機動戦士ガンダム Twilight AXIS【第8回】

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第四章「バーナムの森」2

 部下達と別れたメーメットは、ダントン、アルレットとともにアクシズ外部へと通じるルートを進んでいた。
 やがて角を曲がると、無機質なゲートが行く手を塞いでいる。
 表面に記された識別番号から察するに、どうやらこの先が目的の区画のようだ。

「ちょっと待っていて」

 小さく手を挙げてダントンとメーメットを制すると、アルレットは脇に設置された小さなコンソールに向かう。

「よかった。ここもまだ電気系統は生きてる」

 しばらくコンソールを操作していたアルレットが軽快にキーを叩くと、ゲートは鈍い音を立てながらゆっくりと開いていった。

「行こう」

 慣れた様子でゲートをくぐるアルレットとダントンの後を追い、メーメットがその先へと踏み込む。
 途端に、周囲の景色が一変した。
 先ほどまでは、通路の各所に通行方向や目的地を示す標識が頻繁に設置されていた。
 それが、この区画では極端に少なくなる。
 ここが特定の人間しか使用しない、特別なエリアであるという証左だ。

「ここは――?」
「この先に、近衛師団専用のモビルスーツドックがある。そこからアクシズの外壁へと出られるはずだ」
「近衛師団――」
「表向きはミネバ・ザビの身辺警護を目的とした師団だが、あんたらも知っての通り、ハマーン・カーンが擁したミネバは替え玉だった。実態は、いくつかあるハマーンの子飼いの私設部隊の一つといったところか――」

 つまらなさげに解説しつつ、ダントンは通路の先へと歩を進める。
 途中、いくつかのゲートに行く手を阻まれたが、アルレットは難なく解錠していく。
 やがて――、一行の視界が一気に開けた。

× × ×

「おおっ……」

 目を見開くメーメット。
 そこはMSを格納するドックだった。
 何体ものMSが雑然と立ち並んでいる。

「こっちはガルス・シリーズ。奥に並んでるのはガザ・シリーズの子達――」

 歌うように呟きながら、アルレットはドックの奥へと進む。
 そこには、ここアクシズで開発された様々なMSが立ち並んでいた。
 メンテナンス中で放置されたような機体も多いが、中にはほぼ稼働可能状態と思われるものも混じっていた。

「……こいつは凄い。アクシズ内部にまだこれだけのMSが残されていたなんて……」

 後に続くメーメットは、驚嘆して周囲を見回している。

「こいつらはハマーン統制下の頃に開発された機体だからな。さっきのザクⅢ改同様、第二次ネオ・ジオン戦争では出撃する機会がなかったんだろう。もっと戦いが長引けば、どうだったかわからんが――」

 そう解説するダントンが、不意に足を止めた。

「……っ」

 しかめ面で顔を上げるダントン。
 その視線の先には、一機のMSの姿があった。

「あ……」

 気づいたアルレットも振り返る。

「懐かしいね。この子も無事だったんだ」
「……そうらしいな」

 ダントンは仏頂面で眼前のMSを見つめる。
 その機体は周囲に居並ぶ他のMSより細身で、中世の騎士然としたフォルムをしていた。
 白を基調に濃淡の紫で構成されたカラーリングも相まって、兵器というより工芸品のような優美な雰囲気を醸し出している。
 AMX‐104、R・ジャジャ。
 旧ジオン公国軍のYMS‐15、ギャンの流れを汲む、白兵戦用試作MSである。

「ふふっ……そっか。キミも残ってたんだ」

 懐かしそうにR・ジャジャを見上げるアルレットの瞳には、懐かしげな色が浮かんでいた。

「あらためて……ここ帰ってきたんだって気がするよ」
「ちっ――」

 不機嫌そうに吐き捨て、ダントンは踵を返して歩き出す。

「いくぞ。外へ出るゲートはこの先だ」
「あ、ダントン!」

 追いかけるアルレットの後に、メーメットも続く。

× × ×

 やがて一行は、ドックの先端部までやってきた。
 そこには、ドック内のMSを外へ出すための巨大なゲートがある。
 アクシズ分裂の際に歪んでしまったのか、それは半分ほどズレた状態で開きかけていた。
 隙間から、暗い宇宙空間が覗いている。

「開ける手間が省けたみたいね」

 周囲に散らばった瓦礫を避けつつ、アルレットはゲートの裂け目へと近づいていく。

「ここから外に出て、そのままアクシズ外壁を伝って目的の施設へ向かう。いいな」
 手短に確認するダントンに、メーメットが小さく頷く。
「わかりました」
「足下に気をつけて。命綱なんかないんだから、ちょっと足を滑らせたら宇宙空間に放り出されちゃいますよ」
「大丈夫ですよ、こういうのには慣れてますから。少なくともクリーニング屋さんよりはね」
「……確かにな」

 そんな軽口を叩きながら、三人がゲートの裂け目から外壁へと踏み出そうとした、その時――。
 眼前の宇宙空間を、巨大な鳥が横切った。

「!?」

 咄嗟に頭を下げ、ゲートの影に身を隠す。
 背後にスラスターの光を散らしながら、巨大な鳥は何処かへと飛び去っていく。

「あれは――!」

 目の前で起こっている事態が把握できず、混乱するダントン達。

「バイアラン……」
「何故あいつがここにいる? 通路の先で待ち伏せていたんじゃなかったのか?」

 そこに、メーメットの通信機にコールサインが入る。
 通路に残していた別働隊からだ。
 メーメットが素早くタッチパネルを操作して受信する。

「ザッ……いちょ……ザザッ……」

 スピーカーから溢れてきた部下の声は、ノイズでひどく乱れていた。
 もっと広い帯域を使えばある程度はクリアになるだろうが、敵に居場所を気づかれる危険も高まってしまう。
 念のため、ここまで来る間に、小型中継器をいくつか置いてはきたものの、気休め程度にしかなってないようだった。
 チューニングをオートからマニュアルに切り替え、メーメットは部下からの声に耳を澄ます。

「よかった……隊長、ようやく繋がりましたか」

 どうやら先刻から何度も通信を飛ばしていたようだ。
 用件はまあ、聞くまでもないだろう。

「バイアランが動きました」
「ああ、こちらでも確認した」

 アクシズの外壁に沿って飛び去っていくバイアランの背中を見つめながら、メーメットが応える。

「想定外の事態ではあるが、敵がいなくなってくれたのは好都合とも言える。残りのジェガン二機はそのままか?」
「はい」
「ならば、そちらは引き続きよろしく頼む。こちらは予定どおり外壁ルートで目標地点へ向かう」
「了解」

 通信を切り、メーメットはダントンとアルレットに向き直る。

「そういうわけです。先を急ぎましょう」
「ああ……だが」

 バイアランの飛び去った先を見つめ、ダントンが呟く。

「あいつは……」
「…………」

 しばし考え込んでいたアルレットが、ハッと顔を上げる。

「まさか! 揚陸艇を!?」

 メーメットもグッと拳を握る。

「……そういうことでしょうね」
「なるほど。俺達を待ち伏せして狩り出すより、先に帰りの足を見つけて潰した方が手っ取り早い、か――」
「揚陸艇にも最低限の身を守る武装は残してありますが、さすがに対MS戦は想定外です。うまく見つからず躱せればいいのですが――」

 言いつつメーメットは揚陸艇への通信を試みるが、スピーカーから漏れるのは不規則なノイズのみだった。

「やれやれ……結局、こうなるか」

 忌々しげに肩をすくめ、ダントンは今出てきたばかりのMSドックへと振り返った。

「アルレット」
「――何?」
「さっきのディスク、もう一度貸せ」
「!」
「俺が行く。あのバイアランを止める」
「ダントンさん!?」

 驚いたメーメットが声を上げる。

「ここにあるMS達も、いつでも実戦に投入できるようスタンバイしたままのはずだ。武器もある。戦える。パイロットさえいればな」
「ダントン――」

 何か言いたげなアルレットの肩を掴み、ダントンは叫ぶ。

「一度も二度も同じだ。いいから貸せ!」

× × ×

 R・ジャジャのコクピットシートに深く腰を沈め、ダントンは計器のチェックを続ける。
 オールグリーン。
 まるであの頃からずっと時間が止まっていたかのように、各部とも正常に作動している。
 アクシズの白い騎士は今まさに息を吹き返そうとしていた。

「ねえ、ダントン」

 先刻のザクⅢ改の時と同じように、アルレットはダントンに抱きかかえられるような姿勢でコンソールを弄っている。

「本当にこの子でよかったの? 使える機体は他にも――」
「いや、こいつでいく」

 珍しく気遣うようなアルレットの声を、ダントンが遮る。

「こいつは、お前が調整した機体だからな」
「うん――」

 次々と点っていくモニターの光を見つめながら、ダントンはあの日のことを思い出していた。
 自分が最後にこの機体に乗ったあの日を――。

× × ×

 揺れる。
 視界の中で、無数の星が激しく揺れている。
 一瞬、意識が飛んでいた。
 揺れているのは目の前の星々ではなく、自分自身の乗っているMSだということに気づくまで、ダントンはしばらくの時間を要した。
 彼の乗るR・ジャジャは大きく姿勢を崩し、その巨体は小刻みに震えている。
 背部のスラスターはバチバチと火花を散らし、噴射の代わりに黒煙を噴き出していた。
 推進系が異常を起こしていることは疑いようがなかった。
 フラフラと進む先には、見慣れた施設へと続くゲートが口を開けている。

「ダントン! 聞こえるか?」
「……ああ」
「実験は失敗だ! 帰投できるか?」
「……やってみるよ」

 モニターに目を通し、各部の状態をチェック。
 両腕両脚の正常なスラスターを小刻みに噴かし、AMBACアンバックで機体を立て直す。
 よし――いけそうだ。
 そのままゲートへ向けて機体を前進させる。
 待ち構えていた豆粒サイズのメカニックやエンジニア達が、大騒ぎしながら散っていくのが見えた。
 やがて、ドン! という衝撃とともに機体が着地する。
 グラリと倒れ込む巨体に、さっき散らばったメカニック達がわらわらと寄ってくる。
 ちょっとしたガリバー気分だ。

「おい、ダントン! 生きてるか!」

 外部からハッチが開かれ、慌てた顔のメカニックが覗き込んでくる。

「ただいま」
「お前な……」

 呆れ顔のメカニックに軽く手を挙げて、ダントンはゆらりとコクピットから這い出した。
 そのまま、ふわふわとドックの隅へ漂っていく。

「あいつ、なんで脱出しないんだ……?」

 戸惑ったように呟くメカニックの声を遠くに聞きながら、ダントンはドックの壁に背を預け、そのまま糸が切れたようにどさりと腰を下ろした。

「…………」

 しばし、そのまま目を閉じる。

「…………」

 ふと、頭上に視線を感じ、ダントンは顔を上げる。
 悲しげな顔で見下ろすアルレットと目が合った。

「……よう」
「……ダントン」
「そんな顔すんな。いいデータがとれてるぜ」

 心配げに声をかけてくるアルレットに、ニヤリと微笑みかける。
 ここはアクシズ、マハラジャ・カーン記念研究院。
 ネオ・ジオンにおける兵器開発の最前線だ。
 そんな場所を年端もいかぬ少女がうろついているのはいかにも奇妙に思えるが、周囲を足繁く行き交う研究員達は気にとめる様子もない。
 それも当然、アルレットはダントンと並び、この研究所では最古参ともいえるメンバーの一人だからだ。

「なんで脱出しなかったの?」

 アルレットが責めるように問う。

「今度の実験、スラスターに過度の負荷がかかって危険だって言ったでしょう? だから、何かあったらすぐに脱出してって……」
「もし俺が脱出してたら、制御を失ったあいつは、あのままアクシズの外壁にぶつかっておじゃんだったろ」
「だけど……一歩間違ったら、あなたも道連れだったんだよ」
「んなヘマはしねえよ」
「ダントン!」
「いいから、さっさとあいつを直してやれよ」
「…………」

 アルレットはまだ何か言いたげだったが、やがて諦めたように大きく息をついて、顔を上げた。

「わかった。見てなさいよね、すぐに直してあげるから」
「ああ―」
「あんたはそれまでせいぜい体を休めてなさい。じゃあね!」

 怒ったように言い捨てて駆け出していくアルレットの背中を見つめつつ、ダントンは小さく呟く。

「お前の作った機体をぶっ壊しでもしたら、顔向けできないだろ。お前にも、あの人にも」

 フッと微笑んで、拳を握る。

「今の俺には、こんなことしかできないからな――」

× × ×

「ダントン」
「ん……ああ」

 アルレットの呼びかけに、ダントンは我に返る。

「起動シークエンス、終わったよ」
「わかった。ありがとな」
「各部スラスター、駆動部、すべて良好。武器も――ね」
「……ああ」

 火器管制モニターには、R・ジャジャの右手の銃剣付きビーム・ライフルが操縦系統にリンクしたことを告げるグラフィックが瞬いている。
 その光を、ダントンはしばしじっと見つめていた。

「本当に大丈夫? ダントン」
「何がだよ」
「そりゃ……ううん、何でもない」

 微笑んで、アルレットは腰を浮かせてダントンから離れる。

「無茶しないでね、父さん」
「ああ――ちゃっちゃと終わらせて帰ってくるさ」

 アルレットが外へ出て行く。
 ハッチを閉じ、彼女が十分に距離をとったのを確認し――

「んじゃ、またよろしく頼むぜ――」

 ダントンはスロットルを全開にする。
 R・ジャジャの持つ銃剣付きビーム・ライフルから、鋭いビームの剣が迸った。
 目前の半壊したゲートを破壊すると、そのままR・ジャジャは純白の機体を漆黒の宇宙空間へと身を踊らせていった。

× × ×

 一方――ヴァルター・フェルモの駆るバイアラン・イゾルデは、アクシズの外壁に沿って高速で飛行しつつ、センサーで周囲を探索していた。
 モニターには、彼らの雇い主であるマイッツァー・ロナがどこからか入手したアクシズのマップが表示されている。
 内部の詳細な通路まではわからないが、外壁に点在するいくつかの宇宙港に目星をつけるには十分だ。それをメインカメラに映る光景とシンクロさせ、手当たり次第に片っ端からスキャンする。

「やっぱり、待ち伏せなんてのは性に合わねえ。こちらから仕掛けてこそ、俺達バーナムの本領発揮というものだ。だよな? 兄貴――」

 ほくそ笑みながらモニターを見つめるヴァルターの視線が、やがて獲物を捉えたかのようにスッと細くなった。
 イゾルデのセンサーが、その宇宙港へと線路のように続くわずかな熱反応を感知している。

「燃焼剤の痕跡――ビンゴだ!」

 痕跡を追ってイゾルデの進路を変える。
 だが、その先は少し進んだところで二つに分かれていた。

「ちっ……」

 舌打ちしながら制動し、ヴァルターはしばし思案する。

「どっちを追うか……」

 とりあえず、上へ向かった方は直近の宇宙港へ入っている。
 まずはこっちだ。さっさと片付ければ、もう一つの痕跡が霧散する前に戻って来られるだろう。
 スラスターを噴かして宇宙港の内部へ進入しようとしたその時、イゾルデの装甲を無数の衝撃が立て続けに揺らした。

「!」

 咄嗟に回避し、距離をとって向き直る。
 実体弾による銃撃。
 大したダメージではないが、そんなことは向こうも承知の上だろう。

「味な真似してくれるじゃねえか!」

 再びスラスターを噴かし、宇宙港へと突っ込んでいく。
 その瞬間、全天周モニターを眩しい光が埋め尽くした。

「――っ!」

 その隙をついて、視界の端をフライバイしていく影。
 間違いない。奴らの揚陸艇だ。

「そんな目眩ましが通じるものかよ!」

 揚陸艇がばらまいたフラッシュチャフの光は、すぐにモニターの調光システムが補正してくれる。
 周囲を覆っていた眩しい光はすぐに収束し、岩場の影へと逃げ込もうとしている揚陸艇を映し出した。

「逃がすか!」

 巧みに舵をとって岩場に回り込もうとする揚陸艇を追う。
 相手の姿さえ見えていれば、こと機動性においてこのイゾルデがただの揚陸艇に後れをとるはずもない。
 あっという間に追いつき、その上方をフライパスしつつ、至近距離からビームを数発叩き込んだ。
 揚陸艇はその後もしばらく慣性で飛んでいたが、やがて背部のブースターから火を噴き、そのまま爆発四散した。

「まずは一匹――」

 満足げな笑みを浮かべ、ヴァルターはイゾルデを大きく回頭させた。

「護衛のMSもなしか。他愛のねえ……さっさともう一匹も片付けて戻るとするか……」

 その時、不意にコクピット内にエマージェンシーコールが鳴り響く。

「!」

 反射的にレバーを押し込む。
 急激なGとともに、体勢を崩したイゾルデの頭上を一条の光芒が掠めていった。

「ビームだと!?」

 体勢を立て直し、攻撃のあった方角へ振り返る。

「来たな! 兄貴の言ってた例のザクタイプか!」

 イゾルデのベース機であるバイアランは、本来は大気圏内での使用を前提に開発された機体ではあるが、特殊任務用にチューンされたイゾルデの機動性は0G下でも遺憾なく発揮される。
 ザクのような旧式の機体に劣るようなことはない――そう思っていたヴァルターだったが――

「何っ!?」

 振り返った時には、敵機はもう目前まで迫っていた。

「くっ――」

 振り下ろされたビーム・サーベルを間一髪で躱し、距離をとって対峙する。
 そこにいたのは、騎士を思わせる細身の白いMS――R・ジャジャだった。

「ザクじゃない、だと……?」

 目前の敵機を油断なく睨みながら、ヴァルターは不審げに眉をひそめる。
 兄、クァンタンからの報告にあった機体ではない。
 敵は想定していたより大規模な部隊なのか? それとも……

「……ま、いいか」

 考えるより先に、ヴァルターは動いた。
 頭を使うのは自分の分担ではない。
 まずはこいつを始末するのが先だ。

「少しは楽しませてくれよ! 白いの!」

 鋭い咆哮とともに、漆黒の鳥は眼前の白き騎士へと猛然と襲いかかっていった。

× × ×

 その頃――。
 ダントンを見送ったアルレットとメーメットは、予定どおり、アクシズ外壁を伝って目的の研究施設へと向かっていた。
 足を滑らせることのないように、慎重に歩を進める。

「あっ……」

 岩の隙間に足をとられ、体勢を崩したアルレットの手を、とっさにメーメットが掴む。

「あ……ありがとうございます」
「いえ」

 頭を下げるアルレットに微笑みかけながら、メーメットは背後を―ダントンのR・ジャジャが飛び去った先を振り返る。

「アルレットさん。一つ、聞いてもいいでしょうか」
「何でしょう?」
「ダントンさんは――テストパイロットだったんですよね」
「……ええ」
「実戦経験は?」
「ない……はずです」
「先ほどのガンダムタイプとの戦い、お見事でした。あれほどの腕を持ちながら、なぜ彼は実戦には参加しなかったんですか?」
「それは……」

 言いかけたところで、アルレットは口をつぐむ。

「……ごめんなさい。後で本人に直接聞いてください。私が勝手に教えると、多分またヘソを曲げるでしょうから」
「……そうですか」

 メーメットはそれ以上は追求しなかった。

「アルレットさんは、一年戦争の頃からダントンさんと一緒なんですよね」
「はい」
「にわかには信じられませんね……あなたの、その……」
「いつまでも外見が変わらないというのも、不便なものですよ」
「すみません。立ち入ったことを」
「いえ、気にしてませんから」

 微笑んで歩を進めるアルレットを見つめながら、メーメットは言葉を繋ぐ。

「あると思いますか? サイコ・フレームは」
「あります」
「それは、希望ではなく確信――なんですね」
「もちろん」

 背を向けているため表情はわからないが、アルレットの声音は力強さに満ちていた。

「だから、あなたには感謝しているんです。メーメットさん。私達をここに連れてきてくれて――」

 呟いて、アルレットは足を止める。

「あの人の――シャア・アズナブルの最後の思いを、確かめる機会を与えてくれて」

 じっと前を見据えたまま、アルレットは噛みしめるようにそう呟いた。

「…………」

 その視線の先にあるものに気づいて、メーメットは小さく息を呑む。
 マハラジャ・カーン記念研究院。
 彼らの目指す場所へと続く扉が、今、目の前にあった――

――第五章へ続く――


ストーリー構成・挿絵:Ark Performance
著者:中村浩二郎


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