機動戦士ガンダム Twilight AXIS【第18回】
第九章「遺されし者達」2
「くっ!」
R・ジャジャのモノアイが眩しい光を放った。
振りかざされたサーベルが一閃する。
アハヴァ・アジールへと降り注ぐ無数のミサイルを、R・ジャジャのサーベルが薙ぎ払っていく。
神業の剣捌きでミサイルを斬り捨てながら、ダントンは過去の記憶に思いを馳せていた。
シャア・アズナブル――。
あの『赤い彗星』が、俺達の中に家族を見ていた――だと?
今となっては、彼が本当にそんなことを考えていたのかは誰にもわからない。
ダントンの、自分勝手な感傷にすぎないのかもしれない。
でも、もしほんの少し、心の片隅でも、彼がそう思っていたのなら――。
「だったら、俺達はまだ死ぬわけにはいかない」
俺達二人が生き続けること、それが彼の望んだことならば――。
一閃。
最後のミサイルを両断し、ダントンは背後の相棒に叫ぶ。
「撃て! アルレット!!」
× × ×
「う……ああああああああああああぁっ!」
アルレットの絶叫に応えるかのように、アハヴァ・アジールのテールに搭載されたファンネルが次々と展開していく。
サイコミュ。
精神感応兵器。
かつてフラナガン研究所で、彼女はそれを一度も起動することができなかった。
以来、彼女はパイロットとしての適正は無しと判断され、処分を待つだけの身だった。
シャア・アズナブルに救われるまでは――。
× × ×
赤いMAの前面に陣取った無数のファンネルが、次々とトリスタンへと襲いかかる。
「喰らうかよッ!」
叫びながらコントロールレバーを押し込むクァンタンだったが、アルレットの一手の方がわずかに早かった。
「……ッ!」
周囲を取り囲んだファンネルから、無数のビームがトリスタンへと降り注ぐ。
刹那の後、その巨体の弾け飛ぶ眩しい閃光が、アクシズの表面を赤く照らした――。
× × ×
「……っ」
アハヴァ・アジールのコックピットで、力尽きたアルレットがシートに倒れ込む。
サイコフレームの光は消え、コックピット内は再び静寂に包まれている。
「私……ファンネルを……」
小さく震える掌を見つめ、アルレットは呟く。
一瞬だけではあったが、確かにサイコミュは起動した。
それは、ほんの小さな欠片が引き起こした奇跡だったのか……
しばし呆然としていたアルレットだったが……その眼前のモニターに映し出された影に、ハッと緊張を取り戻した。
「!?」
× × ×
爆炎の中から、一体の機影がゆらりと姿を現す。
それはクァンタンの乗るトリスタン本体だった。
ファンネルの攻撃を受ける寸前、全弾を撃ち尽くしてデッドウェイトとなったアームドベース、クレヴェナールをパージしたのだ。
不敵な笑みを浮かべ、眼前に浮かぶ敵を見据えるクァンタン。
「言ったろ……『喰らうかよ』ってよ」
だが、そのトリスタン本体もすでに限界が近い。
スラスターの噴射光は今にも消え入りそうに弱々しく、限界を超えた駆動に痛めつけられた各所の関節は、パチパチと火花を散らしている。
「さあ、来いよ……決着を付けようぜ」
巨大な赤いMAを守るように立ち塞がる白い騎士型のMSに、クァンタンはニヤリと笑いかけた。
× × ×
ダントンもまた、ボロボロの機体を無理に動かし、前に出る。
スピーカーからアルレットの力のない声が漏れる。
「ダン…トン……」
「休んでろ。ここからは俺の仕事だ」
微笑んで通信を切る。
「これが―最後だ」
モニターの中、ビーム・サーベルを抜いて接近してくるガンダムタイプを見据え、ダントンは小さく呟いた。
「人を殺すのは、もうこれが最後だ……」
俺は、アルレットを連れて帰らなきゃいけないからな……
サーベルを構えるダントンの眼には、もう迷いの色はない。
ゆっくりと武器を構えつつ、対峙する二機のMS。
「――ごめんな、アルレット――」
振り上げられた刃が、互いの頭上に振り下ろされようとしたその時――。
「……待ちなよ」
「!?」
「!」
二機の間に割って入る機影。
それは――
× × ×
「ヴァルター……」
モニターに映る弟の機体に、クァンタンは小さく声を漏らした。
バイアラン・イゾルデもまた、トリスタンやR・ジャジャと同じように激しく傷ついている。
スピーカーから響くノイズ交じりの声。
「時間切れだ、兄貴」
「バッ……」
馬鹿を言うな、と怒鳴りそうになるクァンタンだったが、寸前でその言葉を呑み込んだ。
「もう艦に戻らないと、このままアクシズと一緒に、死ぬまで宇宙を漂う羽目になるぜ」
「……そいつは御免被りたいな」
トリスタンの振りかざしていたビーム・サーベルの光の刃が、静かに消失する。
同時に、目前のR・ジャジャが剣を収めるのが確認できた。
「命あっての物種……か」
ククッ、とクァンタンが自嘲気味に笑う。
まさか、あの弟が俺の戦いを止めにくるとはな。
「お前も見たのか。あれ」
「……まあな」
スピーカーから聞こえてくるヴァルターの声はあくまで穏やかだ。
「同じだったんだな。あいつらも――」
「……らしいな」
こんな風になってしまっては、さすがにもう戦えない。
戦場で、敵に共感してしまっては――。
クァンタンは、いつか資料映像で見たアクシズの最期を思い出す。
ほんの数分前まで殺し合っていたはずの連邦とネオ・ジオンの兵達が、落下するアクシズの軌道を変えるために協力しあう光景。
かつては理解不能に思えたあの姿も、今ならなんとなく理解できそうな気がした。
× × ×
ガンダムタイプを支えるようにして、飛び去っていくバイアラン。その背中を、ダントンとアルレットは複雑な感情で見送っていた。
「……なあ、アルレット」
「……うん」
「なんであいつ、止めにきたんだろうな」
「そうだね……」
バイアランの操縦系が回復したのなら、二人がかりでダントンを攻撃する選択肢もあったはずだ。
ファンネルを失ったアルレットはもう戦力にはならないから、そうなっていてはダントンも保たなかったろう。
もっとも、その場合はダントンもどちらか片方は道連れにする覚悟でいたが――。
「でも、よかった。ダントンが生きててくれて」
「もうちょっとで死ぬとこだったがな」
「それに――」
呟くようにアルレットが続ける。
「ダントンが、誰も殺さずにすんで」
「――アルレット……」
そう言われて初めて、ダントンはトリガーに指をかけたままの自分に気づいた。
「……そう…だな」
ダントンは静かにレバーから離した掌を見つめる。
そうだ。
この手はもう、誰も殺すことはない―。
「……帰ろっか」
「……そうだな。お得意さんの洗濯物がずいぶん溜まっちまってる」
ポートの方から、メーメット達の乗った揚陸艇が近づいてくるのが見える。
はるか後方では、サザビーの巨体が静かに佇んでいた。
アクシズはこのまま軌道を離れ、宇宙の彼方へと去っていくのだろう。
もう二度と会うことはない、かつて憧れた男に、振り返ったアルレットは小さく別れを告げた。
「さよなら――大佐」
――最終章へ続く――
ストーリー構成・挿絵:Ark Performance
著者:中村浩二郎
次回12月22日更新予定
©創通・サンライズ
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