覇界王~ガオガイガー対ベターマン~【第4回】


number.00:B 序-HAZIMARI- 西暦二〇一〇年(3)

 二杯目のロコモコ丼を完食して、あわててカバンを手に取る。

「行ってきます!」

 まだ自分の分を食べ終わってない母親に手を振ると、護は玄関へ向かって駆けだした。手作りハンバーグを乗せた料理が美味しかったので、ついお代わりしてしまった。もう出発の時間ギリギリだ。
 原種大戦のさなかは緊急事態も多く、食事に手をつけられないまま、オービットベースへ呼び出されることもあった。だが、もうそんなことはない。護が育ての母・天海愛の心づくしを無下にするような機会はなくなった。

「行ってらっしゃ~い」

 不安など微塵も含まれていない声を背に、護は玄関から飛び出した。この日はGGGマリンレフュージ基地で、護と戒道の送別会が開かれるのだ。主賓の一方が遅刻しては申し訳ない。

 マリンレフュージ基地は、日本におけるGGG地上基地のひとつだ。少年GGG隊の活動や勇者ロボの整備拠点であり、Gアイランドシティとは地下高速鉄道で直結されている。

(送別会なんて大げさなこと、必要ないんだけどなぁ……)

 かろうじて乗ることができた予定の列車内で、護はそう考えていた。明日には宇宙開発公団のシャトルでオービットベースに上がり、三日後にはプロジェクトZ遂行のため、木星へ向かう。そのための送別会だ。
 だが、新型レプトントラベラーの開発によって、木星には片道数日で到達できる。向こうでの作業期間を含めても半月余りの行程だ。かつて、原種大戦の時に三か月の旅をして、三重連太陽系で一年半の戦いの日々を過ごした護にとっては、短いお出かけ程度にしか思えない。
 しかし、マリンレフュージ基地の阿嘉松所長が、熱心に少年GGG隊に送別会開催を主張してくれた。仲間たちも口々に賛同したため、ついに押し切られることになってしまった。

(まあ、華ちゃんがやりたいって言ってくれるんだし……)

 そう思って納得した護を乗せて、列車は地下トンネルをひた走っていく。

 開始時刻直前にやってきた護に、理不尽な言葉が浴びせかけられた。

「遅いぞ、護!」
「みんな待ってたんだぞ!」
「ええっ、ちょっと待ってよ! 三時までまだ二分あるんだけど!」

 自分のGGGスマホに表示されている現在時刻が、パーティー会場の壁掛け時計と一致していることを確認した。壁掛け時計といっても会場はマリンレフュージ基地の会議室であり、一年前の開設時に導入された電波式の最新型だ。ズレたりするはずはない。

「護くんのせいじゃないわよ。みんなの主観的時間に、客観的時間とのズレが発生しているの。まあ、分かりやすく言うと、豪華な料理が並べられたから、待ちきれなかったってことね」
「そうそう! 火乃紀なんか、お預けくらったワンコみたいにヨダレ垂らしてたんだぜ」
「もう、それはケーちゃんでしょ!」
「火乃紀姉ちゃんと蛍汰兄ちゃんも来てくれたんだ!」

 護の同級生である仲間たちに混ざっていたのは、基地のバイト所員である彩火乃紀と蒼斧蛍汰だ。二人とも、かつては阿嘉松所長の会社でバイトしていた縁でここで働いている。

(あれ……?)

 護は火乃紀の容姿を見て、記憶巣をくすぐられた。彼女の特徴的な色合いの前髪を、最近どこかで見かけたような気がしたのだ。
 それはソムニウム・ラミアのものであったのだが、この時は思い至らなかった。数奇な縁により、ラミアと火乃紀が共通する遺伝的形質を備えていることなど、想像できるものではない。そんな心の引っかかりを、豪放な笑いが吹き飛ばす。

「がっはっはっ、今日はバイト休みなんだが、二人ともお前たちを見送りたいと言ってな」

 阿嘉松所長がそう言って、蛍汰の背を叩いた。実はこの日、空輸されてきた覚醒人凱号の改修で不眠不休だったのが、それを表に出したりはしない。自分の発明品の出した不具合は、自分の手でなんとかしてみせる──その個人的ポリシーを貫いただけなのだから。

「……ありがとう」

 テーブルの奥、いわゆるお誕生日席で戒道がつぶやいた。どうやら蛍汰と火乃紀の気持ちに、謝意を表したらしい。昔は無口な少年だったが、最近は少しずつ言葉が増えてきた。このくらいの発言なら、もう周りから奇異の目で見られることもない。

「ほらほら~、はやく乾杯したいから、護も席つけよ」

 蛍汰にうながされ、護は戒道の隣の主賓の座についた。改めて見てみると、テーブルの上にはシーフード中心の豪華な料理が並べられている。

「うわっはー! これもしかして華ちゃんが?」

 いそいそと飲み物の用意をしていた華がうなずいた。

「うん、ママはお店で忙しかったし、あやめちゃんはオービットベースだから……」

 キッチンHANAという料理店の看板娘でありながら、昔は皿を並べるくらいしかできなかった華が、いまではパーティー料理を用意するほどになっている。以前、厨房で料理を手伝っていた従姉のあやめは高校卒業後に難関な試験をクリアしGGGに入隊、宇宙勤務になっていた。

「すごい! こんなの見たら、一分でもはやく始めたいって思うよね!」

 護が嬉しそうに叫ぶ。一時間ちょっと前、ロコモコ丼二杯を食べた満腹感をどこかに置き忘れた顔だった。

「だろ、だろ、だろ! じゃあ社長、乾杯の音頭を!」
「おお、それじゃ僭越ながら……」

 阿嘉松の現在の立場はGGGマリンレフュージ基地所長である。だが、自分のことを“社長”と呼ばせることにこだわりがあるようだ。蛍汰の太鼓持ちめいた呼びかけに応えて、阿嘉松はグラスを手に取った。少年少女が主役の会であり、勤務時間中ということもあって、中身はノンアルコールのこどもビールだ。

「……宇宙の彼方ですげえ戦いを乗り切ってきた護と幾巳にしちゃぁ、木星行きくらいお散歩みてえなもんだろうがな。だが、あえてここは旅の成功を祈らせてもらう。なんといっても、あいつらの帰還がかかってるんだからな──護と幾巳の安全と、プロジェクトZの成功を祈って乾杯!」

 阿嘉松の声にあわせて、ジュースやお茶のグラスが合わされる。少年少女たちが待ちかねたように、料理に手を付け始めた。だが、いつもだったらもっとも食欲に忠実なはずの小太り気味な少年が、目の前の皿に手をつけようとしていない。じっと、うつむいたまま下を見ている。
 見かねた狐森レイコが、その背を叩く。

「あんた、らしくないわよ! 天海くんと戒道くんに言っておきたいことあるんでしょ!」
「お、おう……!」

 牛山末男は意を決した表情で、テーブルに両手をついた。さりげなくレイコが皿を横にどける。その動作に気づかないまま、末男は頭を下げた。レイコの配慮がなかったら、おでこをスープの中に浸してしまっていただろう。そのくらい、一途に思い詰めた様子だった。

「護、戒道、頼む! プロジェクトZ、頑張ってくれ……俺、会いたいんだ、一男兄ちゃんに!」

 牛山四兄弟の長兄である牛山一男は、三重連太陽系に向かったまま戻らないGGG隊員のひとりである。護にとっての獅子王凱、戒道にとってのソルダートJと同じかそれ以上に、末男にとっては会いたい人であった。生まれた時から憧れて、その後を追い続けていた存在なのだ。オービットベース勤務中の次男と、海外留学中の三男にとっても気持ちは同じだ。
 プロジェクトZには、それだけ多くの人々の想いが乗せられている。この場に楊龍理がいれば、皮肉げな表情を浮かべたに違いない。エネルギー開発を目的とした生臭い計画を、純粋な目的で上手く包装したものだ──と。だが、少年たちの想いが、大人たちの事情によって歪められたわけではない。

「顔をあげて、ウッシー。僕たち、頑張るよ」
「ああ、必ず成功させてみせる」

 一片の曇りもなく、護と戒道は断言した。ザ・パワーを利用する計画であることを知ってから、護のうちに巣くっていた不安はもうない。いや、心の片隅に存在しているはずだが、気にするべきでないと決めたのだ。

(そうだ、僕だけじゃない。勇者のみんなに会いたいのは……)

 護がそう考えたのは正しい。末男を安心させようとする護と戒道の姿を見て、阿嘉松も目を細めていた。彼の実父である獅子王雷牙と異母妹ルネも、未帰還のままだったからだ。

(そういや、あいつに紗孔羅を会わせてやるって約束も、果たせずにいたな……)

 GGGが三重連太陽系に旅立つ前夜、ルネと初めて会った阿嘉松は、自分の娘である紗孔羅と会わせる約束をしたのだった。その時は入院中で、阿嘉松とは離れて暮らしていたためだ。
 その後、マニージマシンと呼ばれる治療機器をアップデートして、阿嘉松の目の届くところで治療できるようになった。そのため、もう四年近くも昏睡状態の娘を、常に身近な場所に置いているのだった。

 子供たちは宇宙についての体験談を交えながら、小学生の頃の思い出話に花を咲かせ、笑顔の絶えない貴重な時を過ごした。だが、そんな楽しい時間にもやがて終わりは来る。パーティーはお開きとなり、少年たちはそれぞれに帰宅していった。老齢となる育ての母との貴重な時間を過ごすべく、戒道もその場を後にした。残っているのは、食器を洗っている華と護。壁面の飾り付けを片付けている蛍汰と火乃紀のみ。

「華ちゃん、このお箸こっちでいいの?」
「うん、それで全部。ありがとう、護くん」

 パーティー料理の材料も食器も、キッチンHANAから提供されたものだ。洗い終わった食器は箱詰めして、後で迎えに来る初野家の車で華とともに回収されていく手筈である。ちなみに近所に住む護も同乗させてもらう予定だ。他にも数人の同級生たちがご近所さんではあるのだが、レイコの「あんたたち、気をきかせなさい!」という一喝で二人を置いて、先に帰っていった。

「あの……護くん」
「ん、なに?」
「まだ言ってなかったよね。あのね……えっと、その……行ってらっしゃい」

 意外だったが、そういえば言われていなかった。送別会である以上、当然のようにみんなから「がんばって」「気をつけて」「無事の旅を」などと言われたのだが、華はそれらしい贈る言葉をまったく口にしていなかったのだ。

「あの、変だと思われるだろうけど、最後に言いたかったの」

 最後と言っても、それは“この日最後”という意味にしかならない。旅立ちの朝は両親から言われるだろうし、出発直前にはオービットベースで残留組のスタッフからも聞かされるはずだ。
 そんなことは護はもちろん、華にもわかっている。それでも、なんとか“特別な言葉”にしたいという華の気持ちが感じられた。そう思うと、護の頬も赤くなってくる。

「うん、ありがとう……行ってきます」

 つられたかのように、うなずく華の頬も染まっていた。

「げへへ、中学生の恋物語はいいねぇ、初々しくて」
「ちょっと! ケーちゃん、デリカシーなさすぎ!」
「しょうがねーじゃん。聞くつもりなくても聞こえてくるんだもん。ツッコミたくなるだろ?」

 室内の飾り付けを片付けつつの蛍汰の反応ももっともだった。護と華の微笑ましい会話を耳にして、当の火乃紀もつい顔がほころびていたのだから。

「俺たちにもあんな頃あったかね~~」
「……私はもう初々しくないってこと?」
「え? いや~、だって火乃紀、合コンとかしょっちゅう行ってるしさー」

 しょっちゅうと言われるのは、火乃紀にとって不本意だった。たしかに月イチくらいで飲み会に出てはいる。だが、それはあくまで、生体医工学における意見交換会と思っている。自分の事を「私バカだから……」と卑下することで、面倒くさい事から逃げていた頃からは成長しているのだ。
 彩一族の血筋のせいか、両親や兄が研究熱心だったように、探究心を刺激する難解なディスカッションには興味をそそられる。その集まりが月に一度程度……ということなのだ。

「しょうがないでしょ、ケーちゃんとはできない話だってあるんだし……」
「へーへー、大学生様は、浪人生なんかとは住む世界が違いますだね」

 そう毒づきながらも蛍汰は思う。

(なんでえ、なんでえ、俺という者がいながら、浮気ばっかしやがって)

 自分の彼氏のすねた表情を見ながら、言葉に詰まる。

「………」

 ──こういう時、火乃紀は思うのだ。

(私、なんでこの人とつきあってるんだろう……)

 もともと幼なじみで、高校時代はバイトの関係で様々な危地をともにした。時々、置いて逃げられたりもしたが、たまには身体を張って守ってくれた。
 そして何よりも、周囲の人間すべてに置き去りにされたような気持ちだったあの頃、蒼斧蛍汰だけははっきりと口にしてくれたのだ。自分はずっと、火乃紀の側にいる──と。
 その言葉が嬉しくて、いつの間にかつきあうようになっていた。だが、あれから数年。多くの知識を得て、穏やかな日常のなかに身を置いていると、時々、脳裏によぎるのだ。

(あれって、“つり橋効果”ってものだったのかなぁ……)

 自分の気持ちが錯覚であったのかもしれないという疑いは、火乃紀を落ち込ませる。だが、幸いなことに、あれで蛍汰は時々、男らしいところも見せてくれるのだ。もう少しヒクツなところを減らしてくれれば、自分の気持ちを疑わなくてすむのに……というのも、正直な気持ちではあるのだが。
 その時──

「アアアアアアアアアッ!」

 護と華、蛍汰と火乃紀の身をすくませたのは、突然の叫び声だった。それはいくつかの壁を通して聞こえてきた、ヒトならざるモノの哭き声にも感じる、悲痛な叫びだ。

「蛍汰兄ちゃん、あの声は!?」

 護たちが給湯室から飛び出してくる。怯えている華の肩に手を置きながら、火乃紀は問いかけた。

「ケーちゃん、もしかして──」
「ああ、紗孔羅ちゃんだ!」

 蛍汰はまっしぐらに駆けだした。その後を追うように護が、火乃紀と華が会議室から飛び出していく。

 蛍汰を先頭にして、四人がやってきたのはとなりの棟にある隔離病室だった。マリンレフュージ基地を建設する際、阿嘉松が要請して作らせた部屋だ。数人の常駐スタッフが様々な機器の調整作業を行っている奥には最新型のマニージマシンが設置されており、眠り続けている紗孔羅の治療が行われている。

「アアアアアアッ!」

 第一声ほどの声量ではないとはいえ、紗孔羅の口からは苦悶の声が漏れ続けている。あわてて駆けつけたのであろう阿嘉松が愛娘の右手を握りしめ、基地の女性ドクターがマニージマシンの表示を読み取っている。

「大丈夫、身体に問題はありません。安心してください」
「なにがあったんすか?」
「わ、わからねえ……わからねえがいきなり……」

 蛍汰の問いに、阿嘉松も力のない声を出すだけだった。彼にとっても、これは突発的な事態であり、なにかを知っているわけではない。

「心拍数が若干高くなっていますが、それ以外は──」

 女性ドクターのつぶやきを聞いて、火乃紀もマシンの表示を読み取った。医学部に通っている彼女には、基本的な知識が備わっている。マニージマシンが安定剤の投与を開始して、紗孔羅の心拍も落ち着きつつあることが理解できた。

「ハア、ハア、ハア……」

 叫び声は収まり、荒い息となっていた。だが、不安が拭えないのか、華が隣に立つ護の袖を握りしめる。異変に気づいたのは、その護だった。

「阿嘉松社長、それ……」

 震える指が、紗孔羅の頭部や両眼を覆うフェイスガードに向けられた。その隙間から、光が漏れている。

「それって、リミピッドチャンネルですよね」

 護の言葉に、阿嘉松、蛍汰、火乃紀は息を吞んだ。華だけが意味するところを理解できず、護の横顔を見つめる。
 護はその光景に、二度見覚えがあった。三重連太陽系での戦いのさなか、マニージマシンに安置された卯都木命の額から漏れていた輝き。そして、数日前に出会ったソムニウム・ラミアの額にも輝いていた。
 紗孔羅は、場に存在する意識の波──リミピッドチャンネルの受信力が強すぎるため、脳内処理が追いつかず、常に騒音の中で暮らしているような能力者だった。マニージマシンで制御されることで、かろうじて日常生活を送ることができていた。
 だが、昏睡状態に陥ってから四年──
 その間、リミピッドチャンネルの受信を表す光が、紗孔羅の額に輝いた記録はない。わずかな希望にすがるかのように、阿嘉松がつぶやく。

「紗孔羅……お前、何をうなされている? もしかして……目を覚ましてくれるのか……?」

 少女の唇が震える。いや、それは何かしらの言葉を発しようとしている兆しだ。阿嘉松の目がくるおしいまでの希望に輝き、護や蛍汰たちが注目する。
 それらの視線が交錯するなか、紗孔羅はひと連なりの音を発した。

「クルヨ……セカイヲハカイスルモノ……モウスグ、クルヨ……」

 感情のこもっていないそれは、意志ある者の言葉というよりも、ただの音だった。


著・竹田裕一郎
監修・米たにヨシトモ


次回10月26日(水)更新予定


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