覇界王~ガオガイガー対ベターマン~【第2回】
number.00:B 序-HAZIMARI- 西暦二〇一〇年(1)
1
“勇気ある誓いとともに”
石碑の下に掲げられたプレートには、そう刻まれている。
その石碑の前に、ブレザーの制服を着た少女がかがみこんでいる。どうやらスマホの画面に映し出された内容を読み上げているようだ。
『──僕がこっちに来てから、もう一か月も経っちゃったしね。だいぶアメリカにも慣れた気がするけど、GGG宇宙センターのあたりは暑くて乾燥してるから、毎日クリスタルガイザーばっか飲んでるよ。八木沼長官や高之橋博士も親切にしてくれるし、国連のアプロヴァール事務総長も思ってたより愉快な人だから、それなりに楽しく頑張ってまーす』
文体はメールの差出人である天海護のものだが、読み上げるのは初野華の声だ。通信機器の発達によりGGGポケベルは過去の存在となり、少年GGG隊の隊員たちもGGGスマホを携帯するようになっている。だが、メールの音声読み上げ機能はまだ感情を込めるにはいたらず、華がこうして石碑に報告にやってきているのだった。
『そういえば戒道が、先週出かけてたオーストラリアから、昨日やっと戻ってきたよ。詳しいことは話してくれなかったけど、あっちで同い年くらいの女の子に会ってきたみたいなんだ。前に戒道がケガした時、世話してくれた子みたいだけど。戒道にしてはちょっとテレた感じで、けっこう楽しげに話すんでビックリしたよ……!』
そこまで読んで、華はくすりと笑った。三年ほど前、戒道が親しくなったユカという少女の話は、すでに何度も聞かされていたのだ。
(戒道くん、やっと護くんにも話せるようになったんだ……)
口下手な戒道幾巳は、自分のことをあまり話したがらない。Zマスターとの木星決戦の後、地球に単身戻った時の話も、華が質問攻めに合わせてようやく聞き出したのだ。照れくさそうにしていた戒道を気遣い、内緒にしておいたオーストラリアでの日々。それをようやく護にも話せたようだ。なんだか二人の少年の距離が縮まった証のように、華は感じた。
『もう明日には、新型レプトントラベラーを搭載した新しいディビジョン艦と宇宙空間で大がかりな作業をするためのニューロメカノイドの起動実験が控えてるのに、戒道はぜんぜん緊張してないし、いつもマイペースで羨ましいよ。僕なんか、毎日いっぱいいっぱいなのに……。明日の実験が無事終われば、この計画も一段落するんで、一度そっちに帰れると思う。あんまり長くこっちにいると、うちの両親とか心配して様子見に来ちゃいそうだし』
そこまでを読んで、華の声は嬉しそうに弾んだ。ソール11遊星主との決戦を終え、三年前に三重連太陽系から護が帰還して以来、一か月も離ればなれになったことなどなかったのだ。本当はアメリカにもついていきたかったのだけれど、長期間、中学校を休むことを両親が許してくれなかった。
時差のために電話しづらいことも多く、日々のメールでお互いの近況を話す一か月だった。その間、護本人に代わって華が、勇者たちの帰還を祈る石碑に報告に来ていたわけである。
『ほんとは少しでも早く……できるだけ早く、助けに行きたいんだ。次元の彼方に消えていった、すっごく優しくて、すっごくかっこいい、すっごく大好きな勇者のみんなを──』
それが護や戒道の心の底からの願い──いや、決意であることを華は知っていた。石碑が設置された頃はみな、勇者たちの帰還を心待ちにしていた。だが、いつの日からか、少年たちの想いは"帰ってこないのなら、迎えに行く!"と変わっていたのだ。
「勇者のみんな……護くんも戒道くんも、頑張ってるんだよ。きっときっともうすぐみんなに会える……私もずっとずっと……信じてます!」
最後に華は、自分の言葉で石碑に語りかけた。遠い星と時の彼方に消えていった勇者たち──彼らの帰還は、いまだ果たされてはいない。だが、それは見果てぬ夢ではない。いつか必ずかなう。地球の人々は、そう信じ続けている。
護の代わりの日課を果たし終えて、石碑の前から離れようとした時──
GGGスマホが緊急地震速報を伝えた。
「え、ちょ、ちょっと待って……!」
もちろん、地震が待ってくれようはずもない。数秒後に大地が揺れた。華は石碑にしがみついて耐える。
「怖くない、怖くない!」
まるで勇者たちが護ってくれたかのように何事もなく、揺れはすぐに収まった。スマホの情報を確認してみると、津波の怖れがないことがわかり、華はようやく安堵する。
(よかったぁ……でも最近、なんでこんなに地震が多いんだろう……)
華がそう感じたように、たしかにここ数か月、全地球レベルで地震の多発が確認されていた。
(不安定な太陽風の影響によるものだって、ニュースでは言ってたけど……)
とはいえ、華も含めて、動じる者は少ない。原種大戦、Qパーツによる異常気象、ダークマター流出と続いた異変に比べれば、どうというほどのものではないと思われたからだ。後日になってみれば、それは危機というものに対する“不感症”っであったのかもしれない。いずれにせよ、この時点で近い未来に迫っている脅威を予感しえる者はいない。
初野華は空を見上げた。青空の遥か向こう、いつもと変わらぬ平和な太陽が輝いている。眩しさに敬礼をするように、華は額に手を添えた。遠い銀河の彼方を見渡すかのごとく──
勇者たちの物語と神話はすでに終わり、星を越えた御伽話が始まろうとしていた──
2
二十一世紀初頭──地球人類は存亡の危機を迎えていた。
その端緒は一九九七年、木星近傍に次元ゲートが開かれたことに始まった。百五十億年以上の過去に存在した、別次元の宇宙から開かれた扉である。
もともとそれは、寿命を迎えつつある宇宙の民が新たな宇宙へと移民するために造り上げたものだった。だが、その計画が実行に移される前に、彼らは滅びに瀕していた。宇宙の終焉によるものではない。人々のマイナス思念を浄化する<機界31原種>──紫の星で開発されたプログラムシステムが暴走したためである。
原種たちによって機界昇華された三重連太陽系から、緑の星の指導者カインは、我が子ラティオを新たな宇宙に逃した。ギャレオン──とある目的で開発した行動端末を対原種用として改修した、機界仕掛けの獅子をともなわせて。
地球にたどりついたギャレオンは、心優しき夫妻にラティオを託した。ギャレオンのうちに組み込まれたカインの人格コピーが選んだ天海夫妻は、その子に護という名を与え、慈しんだ。
それから数年が経ち、機界31原種は行動端末<パスダー>を次元ゲートの彼方──新たな宇宙へ送り込んだ。
二〇〇三年、最年少宇宙飛行士・獅子王凱が乗る<スピリッツ号>は、衛星軌道上でこのパスダーと接触する。この事故で負傷した凱は、駆けつけたギャレオンによって救われた。しかし、パスダーは地上へ──日本の関東地方に墜落し、地下空間へと潜伏したのである。
パスダーを地球外知性体認定ナンバー1号<EI-01>と定めた日本政府は、ギャレオンからもたらされた情報をもとに、秘密防衛組織ガッツィ・ジオイド・ガードを設立した。
東京の地下でゾンダーメタルを精製したパスダーは西暦二〇〇五年に至り、ゾンダーロボを出現させた。だが、サイボーグとして蘇った凱とGGGが、ギャレオンの協力のもとに完成した勇者王<ガオガイガー>でこれを迎え撃ち、精鋭なる勇者ロボ軍団とともにパスダーを斃した。
しかし、行動端末の破壊は機界31原種の本格的な侵攻を招くことになる。三体の原種による急襲で、GGGは壊滅。人類は最大の危機を迎えた。
そんな中、希望もまた存在した。ラティオと同時期に赤の星の戦士たちも地球に逃れてきていたのだ。ラティオを模した生体兵器アルマとサイボーグ戦士ソルダートJ、そして彼らが乗り込む超弩級戦艦ジェイアーク。国連下部組織として新生したガッツィ・ギャラクシー・ガードは激戦の末、機界31原種を打ち破った。
その激戦ですらも、地球人類が迎えた危機の序章でしかなかった。機界31原種が次元ゲートの彼方へ去った後の三重連太陽系では、赤の星の指導者アベルが遺した再生システム<ソール11遊星主>が活動を開始したのだ。
もともと宇宙の終焉にあたって、緑の星と赤の星の考え方は対立していた。次元ゲートを通じて、新たな宇宙へ移民しようとするカイン。それに対してアベルは、新たな宇宙からダークマターを吸収することで、おのが宇宙を延命させようと考えたのだ。
遥かな未来に誕生する新たな宇宙を犠牲にする──そのアベルの思想に、カインは同調できなかった。そのため、ソール11遊星主に対抗するアンチプログラムとして<ジェネシック・ガオガイガー>が開発され、ギャレオンは本来、そのコアシステムであったのだ。
二〇〇七年、ソール11遊星主によるダークマター吸収を知ったGGGは、三重連太陽系へと旅立った。宇宙の危機を理解しない国連評議会への叛逆者という汚名をかぶって──そして、それは遊星主との孤独な戦いを続ける天海護を救うための旅立ちでもあった。
次元ゲートを越えて古き宇宙を訪れたGGGは、カインの遺産であるジェネシック・ガオガイガーを蘇らせて、ソール11遊星主を撃破した。だが、遊星主を斃したことで次元ゲートが消滅。彼らは滅び行く宇宙に取り残されることになる。
そんな中、わずかに残った二発のESミサイルによって、星の子供たち──天海護と戒道幾巳だけが地球に帰還した。彼ら二人が語った壮大なる宇宙に起こった真実の神話によって、GGGに着せられた汚名はようやく撤回されたのだった。
そして二〇〇九年、国連はある計画の実行を議決する。その名は<プロジェクトZ>、木星に存在する超エネルギー開発計画である。これが地球人類にとって復興への希望となるのか、新たなる存亡の危機を招くことになるのか、この時点ではいまだ誰も知る由もなかった……。
3
そして現在、西暦二〇一〇年──
GGG宇宙センターのあるヒューストン郊外から南東、メキシコ湾上空を飛翔する四つの影がある。蒼穹と海原の間を行く機体群のうち三つまでは、地球人類の大半がその存在を知っているだろう。
かつて勇者王ガオガイガーの一部を構成していたステルスガオーⅡ。同じくガオファイガーのライナーガオーⅡとドリルガオーⅡ。いわゆるガオーマシン群である。
それら三機の無人機を従えているのは、ふたりのヘッドダイバーによって操縦されているニューロメカノイド<覚醒人凱号>だ。
覚醒人──それはGGGマリンレフュージ基地所長を勤める阿嘉松滋が、自分の会社で開発した有人調査ポッドである。1号は主に蒼斧蛍汰と彩火乃紀というアルバイトたちが搭乗して、<アルジャーノン>と呼ばれた事象の調査に投入された。その際、害意を抱く相手との交戦を幾度も経験し、覚醒人は戦闘も可能なポテンシャルを有することが証明されていた。
その結果、GGGに加わった阿嘉松に対して国連地球防衛会議は、覚醒人シリーズの新型を搭乗型メカノイドとして開発するよう、依頼したのである。
自分の“発明品”が兵器として扱われているような気がして、最初は不本意だった。しかし、潤沢な予算とGストーンという無限情報サーキットを与えられ、阿嘉松の技術者魂に火が付いた。気がつけば、覚醒人Z号という機体を生み出していた。
そのZ号の起動実験の日、国際的犯罪結社バイオネットの巨大ロボが横浜の市街地を襲撃する事件が起きた。本来ダイブするはずだった蛍汰と火乃紀に代わって、Z号を起動させたのが、護と戒道だったのである。
初戦闘で、二人は見事にバイオネットロボを撃破してみせた。しかも、蛍汰と火乃紀がヘッドダイバーと想定した上での予測を遥かに凌駕する性能を発揮して。
こうして『ガオガイゴー・プロジェクト』がスタートしたのが、一年ほど前のことだ。つまり、Z号を改修した機体をコアマシンとして、ガオガイガー、ガオファイガーに代わるスーパーメカノイドを新生させようというのだ。
阿嘉松にとってそれは、亡き叔父・麗雄と未帰還の父・雷牙に対する挑戦のようなものだった。世界十大頭脳に数えられる二人の天才の偉業を、その血を受け継ぐとはいえ、"町工場のオヤジ"が引き継ごうというのだ。
だが、阿嘉松はやってのけた。その成果が、覚醒人凱号だ。有限会社アカマツ工業とGGGの共同開発により、ウルテクエンジンで単独飛行を可能とする高性能機である。
この時の凱号は、調査・分析に特化したアクセプトモードになっている。ウームヘッドにダイブして、アクセプトモードを操縦する天海護は機体の異常に気づいた。
「戒道……あれ、どうしたの?」
「───」
内部通信機からは雑音しか返ってこない。モニターに映るはずのセリブヘッド映像も、ブロックノイズにまみれている。どうやら内部通信機にトラブルが発生したようだ。
とはいえ、護はもうひとりの搭乗者の身を案じてはいない。自分と同じように、相棒も普通の少年ではないからだ。
この年、中学二年生・十四歳となった護のもうひとつの名はラティオ──彼こそ、三重連太陽系緑の星で産まれた子である。そして、相棒はアルマ──ラティオをもとに赤の星で作られた生体兵器であり、地球では戒道幾巳という名を与えられている。
幼い頃から今日までに、幾多の危機を乗りこえてきたふたりだ。互いの人柄だけでなく、能力に対する信頼もあつい。
とはいえ、状況を放っておくこともできなかった。操縦桿の代わりに装備されたリンカージェルのカプセルに手を入れたまま、少し緊張した護は、GGG宇宙センターと回線をつないだ。
「──こちら、覚醒人凱号。起動テスト飛行中。ウームヘッドの天海護です。宇宙センター、聞こえますか?」
通信モニターに映っている年齢不詳の男性オペレーターが応える。
『こちら宇宙センター。聞こえます──どうぞ』
「山じいさん。あの……今時“どうぞ”なんて言う人いませんよぉ」
『いいんだよ。この方がかっこいいんだから。それより、その山じいさんって呼び方はやめてくれよ。俺はこれでもまだ四十前なんだからよ──どうぞ』
懲りずに“どうぞ”で締める山じいの口調に、緊張が解けた。護にしてみれば、もう短くもないつきあいなのに本名を教えてもらえず、愛称に“さん”をつけて呼ぶしかない。だが、山じい本人にとっては、それが不満らしい。
その不満そうな口調が、過去の記憶を呼び覚ます。
(──これでもまだ二十歳なんだぜ)
初めて会った時、護が『おじさんかっこいい!』と言ってしまった際、獅子王凱から返ってきた言葉。すでに護も、あの時の自分と凱兄ちゃんの中間くらいの年齢になった。おじさん呼ばわりは申し訳なかったな──と今では思う。
笑いをこらえつつ、護は本題を切り出す。
「えっと、凱号の内部通信機、調子が悪いみたいで……セリブヘッドにいる戒道と会話できないんですが……」
『あ~最近、太陽風らしき電磁場が激しいとかで、さっきも磁気嵐をいくつか通過したからな~。たぶん、セーフティ回路が誤作動起こして勝手に内部通信系切ったんだろ』
そう言われて、護も思い出した。恒星の表面は超高温で気体がプラズマとなって吹きだしている。太陽の重力でも留めきれないプラズマを宇宙空間を渡る風に喩えたのは、命名者の詩的なセンスだろうか。護はその言葉が好きだった。
しかし、詩的な響きとは別に、それは脅威ともなる。時には精密機器をくるわせる磁気嵐を引き起こし、最近頻発する地震との関係も疑われていた。
覚醒人凱号もまた、最新鋭の精密機器の集合体だ。ダメージを受ける前にセーフティが作動するのは、無理のない話だった。
『前もあったんだよ、それ。俺はそんなプログラムいらねえって言ったんだけどな~。社長が今回のプロジェクトは極秘だからってんで、変な規制かけっから──どうぞ』
「そんなに極秘なんですか?」
護は不思議に思った。自分と戒道が参加しているのは<プロジェクトZ>と呼ばれている計画だ。三重連太陽系から帰ってこなかった勇者たちを救いに行く計画──それが何故、極秘にされなければならないのだろうか。
『阿嘉松社長も、父親や従弟を救いたいと思ってプロジェクトに参加したのに、蓋を開けてみたら、別の目的が裏で動いていたってね……』
「別の目的──」
護がそう反芻した時、通信機の向こうで咳払いが聞こえた。どうやら、喋りすぎたとあわてているらしい。あわてて、話題を変える声はいかにもわざとらしかった。
『あー、その……内部通信機のトラブルでしたわな。コントロール系のコマンド、いくつか試してみたんさい。モードが変われば、誤作動もリセットされると思われ──どうぞ』
「そうですか……」
山じいの口調に引っかかるものを感じたが、飛行試験中に考え事にふけるものではない。護はすぐに気を取り直し、前方を向いた。
「わかりました。やってみます!」
大きく息を吸い込み音声コマンドを叫ぶ。
「ユーハブコントロール!」
本来ならばその叫びに応えて、セリブヘッドの戒道が操縦権を受け取るはずだ。それで覚醒人のモードは変更される。だが、内部通信機が出力してきたのは一層激しいノイズ。そして、相棒たる戒道幾巳の大声だった──
実のところ、天海護と山じいの通信は、戒道幾巳にも聞こえていた。どうやら、内部通信機も外部通信機も、相手の声を戒道に届けることのみ、正常に作動しているらしい。いくら声を枯らしても、自分の声はふたりに届かない。
(やれやれ……通信機を蹴飛ばしてやろうか)
幼い頃からのクセで、戒道はそう考えた。もちろん、考えるだけで実行はしない。精密機器に生じた異状が、古いテレビの不具合とは違うことを学習していたからだ。
やがて、護と山じいの通信を聞いていることで、打開策は理解できた。覚醒人凱号をモード変更すれば、問題は解決するらしい。なら、やるべきことはただひとつ──
『ユーハブコントロール!』
「アイハブコントロール!」
通信機から聞こえてきた護の声に続いて、戒道はボイスコマンドを入力した。
覚醒人凱号が完成して以来、ファイナルフュージョンの実動試験は行われていないものの、変形試験は何度も行っている。いや、凱号の前身たるZ号では戦闘中の変形すら経験していた。
だが、すでに馴染んでいたはずのそのコマンドは機体に受け入れられなかった。眼前のコンソールが、耳を突く警報音で悲鳴をあげる。
──ジジジジジジ!
「うわああああ……!」
戒道幾巳は、全身を締め付ける異様な圧迫感に叫びをあげた。リセットされた内部通信機が、その声をウームヘッドの護にも伝える。
苦しい意識のなか、戒道幾巳の視界が淡い緑色から濃緑色へと変質していく。その色合い、そして圧迫感は、セリブヘッドに満たされたリンカージェルが急激に密度を上昇させたことを意味していた。
もともとニューロノイドは、シムゾニアと呼ばれる古細菌を粘液化させたリンカージェルによって駆動する。デュアルカインドという能力者ふたりの間に発生するデュアルインパルスに反応することで、リンカージェルは巨大な機体を駆動させるほどの出力を発揮するのだ。
もっともそのシステムは、短時間でジェル内に不純物を精製してしまうため、ニューロノイドの稼働時間は長くない。そのため、<グリアノイド>という追加ユニットが開発され、リンカージェルの透析ユニットが内蔵された。
覚醒人凱号は、初期型ニューロノイドでは外付けオプションであったグリアノイドを標準装備した機体である。ウルテクエンジンによる飛行、スーパーニューロメカノイドへの合体、それらを十分にこなせるはずだった。
だが、その透析ユニットが動作異常を起こしたらしい。ニューロノイド部を駆動させるリンカージェルと、グリアノイド部に搭載されたGSライド。そのハイブリッド仕様が凱号の優位性であったはずだが、この時はそれが災いしたらしい。
急激に液圧を増していくリンカージェルに、戒道は意識を失いそうになった。朦朧としていく意識を、通信機が流れる山じいの声が現実につなぎとめる。
『ああ、また磁気嵐っすわ! 今度のはでかいぞ! やべえ……リンカージェルが沸騰しちまう! ふたりとも気を──』
その警告は手遅れだった。すでに肉体感覚で十分に危機を味わっているのだから。リンカージェルに圧迫される違和感。続いて、機体が飛行高度を急速に低下させていく加速度。凱号を置き去りに飛び去っていく三機のガオーマシン。その機影を視認する暇もなく、海面に激突したらしい衝撃が全身を襲った。
「……せめて天海だけでも!」
着水の衝撃で意識を失う直前、戒道はウームヘッドのハッチ解放操作を行っていた。
著・竹田裕一郎
監修・米たにヨシトモ
次回10月12日(水)更新予定