メゾン・ド・アームズ バシレイオン【第16回】

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前回のあらすじ
バシレイオンAIは叫んだ「だってあたしの中が一番快適だって言ったじゃん!」「ボク、あの子のこと、ずっと昔から知ってるような気がするんだ! だから!」静香を助けようと部屋を飛び出した真世に突き付けられた現実。それはエステラの本当の目的だった。 ⇒ 第15回へ

 静香が危機に瀕している事をバシレイオンから聞き、8畳半の世界を飛び出した真世は、外へ出るため留守にする旨をエステラに告げようとキッチンに立ち寄ったが、そこに彼女はおらず、部屋にもおらず、意を決してバスルームを覗いたがやはりおらず(ちょっぴりガッカリした)、バシレイオンの中を探し回り、反水素対消滅リアクター区画でようやく彼女を見つけ、「これじゃせっかく盗んでも本国に送れないでしょうバシレイオンの情報!」という、その叫びにいたるまでの赤裸々な独り言を、残らず聞いてしまった。
 真世に向け、幽霊でも見たかのような目を見開いたまま暫く固まっていたエステラが、ようやく声を絞り出す。

「……どうして? ココにいるの……?」

 真世に至っては言葉を発する事も出来なかった。

「えっと……あの……」
「なんで8畳半にこもってナイの!」

 まるで非は真世にあると咎めんばかりに、エステラが怒鳴る。
 真世は、母親に叱られた子が言い訳するかのように、とある少女──静香との出会いを、交流を、そして彼女を救いに向かおうとしていた事を告げた。 

「……だから、もっと早く戻って来るべきだったのヨ……」

 エステラは、悔やみを噛みしめた。
 グルングルンとねじ回る頭で真世が願う。

「……嘘だよね……? 君が……スパイなんかの筈……」

 エステラが戸惑いと無言を返す。

「ねぇ!」

 真世は詰め寄ろうとした。
 条件反射でエステラの手が、豊満な胸の谷間に隠しておいたモデル205+を抜いた。形状記憶ポリマーで出来ているその銃は、バシレイオンに探知されないようアイロンに形を変えて持ち込まれ、キッチンで熱湯を掛けられて形と機能を戻したものだ。
 それを構える彼女の姿は、無駄なく鍛えられたボディラインとも相まって颯爽と凜々しく見とれるようで、瞬きする間すら与えないしなやかな身のこなしは、まさに真摯に受けた教育と訓練の賜であり、真世の額にぴたり狂いなく狙いを向けたところで、彼女はようやく「しまった」と舌打ちした。上手くすればまだ、取り繕うことも出来たのかもしれないのに。
 エステラもまた真世と同じく、大きく動揺していた。

* * *

 8畳半を飛び出して行った真世がほどなく戻ったことに、バシレイオンAIは、彼が、やっぱり自分の中でひきこもっている方に考えを改めてくれたのだと、「でしょー」と、大きな安堵と歓喜とで迎え入れようとした。ところが、

「エステラ……?」

 見れば、クローゼットの中でなにやら表情を強張らせ固まっている真世の背後に、エステラが立っていた。厳しい表情を結んでいる。その手が真世の背に銃を突きつけているのをモニタリングし、バシレイオンAIは「は?」と締まりのない声を洩らした。通常に戻りかけたプロセッサの作動温度が、再び訪れた混乱に、一気に急騰する。

「……ちょ、どういうこと?」

 エステラは答えない。
 代わって真世が小さく告げた。

「……君の技術を、スパイしてた……」
「!?」

 エステラは、自身はクローゼットの中に残ったまま、真世の背中を銃口で突いて押し出し、彼を部屋の中へと促した。たたらを踏みつんのめりながら、真世は2、3歩進むと足を止め、銃を構え立っているエステラを振り返った。

「でも……きっとあれだよね!? 訳があるんだよね!」
「私は、故郷に……母の生まれた愛する地に再び、栄光の陽が昇る朝を取り戻したい……ただそれダケ」

 エステラはまっすぐ見つめ言うと、バシレイオンAIに告げる様子で天井に意識を向けた。 

「私の正体を知ったからと言って、あなたにはどうしようも出来ナイ」

 バシレイオンAIは、プロセッサの中でハッとした。
 エステラは続ける。

「私は、マヨのパパとママから絶対の信用が得られるよう、懸命に努力した。その結果、私の行動については、全てが真世の為のものであると認識し阻害することのないよう、二人は、アナタを、造った」
「あたしは……そう、造られた……」
「そしてアナタは、自分自身ではその設定を書き換えられない」

 バシレイオンAIが息を呑むのを、真世は感じた気がした。

「それでも、出来ることなら……マヨ……」エステラは一瞬視線を落とし、そして、真世に向きなおった。その目が悲しさと寂しさと悔しさとに潤み、見つめる。
「アナタには、知られたくなかった」

 真世もエステラを見つめ返す。
 そうする以外にどうすればよいのか、思いつかない。

「バシレイオンは、アナタを護るために造られた。マヨを体内に宿しておいてはじめて、その力のすべてが発現する。私は本国に、彼女に関する余すところのない情報を伝えなければならナイ」

 真世の額に向けられていた銃口が、膝へと狙いを下ろす。その手が汗に湿り、銃のグリップを握り直して、力を込める。
 真世が乾いた唾を飲み込む。
 彼女の表情が、堪えきらない様子でぐしゃりと歪んだ。

「お願い、引き金を引きたくないの。この8畳半にずっとひきこもっていてくれれば……何も変わらずにいてさえくれれば、これまでどおり全部面倒見てあげる、なんだったら私をアナタの好きなようにしたっていい。……ダカラ……」

 消え入りそうな言葉尻を残し、逃げるようにクローゼットの扉を閉めて、エステラは姿を消した。奥から扉をロックする気配がして、チューブリフトが──微かで甲高いインバータの唸りが下り去って行くのが聞こえた。
 咄嗟に駆け寄ったが、やはりクローゼットは押しても引いても開かなかった。それでも所詮は分譲住宅備え付けの内装収納家具の扉だ。真世は、一旦部屋の反対端まで離れ距離をとると、助走をつけて、力の限りに肩から体当たりを試みようとした。

「駄目!」

 バシレイオンAIの警告は一瞬遅く、真世は、一見華奢な造りに見えるそのクローゼット扉が、8畳半がバシレイオンの頭部にコクピットとして組み込まれた際に、バシレイオ・フラーレン製の内扉によって二重扉へと強化され、敵性脅威の侵入を阻止する頑強な最終防壁に変貌を遂げていたことを、その身をもって思い出した。しこたま打ちつけた肩の重い痛みに、床にころげ悶絶しつつ、ロックをはずせないのかと問おうとして、「そう言えば」と先程聞いたエステラの言葉を思い出す。バシレイオンAIはエステラの行動を阻害することが出来ない、そう設定されている。つまり、エステラが閉めたのなら、バシレイオンAIにはもはや、それを開けることはできない。

「どこか他に出られるトコってないの! 非常口とか!」

 痛む肩をさすって紛らせながら立ち上がり、外殻に閉ざされ開かなくなっている本来の部屋のドアを念のため開けようとトライしてみて、クローゼットの扉以上にびくともしないのを確認すると、続いて部屋中に別の出口を探しまわった。

「ねぇ! バシレイオンってば!」

 返事がない。
 辺りを見回しつつじれったく足を止める。

「早くしないと、あの子が──!」
「ほっとけばいいじゃない!」

 思いがけない言葉に、真世は「!?」とバシレイオンAIの声を見上げた。

「だってエステラも言ってたじゃん!」彼女の声は必死に訴える。「外になんて出なくていいって! 変わらなくていいって! そうすればなんの不自由もなくすごせるって!」
「なに言って──!」
「あたしと一緒は嫌なの!?」

 それは、まるでいきなりの直球だった。

「あたしじゃ……駄目なの?」

 投げつけられたボールの意味を、真世は一瞬、理解できなかった。

* * *

 こうなったら、可能な限り早急にバシレイオンの技術インテリジェンスを本国へと送った方が懸命だ。エステラは、いざという際の保身の切り札にしようと勿体ぶっていた、光量子ビットプロセッサAIの情報取得を優先することとし、分散配置されている電脳コア区画の一つでチューブリフトから下車すると、急ぎアクセスパネルにとりついてオールマイティ・デバイスをリンクさせ、まずはブートしてよりいま現在に至るまでのバシレイオンAIの思考ログを複製するため、デバイスのパイロットランプがパープルに点灯するのを確認しようとした。
 視界が、ふとぼやけ、歪んだ。
 パタタッと床に、大粒の涙の花が咲いた。
 当然だ、一体どれだけの年月を共に過ごしたことか。
 それは確かに真の目的を果たすためだったとはいえ、それでも彼の両親に代わって、エステラは、自らも多感さが残る年頃より真世を育み、ふたり大きな声で笑い、泣き、時に膝をつき合わせ、そして、何度励まし合ったと思っているのだ。
 私は祖国を愛している。
 そして、同じくらい、マヨが大好きだ。
 エステラは大きくひとつ息を吸うと、哀愁とともに懸命に吐き出した。涙を拭い、作業を続けようとして──ふと、吐き出され始めたログの中に、不可解な一点があるのを目にとめた。

* * *

「……あたしじゃ……駄目?」

 不意に投げつけられた気持ちのボールを、頭で受けた感覚だった。

「こんなときに、何からかって──」
「あたしが、ただの、造りモノだから?」

 8畳半の真ん中で立ち尽くし、真世は、暫く戸惑うことしか出来なかった。思考が固まってしまったような、それでいてもの凄い速さで巡り巡っているような。

「……ごめん……」

 ポソリと言うバシレイオンが、プロセッサの中で、顔を両手で覆う──真世にはそれがわかった。

「……もうあたし、おかしくなってるよ」

 彼女がクスクスと肩で笑い始めた。顔をあげる、笑いながら泣いている。

「ほら、あたしって超優秀なAIじゃん? 物凄いスピードでいろんな事見たり聞いたり憶えたり考えたり……感じたりしてんの。頭の中の時間の流れとかも凄まじかったりして、それこそさ、出会ってから今日まで、ホントの時計だと1週間くらいかも知れないけど、あたしにとってはさ……露島のこと、いろんなこと、いいトコも悪いトコもヘンなトコも……右利きなのに字を書くのは左手だとか、つむじが二つあって間に小さなほくろがある事とか、ゴハンの時は誰も聞いてないのにちゃんといただきますとごちそうさま言うトコとか、歩き出すときは必ず右足からだとか、くしゃみのあと必ず鼻の頭を人差し指で擦るとか……いっぱい見つかるくらい、見つけちゃうくらい、目が離せなくなるくらい、ずっとずっと、ずーと一緒にさ、それこそ私の時間の中ではさ、露島のお父さんとお母さんがあんたを……真世を愛したのと同じくらいの年月を、二人でさ……二人っきりでさ……」

 再び両手に顔を埋める。真世以上に、彼女自身、どうしていいのかわからないのだ。

「壊れちゃったのかな? それともあたしって、もともと欠陥品だったのかな?」
「そんな筈ない」

 真世は言った。穏やかだが、きっぱりと、自信に満ちている。

「バシレイオンは完全無欠のパーフェクトに決まってる。だって、ボクの父さんと母さんがすべてを託したんだ。すべてを預けたんだ」

 バシレイオンAIは顔をあげた。真世を見る。

「ボクも同じだよ、造りモノ」
「……え?」
「父さんと母さんが……二人の愛が、創ってくれた」

 真世は、優しく笑みを返す。

「バシレイオンも、父さんと母さんが、ボクへの愛を目一杯詰め込んで産んでくれた……」

 そう言って、真世は「そっか」と気づいた。

「だからなのか。君と初めて会ったとき……声を聞いたとき、感じたんだ、なんだかずっとずっと、子供の頃から一緒だったみたいな気が……それこそ、父さんと母さん……二人と過ごした時間と、同じくらい」
「じゃ……変じゃないんだよね?」

 彼女の瞳から、嬉しさが溢れてこぼれた。

「あたしがずっと真世と一緒にいたいって思っても……真世の事を愛しく思っても、おかしくないんだよね」

 バシレイオンAIは、そっと手を伸ばした。
 真世はその手を、しっかりと握った。

「言って……嘘でもいいから」
「本当に、大好きだよ、バシレイオン」

 彼女の中でカチリと音がした。
 とても爽やかな音だった


著者:ジョージ クープマン
キャライラスト:中村嘉宏
メカイラスト:鈴木雅久


次回5月4日(木)更新予定


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