機動戦士ガンダム Twilight AXIS【第19回】
最終章「そして時は紡ぎゆく」1
「――暇だ」
「暇だな」
広い病室に二台並べられたベッドの上で、クァンタン・フェルモとヴァルター・フェルモは同時にため息をついた。
ここはロナ家所有のブッホ・コロニー内にある医療施設。
二人はここで、一週間前のアクシズでの戦闘で負った傷の治療を受けていた。
今回のアクシズ潜入は、任務としてはとても成功したとは言えない。
そこに遺されていたかもしれないサイコフレームに関する情報はすべて失われてしまい、運用テストの名目で持ち込んだ二機のカスタムMSは中破、試作型アームドベースに至っては未回収という結果に終わってしまった。
しかし、一応の成果はあった。
ザクⅢ改やR・ジャジャといった、現在では貴重なMSとの実戦。さらにサイコミュ搭載MAとの戦闘記録は、ブッホ・コンツェルンの今後の兵器開発に大きく貢献するだろう。
「結果、プラマイゼロってとこか。はぁ、ざまぁねえな」
腕枕で窓の外を眺めながら口惜しげに呟く兄に、ヴァルターが抗議の声を上げる。
「だいたい兄貴が不甲斐ねえんだよ。あんなどこの馬の骨ともしれねえ奴に二度も負けやがって」
「お前だってボッコボコにされてただろうが!」
「いーや、兄貴とあの赤いのが邪魔に入らなきゃ、もう少しで勝ててたね!」
「嘘つけ! 俺が助けにこなきゃ絶対やられてただろ!」
「こっちのセリフだ! 俺がいなかったら、兄貴は今頃アクシズと一緒に宇宙の果てまで飛んでってたぞ!」
口角泡を飛ばして罵り合う二人。
彼らが再び動き出す日は、そう遠い日ではないのかもしれない。
× × ×
サイド6、リーアの街の片隅に立つ一軒のクリーニング店。
ダントン・クリーニング商会のカウンターには、大柄な身体に不釣り合いなエプロン姿の男が、暇を持て余すように立っていた。
不機嫌そうにしかめられた顔には大きな絆創膏が貼られ、シャツの袖から伸びた太い腕には包帯が巻かれている。
ダントン・ハイレッグがアクシズより帰還してから、早一週間が過ぎようとしていた。
なかなか配達から戻って来ない看板娘に待ちくたびれ、暇つぶしに解きかけのクロスワードパズルを眺めていると、入り口のカウベルがカランと鳴った。
「いらっしゃい――」
声をかけながら顔を上げたダントンが、引きつった表情で固まる。
「どうも。お久しぶりです、ダントンさん」
入り口に立つスーツ姿の青年は、屈託のない笑顔でダントンに笑いかけた。
ダントンとメーメット・メルカとの、一週間ぶりの再会であった。
「あんたか――」
あからさまに歓迎していないダントンの声も意に介さず、メーメットはずかずかと店内に入ってくる。
「これ、お見舞いです」
持っていたバスケットを、微笑んで差し出してくる。
全体的に白っぽいクリーニング屋の店内に、一際映える鮮やかな赤、黄、緑。
バスケットの中にはさまざまな果物が詰まっていた。
「見てくださいこのメロン。美味しそうでしょう?」
「……メロン」
「正真正銘、地球産のマスクメロンですよ。奮発させていただきました。お好きだったでしょう?」
「………………?」
この男にそんな話をしたことがあっただろうか、としばし考え込む。
そもそもメロンは特に好物ということもないのだが。
「――ああ」
思い当たることがあった。
この男に初めて出会った日、あの喫茶店で頼んだのが、確かメロンクリームソーダだったか。
自分はあの飲み物のわざとらしい甘ったるさとか、いかにも不自然な緑色とか、そういうジャンクなところを愛しているのであって、別にメロン自体が好きなわけではない。
というかあれはメロンの味などしない。
「あのな――」
そう説明しようとしたダントンだったが、
「おや? 違いました?」
「……いや、好きだよ。ありがとうな」
目の前で微笑むメーメットの邪気のない顔を見ているうちにどうでもよくなってしまった。
メーメットの差し出したバスケットを受け取り、カウンターの上に置く。
「晩飯の後のデザートにでもさせてもらうよ。アルレットも喜ぶだろ」
「そういえば、彼女は?」
「配達だよ――」
バスケットの中からリンゴを掴み上げ、そのまま齧りつきながら答える。
「昼前に出ていったきり、戻ってきやしねえ。どこで油を売ってやがるんだか――」
「入れ違いでしたか。残念です」
そう言いながら、メーメットはさも当然といった顔で、来客用のソファに腰を下ろした。
「……なぜ座る。まだ何かあるのか?」
「これからが本題ですよ。あの後の顛末を報告させていただこうかと」
「はぁ……」
これ見よがしにため息をついて、ダントンはカウンターに肘をつく。
「あとはあんたらで勝手にやってくれと言ったろう。そもそも、俺達はただの道案内という契約だったはずだぞ」
「確かに最初はそうでしたが、ここまで関わってしまった以上それはないでしょう?」
「ちっ……」
カウンターから出てきたダントンは苦虫を噛み潰した顔で、入り口の扉にかかった「OPEN」の札を「CLOSED」にひっくり返す。
「で、実際どうなんだ。あの連中の正体はわかったのか?」
「それがですね……」
× × ×
「では、成果は――ゼロということか」
「申し訳ありません」
落胆の色濃い上官の声に、メーメットは深々と頭を下げた。
特殊部隊マスティマによるアクシズ探査の結果報告は、地球連邦政府上層部の期待に応えられるものではなかった。
アクシズ内部に潜入、研究施設まで到達はしたものの、謎の武装組織と遭遇・交戦。
その結果、サイコフレームおよびその研究データは全て失われたというのだから。
上層部が最も怖れたのは、その武装組織にサイコフレームの情報が漏れた危険についてであった。
その点については、マスティマのノーマルスーツに記録されていたカメラ映像を検証したことで、ひとまずその心配はないと判断された。
研究施設は破壊されたし、滞在時間からしても彼らがデータを持ち出すタイミングはなかったと考えられたからだ。
彼らが何者だったのかという点については、ひとまず調査続行ということで落ち着いた。
ジェガン、バイアラン、そしてガンダムタイプの機体まで運用していた以上、ただのジャンク屋や盗賊の類いではあるまい。
下手をすれば連邦政府上層部内に繋がりのある組織かもしれない。
不用意に掘り下げると、痛くもない腹まで探られるおそれがある――そう判断したのだろうと、メーメットは推測していた。
ともあれ、サイコフレーム技術の流出に関する懸念はこれで完全に消えたことになる。
アクシズの軌道は、計算どおり地球から遠ざかっていっている。
やがてアクシズは小惑星帯を離れ、このまま誰の手も届かないところまで行ってしまうだろう――。
それが、連邦政府上層部が最終的に下した結論だった。
× × ×
「――そういうわけで、この先あなた方にガイドをお願いする機会はもうないかと思いますよ」
「二度と御免だぜ。ったく……」
不機嫌そうにリンゴを囓るダントンに、メーメットは何気ない調子で続けた。
「時に、ダントンさん。ちょっと伺いたいんですが」
「ん?」
その声がやや今までとトーンが変わったことを感じ、ダントンは顔を上げた。
「我々が揚陸艇に向かったあと、アルレットさんはあの赤いMAで敵と戦ったんですよね」
「……ああ」
「我々はその戦いを見てはいませんが――アルレットさんはMSの操縦に関しては素人でしょう。あなたも先の戦闘でだいぶ疲弊していたと思いますが、よくまあ無事に切り抜けられましたね」
「……何が聞きたい?」
「いえ……あの時、あなた方が戦っているあたりで、眩しい光が弾けたような気がしたんです。そう――」
柔らかな物腰を崩さないまま、メーメットの鋭い視線がダントンを射貫く。
「あれはまるで――サイコフレームの光のようでしたね」
「………………」
ダントンは質問に答えず、ただじっとメーメットの視線を受け止める。
リンゴを囓るしゃりっ……という音だけが、静まりかえった店内に小さく響いた。
「……気のせいだろ」
「……そう……ですね」
しばし言葉を探していた様子のメーメットは、フッと微笑んで肩をすくめる。
「サイコフレームは、アクシズとともに失われた……。そういうことです」
「――ああ。そういうことだ」
「そのリンゴ、僕にもひとつくれませんか? 見ていたら食べたくなってしまいまして」
「あんたが持ってきたんだろうが――」
ため息をつきながら、ダントンはバスケットの中のリンゴを一つ掴み上げ、メーメットへと放り投げた。
――最終章②へ続く――
ストーリー構成・挿絵:Ark Performance
著者:中村浩二郎
次回12月28日更新予定
©創通・サンライズ
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