機動戦士ガンダム Twilight AXIS 【第5回】
第三章「赤い幻影を追って」1
「この子とはここでさよならね。名残惜しいけど……」
ザクⅢ改のコクピットでそのシステムディスクを取り出しながら、アルレットは名残惜しげに呟いた。
「仕方ないだろう。こんなデカブツ連れていけるか」
コクピットハッチに背を預けたダントンが静かに答える。
「……そうだね」
しばしコンソールを操作していたアルレットだったが、やがてふっと息をついて顔を上げた。
「OSの初期化が終わったわ。これでもう、この子が再び立ち上がることはない」
「……ああ」
静かに佇む赤い巨体を見上げ、ダントンも感慨深げに呟いた。
このままアクシズが地球圏から離れていけば、もうこの機体に触れることができる者は誰もいなくなる。
無限の静寂の中、ただひたすら宇宙の闇を漂い続けることになるのだろう。
「――いきなり叩き起こして悪かったな。ゆっくり眠ってくれ」
「なに? らしくないの。久しぶりにコクピットに座って、感傷的にでもなった?」
「うるせえ」
コクピットから這い出しながらニヤニヤ微笑むアルレットに背を向けて、ダントンは眼下のメーメットに声をかけた。
「こっちは終わったぜ」
「ええ……こちらも用意ができました」
瓦礫を蹴って移動してきたメーメットが、二人の前で器用に静止する。
「先ほどの戦闘での犠牲者と負傷者を揚陸艇に戻し、残ったメンバーで部隊を再編成したところです」
「ああ……」
見ると、残ったマスティマのメンバーはメーメットを入れて6名。
今後はアルレットとダントンを含めた8名で探索を続行することになる。
「この上、さらに人数が減るような事態は避けたいところです」
苦笑するメーメットに、ダントンはフンと鼻を鳴らした。
「あのガンダムがまた来ないことを祈るのみだな」
「同感です」
「メーメットさん。あのガンダムに心当たりは?」
アルレットの問いかけに、メーメットは肩をすくめて答えた。
「さっぱりです」
「ダントンはどう? 戦ってみて何か気づいた?」
「小さいな」
「うん……やっぱりそうだよね」
間髪入れず答えたダントンの言葉に、アルレットも小さく頷く。
「ザクⅢ改のライブラリにもあのガンダムに該当する機体データはなかったが、今のMSの基準からすると一回り小型だな。ジェガンより小さかった。ありゃグリプス戦役より前、下手すりゃ一年戦争の頃のMS並のサイズだぞ。もちろん、中身はチューンして別物になってるだろうが……」
「ふむ……」
顎をさすりつつメーメットも考え込む。
「先のシャアの反乱終結より、アクシズは連邦の監視下にありますが、その目をかいくぐってアクシズ内部に侵入し、一攫千金をもくろむ山師は少なからず存在します。その多くは民間のジャンク屋やデブリ回収業者で、さっきの連中もその手合いかと思いましたが……しかし、ガンダムタイプを所有しているとなると……」
「僚機にはジェガンもいたしね」
「ええ。気にしておいた方がいいかもしれません」
メーメットは振り返り、負傷者を連れて揚陸艇へ帰還しようとしていた部下の一人を呼び止めた。
「ロック」
「なにか?」
ロックと呼ばれた兵士が、負傷者を仲間に預けて戻ってくる。
「戻ったら、現在このあたりを航行している艦船をすべてピックアップしておいてくれ。連中、身元がばれるような痕跡など残しちゃいないだろうが、一応、念のためだ」
「了解しました」
「頼む。さて――」
部下を送り出したメーメットが、ノーマルスーツの腕の時計に目を落とす。
「あまり時間はありません。あと二時間内にここを離れなければ、我々はこの小惑星と一緒にアステロイドベルトに向かうことになる」
「そいつは御免被りたいな」
「まずは最初の目的地へ向かいましょう」
「マハラジャ・カーン記念研究所――でしたか」
「ええ。サイコミュ関連の開発の中心はあそこでしたから」
「よし、急ぎましょう。引き続き、道案内をよろしくお願いしますよ」
「わかりました」
メーメットは振り返り、仲間達に号令を発した。
「全隊前進!」
× × ×
マスティマの6名にアルレットとダントンを加えた8名は、居住区を離脱、研究所に向かって前進していた。
再び敵MSと遭遇するのを避けるため、なるべく細い通路を選んでいる。
もちろん、敵方も歩兵を侵入させている可能性はあるが、白兵戦なら彼らマスティマにも一日の長がある。
しばらくはアルレットの指示の元、無言の行進が続いた。
「――ん?」
不意に隣を進むアルレットに肩を掴まれ、ダントンは振り返った。
「ね、ダントン」
ヘルメットのスピーカーから聞こえてくるアルレットの声。
先刻メーメットらと話していた時よりも、心なしかはっきりと聞こえる。
バイザーの表示を見ると、「接触回線」の表示が出ていた。
マスティマの共有通信を介さず、直接話しかけてきているのだ。
「サザビーはどこにあるのかしら」
「!」
何気なく呟いたアルレットの声を、ダントンは聞き逃さなかった。
「おい、待てよ。今なんて言った?」
「サザビーよ。忘れたの?」
「忘れるわけがないだろう。サザビーが……どこにあるかって?」
「ええ。どっちかというと、私としてはそっちが本命だもの」
「お前……」
「サザビーの信号が途絶えた場所は憶えているわ。そこに行けば、何か手がかりが残っているはずよ」
「大佐の……か」
「当然でしょ。私はそのために帰ってきたのよ?」
「なんで接触回線で言ってきた」
「あの人達に、サザビーのことを聞かれたくないもの」
「まあ……サイコ・フレーム搭載機であるサザビーの残骸が残っていたら、彼らとしては絶好の調査対象だろうが」
「あの人たちに、邪魔してほしくない」
「大佐との思い出を、連中に無神経に踏み荒らされたくはない、か……」
「ね、どうにか彼らと別行動をとれないかしら?」
「アルレット。お前、正気なのか? この状況で、まだそんな事を言っているのか?」
「タイムリミットのこと? 二時間もあれば充分よ」
「あのガンダムタイプがまた来たらどうする! 敵がいるんだ、もう里帰りどころじゃなくなっちまったんだぞ?」
「そのために、ダントン、あなたがついているんでしょう?」
「お前……っ」
ガシガシと頭をかくダントン。
「そもそも、サザビーがまだアクシズの上に在るとは限らんぞ。宇宙のどこかに吹っ飛んじまったかもしれん」
「かもね」
ダントンの言葉に、アルレットはフッと微笑む。
「でも、手がかりくらいは何か残ってるかもしれない」
「……ったく」
呆れたようにため息をつく。
「とにかく、今は研究所に向かうぞ。どうしてもサザビーを探しに行きたきゃ、方法は自分で考えろ。俺は御免だ」
「……わかった。そうする」
アルレットが手を離すと、接触回線の表示がオフになり、ヘルメット内に静寂が戻る。
「やれやれ……面倒なことになってきた」
× × ×
――その頃。
先刻の居住区から外部へと飛び出した光が、アクシズ外壁に沿って高速で飛行していた。
ダントンのザクⅢ改と交戦したガンダムタイプである。
そのコクピットで、一人の青年が悔しげに唇を噛んでいた。
「くそったれが! 何だあのザクもどきは!」
激昂し、コンソールに拳を叩きつける。
「マイッツァーのおっさんは、敵にMSは居ないとほざいていたじゃねぇか!」
全天周囲モニターの一角には、先刻のザクⅢ改との交戦データが表示されている。
「瞬間最大300Gオーバーのタックル……俺が強化人間じゃなかったら、そのまま泡噴いて失神してるとこだぜ」
忌々しげに呟く青年は、紫がかった青のノーマルスーツに身を包んでいる。
連邦のものともネオ・ジオンのものとも違うが、明らかに民生品ではない、何度も実戦をくぐり抜けた独特の風合いがあった。
「まったく、連邦から逃げ出してからこっち、敵味方含めてロクなヤツと出会わねぇ――」
独りごち、コントロールレバーを握り直す。
「わかってるよ、『トリスタン』。てめぇの力はこんなもんじゃねぇ。次こそ絶対に仕留めてやるからよ」
青年の声に応えるように、トリスタンと呼ばれたガンダムタイプのバーニアが大きく吠えた。
「にしても、マズイな。ベイリーとギブソンが落とされちまった……。ヴァルターに知られたら何を言われるか……クソッ、面白くねえ……!」
モニターの表示をアクシズの構造マップに切り替え、目的地を確認する。
「ひとまず『サイコ・フレーム』の探索はアイツに任せるとして、だ……。まずは『エキナセア』に戻って、態勢の立て直しといくか。念のため持ってきたアレ――まさか必要になることはないと思っていたが、どうやら使うことになりそうだ」
モニターの向こうに広がる虚空を睨み、青年はニヤリと牙をむく。
「あの赤いザクもどきのパイロット――。どこのどいつか知らねえが、このクァンタン・フェルモに恥をかかせた以上……相応の対価は払ってもらうぜ――!」
――続く――
ストーリー構成・挿絵:Ark Performance
著者:中村浩二郎
次回2017年1月下旬更新予定
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