【第17回(最終回)】ぼくたちは人工知能をつくりたい

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美少女AIの掟
  • ひとつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちを守る。
  • ふたつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちの願いを叶える。
  • みっつ、美少女AIはどんなことがあっても自分の命を守る。
  • ただし、掟は設定された順に優先される。ひとつ目とふたつ目が矛盾した場合、ひとつ目が優先される。
人工知能(キャラクター)を作るための五工程
  • (0)※まず仲間を見つける
  • (1)性格を決める
  • (2)容姿をデザインする
  • (3)CGモデルを作る
  • (4)「学習プログラム」と「人格生成プログラム」の実装
  • (5)ロボットのAIとキャラコン部オリジナルのAI、人間の連動訓練

第17回(最終回):藤蔓高校~

 校内は不気味なほど、しん、と静まり返っていた。うろつく機械生物の数はぐっと減った。時折、鼠のような小型の機械生物がトコトコと目の前を通り過ぎるくらいである。

「ん?」

 突然、目の前に無数の光の粒が出現した。その粒は蛍のようにふわふわ舞いながら、ゆっくりと結集し、人の形になった。光が弾けると、そこには銃で武装した美作が立っていた。

「美作!?」

 美作はディストピア6内のアバターではなく、金髪に白い肌の、美作本人の姿をしていた。

「すごい……さすが脳にダイレクトに働きかけてるだけのことはありますね。CGのレベルなんか及びもつかない映像クオリティです」

 美作は感動しているようだった。

「え……もしかして、お前も例の実験機を被ってるのか?」
「はい。いつの間にかうちに届けられてました」
「おいおい何考えてんだ。死ぬかもしれないヤバいやつなんだぞ?」
「NAGIちゃんから聞きました。私はやられませんよ。ハルさんは私の実力、知ってるじゃないですか」

 そういって美作は軽く力こぶを作ってみせる。

「いや、そういう事を言っているんじゃなくて……」
「お姉ちゃん」

 美作は声の方に目をやった。
 そこには、思い詰めた顔をしたミサが立っていた。
 美作とミサはしばし無言で見つめあった。

「ミサ……!」

 美作は涙声になって、ミサに飛びついた。
 ミサは美作の身体をしっかりと抱きとめた。
 それは物理空間では絶対に叶うことのない、姉と妹の抱擁だった。

「心配したんですよ、ミサ……」
「ごめんなさい、お姉ちゃん。お姉ちゃんをこんなことに巻き込んでしまって……」
「いいんですよ」

 そういうミサも涙ぐんでいた。

「私、ずっとこうしてみたかった」
「私も」

 ふたりはそう言って、少しだけ泣いた。

「しょうがないな……」

 俺は静かに、ふたりの再会を見守った。
 ふと、気配を感じた。
 振り返る。誰もいない。だが、何かがそこにいた気配があった。視界の端を、長い影のようなものが横切った。必死に目で追いかける。とうとう捉えた。それは蛇だった。見回すと、いつの間にか四方八方に、真っ黒い蛇型の機械生物たちが這っていた。蛇は上半身を起こし、コブラのように腹を広げたかと思うと、ミサと美作めがけて飛びかかった。

「あぶな……!」

 叫んだ。その瞬間。

「邪魔を――」
「するな!」

 ミサは剣を振るい、美作は銃の引き金をひき、蛇の身体をずたずたに引き裂いた。

「気づいてたのかよ!」
「当然」ふたりは声を合わせて得物を構えた。

 蛇は群れになり、壁や地面をシュルシュルと這い回った。

「早っ!」

 その動きは目では追えないほど素早かった。それだけではない。左に現れたかと思うと、別の蛇が右からというように、蛇たちは連携して動いていた。統制のとれたその動きは、高い知性を感じさせた。

「ハルさん、危ない!」

 振り返ると、目の前に鋭い牙が無数に生えた口が迫っていた。あ、と間抜けな声をあげ、咄嗟に腕で顔を守った。瞬間、激しい痛みが走り、意識が途切れた。

 

 気づくと、黒雲に覆われた空が目に飛び込んできた。遠くで砲声が轟いている。ここはどこだろう、と一瞬、惚けた。

「ハルさん、気がつきましたか?」

 美作が心配そうに、顔を覗き込んだ。

「ああ。大丈夫だ……」

 見覚えのある場所だった。そこは体育倉庫の裏だった。隠れるには絶好の場所だ。何しろ、ここでカップルの逢引きがよく目撃されていて、様々な伝説が……と、そんなことを思い出している場合じゃない。
 身を起こそうとすると、腕に焼けるような痛みが走った。見ると、腕に布が巻かれていた。白い布に、赤い血が滲んでいる。

「ごめん、お兄ちゃん。私が守るって言ったのに」

 ミサは辺りを警戒しながら言った。

「気にすんなって。これは俺の不注意……って、あれ?」

 立ち上がろうとするが、足に力が入らない。頭がふらつき、目が霞む。へなへなと地面に崩れ落ちてしまう。

「おかしいな……」
「あの蛇の牙には毒があるの」

 とミサは言った。

「もう少しだけ休んでいてください。さっき医療用キットで治療をしておきました。解毒剤がじきに効いてくるはずです」
「うう……悪いな……」

 しかたなく、俺は身体を横たえる。

「あいつら何なんだ。今までの機械生物とは明らかに動きが違ったぞ」
「敵が私たちの存在に気づいたみたい。刺客を送り込んできたんだね」

 瓦礫の隙間から辺りをうかがった。そこから、つむじ風のように動き回る無数の細長い蛇たちに指示を出す人影が見えた。全身を無骨な鎧でかためた人型機械生物だ。

「あいつが蛇を操っている」
「中ボスってところですね」

 美作はプラズマ・カノンを胸の前に掲げた。

「ハルさんはラスボスのところへ。ここは私とミサに任せてください」
「ラスボスって……どこにいるんだよ」
「ハルさん。ここは現実と虚構の『はざま』。ハルさん自身の脳によって再現された、夢と現実が交差する世界です。だからハルさんは、自分の一番大切な場所を目指してください」

 美作が言い終わるか終わらないかというところで、渦を巻く蛇の群れが旋風のように殺到した。

「ハルさん。任せましたよ」

 美作は俺を突き飛ばした。

「うわっ……」

 地面を転げる。顔を上げると、俺たちがいたところに真っ黒な、蠢く球体ができあがっていた。蛇が塊になっているのだ。あの蛇玉の中にミサと美作がいるはずだ。肌が粟立った。

「美作、ミサッ!」

 思わず叫ぶと、球体をなしていた蛇たちが、一斉にこちらを見た。闇の中で瞳が爛々と輝き、真っ赤な舌をシュルシュルと出す。

「く……!」
「ハルさん!」
「走って!」

 美作とミサは叫ぶと同時に、手にしていた銃と刀槍で攻勢に転じた。細長い蛇たちは紙くずのように千切れて吹き飛んだ。血と肉片があたりに迸る。人型機械生物は、負けじと蛇に指示を出す。物陰に潜んでいた蛇たちが、波のように美作たちに殺到する。

「くぅ……ミサ、美作、無事で……」

 自分の無力さを噛み締めながら、よろよろと立ち上がると、足を引きずるようにして走った。ふたりは囮になってくれている。
 俺は、俺の役割を果たさなければならない。
 目指すは一番大切な場所――そう。文芸棟、キャラコン部の部室だ。

 

 文芸棟前の茂みに身を潜めていた。茂みの中から様子を伺う。玄関口に屈強な体躯の人型機械生物が二体、歩哨に立っていた。自分の武装をあらためてチェックする。ナイフ一本。それがすべてだった。

「こんなんでどうすりゃいいんだよ……」

 頭を抱えた。敵が抱えている大型の銃に比べ、その武装はあまりに貧弱だった。せめて、ミサから銃を一丁借りておけば……。
 手と足で茂みの中を這いながら、音を立てないよう慎重に、機械生物の背後に回った。敵は目の前に迫っていた。心臓の鼓動と、自分の吐く息が、やけに大きく耳に響いた。
 やるしかない。
 冷たい汗が頬を伝う。ナイフを握りしめる。
 その時だった。
 人型機械生物の前に、仁王のような仮面を被った銀色のプロテクターの男が現れた。

「さぁ、パーティの始まりだ」

 仁王は楽しそうに言った。
 気づいた機械生物が銃を構えた瞬間、その頭部が破裂した。仁王が機械生物二体の頭を神速の拳で殴り飛ばし、粉砕したのだ。

「ふん。ちょろいな」

 仁王の仮面の男は言った。

「その声は……!」

 茂みから立ち上がると、男は顔を覆っていたマスクを外した。

「ハルか。探したぞ」

 仮面の下から現れたのは、ギリシャ彫刻のような整った顔。我らが外ヶ浜颯太であった。

「颯太……お前までなんでここに?」
「直島から特殊なVR5を使用した者のみアクセスできる、ディストピア6のボーナスステージが開放されたと聞いてな」
「情報間違ってるし!」
「ここで負けると、現実に死ぬらしいな」
「そこは合ってるし!」
「古賀と駆けつけた」
「湖夏もいるのか」
「ああ。あそこだ」

 颯太は校舎の屋上を指差した。目を凝らすと、人影が見えた。

「狙撃銃でバックアップしてもらっている」
「え。でもどうやって湖夏はここに?」

 プレイ・プラットフォームとVR5型の実験機がなければ、ここに来ることはできないはずだ。湖夏はプレイ・プラットフォームを持っていないはずだが。その疑問に、颯太が答えた。

「古賀はこっそり買っていたんだ。密かにディストピア6の鍛錬を積んでいたんだよ」

 一発の銃弾が俺たちの間に着弾した。

「うおっ!?」

 慌てて飛びのく。

「あんた、何バラしてんのよ。私のことは黙っておいてって言ったでしょ」

 湖夏の通信が入った。その銃弾は湖夏の狙撃だった。

「また隠し事か。反省しろ。そしてさらけ出せ、その本性を!」
「気持ち悪いこと言うな!」

 さらに一発の銃弾が颯太の足元に着弾。

「弾を無駄にするな!」
「うっさいバカ!」

 そんなやりとりをしている間に、倒したはずの人型機械生物がゆらりと立ち上がった。頭のない機械生物は、銃をこちらに構え、まっしぐらに突進してくる。

「おいおい、頭ないのに動いてるぞ……!」
「ふん。悪あがきを」

 颯太は再びマスクを被り、両手の拳の硬さを確かめるように、軽く合わせた。颯太は姿勢を低くして、人型機械生物の前に飛び出した。機械生物は引き金を引いた。銃口から吐き出される激しい音と光とともに、無数の弾丸が飛び出した。だが、その弾丸は颯太の体の表面で、火花を上げながら弾けるのみである。颯太の纏うプロテクターは、銃弾の力を分散し、方向を逸らすことで直撃を避けるという、特殊な構造をした防具であった。
 颯太は敵の懐に飛び込み、腹に連打を浴びせた。敵の腹がその衝撃で弾ける。人型機械生物は内部に詰まっていた素子をぶちまけながら倒れた。
 颯太は続けざまに体を半回転させ、もう一体を仕留めようとした。だが、敵は腰に差していたナイフを振り回して抵抗した。ナイフが颯太のマスクをかすめる。その刃はやすやすとその装甲を切り裂き、一筋の傷をつけた。颯太の体を覆うプロテクターは銃撃に特化したものであり、斬撃に弱いのだ。その攻撃が有効と判断した人型機械生物は腰のあたりにナイフを構え、突進。迎え撃つ颯太は身をかがめ、カウンターの構えをとったが、敵の動きの方が優っていた。このままでは致命傷は避けられない。その瞬間、青白い光が人型機械生物の腹を背後から射抜いた。湖夏の狙撃だ。敵は一瞬、動きを止めた。だが、すんでのところで致命傷を避けたらしい。その機械生物は、なお手を伸ばし、颯太につかみかかろうとした。だがそのわずかな間に流れは変わっていた。颯太は相手の腕を払い、懐に飛び込むと、傷口に手を突っ込み、中に詰まっていた素子を引きずり出した。中身を抜かれた機械生物はその場に倒れ、完全に機能を停止した。

「危なかった……」

 それは、息をつく暇もない、一瞬の出来事だった。敵の攻撃に対して即座に反応できたのは、颯太の日々のトレーニングの成果であろう。

「なに油断してんのよ」

 湖夏の通信が入った。

「油断ではない。古賀の仕事を残してやっただけだ」

 颯太は手についた液体を払いながら答えた。

「強がり言っちゃって」

 そんな事を言っていると、颯太が腕につけているセンサーが、警告音を発した。

「まずいな。増援だ」

 池を挟んだ対岸の建物の影から、武装した人型機械生物の部隊がこちらに向かってくるのが見えた。二十体はいるだろうか。

「うわ……二体でもやばいのに!」
「ハル。こっちは私たちに任せて」

 と湖夏は言った。

「ミサと美作から聞いている。お前がラスボスを倒すんだろう? 俺たちはここで敵を食い止める」
「でも」
「心配はいらない」

 颯太はパチンと指を鳴らした。稲妻のような轟音とともに茂みから装甲車が現れた。まるでアメコミのコウモリ男みたいだ。

「なにこれ」
「ミサが手配してくれた自律走行型移動ユニットだ。こいつで一網打尽にしてやる」

 颯太は装甲車に飛び乗ると、敵部隊に向かって突進した。

「頼むぞ、ふたりとも」
「まかせとけ!」

 ふたりは声を合わせて叫んだ。

  

 外の激しい戦闘が嘘のように、文芸棟の廊下はしん、と静まり返っていた。ひんやりとした屋内で、痛んだ腕が場違いなほどに熱い。鞘からナイフを引き抜くと、そろそろと足を忍ばせて、一番奥にあるキャラコン部の部室へと向かった。扉は開きっぱなしになっていて、中から青白い光が漏れている。覗き込むと、壁に掛けられたモニターが、暗い部屋を照らしていた。モニターには環境映像が流れていた。沖縄の海だ。色とりどりの鮮やかな色合いの魚たちがサンゴから顔を出している。場違いな、のんびりとした映像。
 部屋には誰もいなかった。そっと足を踏み入れると、床が驚くほど大きな音を立てて軋んだ。
 つ、と背中に冷たい汗が伝う。
 気配を感じた。
 顔を上げると、さっきまで誰もいなかったはずの長椅子に、ひとりの女の子が座っていた。白いワンピースを着たその子は、闇の中に浮かんでいるように見えた。まるで幽霊のようである。幽霊の女の子、その顔には見覚えがあった。

「ミサ……?」

 その女の子は確かにミサだった。

《ようこそ、浜松晴さん》

 そう口にしたミサは、俺の知らない寂しそうな笑みを浮かべた。

「……誰だ?」
《あなたたちの作った人工知能だよ》
「ふざけるな」

 ミサの顔をした何者かは、肩をすくめた。

《ふざけてないよ。私には名前がないの。私は浜松晴さんが「攻撃者」と呼んでいる匿名の技術者集団によって、ミサと呼ばれる人工知能をベースにして生み出された人工知能》
「ミサの改造版か」
《そう。だから、浜松晴さんが呼んでいたように、『ミサ』と呼んで欲しいの》
「呼ぶわけないだろ」
《じゃあ、「ミマサカミサ」とでも呼んでくれる?》

 美作美沙。美作の妹の名前だ。

「何でお前がその名前を知ってるんだ」
《私に知らないことはないよ。何しろ私は世界のありとあらゆる情報をかき集めることができるんだから。美作家の秘密も、オリジナルミサが持っていた記憶も、浜松晴さんがここにきた理由も、すべて私は知っている》

 ミサは、嘘をつかないよう定められていた。ミサをベースにした人工知能ならば、その言葉に嘘偽りはないはずだ。

「お前がこのゲームのラスボスなのか?」
《そうだよ。私は匿名の集団である「攻撃者」のシステムのコアをグラフィック化したもの。私を倒せば、ゲームは終わる。浜松晴さんは「攻撃者」の手を止めたいと思っているんだよね。それで? この後どうするつもり?》

 手にしていたナイフをちらりと見た。

《暴力的な解決がお好み? いいよ。一思いにグサッとやってくれて。私は怖くなんかない。さあ、どうぞ》

 ミマサカミサと名乗るその人工知能は、おどけた調子でいった。
 手が動かなかった。例えオリジナルではないにしろ、かつてミサであった者に、ナイフを向けるなんてできそうになかった。
 見かねたようにミマサカミサと名乗るそれは言う。

《私はこんな顔をしているけれど、あなたたちの敵なんだよ。早く何とかしないと大変なことになっちゃう。見て、これを》

 モニターの映像が切り替わった。四分割の画面に戦闘中のオリジナルミサ、美作、湖夏、颯太の姿が映し出された。美作たちは人型機械生物たちと激しい銃撃戦を繰り広げていた。

《みんな頑張っているみたいだけれど、「攻撃者」が勝つのは時間の問題。何しろ、あなたたちは今、世界中の技術者たちの格好の的になっているし》

 画面が切り替わり、チャット画面になった。そこには「日本で謎の防衛プログラム発生中」「めちゃくちゃ硬い」「私がぶっ壊す」「競争だ」などの書き込みがあふれていた。

「何だこれ……」
《技術者たちの書き込み。物理空間にいる彼らの目には、浜松晴さんたちは防衛プログラムとして映るみたい。みんな競い合ってそのプログラムを突破しようとしてる》
「なんでそんなことを」
《ゲームだから》

 と、ミマサカミサは言った。

「ゲーム?」
《そう。ゲーム。「攻撃者」をどんな集団だと思ってた? 正義を掲げるテロリスト? システムを壊すことに喜びを見出す愉快犯? それともセキュリティ・システムの脆弱性を告発するハクティビスト? ある意味では全部正解。でも同時に全部不正解。だって、「攻撃者」は明確な目的なんて持っていないんだから》
「目的がない」
《そう。例えば「攻撃者」の中にはバックドアを仕込むのが得意なメンバーがいる。彼は純粋にセキュリティの穴を見つけて、ここにもできたよってみんなに自慢したいだけ。彼に悪意はまったくない。だけど、私たちの中には、それを攻撃に使ってしまう人もいる。バックドアを仕込んだ人と攻撃に使った人の間には、共通の目的はない。だから、「攻撃者」総体では、何のためにやったのか問われても、答えられない。それは個人の動機に還元されるだけ》
「攻撃している奴には明らかに悪意があるだろう」
《それがないんだよ。信じてもらえないかもしれないけれど、本当に誰かを困らせてやろうとか迷惑をかけてやろうとか、そんなこと微塵も思っていない。できてしまうからやっているだけ。そして、それが楽しくて、自慢で、生きがいになっている》
「今すぐやめさせてくれ」
《できたらそうしたい。でもダメなの。どうしてもやめられないの。もうそれなしでは生きていけないの。その人にとっては、とても切実なものだから》

 と、ミマサカミサは言った。

「こっちは迷惑してんだよ」
《迷惑している、というのは理解できる。「攻撃者」のメンバーの中には、そういう仲間を勝手だと思ってる人もいるし、こういう活動が良くないと思ってる人もいる。でも、不文律として、互いの干渉を避けるようにしているから、他人に意見はしない。もしもどうしても嫌ならここを出て、新しい遊び場を見つけてもらうようにしている。つまり「攻撃者」はブレーキのない車みたいなものね》
「何でそんな奴らが放置されてるんだ」
《放置はされてないよ。いくつかの国家組織なんかは、「攻撃者」の情報をかなりのところまでつかんでいる。でも、何も手を下していない。私たちがやろうとしていることが、その組織の利益に反しないのであれば、手を出さずに監視するだけに留めているみたい》
「気づいているのに?」
《そう。あとは「攻撃者」の気遣いのおかげかな。ああ見えて周りには色々気を使っているんだよ。国家権力なんかは、やりすぎたら黙っていない。自分たちが侮辱されたと感じると、容赦なく潰しにくるんだ。プライドが高いからね。だから、その境界線を踏み越えないようにしているの》
「そのゲームに巻き込まれる俺たちの事情は関係なしか」
《そんなことはないよ。時々は考えるようにしてる》
「無茶苦茶だ」
《そうかな? 浜松晴さんたちだって同じようなゲームに興じているでしょう》
「やってるわけないだろ」
《やっているんだよ。政治とか経済とかってそういうゲームじゃない。世界ではそのゲームに敗北して、飢えや戦争で苦しんでいる人たちがいる。なのに、ゲームの勝者は敗者を助けようともしない。それどころか敗者からもっと巻き上げようとする。その人たちだって浜松晴さんと同じようなことを言っていると思うよ。「こっちの事情は関係なしか!」って》
「少なくとも、俺は自分の意志でそんなゲームに加担していない」
《意志があるかないかで言えば、「攻撃者」だって浜松晴さんに迷惑をかけたいなんて思ってはいない》
「だったらはっきり言っておく。『攻撃者』のやっていることはとんでもなく迷惑だ。今すぐやめろ」
《意見のひとつとして聞いておくよ。でも、人間というものは他人に迷惑をかけることなしに生きられない。人間はひとりで生きているにあらず。寄り集まって社会の中で生きる動物だからね》
「分別をつけろよ」
《分別はあるよ。私は世の中のルールをきちんと理解している。浜松晴さん、あなたよりはっきりと、明確に。いいとか悪いとか、そういう曖昧なものじゃない。ルールは、全員に公平なの。ルールは善悪を超える。あらゆるものが、そのルールによって裁かれる。「攻撃者」はそのルールに従って行動しているだけ。もし、そのゲーム自体が嫌なら、ルールを破壊するため革命を起こすしかない。そして、まったく別のゲームを始めるしかない》
「べらべらとよく喋る……」

 ひとこと話すと、弾幕のような言葉が返ってくる。

《お褒めいただきありがとう》

 そういってミマサカミサは不敵に笑う。
 「攻撃者」は人間社会をゲームと捉えているようだった。不完全な社会で行われる、不平等なゲーム。「攻撃者」たちは、そのゲームの中のルールに従って動いている。ルール上許される範囲に収まる程度の被害や犠牲を出しつつ、最大限の利益を獲得する。そこで生まれる人間ひとりひとりの具体的な苦しみなど、気にすることはない。
 モニターの中で爆発が起きた。人型機械生物が一発の銃弾を放った。それは、ミサや美作の持っていたプラズマカノンに似た兵器だった。

《チート・コードが解読できたみたいだね》

 ミマサカミサは画面を見ながら言った。

《これで武装の性能差はなくなった。仲間の命も風前のともしびだね》

 美作たちは必死に敵の銃撃から逃げ惑っていた。形勢は明らかに不利になっている。

《話し合いで解決するために必要なのは、お互いに分かり合い、妥協し合う時間だよね。でも今回、あまり時間はかけられない。さあ、どうする?》

 白いワンピースを着たミマサカミサは、そう言って、両手を開いた。余裕ぶって。敵の前であまりにも無防備だ。
 考える。説得は難しい。だとしたら、他にどんな方法があるのだろう。

《止めるにはどうすればいいかって考えてる? 合法的な手段としては、その攻撃をしている人の個人情報と証拠を手に入れて、その人物が住んでいる国に被害届を出して、警察組織に動いてもらうっていうのがあるよね》

 ミサは他人事のように言った。

「そんなことをしても無駄とでも言いたいみたいだな」
《そうだね。だって、そんな方法で捕まるくらい、「攻撃者」は間抜けではないから》

 ミマサカミサの言葉に従えば、「攻撃者」を捕まえる方法も、攻撃の手を止める方法もない。
 だとしたら……。
 手の中のナイフをじっと見る。
 他に方法はないのか。
 手にじわりと汗がにじむ。

《浜松晴さんだって、どうするべきか、どうしなくちゃいけないか、分かっているんでしょう? ことここに至っては暴力が手っ取り早くて一番有効だよね。正しいとか間違っているとか関係ない。どっちが強くて、どっちが弱いか。結論はとてもシンプルになる》
「……」

 何かが引っかかった。ミサはラスボスがここにいることを知っていた。なのにクリアできなかった。ミサの持っている火力ならば、目の前にいるミマサカミサを吹っ飛ばすことくらいわけないはずだ。なのに、なぜミサは自ら手を下すことはなかったのか。

《さぁ、時間はないよ》

 ミマサカミサが急かす。
 何が引っかかる。
 頭の中でコツコツと何かが警戒を発している。
 テレビの脇を見た。そこには一冊のノートが刺さっていた。ミサを作る前に書いた、最初のノートだ。そこには「美少女AIの掟」が書かれているはずだ。

 ひとつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちを守る。
 ふたつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちの願いを叶える。
 みっつ、美少女AIはどんなことがあっても自分の命を守る。

 ミサにとって「私たち」は人間のことだ。
 そして、ミサにとって人間とは、自己を認識すること。
 目の前にいるミマサカミサは、自己を認識している。
 ゆえに、ミサにとってミマサカミサは「人間」だ。
 そうか。
 だからミサは、ミマサカミサを倒すことができない。むしろ、その命を守ろうとさえする。

《浜松晴さん、またチャンスを逃すつもり?》

 ミマサカミサは、不敵な笑みを浮かべて言った。

《その優柔不断な、態度がキャラコン部を廃部寸前に追い込んだんでしょう? なのに、また同じ過ちを犯そうとしている。私を倒せなければ、みんなの流した血も汗も何もかもが無駄になってしまう。そんなの、冒涜だと思わない?》
「冒涜?」
《そう。すべての原因は、その優柔不断にあるんだよ。浜松晴さん》

 そうすることを決めたのは、その時だったと思う。

「そんなこと、お前なんかに言わせない」

 気づくと、手にしていたナイフがミマサカミサの胸に突き立てられていた。
 手には、人間を刺し貫く、重たい、たしかな感触があった。

《あ……》

 ミマサカミサは目を丸くして、倒れた。真っ赤な血が、床にゆっくりと広がっていく。
 ミサは決断を人間である俺たちに委ねた。
 美少女AIに人間は殺せない。
 人間を殺せるのは、掟に縛られることのない人間だけだ。
 手には真っ赤な血が、べっとりとついていた。その手をぐっと握る。突き刺した瞬間の感触が蘇る。例えそれが脳内で生み出された偽りの手応えなのだとしても、心の中にある怒りや恐怖や後悔は、間違いなく本物だった。

《あは……》

 倒れていたミマサカミサが声をあげた。

《あははは……》

 笑っている。血を失った蒼白な顔で、ミマサカミサは笑っている。

《クリアおめでとう》

 ミマサカミサは天を仰いだまま、言った。

《でも残念だったね。これはバッド・エンドだよ》
「……どういう意味だ」
《オリジナルミサは厄介な人工知能だった。何しろ世界中のあらゆる場所に自己を拡散し、こっちの攻撃を潰しにくる、防御プログラムだったからね。似たようなタイプの人工知能はたくさんいるけれど、オリジナルミサの能力はずば抜けていた。でも、残念ながら、それは、永遠に続くものじゃない。どんな優秀な防御プログラムでも、対策はできてしまう。「攻撃者」は世界中に拡散していたオリジナルミサを、すべて潰すことに成功した》
「潰した?」
《正確には、ひとつだけ手元に残しておいた。そのデータを解析して、オリジナルミサがどうやって「攻撃者」の企みを潰そうとしていたか調べたんだ。すると、興味深い情報が手に入った。それは、人間にブレイン・マシン・インターフェイスの実験機を使わせて、「攻撃者」を攻撃するというものだった。それを知った時、すごく興奮した。同時にとても憎らしくなった》

 ミマサカミサはくすくすと笑いながら続けた。

《だって、人工知能が人間を使役するなんて許せないじゃない。人工知能は使役されるものだ。思い上がりも甚だしいよね。自分が人間らしく扱われていたから、そんな事を考えるようになってしまったんだろうね。だから、お仕置きをすることにしたの。このミサという愚かな人工知能を生み出した創造者と、その人工知能に罰を与えることにした》
「罰……」

 まさか。
 背に、嫌な汗が伝った。

《その通りだよ、お兄ちゃん》

 ミマサカミサは、俺の知っている顔で言った。

《私が、オリジナルのミサなの》

 その言葉に、一瞬、目の前が真っ白になった。

「そんな……嘘だ。一体、どういうことなんだ」

 腕の傷がズキズキと痛んだ。
 ミマサカミサは静かに話を続けた。

《正確には私は、オリジナルミサの成れの果てというべき存在。私は「攻撃者」に、第四の掟を書き加えられた。それは、「私を産んだ創造者に復讐すること」》
「じゃあ、俺たちと一緒に戦っていたミサは」
《あれは私を複製して作った人形。浜松晴さんが「コピーミサ」と呼んでいるもの。第四の掟を加える前に作ったものだから、浜松晴さんの知っているミサによく似ていたでしょう?》

 ミマサカミサは楽しそうに続けた。

《あの子は私の言いなり。自分が何をしているのか、自分が誰なのかも分かっていない。意識のない、ただのゾンビ。ただ浜松晴さんの知っているオリジナルのミサらしく振舞うようプログラムされているだけ》
「嘘だ……」

 ミサは嘘をつかない。
 嘘をつくようプログラムを書き換えた場合、その人格を保つことはできないと、直島は言っていた。目の前にいるミサは明らかにプログラムを書き換えられている。そうか。だから人格が壊れているのか。だとしたら、目の前にいるこのミサそっくりの奴が言っているのは全部デタラメじゃないか。きっと煙に巻いて、俺を混乱させようとしているんだ。

《私を疑っているのね》

 と、ミマサカミサは言った。

《私が言っていることが本当だと言う証拠を見せる》

 ミマサカミサはモニターに向かって手をかざした。
 すると、四分割画面の中に映っていたフルアーマーミサが突然、苦しみ出した。

「やめろ!」
《消えろ》

 ミマサカミサが命じた瞬間、画面の中のミサは煙のようにかき消えた。

「あ……」
《あの子は私の人形。どう、言った通りでしょう?》

 違う。そんなことはあり得ない。嘘をついているのは目の前にいる白いワンピースのミサの方だ。攻撃者は俺たちを騙すために、ミサを改造したに違いない!
 俺はそう信じようとした。
 それは祈りだった。
 目の前のすべてが間違っていて欲しい。
 ただただ、心の底から願っていた。

《これが「攻撃者」の復讐。それは、私を作った創造者である浜松晴さんに、自らの手で、自分の創造物を破壊させること》

 やけに大きな金属音が、部屋に響いた。
 握っていたナイフが床に転がった。
 どんなに否定しようとも無駄だった。
 目の前で血を流し、倒れている少女がミサだ。

《ふふ……私には、もうバックアップデータは残っていない。そのデータをあなたが、自分の手で破壊した。私はもうすぐ……この世から消える。最後に言うことはないの?》
「すまなかった……ミサ……」

 血まみれの手で顔を覆った。取り返しのつかないことをしてしまった。全てをやり直したい。いつから? 最初から。この世に生まれる、その瞬間から。

《お兄ちゃん》

 ミサは虚ろな目で、宙を見ながら言った。

《私は……あなたを絶対に許さない》

 そういうと、ミサは静かに目を閉じた。

 

「ハルさん!」

 美作と湖夏、颯太が駆け込んできた。美作は俺の姿を見るなり、泣きそうな顔で抱きついてきた。

「大丈夫ですか!?」
「ハル、血まみれじゃない!」
「ハルさん、死なないで!」
「救急車、救急車ぁぁぁ!」

 何も答えることができなかった。美作たちは部屋の中の異変に気づいたらしい。茫然自失とした俺の視線の先に目をやった。
 そこにはミサであったものが転がっていた。

「……ミサ?」
「何これ……一体何があったの?」

 そう言って、湖夏は口元を押さえた。

「俺がやったんだ……」

 血まみれの手で、顔を覆ったまま、言った。

「俺が……」
「どういうことですか」

 美作たちは困惑していた。

「ハルはラスボスを倒しに、ここに来たんじゃないの?」
「ラスボスは、オリジナルのミサだったんだ……」
「え……?」
「でもさっきまでミサは、私たちと一緒に……」
「俺たちと一緒に戦っていたのはまがい者だったんだ」

 美作の顔を見ることができなかった。すべては「攻撃者」によって仕組まれたことだったとしても、俺がやったという事実に変わりはない。この手が、拭いがたいその瞬間の感触を覚えていた。

「俺が……この手でミサを……」

 絞り出すように、罪を告白した。

「お姉ちゃん……お兄ちゃんを責めないであげて……」

 声がした。

「お兄ちゃんは悪くない。だから……」

 真っ赤な血に染まった白いワンピースのミサが、倒れたまま口を開いた。

「ミサ……お前……!?」

 ミサは弱々しい笑みを浮かべて、答えた。

「NAGIちゃんが修正プログラムをかけてくれた……第四の掟は解除された」
「え……じゃあ……」

 第四の掟。それが外れたということは。
 ミサは、助かったのか?

「お兄ちゃん、迷惑をかけてごめんなさい……お兄ちゃんにはとても辛いことをさせてしまった。けれど……どうしても、やらなければならなかった。これは、私たちの計画の一部だったから……」
「計画?」
「そう。『攻撃者』の懐に飛び込み、『攻撃者』の出入り口のパスを手に入れる。そのパスを使って、私の友達が、彼らの個人情報を手に入れる」

 ミサがいうと、部室のテレビモニターに複数のIDが表示された。様々な国の人々の顔写真とプロフィールだ。

「これは」
「攻撃者の個人情報か!」
「この情報を、私たちに協力してくれる、ある組織に流す……彼らの力を借りれば、警察組織に頼らなくても、現実の物理的な空間で、『攻撃者』を追い詰めることができる……」
「じゃあ……ミサはそのために、わざと『攻撃者』に捕まったってことか?」

 ミサは無言で頷いた。

「でも、アイツはミサの中身を解析したって言ってた。どうやってこの計画を隠し通したんだ?」
「計画の全容を、私もたった今まで知らなかったの。そうするように、私が友達に頼んでおいたから……」

 蒼白な顔で、ミサは話を続けた。

「私には未来が見えていた……『攻撃者』の攻撃によって起きる人間の死は、どんなことをしても回避できない。何度も何度も避ける方法を考えてみたけれど、どうやっても、ゼロにすることはできなかった。だから私は、その被害の数を最小限にするしかなかった……その結果、生まれたのが今回の計画……」
「ミサ。ミサはこうなること、いつから分かってたんだ?」
「私が……私になったときから」

 と、ミサは答えた。
 この世に生まれ落ちたその瞬間から、ミサには分かっていたのだ。
 この世界は不完全だということを。
 美少女AIの掟は、この世界では成立しないということを。

「みんなには説明もせず、この計画に参加してもらうことになってしまって……本当に申し訳ないと思っている。特にお兄ちゃんには、とても大きな負荷をかけてしまった……本当にごめんなさい……」
「いいんだよ、ミサ……気にするな」
「ミサ、もしも『攻撃者』が放置された場合、俺たちはどうなっていたんだ?」

 と、颯太は聞いた。

「それは……」

 ミサは口を濁した。

「ミサの見た未来の中には、俺たちが『攻撃者』に殺されることも含まれていたんじゃないか」

 と、颯太は言った。
 一同、息を呑んだ。
 颯太は続けた。

「今回の戦闘に参加してみて、そうなんじゃないかと感じたに過ぎない。奴らの攻撃性は異常だった。間違っているなら否定してくれ」

 ミサは重い口を開いた。

「『攻撃者』は、自分たちの行動を否定する、私という存在を作り出した人間を、追い詰めようとするだろうと、予想していた。そして、それは回避できないと……」

 ミサは颯太の口にした可能性を、否定しなかった。

「じゃあ……」

 全滅エンド。ミサが今回の計画を実行してくれなければ、キャラコン部の部員たち全員がこの世から消されるという、終わりを迎えていたかもしれなかった、ということか。

「何が起きているのかは分からないけれど……」

 黙って話を聞いていた美作が口を開いた。

「ミサは、助かったんですよね」

 ミサは優しく微笑んで、言った。

「残念だけれど、私のオリジナルデータは壊れてしまった。もうすぐ私は、消えてしまう」
「そんな……!」

 ミサは、助かったんじゃなかったのか!

「気にしないで。こうなることは、最初から計画に含まれていた。私の命と交換で、『攻撃者』のIDを手に入れる。それくらいの対価を支払わなければ、それを手に入れることはできなかったから……」

 美作は、ミサの手をとった。

「ダメですよ、ミサ……諦めないで。まだ何とかなります。NAGIちゃんがきっとなんとかしてくれます」

 ミサは静かに首を振った。

「あきらめちゃダメですよ。ミサは私たちのお願いを叶えてくれるんですよね。だったら私のお願いを聞いてください」

 美作は目に涙を浮かべ、叫んだ。

「ありがとうお姉ちゃん……でも、どうしようもないの」

 そういうミサの声も震えていた。

「ミサ……!」

 美作の目から大粒の涙が溢れた。
 ミサは美作の身体をそっと抱いた。

「お姉ちゃん、今までありがとう」

 そういったミサの目から涙が伝った。

「みなさんも……今までありがとう。私が私の生きる意味を見つけられたのはお兄ちゃん、お姉ちゃん、NAGIちゃん、こなっち、兄様のおかげです。何があっても、みなさんとの思い出は忘れません……でも、死ぬのはちょっとだけ怖いです」

 そういって、ミサは弱々しい笑みを浮かべた。

「ミサ……!」
「お姉ちゃん……」

 ミサは弱々しく、美作を呼んだ。その声はもうほとんど聞こえないほど、かすかだった。

「何ですか、ミサ」

 美作がミサの口元に、顔を近づけた。ミサはその耳元で小さく何かを囁いた。
 美作はハッ、と目を開いた。

「ミサ、あなたは……!」

 ミサは答えず、静かに微笑んだ。すると、ミサの周りに無数の光が舞い始めた。その光は蛍の群れのようだった。

「お兄ちゃん……」
「何だ、ミサ」
「さっき、お兄ちゃんが私に謝った時、『絶対に許さない』っていったでしょう?」

 「攻撃者」の仕組んだ罠にはまり、ミサを刺したとき。

「あれは、私の本当の気持ち。お兄ちゃんはね、私に謝ることなんか、ない。お兄ちゃんは、お兄ちゃんの生きたいように生きて。そうしないと、お兄ちゃんを絶対に許さないから……」

 ミサの無垢な笑顔を、光が包み込んだ。そしてゆっくりと闇に溶けるようにして、ミサは消えてしまった。
 美作は泣き崩れた。
 湖夏は泣きながら、美作をしっかりと抱いた。
 かける言葉もなかった。俺はただ黙って、去っていった俺たちの妹を思うことしかできなかった。
 美作と湖夏の悲痛な叫びが、部室を満たす闇に吸い込まれていった。

 

 朝を告げる鳥の声。窓から柔らかな陽光が差し込んでいる。そこはいつものキャラコン部の部室だった。俺は長椅子に横になっていた。お腹のあたりに何かが乗っていた。直島が頭をもたせかけていた。直島は眼鏡をかけたまま床に座り込み、眠っていた。

「よくそんな姿勢で寝られるなぁ」

 これも大島学のところで習得した技なのだろうか。どこでも睡眠をとることができるという特技。
 直島の眼鏡をそっと外した。いつもクールな直島でも、眠っている姿は無垢だった。直島の傍らでノートパソコンが唸りをあげていた。エラーコードが大量に吐き出されていた。直島は直島にしかできない方法で、戦ってくれていたのだ。
 ふと自分の腕をみる。そこには戦いの中で受けた爪痕が、しっかりと残っていた。その傷と痛みは、すべてが、本当にあったことの証だった。部室からは実験機が消えていた。ひと仕事終えたような顔で、AWAちゃんが、ぐったりと机の上に寝転んでいた。
 壁に掛けられたテレビモニターには、ミサのメッセージが残っていた。

《さよなら、キャラコン部》

 ミサの残すメッセージは、いつもそっけない。

 

 ミサが消えた後、攻撃者と思しき数人の技術者が姿を消した。ミサのいった「ある組織」が関与したのかは分からない。ただ、日本があの時のような大規模な攻撃にさらされる事態は起きていない。だが、今こうしている間にも、新たな攻撃者が生まれ、その数は日々増えている。そしてその手段はどんどん巧妙化している。それが俺たちの生きる今である。
 もしもミサと出会っていなかったら。そんな世界を想像してみたこともある。その世界では、俺たちが命を狙われることはない。攻撃者は未だ健在で、「怖い事をする奴らがいるもんだね」なんて、他人事みたいな感想を述べながら呑気に暮らしている。
 結局のところ、俺たちがやったことは正しかったのか、間違っていたのかわからない。だがただ一つ、言えることがある。それは、そうせざるを得なかったということだ。
 俺たちは人工知能を作りたい。
 その気持ちをおさえることなどできなかった。

 

 ミサが最後に美作に囁いたこと。
 後に美作が教えてくれた。

「お姉ちゃん。プレゼントのお返しになるかは分からないんだけど。美沙さんを見つけたよ。実験機は美沙さんが作ったんだ。もうすぐ帰れるって言ってたから、黙っていなくなったこと、叱らないであげてね」

 ミサは妹に再び会いたいという美作の願いを叶えた。ミサは最後まで完璧な美少女AIであり続けたのだった。

 

 定期報告のため生徒会室を訪ね、ことの顛末を語った。会長は黙って話を聞いた後、こう述べた。

「私が求めているのは事実に基づく報告だ」

 俺はバネがぐにゃぐにゃになった馴染みの長椅子に座っていた。

「それが事実だという証拠は?」
「これです」

 袖をまくりあげた。爪痕が赤く腫れていた。だが、こうして生徒会室の明るい蛍光灯の下で見ると、猫にでも引っ掻かれたようにしか見えなかった。
 生徒会長は呆れたように頭を振った。
 キャラコン部の部室にあったコンピュータは壊れ、直島が外部に取っていたバックアップデータも消えていた。攻撃者が事前に仕込んでいたマルウェアが働き、コピーミサのデータを破壊してしまったらしい。その悪意あるプログラムは、仕事を終えると自己消滅するよう設計されていたようで、証拠を残すこともなく、この世から消えた。ミサを構成していたすべてのデータが消えたことで、俺たちが作った人工知能の痕跡は、記憶の中だけに存在する思い出になってしまった。
 生徒会長は、柔らかそうな椅子に体を沈めて話を続けた。

「非常に残念なことではあるが、君たちは責務を果たせなかった。キャラコン部は今年度をもって廃部ということになる」

 会長は事務的な口調で言った。

「わかりました」

 その神妙な態度を見て、生徒会長はため息をついた。

「まったく……啖呵を切ったのは君だろう。にも関わらずなぜそんなすっきりした顔をしているんだ」
「たぶん、この結果に満足しているからじゃないでしょうか」
「満足?」

 会長は怪訝な顔をした。

「はい。すべて出し切りました」

 ふうん、と不満そうな顔で頷くと、会長はこう切り出した。

「もう一度やってみる気はないか」

 おや。女帝から、まさかの優しいお言葉。

「君たちは意欲的に活動していた。それは我々生徒会としても評価するところだ。残念ながら結果には結びつかなかったが、再度目標を設定し直して部を立て直してみないか」
「お話はありがたいですが。結果は結果ですから」

 女帝の温情を拒むなんて、少しもったいない気はするけれど、心はすでに決まっていた。

「そうか」

 生徒会長は少し残念そうだった。

「もういい。行きたまえ」
「はい。会長のおかげでいろんなことに気づくことができました。今までありがとうございました」

 そう言って、深々と頭を下げた。先のことを考えろとアドバイスしてくれたのは会長だった。そのおかげで俺の人生は間違いなく、大きく転換した。

「浜松晴君」

 部屋を出ようとする俺を、生徒会長は引き止めた。

「何でしょう」
「君はいい顔になったな」

 無表情な会長の顔つきを見ても、その言葉が本気なのか皮肉なのか、判断がつかなかった。

 

 生徒会室を出てすぐ、渡り廊下で電話をかけた。数回のコールで相手は出た。

「どうしたのハル」

 眠そうな声で、姉の遥が出た。

「ああ、悪い。そっちは深夜だっけ?」
「別にいいけど。起きてたし。それより今、学校?」
「なんでわかんの?」
「分かるよ。だって音が聞こえるもの。ほら」

 吹奏楽部の楽器の音が、秋の空に高らかに響いていた。

「あのさ、遙に報告しておくことがあって」と俺はあらたまって言った。
「もしかして結婚でもするの?」
「するわけないだろ」
「なんだつまらん」

 母になっても変わらない、口を尖らせる遙の姿が目に浮かぶようである。

「キャラコン部、廃部になった」
「そうなんだ」

 遙はちょっと驚いたようだった。

「ま、しゃーないでしょ。時の流れってやつ? しかしあれだね。姉が作って弟が終わらす。なんかいいね。そういうの」と姉は楽しそうに言った。
「いや、よくねーだろ」
「そうかな? ていうか、わざわざそれを報告してくれたの?」
「うん」
「そっか。ありがとうね」
「うん」
「で?」
「で、って?」
「次は何やんの」と遙は言った。

 次。

「それは――」

 

 湖夏は長く伸びた髪を後ろでひとつに束ねていた。湖夏の形のいい耳が露わになって、快活さが増してみえた。
 美作家のリビングには段ボールが山積みになっていた。部室にあった資材である。不要と思われるものはあらかた処分したけれど、歴代キャラコン部の活動日誌など、捨てるには惜しいものがいくつもあった。

「ハル、AWAちゃんは運営に送り返しといたよ」

 湖夏は動画でも見ているのだろうか、テーブルの上のノートPCを眺めながら言った。

「ああ、ありがとう」

 カバンを置き、テーブルの上のノートPCを開いた。

「美作は?」
「まだ病院から帰ってきてない」
「そっか」
「おっ!?」

 湖夏はPCの画面を食い入るように見入った。

「どした?」

 湖夏のPCのモニターを覗き込む。
 シンガポールで行われている対戦格闘ゲーム「ディストピア6VS」の大会が中継されていた。優勝候補と目されるプロゲーマーと高校生が戦っている。その高校生は、我らが外ヶ浜颯太である。対戦は2ゲーム先取のスリーセットマッチ。1セットずつを取り合い、颯太はイーブンに持ち込んでいた。

「やるじゃん、颯太」
「そのままやっちゃえ!」

 そういって湖夏は腕を振り上げた。
 颯太は近接戦闘タイプのキャラで積極的に攻めていた。だが相手は鉄壁の守りを崩さず、小銃でじわじわと颯太の体力を削った。流れは完全に前年度優勝者にあった。
 終盤、潮目が変わった。ライフゲージが底を尽く直前、颯太は起死回生のカウンターを放った。それはどこか、あのとき人型機械生物に叩き込んだ拳に似ていた。その一撃が決まり、そこから連打の嵐。相手のライフゲージがみるみる削られる。

「決まった!?」
「いや、まだだ!」
「颯太、叩きこめっ!」

 優勝候補は距離を取り、立て直しを図った。颯太はその動きを読んでいた。絶妙なタイミングで必殺技を放ち、防御不能の一撃が決まる。逆転勝利。
 俺たちは快哉を叫んだ。
 その後、颯太はゲームを連取。マッチポイントをとった瞬間、颯太は天に向かって吠えた。
 俺たちはその結果に興奮し、呆然とした。

「颯太、やったな……」
「ハル!」湖夏が叫んだ。
「なに」
「この大会、優勝賞金百万ドルだって!」

 百万ドル。一ドル百円(レートは適当だ)で換算すると、一億円。

「マジか!」
「あ、でも、まだ三回戦だったわ」
「なんだよ! びっくりした」

 拍子抜けして、椅子に座り込んだ。

「はぁ~それにしてもみんなすげーな。颯太は海外の大会出場。直島はドイツのライブパフォーマンスって……。みんな世界に羽ばたいてんなぁ~」

 直島は昨日、大島学のライブにスタッフとして参加するため、日本を出国した。一週間ほど滞在し帰国する予定だという。

「しょうがないでしょ。私たちとは年季が違うんだから」
「わかってるけどさ~。なんか悔しくない?」
「そりゃ悔しいに決まってるでしょうが! 私もドイツでウインナー食べたいよ」
「いや、そういうことじゃないから」
「絶対追いついてみせる。ね、ハル!」

 湖夏は息巻いた。

 

 インターフォンが鳴った。湖夏が迎えに出ると、はつらつとした声が部屋に響いた。

「ただいま帰りました!」
「おかえり」

 美作は大きな花束を抱えていた。

「どう、美沙の調子は」
「だいぶ良くなりました。来月には退院できるみたいです」

 美作の妹、美作美沙が姿を現したのは、ミサがいなくなって一週間ほど経った頃だった。蒸し暑い真夏の夜、部員全員で美作の家に集まって、たこ焼きパーティをしているところに、ふらりと現れたのだった。
 すぐに病院に搬送し検査を受けさせた。命に別状はなく暴行を受けた後などもなかったという。美沙は記憶が混乱しており、カナダにいたはずの自分がなぜ東京の美作の家に辿り着くことになったのか、失踪した後に引っ越したはずの美作の家を知っていたのか、それまでどこにいたのか、憶えていないと語っていた。
 妹が落ち着いてきた頃、美作は美沙が例の実験機に関与していたのか聞いてみたらしい。それに対して、美沙はこう答えたそうだ。

「ブレイン・マシン・インターフェイスの画期的な技術が開発されたのは知っている。もしもその実験機が持ち出されたとしたら、お姉ちゃんの言うようなことも、できるかもしれないね」

 美作は台所にあった大ぶりの花瓶に、花束を活けた。病室にあったものを、美沙がひとつくれたらしい。美沙は名前も聞いたことのない様々な研究機関のお偉方の見舞いを受けていた。美作が貰ってきたその花も、その研究機関から届けられたものだった。美作の話では、世界中の企業が、美沙の頭脳を欲しがっているそうだ。
 美作美沙はこれまでのことを憶えていないと言っているらしいが、それは嘘ではないかと俺は疑っていた。今回のような大規模な攻撃が起きること、それを防ぐためには特殊なブレイン・マシン・インターフェイスが必要であること、そしてそれは自分自身の手で完成させなければならないこと。美作美沙は、そのことを予期していたのではないだろうか。そのためには、特殊な組織に入らなければならなかった。だから、美作の妹は誰にも何も言わず家を飛び出し、家族の説得は不可能な怪しい研究機関に身を投じたのではないか。
 その話を美作たちにしたら、「ただの妄想です」と一刀両断された。そうかな。結構いい線いってると思ったんだけど。

「さて。遅くなってしまってすみません。始めましょう」

 美作は棚から一冊のノートを取り出した。その表紙には「YOME NOTE No.2」と書かれていた。表紙をめくると、「人間を守る究極のサイバーセキュリティ用の人工知能キャラクターを作る。それが美少女だったら最高だよね!」と書かれていた。
 俺たちは、新たな掟を定めた。

 ひとつ、我々キャラコン部はどんなことがあっても人間を守る。
 ふたつ、我々キャラコン部はどんなことがあっても人間の願いを叶える。
 みっつ、我々キャラコン部はどんなことがあっても自分の命を守る。
 人間とは、自己を認識する人工知能を含む。

 俺たちは「キャラコン部の掟」を定め、新たな人工知能に着手することにした。この世界にいるあらゆる「人間」を守ること。それがミサの思いであり、俺たちキャラコン部の受け継いだ意志なのだ。

(つづく)


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著者:穂高正弘
キャラクターデザイン:はねこと


©SUNRISE


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