機動戦士ガンダム Twilight AXIS 【第3回】

第二章「追憶~リーアにて~」1

 サイド5――。俗にリーアの愛称で呼ばれるこの宙域は、一年戦争時はサイド6としてごく初期に中立宣言を行い、戦火を免れた数少ないサイドであった。
 その後、コロニー再生計画によりナンバリングが変更され、新たにサイド5と呼ばれるようになって以降も、大きな戦乱に巻き込まれたことはほとんどない。
 そのリーアに所属するコロニー群の一つに、リボー・コロニーはあった。
 二十世紀のヨーロッパを思わせる牧歌的な街並みには、連邦・ジオン双方における政財界の重要人物やその関係者も多く居住しており、コロニー全体の生活水準は高い。
 生活が豊かということは、様々な商売が成り立つということでもある。
 ここダントン・クリーニング商会も、そんなコロニーの豊かさの恩恵に預かる店の一つだった。

 洗ったばかりのシーツの最後の一枚を物干し竿に吊したところで、アルレット・ハイレッグは大きく伸びをした。
 屋上から空を見上げると、円筒形のコロニーの対面に蒼々とした緑地帯が広がっているのが見える。
 コロニー管理機構から毎朝送られてくる気象情報によると、今日は一日雨が降る予定はない。このまま干しておけば夕方にはすっかり乾くだろう。
 アルレットは洗濯籠を放り出し、そのまま屋上の柵に背をあずけ、しばしの小休止と洒落込むことにした。
 人類が宇宙に進出して早や百年近くが過ぎたこのご時世、こんな前時代的な手段で洗濯物を乾かす必要もないのだが、ダントン・クリーニング商会はあえてこのアナログなやり方にこだわっており、それは近隣に住む顧客達にも好評だった。
 天日による乾燥だけではなく、汚れの落ち具合も完璧だ。眼前で風に吹かれているに沢山のシーツは、どれもシミ一つなく真っ白に輝いている。

「うん。いい調子みたいね」

 アルレットは、自ら改良した洗濯機の性能に満足げな笑みを浮かべた。
 元は店主のダントンがどこからか仕入れてきた格安の量産品だが、彼女が腕によりをかけてカリカリにチューンを施してある。リーア中、いや地球圏のどこを探しても、これ以上の洗濯機はないと自負していた。
 彼女のエンジニアとしての腕を知るものが見れば、あまりの技術の無駄遣いに頭を抱えることだろう。が、アルレット自身は今の自分の仕事にそれなりに満足していた。
 過去を振り返るより、今は日々の暮らしが第一だ。
 そう考えることができるくらいには、彼女は大人だった。
 そろそろ正午を回ったころか。今日の昼食は何にしようか――そんなことを考えていると、玄関のカウベルが鳴る音がした。

「ん……お客さん?」

 柵から身を乗り出して階下を見下ろすと、店の前に見覚えのないエレカが停車している。
 そこから降りてきたであろう二人の男――どちらもスーツをきっちり着こなしている――が、静かに店内へと入っていった。

「…………」

 アルレットがわずかに眉をひそめる。
 スーツ姿の男が二人。クリーニング屋の客にしてはどうにも不釣り合いだ。
 胸騒ぎを覚えつつ、アルレットは階下へ続く階段を降りていった。

×  ×  ×

 ダントン・クリーニング商会店主、ダントン・ハイレッグは、突然の来客に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
 似合わないエプロン姿の大柄な体を不機嫌そうに揺らすと、尻に敷いた木製の椅子が小さく悲鳴を上げる。
 店番が来客を拒むのもおかしな話ではあるが、もともとダントンはさほど接客に熱心な店主ではない。
 一日に数件、常連の顧客の依頼をこなしていれば、とりあえずアルレットと二人分の食い扶持は稼げる。あくせく商売に励む気は毛頭ない。現に今も、暇つぶしのジグソーパズルのピースが、カウンターの上に無造作に散らばっている。
 それらをかき集めて乱雑に箱にしまいつつ、ダントンは二人の客を出迎えた。

「……いらっしゃい」

 地味なグレーのスーツに身を固めた男達。
 一人はどこぞの商社の若いエリート社員といったところか。もう一人はやや年かさだが、振る舞いを見るに若い方の部下であるようだ。
 あまりクリーニング屋に用がありそうな手合いではない。
 だがそれ以上に、スーツの下に隠された鍛え抜かれた筋肉と、隙のない身のこなしにダントンは注目していた。
 軍人――か。
 驚きはない。彼の元にいずれ軍の関係者が訪ねてくることは、想定の範囲内ではあった。
 問題は用件である。
 どう転んでも面倒なことになる。さて、どう対処したものか――。
 そんなことを考えていると、背後のドアが開いて、屋上から降りてきたアルレットが顔を出した。

「お客様?」
「ああ――」

 振り返り、声を出さず手振りで「奥に行ってろ」と指示する。
 だがアルレットは、しれっとドアの前に立ったまま動こうとしない。
 気付いていないのではなく、気づいた上で無視しているのだ。

「こいつは……」

 年々、俺の扱いが軽くなっていく気がする。
 頭を抱えるダントンに、来客の若い方の男から声がかかる。

「はじめまして。ダントン・ハイレッグさん――それに、アルレット・『アルマージュ』さんですね」
「!」

 男の声に、ダントンとアルレットは小さく息をのむ。
 二人は現在、戸籍上は親子ということになっている。
 しかし、この男はアルレットの本名を知っていた。
 どこまで事情を知られているのかはわからないが、とにかくただの客ではないことはこれで確定したわけだ。

「軍人か? それとも役人かな」
「……話が早いですね。自分はメーメット・メルカと申します。彼は――」
「ああ、待ってくれ。そういう話なら場所を変えよう」

 もう一人を紹介しようとした若い男――メーメットと名乗った――を制し、椅子を蹴って立ち上がったダントンは、カウンターを回って男達の前に出た。

「向かいの通りに小さな喫茶店がある。先に行っててくれ。すぐに追いつく」

 エプロンを外してアルレットに放りつつ、横目で男達に告げる。

「心配すんな。逃げも隠れもしねえよ」

 年長の男は何か言いたげだったが、若い方の男がそれを制して頷く。
 男達が連れだって店を出ていき、扉が閉まったのを確認したところで、ようやくアルレットが口を開いた。

「あの人達、私のこと知ってるみたいだね」
「……そのようだな」
「あーあ。また引っ越しかな……」
「…………」

 アルレットとダントンの二人は、この街でクリーニング屋を開業する前にも、いくつかの街を転々としていた。
 彼らの来歴――数年前の第二次ネオ・ジオン戦争において、敗軍たるネオ・ジオンに参加していたこと――も理由ではある。
 戦後、拠点であるアクシズを失った彼らは、現在、地球圏のあちこちに散らばって新たな生活を始めていた。
 中にはいまだ反ジオン感情の根強い地域も多く、彼らのすべてが受け入れられているとは言いがたい現状がある。
 だが、それ以上に――、アルレットには一つの街に定住できない理由があった。
 対外的にはダントンの娘ということになっている彼女だが、実際は二人の間に血の繋がりはない。
 一年戦争時、ジオン公国のニュータイプ研究施設フラナガン機関で数々の実験の非検体となっていたという過去が、彼女の身体の時間の流れを異常に遅くしていた。要するに外見上、あまり歳を取らないのだ。
 そのため、一カ所に長く定住することはできない。
 この街の人々も、いずれは彼女がいつまでも若いままだということを訝しみはじめるだろう。

「気に入ってたんだけどな、この街――」
「ま、ひとまず連中の用件を訊いてみるさ。穏便に事がすむようなら、それに越したことはない」

 脱いだエプロンの代わりに壁に掛けていた自前のジャケットを羽織り、ダントンは扉へと向かう。

「おとなしく店番しとけ。お父さんの言いつけだ」
「……うん」

 出ていくダントンに小さく手を振って、アルレットは手早くエプロンを身につけると、カウンターの椅子に腰を下ろした。


ストーリー構成・挿絵:Ark Performance
著者:中村浩二郎


次回12月下旬頃更新予定


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