機動戦士ガンダム Twilight AXIS【第20回】

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最終章「そして時は紡ぎゆく」2

 コロニーの外壁に沿った道路を走る、一台のエレカ。
 モーターの調子は上々。
 小気味よい駆動音が耳をくすぐる。
 決めた。次の日曜にはサスペンション周りも弄ってやろう。
 ダントンはどうせ「クリーニング屋の配達車をそこまでカリカリにチューニングしてどうする」などと呆れるだろうけど、かまうもんか。
 マスティマからけっこうな額の報酬が支払われてるはずだし。
 せっかくだからバッテリーも新しくしちゃおうか――。
 カーラジオから流れる軽快なオールディーズを口ずさみながら、アルレット・ハイレッグは上機嫌にステアリングを切った。
 洗い立ての白いワンピースに身を包んだアルレットは、三つ編みにしていた髪をばっさり切り、肩に掛かるショートヘアにしていた。
 表情も、心なしか以前より大人びて見える。
 アクシズから帰還し、元のクリーニング屋生活に戻って一週間。
 彼女の止まっていた時間は、ゆっくりと動き出そうとしていた。
 通路の両脇に立ち並んでいたビルの数が次第に少なくなっていき、やがてエレカは自然公園のあるレジャーエリアへと入る。
 本来コロニーには季節による気候の変動は有り得ないが、ここリーアは太陽光の照射量や気温を調節することで、擬似的に四季を再現していた。
 今は暦の上では春。
 並木道の樹々は瑞々しい葉を茂らせている。
 ゆるやかな坂道を登っていくと、眺めのいい高台へ出る。
 眼下には人工的に造られた湖が広がり、コロニーの外窓から差し込む陽光を反射してきらきらと湖面を輝かせている。
 リーアに移り住んで以来、ここはアルレットのお気に入りの場所だった。
 今は平日の日中ということもあって、人の数は少ない。
 アルレットはエレカを路肩に寄せて停車させると、ゆるやかな足取りで湖岸へと歩いて行った。
 木製の柵にもたれて、しばし湖を眺める。
 アルレットはこの光景が好きだった。
 施設で育ち、成長してからもほとんどラボに入り浸りの生活だった彼女は、あまり自然に触れた記憶がない。
 目の前の光景も実際の自然とはほど遠い、人の手によって造られた偽物ではあるのだが、それでもアルレットにとっては新鮮だった。
 柔らかな風が湖面を揺らし、肩のあたりで切りそろえた髪が心地よく頬を撫でる。
 乱れた髪をかき上げ、この髪型もだいぶ馴染んできたかな、とアルレットは小さく微笑んだ。
 彼女の胸元には、小さなシルバーのペンダントが光っている。
 細い鎖を指にからめ、アルレットはそれを目の高さにかざした。
 湖の光を反射して、ペンダントの表面がキラリと光る。
 宝石にしては歪な、何かの破片のような金属の断片。

「こうなっちゃうと、もうただの石ころと変わらないね」

 アルレットはクスッと微笑むと、懐かしそうにじっとそれを見つめた。
 あの日、アクシズで大破したサザビーから回収した、サイコフレームの欠片。
 それは小さな奇跡を起こし、アルレットとダントンの命を救ってくれた。
 アハヴァ・アジールはあのままアクシズに放棄するしかなかったが、この欠片はノーマルスーツに収まったまま持ち帰ることができた。
 このことはダントンにも、そしてメーメットにも言っていない。
 メーメットには申し訳ないが、シャアと自分との最後の『繋がり』の証であるこの欠片だけは、他の誰にも渡したくはなかった。

「大佐――」

 あの時、アルレットの叫びにこの欠片が反応し、アルレットとダントンは自分達の過去の光景を垣間見た。
 そこには、懐かしい記憶のままのシャアの姿があった。
 今となっても、アルレットには本当にシャアという人物を理解できたとは思えない。
 ジオン・ズム・ダイクンの遺児、キャスバル・レム・ダイクンとしての彼。
 赤い彗星、シャア・アズナブルとしての彼。
 エゥーゴのクワトロ・バジーナとしての彼。
 そしてネオ・ジオン総帥としての彼――。
 どれも彼の真実の顔とは言えないが、同時にどれも確かに彼自身に違いなかった。
 それは当然のことなんだろう。
 彼女自身、フラナガン機関にいた頃の自分とMSエンジニアとしての自分、そして今のクリーニング店の看板娘としての自分が、同じ人物とは思えない。
 だが、それでもやはり、どのアルレットも確かに自分自身に違いないのだ。
 もう一度じっと欠片を見つめ、あの時に芽生えた疑問を反芻する。
 シャアは何故、自分とダントンを拾い、側においてくれたのか。

「ダントンはどう思う――?」

 地球への帰路、輸送船の中で、アルレットはダントンに尋ねた。
 ダントンはしばし腕を組んで黙考した末、彼には珍しく、言葉を選ぶようにぽつぽつと語ってくれた。
 彼の考えは、シャアは自分達に家族のぬくもりを求めていたのだろうということだった。
 かつて自分が失い、その後も取り戻すことのなかった家族という存在を、アルレット達に託していたのではないかと。
 ダントンらしいな、とアルレットは微笑んだ。
 それが、ダントンにとってのシャア・アズナブル像なのだろう。
 他の人々も、それぞれ違うシャアを見ていたはずだ。
 アムロ・レイも、ララァ・スンも、ザビ家の人々も、カミーユ・ビダンも、ナナイ・ミゲルも、クェス・パラヤも。
 それぞれが違う何かをシャアに求め、シャアもまた、それぞれ違う何かを彼らに求めた。
 アルレットが見ていたシャアと、ダントンが見ていたシャアは違う。
 アルレットが思う自分自身と、ダントンが見るアルレットもまた違うはずだ。
 他者の心を垣間見ることができたとしても、それをどう見てどう解釈するかは結局は自分次第なのだから。
 だからこそ、人は必死でわかりあおうとするのだろう。
 あるいは人がもっと先に進み、より本質的なニュータイプと呼べる存在にまでなれたなら、より深くお互いを理解しあえるのかもしれないが……
 それはまだまだ先の話だ。

 シャアの本当の思いは、今も誰にもわからない。
 それでいい。
 あの時、私はもう一度シャアの心に触れ、ちゃんと別れを告げることができた。
 それだけでも、再びアクシズに行った甲斐はある。
 だから――
 大きく伸びをしたアルレットは、ペンダントを首から外し、眼下の湖へと思いっきり投げた。
 ペンダントはキラキラと輝きながら大きく孤を描いて、澄み渡った湖面の上を飛んでいく。
 数秒後、ペンダントはぽちゃんと飛沫を上げて水面に落ちると、ゆっくりと水底へと沈んでいき……やがて、完全に見えなくなった。

「じゃあね――」

 微笑んで湖に背を向ける。
 いい加減に戻らないと。
 今頃ダントンは店のカウンターで、元からの仏頂面をさらに不機嫌に歪めていることだろう。
 放っておいたらお客さんが逃げ出してしまう。
 白いワンピースの裾をなびかせ、アルレットはエレカへと駆け出していった

 

――Twilight AXIS 完――


ストーリー構成・挿絵:Ark Performance
著者:中村浩二郎


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