機動戦士ガンダム Twilight AXIS【第9回】
第五章「追憶」1
マハラジャ・カーン記念研究院。
とうとう目的の場所に辿り着いた一行を待っていたのは、突然の銃撃だった。
とっさにアルレットの身体を引き寄せ、ゲートの陰に身を伏せたメーメットの頭上を、いくつもの銃弾が飛び去っていく。
ラボの外壁に跳弾した反響が、ノーマルスーツのバイザーを激しく震わせる。
間一髪躱せたのは幸運だったにすぎない。
額に流れる汗を意識しつつ、メーメットは冷静に状況を確認した。
部下達も、それぞれ手近なものの陰に隠れたようだ。
慎重に頭を上げ、周囲を見回す。
ラボの内部はかなり広く、ちょっとした格納庫ぐらいはありそうだ。
その中に、様々な実験装置が所狭しと並べられている。
中央に見える黒い箱が、おそらくこのラボのメインサーバーだろう。
周囲はその端末と見られるコンソールが何台も設置されている。
サイコ・フレームのデータが収められているのは、おそらくあのメインサーバーの中だ。
とうとう目標を目の前にして、メーメットは思わず息を呑む。
「メーメットさん……?」
「動かないで」
再び銃弾が頭上をかすめ、メーメットは頭を引っ込めた。
銃撃はラボを挟んでちょうど向かい側、アクシズ内部へと続く入り口の方から放たれたようだ。
居住区で彼らを襲い、先刻の通路を封鎖していたあの連中だろう。
メーメット達がアクシズ外壁から辿り着いたのと時を同じくして、彼らも内部からここへやってきていたのだ。
「やれやれ……気の合うことだ」
事ここに至ってはもう間違いなく、彼らの目的もこのラボに残されたサイコ・フレームの研究データだろう。
だが、おそらく彼らもまだ到着したばかり。
まだ手に入れてはいないはずだ。
ならば……
「いいじゃないか。こういうのはシンプルでいい」
「え?」
メーメットの不敵な微笑みに、アルレットは場違いな声を上げる。
「ここに隠れていてください。アルレットさん。3分で片付けます」
そう言い残し、メーメットは床を蹴って飛び出していった。
× × ×
一方、メーメット達を銃撃した男達は、思わぬ反撃に面食らっていた。
そもそも、なぜこの場に敵がいるのか。
ここに通じる通路はジェガンが封鎖していたはず。
仮にそれが突破されたとしても、彼らより先にここに着いているはずがない。
だからラボに踏み込み、調査を開始しようとしていた矢先に、外部に通じるゲートから正体不明の一団が現れた時、彼らは軽いパニックに陥り、周囲に銃を乱射してしまった。
そこには貴重な研究データが残されているかもしれないというのに。
部隊のリーダーを任されていた男は、思わぬ失策に歯噛みしていた。
彼らの名は、バーナム。
近年成長著しく、政界にも進出しつつある大企業ブッホ・コンツェルン――ロナ家子飼いの私兵集団である。
マイッツァー・ロナの指示の元、これまで様々な非合法な任務を行ってきた。
一介のデブリ回収企業だったブッホがMS開発の分野に参入し、短期間で頭角を現してきた背景には、優秀な産業スパイとしての彼らの活動があったためである。
だが、やはり民間の私兵集団。
軍人上がりの者も多いとはいえ、統率力に関しては本物の軍隊には及ばない。
メーメットらマスティマの反撃によって彼らが無力化されるまで、さしたる時間はかからなかった。
× × ×
「ふぅ……」
敵のリーダー格らしき男を拘束し、メーメットはほっと一息ついた。
「なかなか手こずらせてくれたが……本職を舐めてもらっちゃ困るな」
「くっ……!」
男は抵抗する気も失せたか、ただ顔を伏せて項垂れている。
「さて、こいつらは後でゆっくりと尋問するとして、まずは目的を果たしてしまいましょうか。アルレットさん、もう出てきていいですよ」
「は、はい」
呼ばれて、アルレットはゲートの陰から顔を出す。
黒ずくめのノーマルスーツに身を包んだ敵兵が、ラボのあちこちでマスティマのメンバー達に拘束されているのが見える。
だが、アルレットの目を奪ったのはそれではなかった。
「あ……」
眼前に広がる光景に、アルレットは思わず言葉を失う。
マハラジャ・カーン記念研究院。
かつての彼女の唯一の居場所。
そこに、ついに帰ってきたのだ。
感慨深く周囲を見回す。
薄明かりに浮かび上がる白い壁面。
各所に様々な実験を行う装置が点在している。
その前に整然と並ぶ、いくつものモニターとコンソール類。
そこで得られたデータは、奥のメインサーバールームへと送られる。
外壁の一角はガラス張りになっており、その先はとある試作MAの格納庫になっていたはずだ。
結局、その機体は出撃することも実戦を経験することもなく、施設は遺棄されてしまった。
今もまだ、そこに眠り続けているのだろうか。
すべてが、あの頃のままだ。
ここで働いていた日々は、今も昨日のことのように思い出せる。
いつしかアルレットは、遠い過去の記憶へと思いを馳せていた――。
× × ×
一年戦争。
かつて地球圏の総人口の半数を死に至らしめたという、人類史における未曾有の惨劇。
だがアルレットは、戦争そのものの記憶は皮膚感覚としてはほとんど持っていない。
その頃はまだ幼い少女だったということもあるが、当時、彼女は強化人間の試験体として外界から切り離された生活を送っていたからだ。
サイド6に設立されたニュータイプ研究施設――フラナガン機関。
そこが、当時の彼女の世界の全てだった。
機関に入れられる以前のことは、ほとんど覚えていない。
気がついた時には、白い壁に囲まれた部屋の中で、自分と同じように白い服に身を包んだ子供達との共同生活を送っていた。
戦後になってから、機関について書かれた書籍にいくつか目を通したことがある。
いかにもその手の書籍らしい、軍の暗部だの非人道的な実験施設だのといったセンセーショナルな記述を、アルレットはどこか他人事のような気分で読んでいた。
実際に、とても人道的とはいえない行為も多々行われていたのだろうとは思う。
その証拠に、周囲にたくさんいた子供達は、いつの間にか一人、また一人とその数を減らしていた。
だが、当時の彼女はそれを異常とは思っていなかった。
それ以外の世界を知らなかった。
当たり前の日常として受け入れていた。
そんな、ある日のことだった。
アルレットは自分の教育係である士官に呼び出され、面会室を訪れていた。
目の前にはいくつかの資料が雑然と並べられている。
そこには、彼女がこの施設に来てから今までに計測されたパーソナルデータがすべて記録されていた。
身体能力、動体視力、反射神経、判断力――。
おおよそ兵士に必要とされる、ありとあらゆる能力が詳細に測定された、無機質な数字の羅列。
その数字と同じくらいに乾いた士官の声が耳に届く。
「○○――」
名を呼ばれ、アルレットは顔を上げた。
あの頃の名前はもう覚えていない。
名前ともいえないような、単なる識別上のコードネーム。
今ではもう、彼女をその名で呼ぶ者はいない。
「ここに呼ばれた意味は理解していますね?」
静かにそう告げられ、アルレットはこくんと頷いた。
ひいき目に見ても、彼女のパイロットとしての能力は高いとは言えなかった。
同時期に施設へ入れられた他の子供達と比べれば、いたって凡庸な数値が並んでいる。
平時であれば、彼女のような幼い少女が機動兵器を操縦できること自体、驚くべきことだろう。
だが、ここで研究・育成されているのは通常のパイロットではない。
その期待に、アルレットは応えられなかったのだ。
「用済み、ってことか――」
とうとう自分の番が来たというわけだ。
かつて、いつの間にか施設から姿を消した仲間達に思いを馳せる。
すでに顔も声もあまり記憶に残っていない、自分と同じ年頃の子供達。
彼らがどうなったのかは知らないし、興味もない。
自分だって同じことだろう。
このまま自分がいなくなっても、誰も気に留めたりしない――。
ぼんやりとそんなことを考えていた時、背後の扉が開いた。
「やあ」
――?
思いの外、気さくな声をかけられ、アルレットは面食らった。
施設の科学者や職員の声ではない。
若い、男の声。
思わず振り返ったアルレットは、そのまま目を丸くして固まってしまった。
入ってきた若い男は、妙な仮面を被っていたのだ。
シャア・アズナブルと――男は、そう名乗った。
「エンジニア――ですか?」
「ああ。君にはその才能がある」
シャアから告げられた言葉を、アルレットは半信半疑で聞いていた。
確かに彼女は機械を弄ることは好きだったし、得意だという自負もあった。
MSの操縦はさっぱりだったアルレットだが、一方でそういった方面――パイロットの履修科目として教えられたMSの構造学や整備技術においては、かなりの好成績を修めていたのだ。
「私とともに来てくれないか?」
その言葉が、アルレットの運命を変えた。
――続く――
ストーリー構成・挿絵:Ark Performance
著者:中村浩二郎
次回7月27日頃更新予定
©創通・サンライズ
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