機動戦士ガンダム Twilight AXIS【第15回】

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第八章「遺産」1

 再びラボへ戻ってきたアルレットは、その奥に隠されていた格納庫へと体を滑り込ませた。
 ライトに照らされた暗闇の奥へと目をこらす。
 そこには巨大な異形のMAがその身を横たえていた。
 鋭角を多用した戦闘的なシルエットは深い深紅に彩られ、伝承に登場する赤い龍を思わせる。後方へと長く伸びたバインダーはさしずめその尾か。
 アルレットは床を蹴り、そのコックピットへと接近する。
 素早く電装系に指を走らせると、ハッチが鈍い音を立てながらゆっくりと開いていった。
 コックピットに滑り込み、取り出した端末を接続する。
 この中には、先ほどサザビーから吸い出したシャア・アズナブルのIDが記録されている。

「大佐……」

 祈るように見つめるアルレットの前で、やがてグリーンのランプが点滅した。
 シャアのIDを認識した機体が、今、コックピットに座る彼女をパイロットと認めたのだ。
 計器類が次々と点灯し、全天周囲モニターが周囲の光景を簡略化したCGとして映し出していく。

「まだ、ここにあった……」

 コンソールを見下ろすアルレットの視線が、僅かに感傷に揺れる。
 AMA‐X4、アハヴァ・アジール。
 それがこの機体の名だった。
 計器類をチェックしつつ、アルレットはこの機体の開発に携わっていた頃の記憶を辿っていた――。

× × ×

「マハラジャ・カーン記念研究院……ですか」

 アルレットがエンジニアとして、ダントンがテストパイロットとして、そのラボへ参加することになったのは、時に宇宙世紀0088、グリプス戦役が終結して間もない頃のことだった。
 二人はグリプス戦役中、クワトロ・バジーナと名を変えたシャアとともにエゥーゴに参加していた。
 当時のエゥーゴには旧ジオンの流れをくむ人材も多数参加していたため、それはごく自然なことではあった。
 そこでもアルレットはエンジニアとしての才を遺憾なく発揮し、エゥーゴの様々なMS開発に影ながら貢献をしたのだが、それはまた別の話である。
 やがてグリプス戦役はティターンズの崩壊によってその幕を閉じ、クワトロは再びシャア・アズナブルへと戻ることになった。
 が――
 アルレットとダントンは、そこで彼から新たな任務を与えられたのだ。
 アクシズに赴き、ハマーン・カーンの元に身を寄せろと。
 グリプス戦役終結から、シャアがネオ・ジオン総帥として再び表舞台に立つまでには、数年のブランクがある。
 その間、彼がどこに身を隠していたのかには諸説あり、今も議論の的になっているのだが――
 シャアはその期間、アルレットとダントンに別行動をとらせ、アクシズのMS開発研究所へと潜り込ませたのだ。
 隠遁生活のためにはなるべく周囲の人間は少ない方が良いというのが、一つ目の理由である。
 もう一つの理由は、アルレットをアクシズのMS開発に触れさせること。
 一年戦争終結後、ハマーン・カーンの指揮下で小惑星帯にその身を潜めていたアクシズは、そこで独自のMS開発体系を築いていた。
 それをアルレットに学ばせようというのだった。

「頼まれてくれるかい? アルレット・アルマージュ」
「――わかりました」

 シャアのたっての願いを、アルレットは断ることはなかった。

「俺も、了解です」

 ダントンも依存はなかった。
 この頃になると、すでに彼にとってアルレットのお守りは日常の一部になっていた。
 こうして二人はエンジニアとテストパイロットして、アクシズのMS開発施設、マハラジャ・カーン記念研究院へと参加することになったのだった。
 一年戦争以来、初めてシャアの元を離れることになったアルレットが、不安にならなかったと言えば嘘になる。
 表向きはアルレット達とシャアとの関係は伏せられていたものの、彼女の才覚は、すでに技術者達の間では広く知られていたからだ。
 しかし、そのことでアルレット達が疎んじられたり、迫害されるようなことはなかった。
 彼女のもたらしたエゥーゴのテクノロジーは、アクシズの技術革新において有用だと判断されたのだ。
 アルレットにはエンジニアとして破格の権限が与えられ、ダントンはその直属のテストパイロットとして、新兵器の開発に従事することとなったのである。
 アハヴァ・アジールはアルレットがアクシズに来る以前から秘密裏に建造が進められていた、当時まだ発展途上にあったサイコミュをさらに推し進めた、新たな精神感応技術のテストベッドである。
 後にサイコフレームとして結実することになるそれが、このアハヴァ・アジールには搭載されているのだ。
 つまり、この機体はニュータイプ専用機なのだった。
 アルレットはかつてニュータイプの素養を見いだされ、フラナガン機関の施設で育った過去を持つ。
 パイロットとしての才覚はついに発揮されることはなかったが、それでも、彼女にニュータイプ能力の萌芽があったことは間違いない。
 そんな出自もあって、アルレットは一時期、このアハヴァ・アジールの開発に協力していたことがあったのだ。
 あの頃は、まさか自分自身がこの機体を動かすことになるとは夢にも思っていなかった。
 だが、今はそれをやるしかない。
 できるはずだ。
 いや、やらなければならない。
 今、このアクシズで、この機体の真の力を引き出せるのは、アルレットだけなのだから。
 決意を込め、アームレイカーを握り込む。

「お願い、大佐――」

 小さく呟き、その掌に力を込める。

「力を、貸してください」

 呟きに応えるように、アハヴァ・アジールのモノアイが眩しい光を放った。
 地響きとともに、格納庫の扉がゆっくりと開いていく。
 各部のスラスターが点火し、龍を思わせるその巨体がゆっくりと浮上していく。
 固定用アームが外れ、機体各所に接続されていたケーブルが次々と引きちぎられていく。

「……っ!」

 決意の瞳で、アームレイカーを押し込むアルレット。
 咆哮を上げた深紅の機体が、漆黒の宇宙空間へとその身を躍らせていった。

× × ×

「! あれは……」

 揚陸艇との合流を目指し、仲間とともにアクシズの地表を進んでいたメーメット達は、頭上を高速でフライパスしていく巨体を驚きの表情で見つめていた。
 発進したのは、先ほど彼らが脱出してきたラボのすぐ近くのようだ。

「アルレットさん……?」

 乗っているのは彼女に間違いあるまい。
 まさか、あれで戦うというのか?
 彼女にはパイロットとしての素養はないはず。

「なんて無茶を……!」

 しかし、今の彼らにはそれを黙って見送るしかない。
 彼らにできることは、一刻も早く揚陸艇と合流し、アクシズ脱出の準備を整え、ダントンとアルレットを迎え入れることだ。

「行こう。彼女達が敵の目を引きつけてくれている間に」

 部下達にそう告げると、メーメットは強く地を蹴って速度を上げた。

× × ×

 その頃。
 ヴァルター・フェルモのバイアラン・イゾルデを下したダントンの前に、その双子の兄、クァンタン・フェルモの駆るガンダムタイプ――トリスタンが姿を現していた。
 しかし、以前アクシズ内部で遭遇した時とは、大きくその姿を変えている。
 アームドベース「クレヴェナール」を装備したトリスタンは、全身を武装で覆った巨大兵器と化していた。

「機体は変わっているが……お前だよな、あのザクもどきのパイロットは」

 全天周囲モニターに映るダントンのR・ジャジャを見つめるクァンタンの相貌は、歓喜の笑みに歪んでいる。
 それは獲物を見つけた獣の目。
 乾く唇を舌で湿らせ、クァンタンは叫んだ。

「会いたかったぜぇっ!」

 クレヴェナールの巨体がR・ジャジャへと襲いかかる。
 機体前面に配置されたミサイルコンテナのハッチが次々と弾け飛び、宇宙空間に弾頭の雨を降らせる。

「くっ――」

 それを視認するより早く、ダントンは反射的にレバーを引いていた。
 全身のスラスターを吹かし、R・ジャジャは迫り来るミサイルを踊るように回避する。
 だが――

「ちぃっ、まずい!」

 R・ジャジャは先刻のイゾルデとの戦闘で、片腕のバリアブル・シールドを失っている。
 今やその機動性は大幅にダウンしていた。

「逃がすかよ!」

 吼えながら肉薄するクレヴェナール。
 その砲口がR・ジャジャを捉えようとした時、眩しい閃光が宇宙を灼いた。

「――!」
「何ぃっ!?」

 とっさに距離をとった二機の間を、高出力のビームが掠めていった。

「てめぇ……!」

 狩りの邪魔をされたクァンタンが、怒りに燃える瞳で振り返る。
 その視線の先、赤い尾を引いて迫り来る影。
 再びビームが発射される。

「くっ!」

 クァンタンはとっさにそれを、大型ビーム・サーベルユニットで斬り払った。
 飛散したメガ粒子が光の粒となって周囲に舞い散る。
 その向こうから、深紅の巨影がゆらりと姿を現す。
 その姿に、ダントンはただ呆然と呟くことしかできなかった。

「アハヴァ……アジール……だと……?」
「ダントン……」

 通信機から漏れるノイズ交じりの声は、聞き間違うはずもない。
 彼が守るべき『娘』の、アルレットの声だった。

「もう大丈夫……。あなたは……私が守るから」

× × ×

 目前に現れた深紅の巨影を、ダントンはR・ジャジャのコックピットから呆然と見上げていた。

「アハヴァ・アジール……?」

 あれは彼らがアクシズにいた頃、建造中だった機体。
 製作半ばで彼らはアクシズを発ってしまったため、結局完成した姿を見ることはなかったが……。
 見違えるはずがない。
 あれを……起動したのか。
 いったい誰が?
 決まっている。
 ニュータイプ専用機であるあの機体を動かせるのは、今、この宙域にはあいつしかしない。

「アルレット……」

× × ×

「ダントン!」

 アハヴァ・アジールのコックピットで、アルレットは必死にアームレイカーを握りしめていた。
 こうしてMAに乗り込むのはいつ以来だろうか。
 体にかかる激しいGが、目まぐるしく瞬くコンソールの光が、そして何より人殺しのための兵器を操っているというプレッシャーが、暴力的にアルレットの心を苛んでいく。

「ダントンは……いつもこんなところにいたんだね」

 アームレイカーを握る手に汗が滲む。
 あの日の自分は――パイロットとしての適正なしと判断された自分は、ここに立つことができなかった。
 戦場に自分の居場所はない、そう言われた。
 そんな自分に、シャアはエンジニアという新しい居場所をくれたのだ。
 そして、ダントンはずっとその居場所を守ってくれた。
 テストパイロットとして、いつも傍らにいてくれた。
 今度は、私がダントンを守る番だ――!
 決意を込めてアームレイカーを押し込む。
 機体背部のスラスターが咆哮を上げ、アハヴァ・アジールの巨体は眼前のガンダムタイプへと躍りかかった。

――第八章②へ続く――


ストーリー構成・挿絵:Ark Performance
著者:中村浩二郎


次回12月1日更新予定


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