機動戦士ガンダム Twilight AXIS 【第6回】

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第三章「赤い幻影を追って」2

 時は少し前へと遡る――。
 地球、連邦政府首相官邸。
 その前から音もなく走り去る、一台のリムジンがあった。
 スモークに覆われた窓の奥には、いかめしい面構えの初老の男の姿。
 ゆるやかなスロープを抜けると、やがて青々とした街路樹が立ち並ぶメインストリートへと出る。
 リムジンの走行モードがクルージングに移行すると、男はクーラーボックスから取り出されたばかりのミネラルウォーターを飲み干した。

「…………」

 男が一息つくのを見守った後、隣に座る秘書らしき男が静かに口を開く。

「いかがでしたか? エンゲイスト様」

 ロナ家長男、エンゲイスト・ロナは短く返した。

「決まりだ」
「では――」
「まずは父上へ報告する。その後は、マイッツァーと父上が上手くおやりになるだろう」
「承知致しました――」

 窓の外を行き過ぎる景色を見つめながら、エンゲイストはシートに深く身を沈め、誰にともなく呟いた。

「バーナムの森が、動く時が来たか――」

×  ×  ×

 地球のロナ家本邸はその豪壮さにも関わらず、静寂に包まれていた。
 ロナ家はかつてヨーロッパに栄えた貴族の名門である。
 しかし現当主であるシャルンホルスト・ロナはその血を継いではいない。
 小さなジャンク屋から身を立てたシャルンホルストは、若い頃から稀代の事業家としての才能を発揮し、一代で自らの会社を地球圏を股にかける大企業ブッホ・コンツェルンにまで育て上げた。
 「ロナ」は、そんな彼が自分の地位に見合うだけの家柄として新たに「買った」姓なのだった。
 その屋敷の奥、主に私用に使っている一室にて、シャルンホルストは息子からの報告を聞いていた。

「先ほど、非公開議事において決定されました――」

 エンゲイストの低い声が、室内に響く。
 部屋を囲む分厚い壁には完璧な防音が施されている。
 使用人にさえ盗み聞きされる心配はない。

「間違い無く、『サイコ・フレーム回収計画』は行われます。あそこに何らかの研究資料が残されている可能性は少なくないでしょう」
「そうか――ご苦労だった」

 ソファに深く身を沈める老いたシャルンホルストの姿からは、かつて財界の怪物と囁かれた往年の闊達さはすでに失われている。
 しかし、深い皺の奥で鋭く光る眼力だけは当時のままだった。

「第一次ネオ・ジオン戦争の後、連邦はハマーン・カーンらからアクシズを接収し、大した期間もおかずにシャアへと譲渡した。あんな短期間では、おそらくあの要塞のすべてを調査するなどできるはずもない。愚かなことをしでかしたものだ……」
「はい」

 昔よりかすれてはいるがよく響く父の声に、エンゲイストは首肯する。

「今回の回収計画は、その不安の表れでしょう。政府も軍部も、皆怯えているのですよ。あそこには、我々が知らぬ何かが在るのではないかと……」
「もっとも、そのおかげで我らに理が出来た――」

 わずかに片眉を上げ、シャルンホルストは老獪に笑う。

「事は了解した。後はこちらで上手くやる。お前はこの後、この件には関与するな」
「かしこまりました」
「私とマイッツァーに何かあった場合、お前には生き残ってもらわねば困る。知らねば、責めは負わされまい。ロナの血さえ途絶えねば、いずれまた復す機会は在る」
「承知しております、父上」

 深く頭を下げる息子に、シャルンホルストはやや声を和らげて問う。

「時に――新サイド建設の件はどうした?」
「一昨日、名は決まりました」
「フッ……これほど長い時をかけても、名だけか。して、何と?」
「はい。『フロンティア・サイド』と、そう決まりました」
「ほう…フロンティア……。フロンティア、か……」

 シャルンホルストはククッ、と皮肉交じりの笑みを漏らす。
 偉大な父の笑みの意味を計りかねながら、エンゲイストは続けた。

「しかし、実際の建設が始まるには、まだまだ時間がかかりましょう」
「だろうな――。本当に、連邦は巨大になりすぎた。何をするにも時すでに遅く、新たな災いを産みだしてしまう――」
「……はい」
「衆愚政治の極みだな……」

 嘲笑とも諦観ともつかぬ声で、シャルンホルストは小さく呟いた。

×  ×  ×

「次の角を左に曲がって」
「了解」

 アルレットからの指示に従って、メーメット達マスティマの部隊はアクシズ内部を迷うことなく進行していた。

「それにしても、こんなに複雑な通路をよく覚えていますね」
「それを期待して俺達を巻き込んだんじゃないのか?」

 嫌味を含んだダントンの声に、メーメットが苦笑する。

「それはそうですが――」
「記憶力には自信があるの」

 そう言って微笑むアルレットの横顔を、ダントンはしばし見つめていた。

「忘れた方がいいことだってあるんだぜ――お嬢さん」

 言いかけた言葉を、すんでのところで呑み込む。
 ここまで付き合ってきた自分に言えることじゃない。
 むしろ今は、あいつが納得いくまで好きにやらせた方がいい――。

「ほんと――お前は変わらないな」
「あなたもね」

 二人が交わす軽口を聞き流しながら、メーメットは考えていた。
 この二人は、謎に包まれたシャア・アズナブルの経歴を知る、数少ない生き証人だ。
 彼らの会話に耳を傾けていれば、何かわかることもあるかもしれない。
 それは任務のためでもあったし、何より彼個人としてもシャアという人物に興味があった。
 キャスバル・レム・ダイクン――かのジオン・ズム・ダイクンの遺児にして、ジオン公国軍のエースパイロット。
 クワトロ・バジーナの名ではエゥーゴの重要人物として活動し、さらに後にはネオ・ジオン総帥として地球に宣戦布告――。
 様々な顔と経歴を持つシャア・アズナブルという人物に、メーメットは職務とは別に一人の人間としてずっと関心を持っていたのだった。
 何よりメーメットは、彼のテクノクラートとしての側面に注目していた。
 彼はパイロット時代からMSの開発に積極的に関わっており、ネオ・ジオン総帥となってからはさらにその傾向を強めている。
 シャアの存在がなければ、現在のMS開発体系はさぞ様変わりしていただろう。
 そして、その結晶がサイコ・フレームなのだ。
 サイコミュの機能を持つ極小型のコンピューター・チップを、金属粒子のレベルでMSの構造材に鋳込むという超技術。
 その効果は想定を遙かに超え、搭載MSにスペック以上の機能をもたらすという、にわかには信じられない事例まで報告されている。
 そのサイコ・フレームの製法を、連邦側にリークしたのがシャアその人だったという。
 理由は諸説あり、中には「一年戦争以来の宿敵であったアムロ・レイと互角の勝負がしたかった」などというパルプ・マガジンじみた珍説まで存在するという。
 そんなシャア・アズナブルという人物の、生きた姿を知る者達が目の前にいる。
 その事実が、メーメット・メルカの心をほんの少しだけ浮き足立たせていたのは事実であった。
 もちろん、それで任務に支障をきたすようなことはしない。
 先刻の戦闘では、MSの介入という想定外の事態に、大きな痛手を受けてしまった。
 もう失敗は許されない。
 マスティマの名に懸けて、この任務は必ず成功させてみせる――。
 そう思った瞬間、不意に嫌な感覚を覚えた。

「!」

 理屈ではない。
 特殊部隊の一員として様々な戦場を巡ることで磨かれた勘が、この先に何かが待っていることを告げていた。

「――止まれ」

 短く鋭い声がメーメットの口から響く。

「!」
「おい、どうした?」

 あわててノーマルスーツの制動に手間取るダントンとアルレットと違い、マスティマのメンバー達は音もなくその場に停止した。

「………………」

 鋭く前方を見据えるメーメットの顔からは、さっきまでの高揚した表情はすでにない。

「……アルレットさん。研究所はもう近くですか?」
「え? あ、うん……この先の大きな通路に出たら、後はもうまっすぐだけど――」

 押し殺したメーメットの問いに、アルレットは戸惑いつつも応える。

「なるほど。どうやら、先を越されてしまったようです――」
「え?」

 キョトンとしているアルレット達を尻目に、メーメットは素早く部下達にアイコンタクトで指示を出した。
 頷いた部下達は、静かに通路の角まで移動、ノーマルスーツに装着された小型カメラをそっと通りの向こうに向ける。

「……っ」

 各人のヘルメットのバイザーに、小型カメラからの映像が転送された瞬間――。アルレット達は思わず小さく声を上げた。
 通路の先。
 少し平けた空間に、巨大な影が屹立していた。

「モビル…スーツ……」

 そこにいたのは、先刻のガンダムタイプやジェガンと違い、大きく張り出した肩から長い腕を伸ばした異形のフォルム。
 全身に鮮やかな菫色すみれいろを纏ったその巨体は、無機質な通路の中にあって一際異彩を放っていた。

「RX‐160……バイアラン」

 それが、その異形の巨人の名であった。

――第四章に続く――


ストーリー構成・挿絵:Ark Performance
著者:中村浩二郎


次回2月中旬更新予定


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