機動戦士ガンダム Twilight AXIS【第12回】
第六章「サザビー」2
やがて一年戦争が終結し、シャアがクワトロと名を変えてエゥーゴへ渡ることになった時、アルレットは迷わず一緒にいくことを選択した。
「ダントンは――どうするの?」
そんなアルレットの問いに、ダントンは例によって不機嫌そうな声で応えたものだ。
「俺がいなかったら、誰がお前の調整した機体をテストすんだよ」
すでに、アルレットの隣は彼の居場所となっていた。
そして、その関係は、このアクシズが崩壊しシャアが消息不明となるその時まで、一度も変わることはなかった。
あの日。
出撃の間際、シャアはダントンの肩に手を置いて一言、こう言った。
「アルレットを守れ――」
× × ×
「……っ!」
機体を震わせる衝撃が、ダントンを現実へと引き戻した。
イゾルデの右腕のクローが、R・ジャジャの左肩のバリアブル・シールドをガッチリと捉えている。
「くっ……」
「捕まえたぜ、白いの!」
ヴァルターが吼える。
イゾルデの左腕の砲口が、R・ジャジャに向けられる。
この至近距離でメガ粒子砲の直撃を受ければ、コクピットのダントンは一瞬で塵と化すだろう。
「クソがっ!」
咄嗟の判断で、ビーム・ライフルを突き出すダントン。
R・ジャジャのビーム・ライフルは、先端に小型のビーム・サーベルが取り付けられた銃剣型となっている。
出力はあまり大きくないが、至近距離で狙えば――
「!」
察知したヴァルターが、メガ粒子砲のトリガーを押し込む。
灼熱のメガ粒子が迸る瞬間、R・ジャジャのサーベルがその砲口を切り裂いた。
暴発した粒子は狙いを外し、イゾルデが掴んでいたR・ジャジャのバリアブル・シールドを吹き飛ばす。
「があああああっ!」
戒めから解放されたR・ジャジャは、そのまま左腕で腰のビーム・サーベルを抜き放ち、逆手でイゾルデへと斬りかかる。
「野郎っ!」
背部のスラスターを全開にしたイゾルデが、R・ジャジャから距離をとる。
「…………」
「…………」
互いに片腕のメガ粒子砲とバリアブル・シールドを失った二機は、再びそれぞれの武器を構えて対峙した。
「なるほどな……兄貴が手こずっただけのことはある」
イゾルデのコクピットで、ヴァルターが楽しげに喉を鳴らす。
「こんなところで、てめえみたいな野郎と戦えるとはな! 嬉しいぜ!」
一方で、ダントンは相反する二つの感情に戸惑っていた。
誰かと争うのは、やはり気分のいいものではない。
しかしその一方で、存分にMSを操り、その機体性能を限界まで引き出すことに、確かに心地よさを感じてもいた。
「矛盾、だな……」
思わず苦笑し、誰に言うでもなく一人呟く。
そう、矛盾。
戦いを嫌う自分と、兵器であるMSを愛する自分。
同様に、シャアのことは今も好きにはなれないが、自分に居場所を与えてくれた彼に恩義を感じてもいる。
「矛盾だらけだ――俺は」
ダントンの胸の奥に、シャアの最後の言葉が蘇る。
「アルレットを、守れ――」
なんで、俺なんだ……?
テストパイロットでしかない俺に……
大佐は……シャアは、何を思ってあんなことを――
漆黒の宇宙に閃く幾条の光をくぐり抜けながら、ダントンは自らの胸に問い続けていた。
× × ×
そして――。
プチMSでアクシズ外壁を進んでいたアルレットは、やがて眼前の岩壁にキラリと光るものを発見した。
「……!」
高鳴る鼓動を押さえられず、アルレットは足早に光へと近づいていく。
いくつかの岩塊を越えた時、不意に視界が開けた。
「あった――」
アルレットの視線の先に、紅く巨大な塊が横たわっている。
その巨体は大小さまざまな傷で覆われ、投げ出された四肢にはもう何の力も宿ってはいない。
かつてネオ・ジオンの旗印として戦ったシャア・アズナブルの現し身、MSN―04 サザビー……。
役目を終えた巨人は、ただ静かにその身を横たえていた。
「サザビー……」
プチMSから降り立ち、アルレットは一歩、また一歩とサザビーへ歩み寄っていく。
光を失ったモノアイの下、頭部ハッチが大きく口を開け、その奥には暗闇が広がっていた。
そこに収められていたコクピットブロックはすでにない。
ノーマルスーツのライトで照らすと、穴の奥には剥き出しのフレームが鈍く光っていた。
機体のすぐ近くまで行き、その表面をそっと指でなぞるアルレット。
「私……帰ってきましたよ、大佐――」
呟いたアルレットの声は、あっという間に闇に溶けて消える。
その声に応える者は、もうここにはなかった。
しばし、ぎゅっと瞳を閉じる。
ここに何もないことは分かっていた。
シャアの乗ったコクピットブロックは、νガンダムと共に落下するアクシズを支え、そのまま帰らなかったのだから。
だが、それでも――
歩みを進めたアルレットは、そのまま中へと潜り込んでいく。
ひしゃげたフレームに覆われた頭部内は、破損したパーツの欠片がそこら中に散らばっていた。
νガンダムとサザビーの戦いは、最後にはお互いのマニピュレーターをぶつけ合う殴り合いになっていたという。
中がここまで酷い有様になるのも無理はない。
むしろ、よく脱出装置が正常に働いたものだ。
アルレットは身をかがめ、足下に転がっていた小さな欠片を拾い上げた。
特徴的な輝きを放つそれは、サイコ・フレームの欠片に間違いない。
持ち帰ったらメーメットは飛び上がって喜ぶことだろう。
だが、アルレットの目的はそれではない。
足下に散らばる残骸を縫うように歩を進め、アルレットは頭部の一番奥へと辿り着いた。
そこには、コクピットブロックとサザビー本体を接続していたジョイント部が剥き出しになっている。
アルレットはノーマルスーツから自分用の端末を取り出し、そのジョイントへと接続した。
MSの機体データは本来、機密保持のため、脱出ポッドを兼ねた
コクピットブロックのメインコンピューターに集約されている。
本体側のサブコンピューターに、何らかのデータが残っている可能性は低い。
だが、それでも――
少しでも、シャアに関する何かが残っているのなら。
あの時、彼が何を考え、何を思っていたのか、少しでも窺うことができるのなら。
アルレットは、それを知りたかった。
「そのために――私は、ここへ来たんだ」
祈るように、アルレットはサザビーへとアクセスを開始する。
あの日、この手からこぼれ落ちた過去を見つけるために――。
――第七章へ続く――
ストーリー構成・挿絵:Ark Performance
著者:中村浩二郎
次回8月17日頃更新予定
©創通・サンライズ
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