メゾン・ド・アームズ バシレイオン【第20回】

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前回のあらすじ
大和田のクラッキングにより、システム異常を起こしたバシレイオンと繋がるため、真世は恋愛シミュレーションゲームを介してのコミュニケーションを試みる。ダメもとでデータをロードした真世の目の前には、微笑みを浮かべた少女の姿が……! ⇒ 第19回へ

「…………え?」

 草永は、ふと気づくと、見知らぬ廊下に立っていた。
 つい、いまの今まで、与えられた虹0号という威風堂々たる体躯の頭頂にいきり立たせた白光りする太くて長い己のイチモツを、下劣と怠惰とが苔となって蔓延る帝都を寄生の温床として蠢く愚かなる1400万匹の蛆に向け、その駆除たらんとばかりに、ねたみとひがみをプロペラント推進剤に、根拠なきプライドというブーストを最大圧にして、盛大にぶちまけ発射しようとしていたのに、しかし……? 家屋? マンション? ひょっとしたらホテルかもしれないが、だとすれば、両壁に複数ドアがある所から見て、部屋がいくつもあるスィートルームか何処かのようだが。

「…………なんで……?」

 ネオイリュミナティが新開発した総合感冒薬(その実体は、全世界規模実験的向精神薬であるが)の効果だとはいえ、脳を巨大ロボットにあてがう事には躊躇しなかった彼が、なぜか、元の身体に意識を戻している。戸惑い、辺りを見回した。
 前方にしばらく続いている廊下には、両側の壁以外に、突き当たった先にも薄い造りのドアがある。奥から、若い男と少女の話し声が、漏れて聞こえる。
 ふりかえれば、背後にもドアがあった。他のドアに比べて頑丈そうに見える。きっと外に繋がっているに違いない。草永はドアノブをそっと握り、恐る恐る回そうとしてみた。回らない。力を込めてみた。まるで壁から直接生えているかのようにビクともしない。

「……少しくらい、遊びがあるもんじゃないか、普通……?」

 ノブをつかんだまま、ドアを押し引きしてみた。寸分のガタつきすらない。「こういうの、どこかで見たことが……」ああ、アレだ、と、思い当たった。

「トリックアート……?」

 同じように草永は、近くのドアから順番に開くかどうかを試してみた。開くどころか、どのドアも軋みひとつたてない。そしてとうとう、突き当たったひとつを残すのみとなった。
 ドアの向こうからは、相変わらず声が聞こえる。どうやら、何らかを強く訴えている男に対し、相手の少女が謝罪しているらしい。しかし、分は少女の方にある様子だ。
 なんとも入り込み難い状況と察せられるが、それでも現状を把握するには、ドアの奥にいる人物に、ここがドコであるかを問うのが最善だろう……というか、それ以外に方法はない。草永は、思い切って目の前のドアノブを掴むと回しかけて、それでもやはり躊躇し、いったんそれを離そうとした。

「入って!」

 少女の声がこちらに向けられた気がして、草永は「ハッ」とした。ドアの越しのこちらに自分がいると、どうして知っているのか? それとも単なる思い過ごしか? とにかく彼は、離しかけたドアノブを再度握り直すと思い切り回し、気持ちドアに体重を掛け、それが押しドアであることを確かめてから、えいやと大きく開いた。
 リゾートホテルだろうか。持て余しそうなほどの広さのリビングの真ん中に、シンプルで上品なソファセット。部屋の隅には鮮やかな大輪の花々が大胆に活けて飾られ、右手の壁にはモダンでセンスのいい小ぶりなシルクスクリーン画が掛けられており、部屋の左手はどうやらベッドルームへと続いているらしく、そして正面には、壁一面に開けた窓から、夕暮れ色に染まる鱗雲を散らした空と、穏やかに波打つ砂浜と大洋が広がっており、そんな典型的とも思える南国リゾートたる爽やかな風景を背後に、一人の少女が草永を見つめ、立っていた。
 突然目の前に開けたバカンス気分満点の情景に驚きながら、一歩部屋の中に足を踏み入れた草永は、どうやら自分を室内へと呼び招いたのが見ず知らずの少女である事を訝しがると同時に、彼女の傍らで唖然と立ち尽くし自分を見据えている男に目をとめた。
 憶えがあった、記憶の中を探る。

「……! お前っ!」

 食い入るように指さす草永を見据えながら、真世も、同じ記憶を蘇らせていた。フレッシュマートの駐車場で出会った、屈辱のあのシーン。

「どう……して……!?」

 唖然と見開いた真世の目とは対照的に、もうひとりの少女の方の視線は、甘く草永に向けられている。

「……うれしい……ありがとう、来てくれて……」
「来てくれてもなにも……!」

 少女の顔と真世の顔とに、交互に困惑を振り向けていた草永は、すれ違いに毛の生えた程度でも面識のある真世に、すがるように詰め寄ると、

「おい! ここはどこだ!? どうしてここにいるんだ俺は!? なぁ!」
「ボクの方こそですよ、その質問!……なんであなたがここに!? だって──!」

 あなたは脳みそだけになって、虹0号の中に──そう言おうとして窓の外を向き見た真世は、そこに広がっている海が灰色の薄いスモッグをまとった東京湾ではなく、1677万7216色のまさに絵に描いた様な南の海であることを思い出し──ハッと何やらに気づいた。「ひょっとして……」と思いつく。
 そんな真世に「なぁ!」と、もう一つ詰め寄ろうとした草永の背中に、少女が一歩近づく。

「私……!」

 草永は「!?」と少女に意識を転じ、振り向いた。

「だから誰なんだあんたは!?」
「私は!」

 不審を隠さず突き刺さる草永の視線に、少女は一瞬言葉を飲み込むと、それを静かに、そして懸命に声にした。

「……私は、知ってます……あなたがずっと、頑張っていたこと……」
「……………………あ?」
「お父さんとお母さんに、認めて貰いたくて」

 草永の表情がハッと固まった。

「あなたの血が、ご両親と繋がっていないこと……二人はとてもよくしてくれたけれど、それでもあなたの心の片隅にはいつも、いつか見放されてしまうのではないかという薄暗い不安が、蜘蛛の巣のように網を張っていたこと。それを払い去るために、幼い頃から必死に背伸びをしようとしたこと……」
「…………どうして……?」

 驚きに固まっていた草永の表情に、いっそうの驚愕が重なる。
 そんな彼を見つめている少女の顔が、いたわりをこぼした。

「幼稚園お受験、小学校受験、中学校、高校……あなたは両親を喜ばせるために背伸びを続けて、けれど大学受験の時、ついにその背伸びする足が地を離れ……とうとう転んでしまったこと」

 草永の心が痛みを思い出し、激しく鼓動を打ち始めた。
 少女は慈しみで抱こうとするかのように、草永に一歩、歩み寄った。

* * *

 総理大臣官邸地下にある危機管理センターでは、避難するより、頑強な造りのその場に留まっていた方が安全だとの判断の下、柴山首相以下、対策本部メンバー達が、壁に設置されている畳数枚ほどの大きさもあるSA(状況認識)モニタースクリーンを、円卓に身を乗り出さんとばかりに食い入り見上げ、息を呑み注視していた。

「なにをしてる……?」

 官房長官である相馬が、思わず戸惑いを漏らした。
 目の前のスクリーンには、危機たる東京湾の様子が映し出されており、水面みなもの真ん中でいま、巨大なロボットが二体、遠巻きに自衛隊のヘリや護衛艦、さらにその外郭を報道のヘリに囲まれながら、屹立している。
 帝都の方を向いていたみらい省の巨大ロボットが、なにやら、背後にいる露島研究所の巨大ロボットを振り返った。
 そんなみらい省ロボに、露島研ロボが一歩、歩み近寄る。
 二体の巨人が見つめあった。
 首相たちをモヤモヤさせる要因は、二体の動きにあった。どうにもヘンだ、もどかしいというか、初々しいというか、気恥ずかしいと言うか……。

「そうか!」

 メンバーの中でも最若輩である永安経産相が、ポンッと手を打つように告げた。

「あれですよアレ! ほら……そう! ラブシーン!」
「ラブシーン!?」予想もしていなかった言葉に、最古参の児玉防衛相の声が思わず裏返る「巨大ロボット同士が東京湾の真ん中で……か?」

 そりゃいい! と児玉が思わず立ち上がり、でしょう! と永安も腰をあげる。親子ほども齢の離れた二人は顔を見合わせ大笑いして……暫しののち、辺りから冷ややかな目線が突き刺さっている事にようやく気づくと、取り繕うように二人同時に咳払いし、

「そ、そんなことを言っているようでは、次の総選挙では議席が危ういんではないかね永安君!」
「しょ、精進いたします!」

 同時に椅子に座りなおした。

* * *

「大学受験の時も、あなたは決してサボっていた訳じゃない。それどころか、それまで以上に、いっそう頑張ろうとした……」

 南国リゾートホテルのスイートルームで、まるで見守るように立つ真世の前、いつしか草永は少女の言葉を、静かに受け入れるように聞いている。

「ただ、少しだけ、頑張り過ぎちゃったのね……お父さんとお母さんをつなぎ止めておくために、少し、欲張ろうとしてしまった……。二人から引き継いだコンビニエンスストアも……いろいろ言う人はいるかも知れないけど、そうじゃない、あなたはちょっぴり不器用なだけ……わかってる……」

 草永の視線が走馬燈のごとく蘇る記憶を傍観するように、床に落ち、見つめる。
 そんな彼に、少女は静かに近づくと、

「もういいよ……十分頑張ったよ……」

 両手を大きく開き、包むように抱きしめた。

「だからこれからは……私が、癒やしてあげるから……」
「…………きみが?」
「そう、一緒に、いてあげるから……」
「…………なぜ?」
「あなたが、一生懸命だったことを……知っているから」

 草永は噛みしめるように目を閉じた。

「私は、どこにも、行かないから……」

 頬に涙が伝う。「……ありがとう……」と小さく呟き、そしてふと、思い出した様子で、問うた。

「……君は、誰?」

 草永を包み抱いたまま、少女も微笑みの中に目を閉じる。

「私は空菜……これからは、ずっと一緒だよ。ずっとずっと……一緒にいよう……」

 それは、悲しくも柔らかでさみしくも温かく、まるで去りゆく冬を見送り春の訪れを告げる、まぁるい陽だまりの匂いがする様な……そんな光景を見つめていた真世は、次の瞬間、目の前に「いろ・シチュ」ハッピーエンディングのエンディング画面が現れ、その光景がゲームのVR空間である事を思い出した。

「マルウェア駆除完了したし!」

 聞き慣れた声が、いきなり飛び込んでくる。

「バシレイオン!?」
「お待たせ! 戻ってきたよ、真世!」

 沸き上がる大きな安堵に、真世は、思わず全身をぐったりと弛緩させ、随分と緊張していたんだなと、改めて気づいた。
 目の前のゲーム画面が、外界を映し出す通常の仮想現実映像へと切り替わった。虹0号をそっと包み込み抱きしめていた、柔軟性を併せ持つバシレイオ・フラーレン製の巨体が、ゆっくりと相手の巨体から離れる。
 バシレイオンが離れた後も、虹0号は沈黙を保っている。

「よく思いついたね、こんなアイディア」

 感心する真世に、バシレイオンは「まぁね」と応える。

「FSCが復旧したからって、核武装している相手を撃破する訳にもいかないし」
「やっぱりあれ、核ミサイルなんだ」

 目の前で沈黙している虹0号の、割れた脳天の奥に覗いている、弾道ミサイルに視線をやる。

「放射性物質反応、検出したしね……一番は、虹0号自身に撃つ気をなくさせちゃうことだなって。マルウェアの駆除方法を探ろうと思って、前に外とアクセスしたとき引っ張り込んだシギント情報傍受データを解析してたら、偶然、あのフレッシュマートの店長が匿名でつけてたSNSの日記を見つけたから」
「じゃあバシレイオン、いま、外と繋がってるの?」
「あたし本体と直接じゃなくて、真世のゲーミングPC経由でね、みらい省のネットに入り込んで虹0号の意識とリンクさせた」
「大丈夫?」
「ゲームの回線は細いし、監視しやすいもん」彼女が大きく疲労の息を吐く「それでも、こんどは向こうからの侵入見逃さないようにって目ぇかっぽじって、皿にしてたから、思いっきり疲れた……もうこんな面倒くさいこと二度とやらない。スタンドアロン万歳」

 バシレイオンAIが首をコキコキほぐしている光景が浮かんだ。

「そっか……」

 虹0号は、沈黙している。

「ねぇ……これからどうなるのかな、あの店長」
「……きっと幸せでいるよ、空菜と一緒に……『いろ・シチュ』の世界に、ひきこもり続けて」
「……うん、だよね……」

 バシレイオンAIの言葉に、イヤミはなかった。そうだ、幸せかどうかは、誰かが決めるものじゃない。自分自身が感じる物だ。

「さ、急ご、真世!」

 バシレイオンの反水素対消滅リアクター(動力炉)が、勢いを戻した。その低く重い唸りが、重厚な武者震いのように真世に届く。そうだ、虹0号を沈黙させたからといって、決して猶予が出来た訳ではない。きっと静香はまだ、虹1号に組み込まれるべく、絶体絶命の中に捕らえられている。

「目標は現地点より直線距離で26マイル! 西東京のはずれ!『国民いきいき安心戦略特区』みらい庁第二庁舎大深部!」
「うん! 彼女を助けに! 行こうバシレイオン!」


著者:ジョージ クープマン
キャライラスト:中村嘉宏
メカイラスト:鈴木雅久


次回6月1日(木)更新予定


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