機動戦士ガンダム Twilight AXIS【第14回】
第七章「クレヴェナールの影」2
ラボのメーメット達がアルレットの不在に気づいたのは、彼女が出ていってから数分後のことだった。
「アルレットさん……一体何を……」
驚くよりも困惑の色濃い表情で、メーメットは頭を抱えていた。
状況から考えて、アルレットは彼らの目を盗んでアクシズ地表へと出ていった可能性が高い。
内部に繋がる通路に向かったのであれば、彼らマスティマの目に止まらないわけがないからだ。
「アルレットさん! アルレットさん!」
何度も通信機に呼びかけてみたが、アルレットからの返事はない。
おそらく、向こう側で通信をオフにしているのだろう。
民間人の身柄を預かる立場として、常に彼女の動向は気に掛けていたつもりではあった。
しかし、アルレットはここまで実に協力的に振る舞ってきた。
まさか今さら無断で単独行動をとるとは予想していなかったのだ。
ほんの数分とはいえ目を離してしまったのは、メーメットにとって痛恨のミスであった。
あるいは、そこまで考えて従順な民間人を演じていた……?
数時間前、懐かしげにアクシズを見つめていたアルレットの横顔を思い出しながら、メーメットは焦る。
このまま悠長に彼女の帰還を待っているわけにはいかない。
彼らがアクシズに滞在できる時間はもう残り少ないのだ。
それに、敵がさっきの連中だけとは限らない。
ダントンが追っていったバイアラン以外にも、最初に交戦したガンダムタイプもまだ残っているはずだ。
一刻も早く揚陸艇に戻らねばならない。
いざとなれば、彼女を見捨てるという選択も考慮する必要がある――
そこまで考えた時、メーメットのノーマルスーツの通信機からノイズ交じりの声が漏れた。
「……メット……さん……」
「!」
ラボ周辺のミノフスキー濃度はさほど高くはないようで、通信機の補正機能がすぐにノイズをキャンセルする。
「――メーメットさん、聞こえますか?」
「アルレットさん! どこにいるんです!?」
「ごめんなさい。外に出ています。どうしても確かめたいことがあって……」
「確かめたいこと……?」
「そのことは後で。それより、まずいことになってます。敵のMAがポートに向かっている」
「MA……ですって?」
目まぐるしく展開する事態についていけず、メーメットはただ鸚鵡返しすることしかできなかった。
「おそらく、最初に遭遇したガンダムタイプにアームドベースを接続した機体かと思われます」
「それが、ポートの方に向かっていると?」
「はい。このままではダントンと揚陸艇が危ない」
「くっ……」
ノーマルスーツの下でメーメットは歯噛みする。
アルレットの単独行動の目的も気になるが、彼女の話が本当だとしたら、絶体絶命だ。
ダントンのR・ジャジャは、いまだバイアランと交戦中のはず。
そこに正体不明のMAまでが現れたという。
ダントンがやられ、揚陸艇が墜とされてしまえば、もう彼らに地球圏へと帰還する手段は残されていない。
「万事休す、か――」
「いえ……まだです」
通信機から響くアルレットの声は、強い意志を孕んでいた。
「!? アルレットさん?」
「マスティマの皆さんは採集したデータを持って、すぐにポートへと向かってください」
「しかし、ポートには敵のMAが……」
「それは、私が何とかします」
「はぁ!?」
「任せてください。急いで!」
「ちょっ……」
それだけ言うと、アルレットは一方的に通信を切ってしまう。
メーメットは困惑したまま、バイザーに浮かぶ通信断絶の表示を見つめていた。
「隊長……」
不安げに話しかけてくる部下に、メーメットはやれやれと頭を振りながら応える。
「撤収する。ポートに戻るぞ」
「しかし、彼女は……」
「任せろと言うんだ。何か考えがあるんだろう。私が責任をとる」
「……了解」
まったく……大人しそうな顔をして、とんだじゃじゃ馬だ。
頭を抱えながら、メーメットは素早く撤収準備を始めた。
だが、今は彼女達に賭けるしかない。
どちらにしても、彼らに残された時間はもうわずかしかないのだ。
素早く撤収準備を終え、窓の外に広がる荒涼とした岩場へと振り返る。
「頼みますよ……アルレットさん」
そのどこかにいるであろうアルレットに敬礼し、メーメットは部下達と共にラボを脱出した。
× × ×
アクシズの地表に砂塵が舞う。
地表すれすれを滑空するように、スラスターを全開にしたイゾルデが肉薄する。
迎え撃つダントンのR・ジャジャは、バリアブル・シールドを翻してそれを躱し、すれ違いざまにビーム・サーベルを繰り出した。
二本のサーベルが火花を散らし、アクシズの荒野を照らす。
「やはり機動性に関しては向こうが上か……」
格闘戦に重きを置いた設計のR・ジャジャでは、バイアランの桁違いの推力には太刀打ちできない。
四方八方から躍りかかるイゾルデの攻撃を、ダントンは最小限の動きで避け続けていた。
「いいぜ、白いの! もっと俺を楽しませてくれよ!」
イゾルデのコックピットで、ヴァルターが歓喜の叫びを上げる。
軍にいた頃も、傭兵としてバーナムに拾われてからも、これほど心躍る戦いをしたことはなかった。
彼にとって敵MSはただの的であり、金を稼ぐための獲物でしかなかった。
だが、こいつは格別だ。他の奴らとはまるで違う。
MSをまるで自分自身の体のように自在に操っている。
これまで戦場でまみえる機会はなかったが、いわゆるエースパイロットって連中はこういう奴のことを言うのだろう。
こんな奴と戦えるのならば、傭兵稼業ってのも捨てたもんじゃない。
「だが――」
すれ違いざま、イゾルデが大きく左腕を突き出した。
「!」
鋭い爪がR・ジャジャのショルダー・アーマーに喰い込む。
こちらの左腕は、先刻の至近距離からの銃撃でメガ粒子砲を失った方の腕だ。
それ以降は右腕のビーム・サーベルによる接近戦を行ってきた。
あの攻撃で、左腕そのものが使用不能となった――そう思わせる為に。
だが、まだ動く。相手の動きを止めることぐらいはできる。
「終わりだ――」
動きを止めたR・ジャジャの胴体に、右腕を突きつけるイゾルデ。
こちらのメガ粒子砲は健在だ。
このまま至近距離で発射すれば――
「うおおおおおおおおおおおおおッ!!」
ダントンが咆哮を上げる。
ビーム・サーベルを振り上げたR・ジャジャは、掴んでいるイゾルデのマニピュレーターごと、己の片腕を一気に斬り落とした。
「何ぃッ!?」
体勢を崩して倒れるイゾルデを軸にして、R・ジャジャは体を反転させてその背後に回り込む。
「俺は……」
そのまま、掲げたビーム・サーベルを一気に振り下ろす。
「こんなところで死ねねえんだよ!」
「ッ!」
ダントンの叫びとともに、ビームの刃が、イゾルデの背中へと突き刺さった。
「ぐぅ……ッ」
イゾルデのモノアイの光がしばし明滅し、やがてゆっくりと消失した。
機能停止したイゾルデを見下ろすように、立ち尽くすR・ジャジャ。
そのコックピットで、ダントンは荒く息をついていた。
「……終わった……か……」
背後を見やると、ポートに身を潜めたマスティマの揚陸艇の姿が見える。
どうやら帰りの足を守ることができたことに、ダントンはほっと安堵の息をついた。
ザッ…ザザッ……
通信機から、ノイズ交じりの声が響く。
「……ハッ……負けた負けた……。強ぇな……あんた……」
目の前のバイアランのパイロットだろう。
想像していたより若い声に、ダントンは疲れた声で応えた。
「あんたもな」
「……訊いていいか」
「なんだ?」
「あんた、軍人じゃないよな? いったい何者なんだ」
「俺は――しがない洗濯屋だよ」
「……はぁ?」
面食らった様子の敵パイロットの声に、ダントンも思わず苦笑する。
「もしリボーに来ることがあったら寄ってくれ。サービスするぜ」
そう呟いて、ダントンはシートに深く体を沈めた。
これでいい。後はアルレットとマスティマの連中の帰りを待つだけだ。
それまで少し休ませてもらうか――
そう思った瞬間。
モニターに赤いコーションが表示され、コックピット内に警報が鳴り響いた。
「何!?」
あわてて周囲の状況を確認する。
「何だ……こいつは」
R・ジャジャのメインカメラは、こちらに接近してくる巨大な影を捉えていた。
バイアランのパイロットも気づいたらしく、通信機から漏れる声には緊張の色が滲んでいた。
「兄貴……?」
漆黒の宇宙空間を背に、巨大なMA――クレヴェナールが、彼らの元に迫りつつあった。
× × ×
その頃――。
アルレットはプチMSを駆り、再びラボへと帰還していた。
メーメット達の姿はない。
手はずどおり、先にポートへと向かったのだろう。
急がなければ。
ダントンはまだバイアランと交戦中のはず。
そこにあのMAまで加わったら、いかにダントンでも勝ち目はない。
跳ねるようにプチMSから降り立ったアルレットは、そのままラボの奥へと駆けだしていった。
奥にあるハッチの向こうに広がるドック。
そこには試作途中で放棄された機体がまだ眠っている。
ダントンを、揚陸艇を、メーメット達を救うには、あれを起動させるしかない。
「大佐……お願いします」
走りながら、胸の端末をぎゅっと抱きしめ、アルレットは呟いた。
「この一度だけでいい。一度だけ……私に力を貸して――」
――第八章へ続く――
ストーリー構成・挿絵:Ark Performance
著者:中村浩二郎
次回9月上旬更新予定
©創通・サンライズ
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