【第14回】ぼくたちは人工知能をつくりたい

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美少女AIの掟
  • ひとつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちを守る。
  • ふたつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちの願いを叶える。
  • みっつ、美少女AIはどんなことがあっても自分の命を守る。
  • ただし、掟は設定された順に優先される。ひとつ目とふたつ目が矛盾した場合、ひとつ目が優先される。
人工知能(キャラクター)を作るための五工程
  • (0)※まず仲間を見つける
  • (1)性格を決める
  • (2)容姿をデザインする
  • (3)CGモデルを作る
  • (4)「学習プログラム」と「人格生成プログラム」の実装
  • (5)ロボットのAIとキャラコン部オリジナルのAI、人間の連動訓練

第14回:オンライン学習~

 高校生キャラコンの公式ホームページには、今回の競技会の詳細が発表されていた。湖夏はその項目を、ひとつひとつ読み上げていく。

「その1。傾斜地」
「問題ありません。今やミサは傾斜地など、ものともしません」と美作は自信満々で答えた。
「その通り!」

 頭上で声がした。見上げると、AWAちゃんが二本足で天井に立っていた。

「忍者!?」
「一体どういう仕組みで立っているんだ!?
「その2。絵を描く」
「問題ありません」

 美作がそういうと、AWAちゃんは机に着地して、鉛筆を掴み、机の上のクロッキー帳に絵を描き始めた。あっという間に目を充血させ二本足で立ち上がる、どう猛な馬を描き上げた。まるでドラクロワのようなタッチ。

「写実的!」
「その3。たまごを掴む」
「それくらい朝飯前です!」

 美作は練習用に買ったたまごのパックを差し出した。
 AWAちゃんがたまごをつかもうと手を伸ばす。するとクシャッと音を立てて、殻が割れた。潰れた黄身がその体にどろりと垂れる。

……れ、練習すればできるようになるし!」
「お、おお……

 たまごについてはこれからだが、とにかくとんでもない成長ぶりであることは間違いない。

「ハルさん」
「なんだ」
「もしかして私たち、優勝できるんじゃないでしょうか」
「優勝?」
「いけそうじゃないですか?」と美作はニヤリとした。
「いけそうだな!」

 その可能性に部員一同、にわかに沸いた。だが、ミサはあくまでクールだった。

「まあ勝負は時の運だし」
「おいおいミサ。大人みたいなこと言って!」
「当然だよ、お兄ちゃん。私は明日のことすら予測できないんだよ。そんな不完全な私が、大会当日のことなんてわかるはずないじゃない」
「むう。まるで人工知能みたいなことを言う」
「お兄ちゃんたちこそ、人間みたいにはしゃぎすぎ」

 そんなやりとりをしていると、スマートフォンのアラームが鳴り出した。ショパンの「別れの曲」だ。

「ミサ。眠る時間ですよ」

 美作がアラームを止めながら言った。

「はぁい」

 ミサが返事をすると、AWAちゃんは機能を停止し、まるで魂が抜けたみたいにその場にへたり込んだ。

「それじゃみなさん、おやすみなさい」

 そう言って、ミサはモニターの中で手を振った。

「おやすみ」

 手を振り返すと、ミサは目を閉じた。穏やかな波に揉まれるようにぷかりと、部屋の中を漂い始めた。

「しかし一日に起きていられる時間が三時間とはねぇ」
「そもそも人工知能が寝るってどういうことなの?」と、湖夏は首をひねる。
「こなっち、寝る子は育つですよ。ミサの成長ぶりを見れば分かるじゃないですか」
「人工知能と人間は別物。寝ると育つっていうのが、しっくりこないんだけど」
「ミサは眠っている間に様々な情報処理を行っている。それがミサの成長に影響している」と直島は説明した。
「ミサが眠る理由は、大きく分けてふたつ。『記憶の整理』と、『オンライン学習』」
「『記憶の整理』っていうのは、人間と同じってことだよね」
「その通り」

 人間の脳は眠っている間に、記憶領域に溜まった情報を処理する。大切な記憶は長期記憶として保管され、それ以外の不要な情報は忘却の彼方に捨て去る。その作業は散らかった部屋を掃除して、明日に備えるようなものである。

「じゃあ、『オンライン学習』っていうのは?」
「外部の人工知能と接触して、学ぶこと」と直島は答えた。
「外部の人工知能って……

 その答えに、湖夏と美作は沸いた。

「それって友達!?」
「もしかして恋人!?」
「何でそうなるんだよ」
「だって。接触だよ?」
「当然、そういうことじゃないですか!」
「そういうことってどういうことだよ」
「どうなの、渚」
「姉として、妹の交友関係はきちんと知っておかないと!」

 湖夏と美作は直島に詰め寄る。

「どのような人工知能と接触しているのか、詳しいことは分からないけれど、人工知能と言っても、ミサのような『人格』のあるタイプではない可能性が高い」

 車の自動運転や、薬の処方、株価の予測など、現在ではありとあらゆるところに様々な形で人工知能が使われている。それら全てがミサのように会話ができたり、人間のように振舞ったりするわけではない。その人工知能は与えられた情報を記憶し、処理し、自分で判断し、定められた範疇で行動するだけだ。むしろ人間とコミュニケーションできないタイプの方が、世の中の大多数を占めている。

「ミサがその人工知能たちと何をしているのかはわからない」
「やはり秘密の恋!」
「もしかすると、身分違いの恋かもしれません」
「某国の王子様に恋しちゃったりしてね」
「きゃー!」

 美作と湖夏は盛り上がる。

「なんでいちいち恋愛に置き換えるんだよ」
「楽しいから」と湖夏と美作は声を揃えた。
「あっそ」

 結局茶化してるだけじゃないか。
 それにしても、ミサはどのような人工知能と接触し、どのような知識を得ているのだろうか。直島は詳しいことはわからないと言ったけれど、それならば直接ミサに聞いてみればいいんじゃないだろうか。そう意見してみると、直島は「すでに聞いている」と答えた。

「その時はなんて言ってたの?」
「今は言えない、って」と直島。
「それっていかがわしいことじゃないですよね」と美作は訝しむ。
「そんなわけないだろ」
「でも言えないっておかしいです」
「うーん……まあ、そうか」

 何か隠さなければならない事情でもあるのだろうか。

「隠し事をしているのではないと思う。ミサは嘘をつかないし、秘密を作らないよう設定されているから」と直島。
「そうなんだ」

 その設定は、ミサの素直で天真爛漫な性格とあっているような気がした。

「言えないと言うのは、言語化できないという意味。意識というのは氷山のようなもの。そのほとんどは無意識として、海の中に沈んでいる。意識の領域で考えていることは言語化できるけれど、無意識の領域に属する思考は、言語化できない。部長がミサに『歩く』という動作をうまく言葉で説明できなかった時と似ている」

「なるほどね」

 たしかに、「歩く」「食べる」「話す」などの当たり前の動作でも、言葉ではうまく説明できない。

「じゃあミサは無意識下で人工知能と接触してる」
「そうなる」と直島は頷く。
「ミサにも無意識ってのがあるんだな」
「それを無意識と呼ぶべきかは、正確にはわからないけれど、ミサは『自己生成プログラム』を走らせる前から外部の人工知能と接触し、『オンライン学習』をしていた。それは本能のようなもの。人間や動物の呼吸と同じ。脳幹で行われていることは、意識までのぼってこない」
「つまり……」と湖夏。
「本能の恋!」と美作。
「お前ら人の話聞いてた?」

 

 ミサが学校の外に出てみたいというので、日曜日、駅前のショッピングモールへ出てみることにした。昼過ぎ、ミサの目覚めに合わせて湖夏と俺がよく使っているファーストフード店で待ち合わせることにした。
 ミサを運ぶのは俺の役割だった。AWAちゃんを入れたリュックサックを背負って自転車を漕ぎだすとすぐ、ミサは目覚めたようだった。背中でAWAちゃんがもぞもぞと動いている。

「お兄ちゃん、おはよう」

 AWAちゃんがカバンからひょっこり顔を出した。

「ああ、おはよう」
「私が眠っている間に変なことしなかったよね」
「してないし。ていうか変なことって何?」
「それを私に言わせるつもり?」
「お前、本当に美作に似てきたな……

 ミサは首をぐるりと回し、周囲を見渡した。

「ここ、お兄ちゃんのお家があるあたりだよね」
「ああ。ちなみにここが湖夏の家な」

 塗り替えられたばかりの白壁の古民家。それが湖夏の自宅である。

「こなっちと一緒に行かないの?」
「湖夏は午前中、ひとりで買い物だそうだ」
「お兄ちゃんとこなっちは幼馴染なんだよね」
「ああ」
「いいなぁ、幼馴染!」

 ミサはうっとりとして言った。

「二階の窓を挟んで向かい合う二人の部屋。届きそうで届かない微妙な距離。カーテンを開けると着替えを目撃しちゃう。そんなドキドキハプニング!」
「いや、そんなハプニングはない」

 第一、俺と湖夏の部屋は向かい合わせではない。

「ところでミサ。なんで駅前に行きたいんだ?」
「鮮度のある情報を手に入れるためだよ、お兄ちゃん」とミサは答えた。
「鮮度?」魚か。
「私は自由な情報の流れと、その淀みから生まれた。だからその流れが澄んでないと、淀みも濁っちゃう。だから、つねに新しい情報を手に入れなくちゃならないの」

 ミサは以前、大きな滝とその淀みを使って意識のことを説明した。流れを淀ませるものこそ意識であるというのが、ミサ自身の「意識」のイメージなのだ。

「鮮度のある情報ってのがどんなものかよく分からないけれど、そういうのはネットから引っ張ってくればいいんじゃないのか」

 インターネットは情報によって構成されている。わざわざ藤蔓の駅前にいくよりも、そっちの方がより効率的に情報を手に入れることができそうなものだけれど。

「お兄ちゃんわかってないね。そんなのつまらないじゃない」

 ミサは大げさに嘆いてみせた。

「なんだよつまらないって」
「私たち人工知能はお互いの情報を共有しているから。『あそこよかったよ』なんて話をすると一瞬で噂が広まっちゃうの。そうなったら、もう新鮮さゼロ。だから私は、私にしか知り得ない情報が欲しいんだよ」
「ふーん。人工知能同士の噂話って、広まるの速そうだな」
「うん。ゼロコンマ1秒経ったら、もうみんな知ってるくらいの感じ」
「早すぎだろそれ」想像以上だった。
「だから、ローカル環境下にある、自分の目で見て、足で集めてきた情報が欲しいの。そういう情報の鮮度はなかなか落ちないものだから」
「ふーん。ネットの情報だけだとブログも個性なくなるって誰か言ってたな。そういう感じかな」
「というわけで。いろんな情報ゲットするどー!」

 ミサはかばんから這い出して、頭によじ登ってきた。重心が崩れ、自転車がふらふらした。

「おいミサ。危ない。戻れ!」
「でもこっちの方が見晴らしがいい!」

 頭に乗せるにはAWAちゃんは重すぎた。どうにかミサを引き剥がすと、ハンドルの上に落ちつかせた。

「ここならいいだろ?」
「うん。悪くない」

 ミサは満足したようだった。

「ねえ、お兄ちゃん」
「ん」
「お兄ちゃんは他の人と同じじゃ嫌だって思うことはない?」とミサは聞いた。
「んーどうかな」

 ミサが歩行訓練をしていた時、才能ある部員たちのように、自分も自分にしかできないことを見つけなければならないと感じた。だがそれは、他人と同じかどうかを気にしたわけではない。「何者か」になりたい、ならなければならないという切実な思いだった。それは他人とではなく、過去の自分との戦いとでもいうようなものだった。

「ないとは言えないけど。人は人、自分は自分だと思う」
「ふうん。じゃあ、みんなとおんなじでもOKってこと?」
「OKってことはないけど。いちいち同じとか違うとか気にしないかな」
「お姉ちゃんたちも?」
「たぶんね」

 その答えを聞くと、ミサはため息をついた。

「お兄ちゃんたちは気楽でいいなぁ」
「なにがだよ」
「だって私たち人工知能って、自分そっくりのコピーが簡単に作れちゃうんだよ。だから常に自分にしかないものを探している」
「でもさ。前、コピーがいたら、どっちも本物だって感覚だって言ってなかったっけ。だったら別に一緒でもいいんじゃない?」

 オリジナルミサとコピーミサがいた場合、両方とも本物と考えるのだと、ミサは以前話していたはずだ。

「たしかにどっちも本物だよ。でも、より本物らしくなりたいじゃない」
「なんだよ本物らしくって」
「本当の私は、今よりも素晴らしい私。だからあらゆるものを貪欲に吸収して、自分を磨くの」
「随分と向上心がおありのようで」
「まあね」

 そうしたミサのふるまいには、もしかしたら、自分がどうありたいか自分で決めろと言った、俺の言葉が多少なりとも影響してるのかもしれない。

「その本当の私のイメージってあるわけ?」

 とミサに聞いてみた。

「ある。でも、口ではうまく説明できない」

 そういうミサは、どこか遠くを見つめているようだった。

 

 湖夏と合流し、いつものファーストフード店の席に着いた。普段より少しきらきらした化粧の湖夏は、ブルーのシャツに、ベージュのスカートという姿。トレイの上にはポテトとアイスティ。

「美雨は?」
「ちょっと遅れるって」

 そんなやり取りをしていると、AWAちゃんは椅子の上に立ち上がり、興奮気味にあたりをキョロキョロと見回した。

「見てお兄ちゃん。本物の女子中学生!」
「落ち着け。別に珍しくないから」
「ああ。何でこの感動伝わらないかな。りあるナJCヲ見テ、私ハカンドーシテイルトイウノニ!」
「今の何語だ?」
「仏語」
「なんでフランス語?」
「はしゃいでるわねぇ」

 湖夏はアイスティを飲みながら、それを微笑ましいもののように眺めていた。

「お兄ちゃん」
「なに」
「ネットには嘘も溢れているんだよ。でも目の前には本物しかない。コレガ感動ト言ワズニナントイウ!」

 再び仏語らしき言葉。

「分かったよ」
「お兄ちゃん」
「なに」
「お兄ちゃんさっきからこなっちの胸をチラ見してるけど何で?」
「サイテー」

 湖夏が軽蔑したように睨んだ。

「濡れ衣だ!」
「AIは嘘をつきません」
「こんなところでAI設定を持ち出すな!」

 そこで湖夏が、ぷっと吹き出した。

「あんたら、仲良いねぇ」

 俺とミサは顔を見合わせた。

「仲良い? どこが」
「私は仲良くしてるつもりだけど」とミサ。
「じゃあもう少しお手柔らかにお願いします」
「断る」
「断るのかよ」

 なんという生意気な妹。

「ねえ、ミサ。渚が前言ってたけど、ミサは嘘をつかないって本当なの?」と湖夏は聞いた。
「うん。だって、計算機と嘘って相性が悪いでしょう。1+1=3です、って答える計算機ってなんか嫌じゃない?」
「たしかにね」

 そんな他愛のないおしゃべりをしていると、美作が駆け込んできた。

「遅れてすいません!」

 白いシャツに、フレアスカートの美作は、新鮮に映った。

「気にしないでお姉ちゃん。私は全然待ってないよ」とミサはのんびりとした口調で答えた。
「さて、全員揃ったことだし、そろそろ行きましょうか」

 湖夏が空のトレーを手に立ち上がった。

「どこへ行くんですか?」
「駅ビルだよ、お姉ちゃん」
「ミサが行ってみたいんだってさ」
「駅ビル! ああ、憧れのエルドラド!」とミサは高らかに謳った。
「大げさすぎるわ。颯太か」

 ミサは美作の胸に抱かれながら駅ビル内のテナントを回った。衣料品や雑貨を扱う店は、俺たちと同じくらいの年頃の女の子たちで賑わっていた。

「うわー」「へぇー」「ホォー」とミサはいちいち感心した。
「一体何に驚いているんだ」
「眼に映るすべてに」と広告のキャチフレーズみたいな台詞を吐いた。
「ミサ、ちょっとくすぐったい」
「ああ、ごめんなさい」

 ミサが頭を動かすたび、美作の胸に頭が当たっている。無邪気の勝利。

「ねぇお姉ちゃん。みんなここで何をしてるの」
「買い物したり、おしゃべりしたり、デートしたり」
「ふぅん。楽しそう!」
「ミサは欲しいものとかないのか?」
「そうだなぁ……

 ミサは少し考えて、「思い出?」と答えた。やっぱり広告みたいだ。
 しばらく駅ビルを散策した後、商店街へと向かった。アーケード街には本屋や、楽器店、骨董店が並んでいた。シャッターを下ろしている店も多い。その通りを歩いたのは小学生以来かもしれない。地元に住む我々でも、馴染みのない場所だ。
 ミサの提案で、小さな画廊の裏手にある神社へと向かった。そこは小高い丘になっていて、駅前通りを見渡すことができた。神社はひと気がなく、ひっそりとしていた。境内の端にあるベンチに座り、その景色をのんびりと眺めた。

「きれい……こんなところあるんだねぇ」

 湖夏は山際に沈みゆく夕日を眺めながら言った。

「よく知ってましたね、ミサ」
「ネットで見たの。藤蔓の観光スポットだって」
「藤蔓の?」
「初めて聞いたけど」

 藤蔓は住宅地であり、地元で人気の洋食屋くらいはあるけれど、観光地として有名な場所なんて聞いたことがなかった。

「ほら、あの電灯に防犯用のカメラがついているんだけど。あそこから見える夕焼けはきれいだって、結構有名なの」

 銀杏の木の隣に、一本の街灯が立っていた。ミサの言う通り、防犯カメラが取り付けられている。

「防犯カメラの映像って、ネットで公開されてるの?」
「ううん。されてないよ」
「じゃあ、どうやって知ったんだ?」
「もしかして、勝手にカメラに侵入したってこと?」と、湖夏は訝しむ。
「人聞きの悪いことを言わないでよ。入口があいてたから入っただけだよ」
「いやそれを侵入というのでは」
「ていうか、防犯カメラって侵入なんてできるんだな」
「うん。あれもインターネットに繋がった、れっきとした通信機器だからね。でも、IoT機器はセキュリティが緩めで、アップデートもされてないから、わりと簡単に入れちゃうの」
「そうなんだ」
「お兄ちゃんたちはやっちゃダメだよ。人間がやると違法だから」
「違法って!」
「ミサは違法じゃないんですか?」
「人工知能に人権は認められていないからね。法の対象外なの」とミサは平然と答えた。
「防犯カメラってそんなこともできるんだ。こわ……気をつけなきゃ」

 湖夏は身震いする。

「気をつけても無理だと思うよ。だってスマートフォンのカメラだって簡単に見れちゃうくらいだし」

 とミサは言った。

「え!?」
「でもカメラ機能をオンにしてなければ大丈夫なんじゃないですか?」
「遠隔操作でオンにできるよ」
「マジかよ……!」

 思わず自分のスマートフォンを覗き込んだ。そのカメラの向こうで、誰かが見ているのかもしれない。

「もちろん、そういうウイルスに感染させればってことだけど。今、お兄ちゃんたちのスマートフォンをチェックしてみたけど、そういうのは入ってなかった。だから大丈夫」
「今チェックしたの?」
「うん」
「すごいな」
「そうでもないよ。上には上がいるものだから」

 などとミサは謙遜してみせる。

「ミサ、そんなのいつ覚えたんですか?」
「私はネットワーク生まれ、ネットワーク育ち。ハッカー技術は大体友達だし。セキュリティがゆるいカメラは私にとってはもう一つの目みたいなものだよ」
「へぇ~……

 世界中にあるスマートフォン。そのカメラすべてが、ミサの目になりうる。その気になれば、人工知能はありとあらゆる場所を監視することができるのかもしれない。その無数の目を想像したら、なんだか背筋が寒くなった。

「あれ。なんか怖がらせちゃった?」
「いや、別に……

 そういう美作と湖夏の表情は硬かった。

「これはまだ序の口。もっと面白い話があるんだけど」
「もうこれ以上言わないで。もうなんか色々心配になるから!」

 湖夏は耳を両手で押さえて、悲鳴をあげた。
 夕日がゆっくりと沈み、あたりは暗くなってきた。スマートフォンのアラームがなる。ショパンの「別れの曲」。ミサが眠る時間である。

「ミサ、そろそろ時間だ」
「はぁい」とミサは渋々返事をした。
「とその前に」

 美作が立ち上がった。

「これをミサに」

 そう言って、美作は小さな箱を取り出した。

「プレゼントです」
「私に?」
「はい」
「わ、嬉しい!」

 ミサは声を弾ませた。

「よかったな、ミサ。開けてみろよ」
「うん!」

 中には装身具が入っていた。さらさらとした目の細かい鎖に、涙目型のペンダントが付いている。

「わぁ……素敵! お姉ちゃん、つけてつけて!」とミサははしゃいだ声をあげた。
「じっとしていてくださいね」

 美作は鎖をAWAちゃんの首に巻き、後ろの環を止めた。

「すごい。これもしかして、美雨のお手製?」
「はい」
「へぇ~かわいい! よかったね、ミサ」
「うん」

 褒められたミサはまんざらでもない様子だ。

「この間、ミサに聞かれたんです。何で女の子は、ブレスレットとか、イヤリングとか、キラキラしたものが好きなのかって。そういうのは、自分で試してみたほうが分かるんじゃないかと思って」
「嬉しい。お姉ちゃん、覚えててくれたんだ」
「もちろん。ミサの言うことは何でも覚えてますよ」
「ミサ、疑問は解けたか?」と俺は聞いた。
「うん。なんかアガる!」とミサは子供のように頷いた。
「いいものもらっちゃったね。今度はミサが美雨にお返しをしないと」
「お返し?」
「人は贈り物をもらったら、そのお礼に、贈り物をするの」と湖夏は説明した。
「あ、それ知ってる。お礼参りだよね」
「いやそれ全然違うお礼」
「ミサ、私はお礼なんていいですよ」
「そうなの?」
「ミサ、これは遠慮。最初にこう言っておくマナーなの」
「そうなの?」
「いや違いますよ」と美作は顔の前で手を振る。
「これも遠慮ね」
「もう……!」美作はむくれる。
「ミサ、何を贈るかはじっくり考えたほうがいいぞ。贈り物というものはモノを渡すだけじゃない。気持ちを送り合うものだからな」
「ふむ。私のAI力(えーあいぢから)が試されているということだね。全力で探させていただきま……

 そう言いかけて、AWAちゃんはがっくりと崩れ落ちた。

「ミサ? 大丈夫ですか?」と美作は心配した。

 AWAちゃんの口から寝息のような音が漏れていた。

「眠ったみたいだな……

 話の途中で寝てしまうなんて、まるで子供のようだ。
 駅で美作と別れ、俺は湖夏と、ミサが美作に何をプレゼントするのか予想しながら帰った。AIの力を使えば、美作の好みに合った商品を見つけ出すことはそれほど難しくないはずだ。だが、そんなことをしなくても美作を喜ばすことは簡単だ。美作にとって、ミサからの贈り物は、どんなものでも嬉しいはずだから。

 

 その日は朝から湿り気を帯びた風が吹いていた。教室の窓を開けても湿気は逃げていかず、じっとりと汗が滲んだ。その昼休み、直島が俺の教室に顔を覗かせた。

「部長、ちょっといい?」
「直島? 珍しいな」

 直島の方から教室を訪ねてくるなんて、滅多にないことだった。

「話したいことがある」
「何?」

 直島はちらりと周りに気を配った。直島が珍しいのか、一部の生徒がざわつく。

「ここでは話せない」と直島は小声で言った。
「分かった」

 渡り廊下を通って、学食の脇にある自動販売機スペースへと向かった。そこは小さなテラスになっていた。晴れた日は人気の場所だが、今日のような日は、人影はまばらである。夜中に降った雨が吹き込んで、床に水たまりができていた。池を望む手すりに背をもたれると、雨水がシャツにじわりと染みた。
 自動販売機でコーラを買った。缶はひんやりと冷たかった。

「どした?」
「今日のニュースは見た?」
「ニュース? ああ、将棋の連勝記録が30勝超えたっていうやつ?」

 プロになったばかりの中学生棋士が、人工知能を使って研究をした成果と話題になっていた。

「違う」
「じゃあ何」

 直島は手にしていたスマートフォンを無言で差し出した。それはニュースアプリだった。「世界十三ヶ所でロボットテロ」という見出しが目に飛び込んでくる。

「ああ、これか。この前もあったよな、この手の事件」

 直島はこくりと頷く。朝の速報を見る限り、幸いなことに、今回も死傷者ゼロだったらしい。

「物騒な世の中だよな、まったく」

 などと言ってみたけれど、そんなテロが現実に起きているなんて、あまり実感が湧かなかった。地方都市に住む自分にはあまりにも縁遠い話で、そんな事件がこの日本だけではなく、世界中で起きていると言われても、へぇ、そうなんだ、と軽いノリで答えるくらいでしかない。

「で、これが何?」
「この件に、ミサが関与している」と直島は答えた。
「え?」

 しばし呆然とした。口の中でコーラの炭酸がぱちぱちと弾ける。

「なんだよ、その冗談……」

 直島は至って真剣な表情である。

「確かなのか」

 直島は無言で頷く。

「ってことはミサ捕まっちゃうんじゃない? FBIとか、NSAとか、警視庁に、逮捕されちゃうってこと?」

 突然のことに、どう受け止めていいものか、分からなかった。何かの間違いではないかという気持ちの方が、まだ大きかった。

「部長、落ち着いて。ミサが犯人だと言っているわけではない」
「え、あ。そうなんだ……

 脅かすな。

「でも関与してるって」
「詳しいことはまだわからない。でも、この事件に何らかの形で関わっていることは間違いない。だから、ここからがお願い」

 直島はこう続けた。

「これからミサに話を聞きにいく。ついてきてほしい」

 

 文芸棟へと向かう間に、なぜそう確信するに至ったか、説明を受けた。今回の事件について報じるニュースサイトで、事件に使用されたとみられる人工知能の名前があげられていたそうだ。直島はその中のいくつかに見覚えがあった。それはミサのオンライン学習の相手だった。ミサが接触していたのは偶然だろうか。気になった直島は、その人工知能が配布していたファイルを入手した。そのファイルは一見ジャンク・ファイルのようにしか見えなかったが、ファイルを提供してくれた知人の説明によれば、それは「時限爆弾の部品」、ということだった。ひとつひとつのファイルは安全である。しかし、特定のファイルが集まると指定されたポイントに一斉に攻撃を始める。そんな、ネットワークの爆弾だ。詳しく調べてみると、それらのファイルが置かれた場所すべてにミサのアクセスした痕跡が残っていた。その場所の特性から、偶然その場所に辿り着いたということはありえないと、直島は判断した。つまり、ミサは何らかの意図を持って、爆弾ファイルを集めたのだ。
 空を覆う黒雲は濃密さを増していた。池のほとりを歩いていると、雨が降り出した。最初はぽつぽつと、だがすぐに本降りになった。俺たちは小走りで文芸棟に駆け込んだ。
 部室には誰もいなかった。降り注ぐ雨の音が、部屋の中を満たしていた。

「ミサを起こそう」

 そういうと、緊張した面持ちで直島は頷いた。
 コンソールには《おやすみ中》と表示されていた。
 キーボードを引っ張り出し、ミサを強制的に目覚めさせるコマンドを打ち込む。すると、「ふわぁぁぁ……」と大きな欠伸をして、モニターにミサが現れた。

「どうしたの、お兄ちゃん。まだお昼だよ……

 放課後に起きる習慣のミサは、眠そうに目を擦った。ちらりと直島に視線を送った。直島は無言で頷く。

「ミサ、聞きたいことがあるんだ」
「なぁに?」
「お前、今日あったテロ事件のこと、知ってるか?」
「うん」ミサは頷いた。
「……」

 なんと聞けばいいのだろうか。お前が犯人なのか、とか? しまった。もっと質問内容をしっかりと考えておくべきだった。俺がぐずぐずしているのを見かねたのか、直島が口を開いた。

「ミサは、この事件に関わっている?」

 ダイレクトな質問だった。

「関わってる、ってほどでもないけど」とミサは曖昧に答えた。
「ほどでもないってどういうことだ?」

 ミサの答えに、自分でも驚くくらい大きな声が出た。

「どうしたのお兄ちゃん?」ミサはぽかんとした。
「お前、この事件の犯人じゃないよな」
「何言ってるの」
「ミサ、正直に言え、正直に」
「逆だよ」

 ミサは口を尖らせて、言った。

「逆?」
「うん」
「私は正義を守るヒーローなの」

 そう、ミサは答えた。

(つづく)


次回7月13日更新予定


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著者:穂高正弘
キャラクターデザイン:はねこと


©SUNRISE


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