機動戦士ガンダム Twilight AXIS【第11回】
第六章「サザビー」1
「待ってて、大佐――。今、行くから」
メーメットらの目を盗んでラボを抜け出し、アクシズ外壁へと出たアルレットは、岩陰に設えられた小さなガレージへと歩み寄った。
そこには外壁移動用のプチMSが数台、駐機されている。
ほとんどはアクシズ分裂のショックで宇宙空間に投げ出されていたが、中には無事な機体もあるようだ。
アルレットはその中の一台に乗り込み、手早く起動させた。
岩壁を跳ねるように動き出すプチMS。
アルレットは機体に実装されたナビを起動し、現在位置を確認した。
目ざす場所は、アクシズ崩壊の時、大破したサザビーが乗り捨てられた場所。
あの時、レウルーラに送られた信号から割り出したその場所は、ここからそう遠くはないはずだ。
「大佐――」
進行方向を特定し、アルレットはプチMSの速度を上げた。
× × ×
一方――。
マスティマの揚陸艇が停泊中のポート上空では、ダントンのR・ジャジャとヴァルターのバイアラン・イゾルデとの戦いが続いていた。
漆黒の闇を、迸る閃光が切り裂く。
「楽しませてもらうぜ、白いの!」
イゾルデから発射されたメガ粒子砲の光が、ダントンのR・ジャジャに襲いかかる。
「……っ!」
ギリギリで躱しつつ、ダントンはコントロールスティックのトリガーに素早く指を走らせる。
武装選択。
R・ジャジャの肩アーマーに搭載されたミサイルポッドから、6発のミサイルが一斉に発射された。
「フン……小賢しいな!」
イゾルデは怯むことなく、両腕から二条のビーム・サーベルを発振させる。
旋回しつつ、接近するミサイルを斬り落としていくイゾルデ。
爆炎を切り払うように急加速し、R・ジャジャへと襲いかかる。
「何っ!?」
突き出されたサーベルがR・ジャジャの肩を掠め、装甲を焼いた。
「なんて加速だ……」
ダントンの額を冷たい汗が流れる。
バイアラン・イゾルデは、本来は地上用として開発されたRX―160 バイアランを宇宙空間での戦闘に対応させた改修機である。
MSによる大気圏内での飛行を可能たらしめていた融合炉ジェットエンジンは、真空の宇宙空間での使用にあわせた改修を施されても、なお大出力を遺憾なく発揮していた。
その突進力を生かした一撃離脱の戦法は、ヴァルターの得意とするところだ。
一方、ダントンの駆るR・ジャジャはアクシズの騎士専用に開発された白兵戦に特化したMSである。
その本分はあくまで近接戦闘。高速で動き回る相手には分が悪いと言わざるを得ない。
「相性は最悪だな……やれやれだ」
悪態をつきながらも、ダントンは眼前の敵から視線をそらさない。
無意識にグリップを握る腕に力を込める。
その感触が、ふとダントンに遠い日の記憶を蘇らせた――。
× × ×
一年戦争当時――。
ダントンは若きMSパイロットとして、将来を嘱望されていた。
彼の士官学校での成績は、同期の候補生達の中でも抜きんでており、中でもMSの操縦技術に関しては圧倒的だった。
彼の操縦するMSは、マニピュレーターを自在に操って様々な武装を瞬時に使いこなし、荒れた地形でもバランスを崩すことなく難なく走破した。
その様子は、まるで生身の人間のようだと賞されたものだった。
実際、作業用モビルワーカーから発展した黎明期のMSでも、かなり精密で人間的な動作を行うことは可能ではあった。
だが、実戦でいかんなく使いこなすことができたのは、シャア・アズナブルを初めとする一部のエースのみと言ってよかった。
当時のダントンは、候補生の時点ですでにその域に達する片鱗を見せていたのだ。
だが――
結局、ダントンがMSパイロットとして大成することはなかった。
理由としてはごくシンプルなものだ。
彼は戦争が嫌いだったのだ。
もちろん、人を殺すことが好きな人間などそう多くはない。
ダントン自身、自分や仲間の身を守るため、敵に向けて引き金を引いたことは幾度もある。
それでも、そんな生活を長く続けていられるほどには、ダントンは戦争に慣れることはできなかった。
敵味方の双方に甚大な犠牲者を出したある作戦を終えた時、ダントンはMSを降りる決意をした。
MSの操縦それ自体は好きだった。
複雑なメカニズムで構成された巨大な人型のマシンに、自分の操縦で魂が宿る――。
幼い頃からメカに興味を持ち、機械いじりばかりしていた彼にとって、それは無上の喜びだった。
だからこそ、そのMSを使って人殺しを続ける生活に、彼はこれ以上耐えられなかったのだ。
そして。
除隊の手続きをとるつもりで訪れた軍のオフィスで、ダントンはついに彼と出会ったのだ。
シャア・アズナブル――。
その名は、昇進に興味のなかったダントンの耳にも届いていた。
異例の若さで大佐となった仮面の男。
その出世の裏にはいくつもの黒い噂があった。
仮面の下に不敵な微笑みを湛えたシャアは、開口一番、ダントンにこう告げた。
「君をスカウトに来た――」
訊けば、彼は以前からダントンの操縦技術に注目していたのだという。
だが、それはダントンにとって嬉しい申し出ではなかった。
自分はもう軍を辞めるつもりだ。だから大佐の希望には応えられない――
そう答えたダントンに、シャアは続けてこう言った。
「人殺しが厭になったかな?」
「……っ」
図星を突かれて、ダントンは思わず視線をそらす。
「恥ずかしがるようなことじゃないさ。普通の人間ならそう思って当然だ」
そう言って、シャアは自嘲気味に笑った。
「安心してくれ。私が欲しているのは、あくまで君の操縦技術だ」
くわしい話を聞くため、ダントンはシャアに連れられてラウンジに移動した。
聞けば、シャアはダントンを自身のシューフィッター――MSのテストパイロットとして引き抜きたいとのことだった。
「何故、俺を? MSの操縦の上手い奴なら、俺じゃなくて大勢いるでしょう」
「いや、君でなくては駄目なんだ」
そう言って、シャアは小さく微笑んだ。
「似ているのだよ、君の操縦は――この私とね」
「似てる――俺が? 大佐に?」
「ああ。細かい動作や武器の使い方……実によく似ている」
「はぁ……」
「知っているかと思うが、私は自分専用のMSを受領できる立場にある。私が実戦で使用する前に、別の人間にテストを頼むことになるが……下手な人間に任せると、機体に妙なクセがつきかねない。そこで……」
言葉を切り、シャアはダントンを見つめた。
「君が必要なのだ。ダントン・ハイレッグ」
「……!」
「テストパイロットなら、敵を撃つ必要もなかろう?」
「それは……」
詭弁だとは思った。
自分自身が引き金を引くことはなくても、戦争に関わることに変わりはないのだから。
何より、ダントン個人は目の前のシャア・アズナブルという男にあまり好感が持てなかった。
戦争という状況の中で、人殺しを生業に身を立ててきた男。
その生き方はダントンとは対局にあると言ってよかった。
だが――
人を撃つことなく、MSの操縦ができる。
その提案は、ダントンにとって抗いがたい魅力だった。
「……しばらく……考えさせてください」
その場はそう言って別れたものの、ダントンに他の選択肢はなかった。
数日後、ダントンは再びシャアに連絡を取り、彼専属のテストパイロットになる旨を承諾した。
× × ×
そしてダントンは、訪れたサイド6のMS開発施設で、後にコンビを組むことになるエンジニアの少女――アルレット・アルマージュと出会ったのだ。
最初は、生意気な小娘だと思った。
「今度の機体、スラスターを増設し、出力も3%上げています。操作性が変わっているので気をつけてください」
「……ああ」
会話といえば、上から目線の事務的な指示が多かった。
ダントンも決して愛想が良い人間というわけではないので、しばらくはギクシャクした関係が続いた。
部外者が見たら、喧嘩でもしているのかと思ったかもしれない。
だが、そんな生活がしばらく続くうち……
アルレットに変化が訪れた。
なぜかからかうようなニュアンスが増え、時には笑ったりもするようになった。
「私の調整したMSよ。間違いなんてあるはずがないでしょう?」
「……ああ」
彼女の笑顔が特にシャアに向けられたものだということは、朴念仁と揶揄されがちなダントンにも察せられた。
だが、アルレットとの距離が少しずつ縮まるに連れ、ダントンも釣られて笑顔になる機会が増えていった。
アルレットの軽口にダントンが無愛想にやり返す、そんな仲の良い兄妹のような二人のやりとりは、いつしか施設の日常風景となった。
殺風景なMS開発施設は、やがてダントンにとっても居心地の良い場所へと変わっていった――。
――第六章へ続く――
ストーリー構成・挿絵:Ark Performance
著者:中村浩二郎
次回8月10日頃更新予定
©創通・サンライズ
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