機動戦士ガンダム Twilight AXIS【第13回】
第七章「クレヴェナールの影」1
漆黒の宇宙空間に、片羽をもがれた巨鳥の叫びが響く。
片腕のメガ粒子砲を失ったバイアラン・イゾルデは、抜き放ったビーム・サーベルで再びR・ジャジャへと斬りかかった。
「っ!」
R・ジャジャも同じくビーム・サーベルでそれを受ける。
鍔競り合いの状態で、二機のMSが対峙する。
「どうやら、あんたもチャンバラの方がお好みのようだな!」
不敵に微笑んだヴァルターがスロットルを押し込む。
背部のスラスターが唸りを上げ、R・ジャジャをアクシズの地表に叩きつけようと押し込んでくる。
「くっ!」
普通のパイロットなら押し返して抵抗しようとしただろう。
だが、ダントンはあえてその勢いに逆らわなかった。
もつれ合って地表へと向かう二機のMS。
瞬間、ダントンは片腕のバリアブル・シールドを勢いよく振り上げ、イゾルデの横っ腹へとぶち当てた。
「何ッ!?」
絡み合ったままR・ジャジャとイゾルデの機体が回転し、逆にイゾルデの方が地表へと叩きつけられる。
「ぐっ……!」
「があああああッ!」
さらに、逆手に持ったビーム・サーベルをイゾルデの頭上に振り降ろそうとするダントン。
だが、一瞬早くイゾルデのスラスターが火を噴いた。
地表の岩をガリガリと削り取りながら水平移動し、からくもR・ジャジャのサーベルを避ける。
狙いを外し、地表に突き刺さるビーム・サーベル。
「……っ」
片膝をついたR・ジャジャの視線の先で、イゾルデがゆっくりと身を起こした。
「ク…ククク……なんて動きしやがる」
イゾルデのコックピットで、ヴァルターは低く喉を鳴らす。
「面白ぇ……いいぞ、白いの! 兄貴を手こずらせただけのことはあるようだな!」
こんなに狩り甲斐のある獲物は久しぶり……いや、初めてかもしれない。
退屈と思われた任務でこれほどの敵と出会えた好運に、ヴァルターは兄と瓜二つの端正な相貌を愉悦に歪ませていた。
× × ×
その頃、アルレットはアクシズ地表に残されたサザビー本体へのアクセスを試みていた。
通常、MSのアビオニクスは脱出ポッドを兼ねたコックピット・ブロックに集約されており、本体側に搭載された電子機器はあくまで補助用でしかない。
こちら側に何らかのデータが残っている可能性は低い。
しかし、このサザビーは極めて特殊な存在だ。
最初からネオ・ジオン総帥シャア・アズナブルの専用機として作られており、その開発には一年戦争以来のシャアの戦闘データがほぼすべてフィードバックされている。
さらに、この機体のコックピット周辺にはサイコ・フレームが使用されている。
サイコ・フレームは微細なコンピューター・チップが金属粒子レベルで鋳込まれており、それ自体が記憶媒体としての特性を内包している。
その大半はコックピット・ブロックとともに失われてしまったが、本体との接続部にも、僅かではあるがサイコ・フレーム製のパーツは使用されていた。
だから、そこにシャアに関する何らかの情報が蓄積されている可能性は充分に有り得るのだ。
それを確かめることこそが、アルレットがここへ来た目的だった。
「大佐――」
祈るようにキーを叩き続けるアルレット。
やがて、端末のディスプレイ上にいくつものファイルが表示される。
「!」
予想どおり、サザビーのサイコ・フレームはデータを記憶していた。
中身を精査している時間はない。
アルレットは手当たり次第にそれらを端末にコピーしていく。
「少しでも多くのデータを持ち帰らないと……」
データの転送量を表すバーが少しずつ伸びていくのを、アルレットはもどかしい思いで見つめていた。
その時。
アルレットの頭上を、巨大な影が覆った。
「!?」
敵襲!?
敵の狙いがサイコ・フレームに関する情報であれば、このサザビーの残骸に目をつける可能性は高い。
今もし連中に攻撃されたら、アルレットに身を守る術はない。
だが、今の彼女にとって、自分の身の危険よりもサザビーが他の誰かの手に渡ることは我慢ならないことだった。
この機体は、この世に残されたたった一つのシャアの形見なのだから。
いざとなったら、彼女の手で守らねばならない。
ノーマルスーツに付属するキットの中には、護身用の拳銃も含まれていたはずだ――。
そんな覚悟を決めたアルレットだったが、結果的にはそれは杞憂に終わった。
「なっ……」
アルレットは呆然と上空を見上げる。
彼女の瞳に映ったのは、悠然と飛行する巨大な金属塊だった。
左右非対称の歪なシルエットを形成しているのは、本体から長く伸びた砲身と、全身に纏った無数のコンテナ。
最初、それは戦艦に見えた。
敵の連中が、彼らの乗ってきた艦でこのアクシズを脱出しようとしているのかと考えたのだ。
だが、アルレットはすぐにその考えを打ち消した。
技術者である彼女が、見間違うはずもない。
あれは――MA(モビルアーマー)だ。
あまりに巨大で、あまりに異形なあの姿。
間違いはあるまい。
エゥーゴにいた頃、あれに似た機体の噂を聞いたことがある。
かつてアナハイム・エレクトロニクス社で秘密裏に作られた幻の機体。
ガンダムタイプのMSをコアとし、アームドベースを接続することで完成する拠点防衛用MA。
それ自体は登録抹消されたものの、コンセプトは引き継がれ、その後も様々なプロジェクトに影響を与えてきた。
その末裔が今、自分の目の前にいる。
状況から考えて、あのバイアランやガンダムタイプ同様、敵の機体に間違いないだろう。
いや――あのガンダムタイプをコアにしていると考えるのが妥当か。
まさかあんなものまで用意していたなんて――。
身構えるアルレットだったが、巨大MAはこちらに降りてくる気配はない。
そのまま頭上を通過し、向かう先は……
「!」
ハッとしたアルレットは、ずっと接続を切っていたノーマルスーツの通信機をオンにした。
× × ×
サザビーの頭上をフライパスしていく巨大MA。
そのコックピットに座るのは、やはりあのガンダムタイプ――トリスタンのパイロット、クァンタン・フェルモであった。
「まさか、こいつを実戦で使うことになるとはな――」
アームドベース『クレヴェナール』。
トリスタン専用の武装強化ユニットである。
今回のミッションは、トリスタンとイゾルデ、そしてこのクレヴェナールの運用試験も兼ねてはいたが、戦闘に使用することは想定外であった。
彼らバーナムの任務は、まず一つが、アクシズに残されたサイコ・フレームに関する情報の入手。
この際、アクシズの自己防衛システムが稼働していた場合を考えて、トリスタンとイゾルデが用意された。
そしてもう一つの任務は、その情報が他の勢力の手に渡ることのないよう、研究施設そのものを跡形もなく破壊すること。
そのための機体が、このクレヴェナールだった。
動かぬラボをただ一方的に破壊するのはつまらない――そう考えていたクァンタンだったが、思わぬ獲物が現れた。
あのザクⅢ改のパイロット……あいつなら、少しは手応えのある抵抗をしてくれるはずだ。
ラボの破壊はその後でゆっくりやればいい。
今はヴァルターが相手をしているところだろうが――
「俺に断りなく、勝手にやられてんじゃねえぞ」
弟とよく似た端正な横顔を興奮に歪め、クァンタンはスロットルを押し込む。
背部のスラスターが唸りを上げ、クレヴェナールの鋼鉄の巨体が速度を上げた。
――続く――
ストーリー構成・挿絵:Ark Performance
著者:中村浩二郎
次回8月24日頃更新予定
©創通・サンライズ
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