機動戦士ガンダム Twilight AXIS 【第4回】

第二章「追憶~リーアにて~」2

 喫茶店の扉をくぐったダントンが店内を見回すと、すぐに奥の席に陣取った二人の姿を認めた。
 向かいの席に腰を下ろすと、店のマスターが注文をとりにやってくる。

「ああ、彼にも私達と同じものを――」

 先刻メーメットと名乗った若い男がコーヒーカップを掲げてマスターに声をかけるが、ダントンはそれを制し

「いつもの、頼む」

 とぶっきらぼうに呟いた。
 マスターは軽く会釈すると、すぐに奥へ引っ込んでしまう。
 ――数分後。
 マスターが運んできたクリームソーダにストローを突き刺すと、ダントンは喉を鳴らして一口流し込んだ。
 何とも言えない表情で見つめている目の前の男達に、事も無げに呟く。

「好物でね」
「……そうですか……」

 メーメットは曖昧に微笑むと、懐から取り出した名刺をテーブルの上にすべらせた。
 ストローを咥えたまま、拾い上げるダントン。

「内閣第六室……?」

 聞き慣れない単語に眉根を寄せる。

「地球連邦政府直轄の情報部です」
「へぇ……そんな連中が、うちみたいな場末のクリーニング屋に何の用だい」
「それは……」

 言葉を切り、ちらりと横目で背後のマスターに目をやる。

「安心しな。あのマスターは内緒話に聞き耳を立てるような悪趣味は持ち合わせちゃいない。俺達以外に他の客もいないしな」
「……信じましょう」

 挑むように見つめるダントンの瞳をまっすぐに見返して、メーメットはゆっくりと告げた。

「単刀直入に言います。あなた方に――アクシズの道案内をお願いしたい」
「……何だって?」
「アクシズです。あなた方もよくご存じでしょう?」

 知らないわけがない。
 ダントンとアルレットは、かつてそこに暮らしていたのだ。
 ネオ・ジオン総帥、シャア・アズナブルの直属のスタッフとして。
 ダントンはシャア専用MSのテストパイロット。
 アルレットはその開発スタッフ。
 あの日々は、今もまだ鮮明な記憶として彼の胸に残っている。
 しかし――

「話が見えないな。なぜそんな話を俺達に?」
「もちろん、あなたの来歴を調べさせていただいたからですよ」

 ――やはり、そういうことか。

「どこまで知っている?」

 ダントンの問いに、メーメットは薄い笑みを浮かべて答える。

「一通りはね。ネオ・ジオンに参加する前はエゥーゴにいたこと、それ以前、一年戦争の頃から、シャア・アズナブルと行動を共にしていたことも」
「!」
「シャアがグリプス戦役時、クワトロ・バジーナを名乗ってエゥーゴに参加していたことは、もはや周知の事実と言っていい。当時のデータは、今も連邦のアーカイヴに比較的多く残されていますからね」
「……そういうことか」

合点がいったようにダントンが呻く。

「クワトロ・バジーナの資料からあなた方二人を見つけ出すことは、さほど難しくはありませんでした。そのパーソナルデータから行動パターンや思考パターンをプロファイリングし、考え得るあらゆる所を捜査してようやくここに辿り着いた――そういうわけです」
「ずいぶんご苦労なことだな。内閣第六室ってのはそんなに暇なのかい?」

 軽口を叩きながら、ダントンは目の前の男達を値踏みしていた。
 何を考えている……?

「そこまでして自分達を捜し出して、アクシズの道案内をさせるだと? あそこはあの戦いで真っ二つに割れ、今はもう何もない廃墟だ。行ったって何もありはしないだろう」
「あるから行くんですよ」
「何?」
「正確には、あるかもしれないから――ですね」
「おい、いったい何を――」
「サイコ・フレームですよ」
「……っ!」

 単刀直入に告げられたメーメットの言葉に、ダントンは思わず絶句する。

「きっかけは半月ほど前に遡ります」

 メーメットはおもむろにテーブルの上で掌を組み、話し始めた。

「ラプラス事件はご存じですか?」
「……新聞やニュースで知れる範囲ならな」
「詳しい情報は秘匿されていますが、あの事件の折、とあるサイコ・フレーム搭載型のMSが著しい戦果を上げました――。いえ、そんな表現では事足りませんね。はっきり言って、そのMSは既存の兵器体系を根底から覆すほどの性能を発揮しました」

 サイコ・フレーム……かつてアクシズで生み出された、コンピューターチップを金属粒子レベルでMSのフレームに鋳込むという新技術。
 シャア自らの手でネオ・ジオンのみならず連邦へももたらされたそれは、確かにMSの性能拡張に多大な貢献をした。しかし……

「……ずいぶんと大きく出たな」
「誇張ではありませんよ。そのMSは単機でコロニーレーザーを無効化する戦闘力に加え、最終的には自己再生能力までも発揮するに至りました」
「んなっ……?」

 ダントンはかつて、サイコ・フレームを搭載した二機のMS――MSN-04サザビーとRX-93νガンダムの戦いを目撃している。
 確かにあの二機の性能は破格ではあったが、そんな化け物じみた力は――
 いや、待て。
 ハッとしたダントンの様子に、メーメットが深く頷く。

「あなたも見ているでしょう。あの『第二次ネオ・ジオン紛争』の際、割れたアクシズの片割れが地球へと落着しようとしているのを、宇宙へと引き戻した力。未だ解明されていない、あの光――」
「あれも、サイコ・フレームがもたらした現象だというのか?」
「我々はそう考えています」

 そう言って、メーメットはダントンに射貫くような視線を向けた。

「現在、連邦にもたらされたサイコ・フレームの精製法は、我々の手で厳重に管理されています。ですが、アクシズの残骸にまだ研究資料が残されていたら? 何者かがそれを入手し、サイコ・フレームを再開発し、そして使用したら?」
「そんな、まさか――」
「可能性はゼロではない、ということですよ。我々の任務は、それを未然に防ぐこと。そのために――力を貸していただけませんか、ダントンさん」

 そう言って、メーメットとその部下は深く頭を下げる。
 ダントンは答えることができなかった。
 アクシズが崩壊した、あの運命の日。
 彼はシャア・アズナブルと生死を共にする覚悟でいた。
 アルレットも同じ思いだったろう。
 だが、それは叶わなかった。
 サザビーとνガンダムの決着の時――シャア・アズナブルが消息を絶ったあの場に、彼らは居合わせることができなかった。
 そのことは、今もダントンの胸に小さな棘として刺さり続けている。

「もちろん、報酬はそれなりの額を用意しています。それだけではありません。あなた方の過去の罪状はすべて抹消し、新たな経歴と生活を保障しましょう」
「むぅ……」

 ダントンは腕を組んで思案する。
 彼らの言葉をすべて鵜呑みにはできない。リスクが大きすぎる。
 しかし、ここまで素性を握られている以上、逃げおおせる算段をつけるのは難しい。
 何より、ダントンは再びあの地へ、アクシズへ戻ることには抵抗があった。
 自分もそうだが、アルレット――彼女にはもう、当時のことを思い出してほしくはない。
 せっかく手に入れた、平穏な生活を壊したくはない。
 さて、どうやってこの場を切り抜けたものか――
 だが、そんなダントンの逡巡も、背後からかかった声にあっさりかき消されてしまった。

「その話、お受けするわ」
「おい!」

 振り返るまでもない。
 店のエプロンをつけたままのアルレットが、微笑みを浮かべダントンの隣に腰を下ろした。

「お前なぁ……」
「ちゃんと休憩中の札はかけてきたわよ」
「そういうことを言ってるんじゃない!」
「はいはい、ちょっと黙って」

 吠えるダントンを軽くあしらって、アルレットはメーメットに向き直る。

「ちょうど、私もあそこに戻りたいと思っていたんです」
「……それはそれは」

 思わぬアルレットのやる気に、メーメットも目を丸くしている。

「アルレット、お前……」
「なんて、ついさっきまではもう忘れようと思ってたんだけどね」

 悪戯っぽく笑うアルレットだが、その目に迷いの色はない。

「でも――戻るきっかけがあるんだったら、やっぱり戻りたい――そう思った」

 テーブルの下、小さな拳がぐっと握られる。

「私は知りたいのよ。大佐とサザビーがどうなったのか……」
「…………」

 しばしその横顔を見つめていたダントンだったが、やがて、諦めたように大きくため息をついた。

「……わかったよ。ったく、しょうがねえお姫様だ」
「では……」
「引き受けるよ、その道案内」

 投げやりに告げるダントンに、メーメットはあくまで柔らかな笑みを崩さぬまま、手を差し伸べてくる。

「あらためて、よろしくお願いします。私はメーメット・メルカ中尉。地球連邦軍特殊部隊『マスティマ』隊長として、あなた方に同行を依頼します」
「アルレット・アルマージュよ」
「ダントン・ハイレッグだ。報酬の件、忘れんじゃねえぞ」 

 そう言って、ダントンはグラスに残っていたメロンソーダを煽った。
 合成甘味料のわざとらしい甘みが口に広がる。
 この味とも、しばらくお別れか。
 ダントンはこういうものが好きだった、戦争とは無縁のものが。

×  ×  ×

「……ダントン?」

スピーカーから響くアルレットの声に、ダントンは顔を上げた。

「どうしたの? 久しぶりの戦闘で疲れた?」
「いや……ちょっと、ここに戻ってくることになった時のことを思い出していただけだ」

 コンソールを操作し、コクピットカバーを開く。
 ザクⅢ改のコクピットから顔を出すと、眼下で手を振るアルレットとメーメットの姿が見えた。

「あらためて……帰ってきたって感じだな」

 背後のコクピットに振り返り、独りごちる。

「大佐……すみません。あいつを、またここに連れて来ちまった」

 そこに座るはずだった、かつて彼がその背を追い続け、とうとう届くことのなかった男――シャア・アズナブルに語りかける。

「ですが、あいつは……アルレットは必ず俺が護ります。それが、あなたの最後の命令ですから――」

 そう呟いて、ダントンは小さく敬礼した。

――第三章に続く――


ストーリー構成・挿絵:Ark Performance
著者:中村浩二郎


次回2017年1月中旬更新予定


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