覇界王~ガオガイガー対ベターマン~【第3回】
number.00:B 序-HAZIMARI- 西暦二〇一〇年(2)
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覚醒人凱号のウームヘッド側ハッチが開き、天海護の身体が外部に放り出された。呼吸できる空気を求めて、海上に躍り出る。三重連太陽系で生まれた翼ある少年にしか、なし得ない業だ。
新鮮な空気を吸い込んだ護は、眼下の海中に没しつあるニューロメカノイドの姿を見た。
「凱号が沈んでいく! 戒道は?」
周囲にその姿はない。どうやら脱出できたのは自分ひとりのようだ。緊急時のハッチは、チェック表示をショートカットするため、ウームヘッドとセリブヘッドの同時解放ができない。とっさに自分より護を優先したことで、戒道は我が身を守るのが遅れたようだ。あわてて海の中へ潜ろうとした護に、呼びかける声があった。
『光なるモノよ、時は来たれり──』
それは声ではない。テレパシーのような交信手段にも似ているが少し違う。何者かの意識が波のように伝わってきたのだ。どこか懐かしい、記憶にある波動──
眼前に揺蕩う半透明の物体──巨大なクラゲのようにも見える。生物だろうか? そして。その上に立つ人間の男性に見える姿。その額には、十字に輝く光がある。
護には、その光に見覚えがあった。かつて、三重連太陽系での戦いのさなか、同じくマニージマシンに安置された女性の額から漏れていた輝き。
「リミピッドチャンネル!?」
リミピッドチャンネル──それは、場に存在する意識の波。これを自在に操り、意思疎通の手段とする超常の種属も存在するという話を、護は聞いたことがある。
「あなたは──もしかして……三重連太陽系でソール11遊星主と戦った時、この地球からみんなの声を送ってくれたものと、同じ波動……?」
護は過去の記憶に思い至った。たしかにあの時、自分たちに力を送ってくれた波動の主だ!
『我らはソムニウム……ラミア──』
唇を動かすことなく、言葉を操るでもなく、意識の波を介してラミアは名乗った。
ソムニウム──それは彼らが自称する種族名だ。その存在を知る人間は、ヒトよりも環境により適応した存在として、こう呼ぶこともある──ベターマン。
『次元空間を破界する革命が起きようとしている。それは、命あるすべてのモノを光に変える──』
「すべてが……光に?」
ラミアの意思を、護は口に出してみた。背筋がゾクリとする。理由はないが、ラミアは真実を語っている、そう感じられた。
『我らは戦う、魂の故郷へ還るために。そして、光なるモノたちよ。もしヒトが、正しき命の選択を望むならば、革命を止めるのだ。命の宝石によって導かれし空へ向かえ──』
その呼びかけを自ら実践するかのように、ラミアの身体が飛翔していく。いや、彼を乗せた半透明の生物が浮揚しているのだ。
空の彼方へ小さくなっていくラミア。見送るしかない護は、夢から覚めるように我に返った。
「そうだ……戒道!」
浸水の可能性は低いが、セリブヘッド内には応答のない戒道幾巳が、同じ星の子供たちとして運命を共有してきた相棒が、取り残されているのだ。護は目を閉じて、意識を集中した。
(落ち着かなくちゃ……りゅうぐう9000の時と同じように……)
それは五年前の出来事だ。護と初野華が乗り込んだ深海艇<りゅうぐう9000>がゾンダーロボに取り込まれてしまう事件が起きた。ディバイディングフィールドによって水圧に対抗したガオガイガーがゾンダーロボを撃破、ふたりは救われた。しかし、その直後にディバイディングドライバーのエネルギーが尽き、彼らは高圧力の深海に放り出されたのである。その危機を救ったのが、護自身の念動力だった。
確証があったわけではない。ただみんなを──ゾンダーの素体にされた人物と華ちゃんとガオガイガーを救いたい、その想いが物理的な力となった。
あの感覚を取り戻せば、沈みゆく凱号を水圧から救うこともできるはずと思った。
(………)
護は心のなかに大きな手を思い浮かべ、その掌中に凱号を優しく包み込むイメージを具現化した。そして、海上へと──
「──気がついた、戒道?」
意識を取り戻した戒道幾巳の眼前にあったのは、安堵の表情を浮かべている護の顔だった。海上に浮かんでいる覚醒人凱号、その翼の上。セリブヘッドから気絶していた戒道を、護が機外へ連れ出した直後だった。
「……ありがとう」
ふたりは同時に同じ言葉を発した。天海護も戒道幾巳も、互いに自分の方が救われたと思っていたのだ。
目をあわせた状態で、今度は同時に吹き出す。危地を脱した安堵からか、笑いが止まらない。そんな少年たちの姿が、黄昏色に染まっていた。気がつけば、まだ日中だというのに、空が夕景の色に塗り込められている。
いや、それは錯覚だ。何かが空を異様な色に染め上げているのだ。
「なんだ、妙に眩しいな……?」
戒道が空を見上げる。そこには太陽と月だけでなく、同じくらいの大きさで輝く天体があった。
「……太陽? いや、違う……あれは木星だ!」
「木星だって? なんで木星があんなに大きく!?」
五年前、ふたりはともに木星圏を訪れ肉眼で見たことがある。印象的な大赤斑、帯状の雲の流れ、いずれも見まがうはずがない。だが、遥か遠くにある木星が太陽や月に匹敵するほどの大きさで見えることなど、ありえない。
だが、それは現実だった。
巨大化した木星の表面には空間の揺らぎがオーロラのように輝いている。神話上の悪魔を思わせるかのような、不吉な姿に見えるオーロラが──
そして、木星と同じくその姿にも、彼らは見覚えがあった。
「あれは……ジェネシック? それともザ・パワー?」
戒道にそう見えたのも、無理はない。そのオーロラの姿はあたかも、ザ・パワーをまとったジェネシック・ガオガイガーのようだった。護はその言葉に同意するでもなく、否定するでもなく、つぶやいた。
「あれは……あれこそが、ソムニウムが言っていた、命ある全てのモノを光に変える存在──」
5
──二食分を食べ終えたところで、少年のひとりはようやく満足した。ファーストクラスの客席で供される食事は上質なものだったが、中学二年生の胃袋にとっては少しお上品すぎたのだ。
天海護は砂糖とクリームを入れたコーヒーを食後に頼んで、ようやく人心地をついた。
「その量でよく足りるね戒道。もっと食べて、体力つけないとさ」
横の席に座っている戒道幾巳は、普通に一人前を食べ終え、日本茶を飲んでいる。
「気を失ったのは体力のせいじゃない……僕にはこの量で充分だ」
数日前のことを少し気にしているようで、伏目がちに緑茶を飲む。ちなみに二人とも、食後のお茶の趣味は育ての親から受け継いだものである。
「ふう……お腹はいっぱいになったけど、なんだか落ち着かないね」
「そうだな。空間の無駄遣いにも程がある」
少年たちは機内を見渡しながら、つぶやいた。定員十名の空間を二人だけで専有しているのだから、そういう感想を持つのも無理はない。
ニューロメカノイドの起動実験を終えた護と戒道が日本へ帰国するにあたって、国連地球防衛会議が用意した待遇は最上級のものだった。本来、VIPである二人を移送するにあたっては専用機が用意されるはずだった。だが、プロジェクトZが本格的に活動しはじめた慌ただしさの中、機体の手配が間に合わず、民間機に搭乗することになったのである。二人とも贅沢を望んだわけではなかったが、警備の都合などから最上級のフロアを独占することになってしまった。
居心地の悪さ故か、護も戒道もつい饒舌になっていた。アメリカで過ごした一月あまりの日々について、話題は多い。機密上の問題から客室乗務員も国連スタッフで固められているため、遠慮する必要もない。
必要はないのだが、それでも昨日の件を語るに至っては、二人とも声を潜めずにいられなかった。
「……戒道はどう思う? 楊博士が言ってたこと」
「ザ・パワーのことか?」
「うん、あの滅びの力を使うなんて……」
アメリカGGG宇宙センターでの最後の日、帰国の準備を進めていた二人に面会を求めてきたのは、中国GGGの楊龍里博士である。彼は一時期、叛乱の責を問われた八木沼範行に代わって、GGG長官代理を勤めていた。しかし、GGG叛乱が誤解であることが公式に認められた後、八木沼が復職することになった。そのため、現在は中国GGG支部長の座に戻っていたのである。
「もっとも、そちらは表向きの肩書きだ。非公式ながら、最重要なのは“プロジェクトZ計画主幹”という立場だ」
面会室で挨拶もそこそこに切り出した楊の言葉に、護と戒道の表情は明るくなった。プロジェクトZは世間に公表されていない非公式の計画だが、その目的は三重連太陽系に取り残された勇者たちの救出だ。
「じゃあ、楊博士がみんなを助けに行く計画をたててくれたんですか!」
護の無邪気な言葉に、楊は罪悪感の表情を浮かべたりはしなかった。
「ある意味では、そう……とも言えるな」
「ある意味? 微妙な言い回しをするものだな」
すかさず聞き返した戒道に、それを待っていたように楊も説明する。
「もともと、プロジェクトZは別の目的のために計画されたものだ。すなわち、木星の超エネルギー<ザ・パワー>の開発」
護と戒道は顔色を変えた。ザ・パワーが強大なエネルギーであると同時に、滅びをもたらす危険なものであることを、二人とも楊よりもよく知っていたからだ。
もともと、この計画は原種大戦の直後、その痛手から復興するために計画された。だが、ザ・パワーの危機を説く大河幸太郎の猛反対によって、凍結された経緯がある。GGGが三重連太陽系に旅立つ時、大河は楊に依頼した。
「自分が不在の間、この計画が再始動しないよう、監視して欲しい──彼は私に、そう依頼したのだよ」
「なのに……なんで、楊博士がプロジェクトZを進めることになったんですか?」
その質問に、眼鏡レンズ奥の楊の瞳が煌めく。
「……GGGの勇者たちを救い出すためだ」
「そうか、次元ゲートを開くために、ザ・パワーを……」
「鋭いな、戒道くん。科学者としては不本意だが、もはやあの超常の力に頼る以外、他の方法が見つからないのだ」
少年たちが気づかないほどかすかに、楊は自嘲の表情を浮かべた。この数年間、彼は彼なりに勇者たちを救い出す方法を模索し続けてきたのである。しかし、百五十億年前に消滅した宇宙に続く次元ゲートを開く方法に辿り着くには、人類の寿命の数十倍もの時間を要してしまうだろう。
可能性があるとすれば、人知を越えた力を活用することのみ。そうして至った結論が、プロジェクトZだったのだ。
大河幸太郎は、ザ・パワーを危険な滅びの力であると主張した。だが、人類とは文明とともに危険な力を制御することで、発展してきたのではなかったか? かつて、類人猿が火を手にした時のように。
化石燃料が太古からの遺産であるのなら、ザ・パワーもまた木星という異境がもたらす恵みであると考えれば良いのだ。
「私は“勇者たち”を救い出したい。国連評議会は巨大なエネルギーを手に入れたい。その利益の一致から、立ち上がったプロジェクトというわけだ」
あえて少年たちに聞かせようとはしなかったが、それ以外にも裏面の事情は存在した。国連が国際組織である以上、そこには加盟国それぞれの思惑がある。獲得した超エネルギーをどのように分配するのか?
超大国は人口比に応じた分配を要求するだろう。分担金の拠出が多い国はそれに比例して、小国は完全に平等な等量ずつの配分を、それぞれ望むはずだ。化石燃料の算出に依存している国は、計画そのものに反対するかもしれない。
そうした状況下で、楊は全人類が反対できない大義名分を主張した。すなわち、『勇者たちの救出』である。叛乱の汚名を着せた罪悪感を持つ者たちが、これに逆らえるはずもない。楊は自分の目的が、公的な大義名分となることを知った上で、それをプロジェクトZの柱のひとつとしてしまったわけである。
「木星の──ザ・パワーを手に入れることが国連の人たちの目的……なんだよね」
凱号のテスト中、山じいが言っていた“別の目的”という言葉の意味が、ようやく理解できた。
「けど、楊博士にとって、それは手段であり、僕は同意する」
ファーストクラスの座席。迷いの表情を浮かべる護に対し、戒道は真っ直ぐ前を見つめていた。
「戒道……」
言葉の代わりに返ってきたのは、咎めるかのような視線だ。護は後ろめたさのような気持ちを感じて、窓外の方へ目をそらした。
「たとえ滅びの力だろうと何だろうと、利用できるものは利用すべきだ。僕の考えは決まってる。迷うことなどない──J、トモロ、それに勇者たちを助けに行く、それだけだ」
たしかに、口調にも迷いは含まれていなかった。それに対して、護が見ているもの──窓に映った自分の表情は、大きく揺れている。
(凱兄ちゃん──僕だって、戒道に負けないくらい、みんなに会いたいよ。でも──)
もし再会した時、自分たちが滅びの力に触れたと知ったら、彼らはどう思うのだろうか? それを考えると、護の心は千々に乱れる……。
その視線の先──窓から見える黄昏色の空には、いまだに巨大な木星が浮かんでいた。
あの日、護と戒道が見た異様な光景は、幻覚ではなかった。世界各国の天文施設の観測によれば、木星が地球に接近したわけでも、ましてや巨大化したわけでもないらしい。ただ、木星から到達する可視光が歪み、視直径が六十倍近くに達したのである。
最近頻発している地震や磁気嵐と、無関係の事象であるとはとても思えない。なにか巨大な異常事態の前兆ではないか──そう主張する者は多い。だが、その異常事態とやらが何であるのか、答えられる者はいなかった。
もしも答えられる者がいるとしたら──護のうちに、先だってのソムニウム──ラミアからの不可解な言葉が浮かぶ。
『次元空間を破界する革命が起きようとしている。それは、命あるすべてのモノを光に変える──』
「あいつは──ラミアは何を……」
「ソムニウムといったか……不可思議な種族だ。特に危害を加えてはこなかったということは、君という特別な存在に何かを伝えに現れたんだろうな……」
戒道に対しては、覚えている限り、あの時のことを話した。だが、それをGGGのスタッフにまで伝えることに対して、戒道は否定的だった。
「この先、障害になるかは不明だが、やはり今は大人たちに報告しない方がいい。その方が、プロジェクトZが円滑に進むと思う」
「うん……それはそうだけど……」
護の言葉も、歯切れが悪い。たしかにこの件は、自分たちの間だけに留めておいた方がいい……そう思うからだ。
アメリカGGGのスタッフや、GGGマリンレフュージ基地の阿嘉松所長は、覚醒人凱号のトラブルについて、真剣に謝ってくれた。あの日以来、不眠不休で不具合の解消に取り込んでくれているらしい。
彼らは信頼のできる大人であり、いずれも頼もしい仲間だ。望んで隠し事をしたいわけではない。だが、話せるはずもなかった。
木星に重なって見えた悪魔のようなオーラが、ジェネシック・ガオガイガーに酷似していることなど──
地球の人々は、誰もが知っている。ガオガイガーやガオファイガーの勇姿を。だが、ジェネシック・ガオガイガーをその目に見たのは、天海護と戒道幾巳のふたりだけだ。
「僕たちが黙っていれば、誰にも知られることはない」
「うん……でも、ジェネシックが“破壊神”と呼ばれていたことは……」
護のつぶやきに、戒道は強い口調で応える。
「それもだ! ソムニウムの言葉とあわせて、計画を見直そうなんてことになったらどうする? プロジェクトZが遅れるのは、なんとしても避けたい」
「僕だって……」
遠い宇宙にいるであろう者たちに、護も思いを馳せた。だが、たとえ迷ったとしても、たどりつく結論は戒道と変わらない。
(このまま、凱兄ちゃんたちと会えないなんて、絶対イヤだ。だったら、どんな怖いことでも耐えなくちゃならない)
『勇気っていうのは、怖いって気持ちを乗り越えるエネルギーだ』
いつか聞いた言葉が、護の脳裏に蘇った。いまザ・パワー開発計画に感じている不安、これを乗りこえなければ、その言葉をかけてくれた人に会えないのだとしたら──
この瞬間を最後に、護は自分のうちにある漠然とした恐怖を封印した。
(だって……だって、みんなに会いたい気持ち──戒道に負けてられないよ!)
著・竹田裕一郎
監修・米たにヨシトモ
次回10月19日(水)更新予定