記録した。気象庁発表によれば、システムの威力は、震源の深さを10Kmと仮定してマグニチュード3.5の規模と推測された。


著者:ジョージ クープマン
キャライラスト:中村嘉宏
メカイラスト:鈴木雅久


次回2月23日(木)更新予定


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