機動戦士ガンダム Twilight AXIS【第17回】

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第九章「遺されし者達」1

 眼前の巨大な敵へと向かっていくダントンのR・ジャジャの背中を、アルレットはただ悲痛な瞳で見つめることしかできなかった。
 刀折れ、矢尽き、満身創痍のその身体は、今にも崩れ落ちそうなのを無理矢理に動かし続けているように見えた。
 あの機体では勝てない。
 このまま行かせてしまえば、確実にダントンの命はない。
 それを誰よりも理解していながら、今の彼女には何もできなかった。

「ダントン……っ」

 気づけば、アルレットの傍らにはいつも彼がいた。
 堅物で、融通が利かず、口を開けば愚痴ばかり。
 そんな彼を鬱陶しく思うこともあった。
 些細なことで口論になったことも数知れない。
 だが、ダントンと出会う以前のアルレットは、そんな感情すら忘れていたのだ。
 心を閉ざしていた彼女が人間らしい感情を取り戻せたのは、間違いなくあの口下手で無愛想なテストパイロットのおかげだった。
 戦場を離れ、かりそめの親子としての生活を始めてからも、二人のそんな関係は変わらなかった。
 ダントンは常に、アルレットを一人の人間として扱ってくれた。
 ダントンにとってのアルレットがそうであったように、アルレットにとってもまた、いつしかダントンの存在が救いとなっていたのだ。
 そんな彼が、今この瞬間、目の前でその命を散らそうとしている――。

「させないッ!」

 アームレイカーを握るアルレットの指に、力が蘇る。
 ダントンは死なせない。
 一緒に帰るんだ。私達の家に。
 あの小さなコロニーの、小さな街角の、小さな店に。
 あいつには、まだ言ってやりたいことが山ほどあるんだから。
 お客さんにはもっと愛想良くして!
 勝手に部屋に入って片付けたりしないで!
 糖分とりすぎ。クリームソーダは一日一杯まで!
 ああ、まだまだ言い足りない!
 だから――

「動いて! アハヴァ・アジールッ!」

 無我夢中でアームレイカーを引く。
 その瞬間――。
 何かが眩しい光を放ち、コックピット内を明るく照らし出した。

「――!?」

 目を見開いて、アルレットは光の根源を見つめる。
 その光は、ノーマルスーツの腰に付属しているサンプルケースから放たれていた。
 その暖かな光を、アルレットは以前にも見たことがあった。
 忘れもしない。
 アクシズが陥落したあの日、戦う二機のMSから放たれ、瞬く間に戦場を包み込んでいった光。
 サイコフレームの光――。
 サザビーから回収してきたサイコフレームの欠片が、眩しく輝いている。
 アルレットの思いに呼応して。
 ブゥン……
 低い鳴動とともに、沈黙していたコンソールに次々と光が宿っていく。
 ロックされていた機構が解除され、使用可能のグリーンランプが点る。

「大佐――」

 涙に潤む瞳でその光を見つめながら、アルレットは小さく呟いた。

「力を――貸してください」

× × ×

 アハヴァ・アジールから放たれたサイコフレームの光は、交戦中のR・ジャジャとトリスタンの元にも届いていた。

「なっ……何だ!?」

 動揺したクァンタンの攻撃が緩み、ダントンのR・ジャジャが体勢を立て直す。
 光は周辺宙域を丸ごと包み込んでいき、やがて彼らの精神は機体を離れ、白い空間の中を漂っていた。

× × ×

「これは……」

 眼前に広がる光景を、ダントンは呆然と見つめていた。
 真白い壁に四方を囲まれた部屋。
 そこで、少女が一人、一心不乱にキーボードを叩いている。
 表情を失ったその横顔。
 そうだった。
 初めて出会ったあの頃、この娘はいつもこんな顔をしていた。
 ふと気づくと、ダントン自身の姿も変わっている。
 モスグリーンのノーマルスーツ――。
 目の前に広がる光景をダントンは確かに覚えていた。
 その時、背後のドアが音もなく開いた。

「やあ、二人とも――仲良くやっているようだね」

 入ってきたのは、洒脱なスーツに身を包んだ若い男だった。
 泰然とした振る舞いで二人に話しかけるその男は、まだ若者と言っていい相貌を奇妙な仮面で覆っていた。
 忘れるわけもない。
 ダントンの、そしてアルレットの運命を変えた男。

「シャア……」

 それは確かに、若き日のシャア・アズナブルその人だった。

「なら、この光景は……」

 いつしか舞台は移り、ダントン達はMSのドックに佇んでいた。
 目の前には赤と黒で彩られた無骨な機体がそびえ立っている。
 MS‐14S、ゲルググ――。
 ダントンが初めてテストパイロットとして搭乗した機体だ。

「……そういうことかよ」

 これは、俺とアルレットの過去だ。
 サイコフレームの光が、二人の記憶を同調させている。

「精神感応……。話半分に聞いちゃいたが、まさか自分が体感することになるとはな……」

 走馬燈のように眼前を流れる過去の光景は、クワトロと名を変えたシャアとともにエゥーゴに渡った日々を通り過ぎ、このアクシズでの思い出へと移ろうとしている。
 その間、アルレットの傍らには常にダントンの姿があった。
 いつしかダントンは戦いの真っ只中であることも忘れ、その光景に身をゆだねていた。
 ずっと疑問に思っていたことを考える。
 なぜ、シャアはアルレットを拾ったのか。
 なぜ、自分と組ませたのか。
 名を変え、姿を変え、様々な陣営を渡り歩く彼の後を、どこまでも追っていこうとするアルレットを、なぜ拒まず側に置き続けたのか。
 ダントンはずっとその答えを知りたかった。
 しかし、シャアは最後まで何も語ってはくれなかった。
 答えを聞くことができないまま、彼は二人の前から姿を消してしまった。
 だが――
 あらためて、過去の記憶を辿り……ダントンは一つの仮定に辿り着いていた。
 飾ることなく言いたいことを言い合い、ぶつかり合いながら、お互いの欠けた部分を補い合うアルレットとダントン。
 周囲の人々は、時に二人をまるで仲の良い兄妹のようだとからかったものだった。
 シャアはそんな自分達に、自らが失った過去を映し見ていたのではないのか?
 かつて自ら捨てた、在りし日のぬくもり――『家族』の形を。

× × ×

「――ッ!」

 いつしか、ダントンの意識は再びR・ジャジャのコックピットの中にいた。
 ハッとして計器を確認するが、ほとんど時間は経過していない。
 眼前のガンダムタイプはいまだ沈黙したままだ。
 長い長い夢のように感じられた過去への旅も、ほんのつかの間の追憶のフラッシュバックに過ぎなかったのだ――。
 幻影を振り払うように頭を振り、眼前の敵を見据えるダントン。

「!」

 その瞳が驚愕に見開かれる。
 眼前のガンダムタイプ、その肩口から伸びる主砲の奥に、収束していく光の粒子――。
 メガ粒子砲……
 まさか、この距離で撃つ気か!?

「ちぃッ!」

 舌打ちしつつ、ダントンは無我夢中でコントロールレバーを押し込んでいた。

× × ×

「ダントンっ!」

 アルレットが動いたのもほぼ同時だった。
 背後から突っ込んできたアハヴァ・アジールが、Iフィールドを展開する。
 フィールドの斥力せきりょくで減衰したメガ粒子は、ぱあっと花弁のように虚空に散っていった。

「なッ!?」

 驚愕に眼を見開くクァンタン。

「うわあああああああああああッ!」

 そのままアハヴァ・アジールは勢いに任せ、掴みかかるようにガンダムタイプを急襲する。

× × ×

「クソがぁぁぁッ!」

 並みのパイロットなら失神しているほどのGを受けながら、クァンタンは急制動をかけて機体を立て直す。

「邪魔すんじゃねえよ! でかいの!」

 牽制のミサイルを叩き込みつつ、クァンタンは眼前の二機から距離をとった。

「ちぃッ……何だってんだ、さっきのは……」

 頭を押さえながら、モニターに映る赤いMAを睨み付ける。
 光の中、脳裏に浮かんだ光景。
 見知らぬ青年と少女の姿。
 それが、目の前の二機のコックピットに座るパイロット達の記憶であることを、クァンタンは本能的に直感していた。
 強化人間であるクァンタンは、ダントンよりさらに深くアルレットの記憶を共有してしまっていた。
 視覚や聴覚だけでなく、その感情さえも。

「あれじゃあ……まるで……」

 それに重なるように、クァンタン自身の記憶が脳裏をよぎる。
 何もかも失い、弟と二人きりで生きてきた日々――。

「くだらねえもん思い出させやがって……!」

 クァンタンの怒りに燃える眼が、赤いMAを射貫く。
 もはや残弾を気にしている余裕はない。

「邪魔だ! 消えろぉッ!」

 クァンタンの指先がコンソール上を踊る。
 クレヴェナールから、ありったけのミサイルが一斉に発射された。

――第九章②へ続く――


ストーリー構成・挿絵:Ark Performance
著者:中村浩二郎


次回12月15日更新予定


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