覇界王~ガオガイガー対ベターマン~【第16回】


number.03 門-JUPITER- 西暦二〇一六年(1)

1

 東京湾上に浮かぶ人工都市Gアイランドシティ。その中央に位置する宇宙開発公団タワーは、日本の宇宙開発における重要拠点である。インビジブル・バースト以来、人類の宇宙開発は停滞、公団の規模は縮小されていた。だが、そんな中でも木星観測は続けられており、公団観測局はその中核を担ってきた。
 観測局局長室はまさにその前線司令部であり、局長以下のスタッフが日夜戦い続けている。収集された過去データの整理、GGGから提供された最新データの解析、今後の観測方針の決定、いずれも六年前の災厄からの復興という戦いの一環だった。
 現在は<グローバルウォール>計画の成功により、新規衛星打ち上げ計画が始動している。さらに多忙を極めている局長は激務の間を縫って、GGGオービットベースとの間で通信をかわしていた。もっとも、この日のそれは公務ではない。

「……元気だったか、護」
『やだなぁ、父さん。こないだ顔出したばかりじゃないか』

 それは宇宙開発公団観測局局長とGGG機動部隊隊長の会話でなく、プライベート回線による天海親子の対話だった。心配性な天海勇の言葉に護が笑みを浮かべたのも、無理はない。ほんの数週間前、牛山次男宅を訪問した際、ちゃんと実家にも寄って両親に顔を見せてきている。
 僕だってもう二十歳なのに……と考える護であったが、親にしてみれば子供の年齢など関係ないのだろう。
 ふたりは互いの日常のことを語り合った。もっとも、護の方はベターマン・ラミアとの邂逅やアルジャーノン発症者の件について、話せるはずもない。話題は自然と、プロジェクトZのことになっていった。

『そういえば……阿嘉松長官や楊博士に聞いたよ。国連エネルギー会議が新しい決定をくだすのに、父さんたちの作った資料の存在が大きかったって』
「磯貝さんは昔からの仲間だからなぁ。お手伝いしてあげたかったんだ。父さんたちだって、大河総裁の教え子みたいなものだしな」

 勇は照れくさそうに笑った。国連がザ・パワーの利用を一時凍結し、勇者たちを帰還させるゲートの研究を優先させる──その方針転換にもっとも貢献したのは、宇宙開発公団の元職員である磯貝桜だ。しかし、彼女の活動を支援するため、様々な人物が協力した。激務のかたわら、資料を作成して提供したうちのひとりが、天海勇だった。
 その多くの人々の活動によって、護たちはぬぐい去れずにいたプロジェクトZへの不安から解放されて、木星へ旅立つことができるのだ。

『六年間長かった……やっともうすぐ、木星へ行けるんだ』
「──護、知ってるか? たしか獅子王凱さんも、木星へ行くために宇宙飛行士になったんだぞ」
『え? そうなの?』

 それは護も知らない物語だった。
 一九九八年、凱の母・獅子王絆を乗せた有人木星探査船ジュピロス・ファイヴが地球を発った。当時、宇宙開発公団の若手職員だった天海勇も、木星探査計画の末席に加わっていたのだ。だが、ジュピロス・ファイヴは二年後、木星圏にて消息を絶った。宇宙飛行士を夢見ていた獅子王凱、少年の憧れが確固たる目標に変わったのは、おそらくその時だったのだろう。
 ひたむきな努力の末、凱はそれから三年後、十八歳にして史上最年少宇宙飛行士となったのだ。

『そうだったんだ……凱兄ちゃん、お母さんに会うために木星へ……』

 その獅子王絆は、ザ・パワーの力によって精神生命体となっており、原種大戦末期に凱にコンタクトをとっていた。同じ存在となった夫、獅子王麗雄とともに今でも木星圏にいるはずだ。

「そして護……今度は、お前が凱さんに会うため、木星を目指すんだな」
『……うん』

 不思議な運命の相似であった。だが、それは偶然ではないのかもしれない。人類という種属は先人から後進へ、こうして想いのバトンを手渡しつつ、未来を目指し続けてきたのだろう。
 そして、交信終了時間がやってきた。

『行ってきます、父さん』
「ああ、気をつけてな、護」

 旅路の長さと目的の壮大さに比べて、あまりにも平凡すぎる挨拶。だが、それでいい。父と子はふたりとも、そう思っていた。

 

「ディビジョン・トレイン……連結承認ンンンッ!!」

 司令室に阿嘉松長官の声が響く。すでにGGG首脳部を乗せたメインオーダールームは、オービットベースからディビジョンⅥ・無限連結輸槽艦<ミズハ>に移動してブランチオーダールームとなっていた。
 ミズハはもともと、木星圏まで往還してザ・パワーを回収するために開発されたディビジョン艦である。そのため、艦体の大半はカーゴブロックが占めている。同時に長距離巡航形態への変形も大きな特徴だった。これはレプトントラベラーの推力軸線を一元化して、エネルギー効率と軌道速度を最大効率化するものであり、獅子王凱のサイボーグ・ボディにおけるエネルギーアキュメーターのハイパーモードを参考にしている。
 近年に開発されたディビジョンⅩ・機動完遂要塞艦<ワダツミ>とディビジョンⅪ・諜報鏡面遊撃艦<ヤマツミ>にも、同様の変形機構が備わっており、三艦は阿嘉松の指令によってあたかも長編成列車のように連結を開始した。

「ワダツミ、連結形態へ遷移完了」
「ヤマツミも完了、各艦、ドッキング開始します!」
「連結完了と同時に、レプトントラベラーの同期を開始」

 ──ブランチオーダールームに詰めているオペレーターたちが各艦の変形、連結の過程を報告していく。元軍人であるアーチン・プリックル参謀は、宇宙航行に関しては専門外である。木星行きの陣頭指揮をとるのは阿嘉松長官と楊スーパーバイザーのふたり。オペレーターは初野華、彩火乃紀、牛山次男、鷺の宮・ポーヴル・カムイ。アルエットも本人の強い希望で研究部スタッフとして同行することになった。

 機動部隊は天海護と戒道幾巳の他、月龍、日龍、翔竜。諜報部からはビッグポルコート。ヘッドダイバーである護と戒道はダイビングチャンバーで待機しているが、勇者ロボたちはワダツミのメンテナンスルームに配置されていた。

「……このプロジェクトがうまくいったら、またルネに会えるな」
「ポルコートさんは、シャッセールの捜査官として、ルネさんと一緒に活躍してたんですよね」

 ビッグポルコートのつぶやきに、翔竜が反応した。阿嘉松長官の異母妹であるルネ・カーディフ・獅子王はGGG隊員ではないのだが、三重連太陽系から未帰還であるメンバーのひとりである。ビッグポルコートはGGGに転属する前、対特殊犯罪組織シャッセールの所属でルネのパートナーでもあったのだ。

「そうか、少年はルネにも会ったことなかったんだな」
「はい、お会いできるのが楽しみです!」
「ふむ、そうだな。君のビークル形態にも人間用コクピットがあったな。彼女を乗せてハッチやスロットルをひん曲げてもらうのも、いい経験だろう」
「ええっ? ポルコートさん、それはどういう……」

 翔竜の幼い声に怯えが混ざった。かつて、ポルコートは自分の運転席にルネを乗せた際、ドアフレームを歪められそうになり、アクセルペダルを踏み抜かれそうになったのだ。恐怖に満ちた体験であったが、いまとなっては懐かしさを伴う記憶でもある。

「ああ少年、それと、今の私はビッグポルコートだ」

ガンシェパーとガンホークが変形し、ポルコートと三身一体となった両腕を向けるビッグポルコートに、ロボとは思えないほどに翔竜の顔はほころんだ。

「そうでしたね……ビッグポルコートさん」

 二体の近くのハンガーでは、月龍と日龍もこの場にいない勇者たちのことを語り合っていた。

「自分も、氷竜先任たちの教導を受けたい……」
「私もよ、月龍。光竜や闇竜……あの子たちには負けられないもの!」

 竜シリーズと呼ばれる勇者ロボは、月龍と日龍の他にも六体いる。日本製の氷竜と炎竜、中国製の風龍と雷龍、フランス製の光竜と闇竜だ。月龍と日龍は原種大戦後にロールアウトした最後発であったが、光竜と闇竜には同じ女性型だからだろうか、強いライバル意識を抱いているのだ。
 だが、教えを請うにしても張り合うにしても、相手が同じ宇宙にいなくてはかなわない。ビッグポルコートや翔竜のそれとは異なる形ではあったが、彼女たちも未帰還の仲間たちと再会したい想いに変わりはなかった。

 そして、その想いは人間たちにとっても同様である。天海護はボルフォッグのことを、初野華や牛山末男はマイク・サウンダース13世のことを思いだし、心中で語りかけていた。その中でも、もっとも強い気持ちを抱いていたのは、楊龍里であったかもしれない。彼には、手塩にかけて育てた自慢の作品である風龍と雷龍がいたのだから。

(風龍、雷龍、AIは無事か? 私には出来なかった。どうしても……。秘密保持用自爆ユニット──その信管は外しておいた。無事でいることを信じている……)

 実際にはレプリ地球において、撃龍神は電磁架台デンジャンホーからの雷撃によって信管のないユニットを作動させている。楊は知るよしもなかったが、その行為が強敵への勝利につながっていた。

(なんとしてもプロジェクトZを成功させたいものだ。お前たちの"弟"も会いたがっているぞ……)

 かつて、中国科学院航空星際部は、氷竜、炎竜のデータを提供されて、風龍と雷龍を開発した。その際、翔竜の同型機も開発が予定されていたのだ。だが、翔竜の開発は凍結され、<宙龍>と名づけられた同型機も開発中止となった。しかし、超AIの育成は当時、すでに開始されていた。
 楊は宙龍の超AIを自身の研究助手としていたのだが、ここ数年は新たな任務に専念させていた。すなわち、木星探査である。
 インビジブル・バーストによってプロジェクトZは中止されていたが、木星の状況を把握しておく必要はあった。また、強電磁場源となった木星に、普通の無人探査船を投入することもできない。その点、強力な防磁処理を施された勇者ロボの超AIはうってつけだったのだ。
 勇者ロボの躯体の代わりに無人探査船というボディを与えられた宙龍は、楊の期待通りに働き続けた。そうしてGGGは木星の最新情報を入手し続けてきたのである。

(プロジェクトZが一段落したら、風龍や雷龍と再会する前に、翔竜と同型のボディを宙龍に与えてやってもよいかもしれんな……)

 そんな物思いから、楊を現実に引き戻したのは、阿嘉松長官の号令だった。

「よおし、ディビジョン・トレイン発進ンッ! プロジェクトZ再開ダァァァッ!!」
「了解、全艦、レプトントラベラーのシンクロ稼働を開始しまアァァァす!」

 牛山次男が更なる大声で応える。
 全長十五キロメートルにも達する長大なディビジョン・トレインはゆっくりと加速を開始した。いや、ゆっくりに見えるのは宇宙空間特有の錯視に過ぎない。サイズが巨大であればあるほど、比較物のない宇宙空間では静止しているように見える。
 実際は、人類が産みだした被造物のなかでも最大級の加速によって、ディビジョン・トレインは前進を開始していた。太陽系第五惑星木星に向かって──

 

 二〇一六年十一月、地球と木星は太陽を挟んでほぼ反対側に位置している。九年前、天海護と戒道幾巳が三重連太陽系から帰還したとき、ほぼ最接近した状態にあったのと対照的だ。しかし、三艦のレプトントラベラーを直結したディビジョン・トレインならば、数日で到達することができる。
 オービットベースより進発した翌日──阿嘉松や楊は最終ブリーフィングを開始していたが、多くの隊員は待機状態に入っていた。

「……戒道さん、隣空いてますか?」

 カフェエリアでカモミールティーをトレイに乗せたアルエットは、返事を待たずに戒道幾巳の隣の席に座った。

「別にここでなくても、どこでも空いている」
「戒道くん……そんな言い方しちゃ、アルエットちゃん、かわいそうでしょ!」

 珍しく少々強い口調で華が戒める。四人掛けのテーブルで護と華が並んで座り、その向かいにいるのは戒道ひとりだ。残った席に座ろうとした者に対して、彼の反応はたしかに素っ気なさすぎた。だが、アルエットはめげる様子もなく、戒道に語りかけ続けた。

「……でね、ワダツミとの同期プログラムの更新分を頼まれちゃって、この後研究部に詰めなきゃならないんです」
「………」

 戒道は関心もない様子で、日本茶をすすっていた。若干、気まずくなった空気を察したのか、華がまだ手つかずだったケーキの皿を差し出す。

「ねえ、アルエットちゃん、よかったらこれ手伝って。いっぱい頼みすぎちゃって」
「こういったケーキ類はトランス脂肪酸が──」

 そう言いかけて、アルエットは表情を変えた。年相応の笑顔を半ば強引に浮かべて、ケーキを受け取る。

「……ありがとう、初野先輩。いただきます」

 かつて、初野華と同じ機動部隊オペレーターだった卯都木命が差し出したソフトクリームを、健康上の理由を言い訳にして断ったことがある。記憶を取り戻した今のアルエットは、幼かった頃の頑なさを恥じていたのだろうか。素直に受け取って、口に運んだ。

「うん、美味しい……」
「よかったぁ」

 アルエットは甘いものが嫌いなわけではない。合理的な思考から、存在としての興味が湧かないだけである。そして、華の言葉は心底からのものだ。設定を弄られただけとはいえ、つい先日、同じ<食材合成くん26皿>から作られたケーキで酷い目にあったのだから。アルエットと華はそのまま、互いの故郷のデザート談義で盛り上がりはじめた。
 隣でその様子を見ながら、護は安堵する。

(よかった……華ちゃんとアルエット、仲良くなれそうだ)

 そう思いつつも、複雑な気持ちもある。食事テロを起こした菊帆エイル隊員がアルジャーノンを発症し、ベターマンに連れ去られたという事実は、情報管制が敷かれている。公式にはノイローゼで奇行に走り、休職して地球に帰ったことになっているのだ。
 もちろん、華に対しても秘密は守らねばならない。護もまたGGG隊員である以上、守秘義務というものは承知しているのだが、純粋に菊帆隊員のことを心配している華に、隠し事をしなければならないのは心が痛んだ。

「……そうだ! 幾巳、気づいてた? さっきのシミュレーションで、ファイナルフュージョンの時間が縮まってたよね」
「ああ、六秒は短縮されていたな」

 護が振った話題に、戒道が答える。

「そこまでではないわ。正確には五.七二秒よ」
「あれは君のおかげだったのか?」

 戒道は驚いたように、アルエットを見た。

「ほんとはもっと詰められるかと思ったのだけど……阿嘉松長官もさすがね。元々かなり無駄の少ないプログラムだったから」
「うわっはー! 五.七二秒だって大きいよ。その分、ガオガイゴーがはやく活動できるようになるし、きっとプロジェクトZ成功の確率だって高くなる。ありがとう、アルエット!」
「ふええ、アルエットちゃん、ほんとにほんとにすごいね!」
「そ、そんなことないわ……」

 護に礼を言われ、華にほめられ、アルエットは面を伏せた。

「ほら、幾巳もちゃんとお礼言っときなよ。いちばん恩恵受けるの幾巳だろ!」
「……あ、ああ」

 護に促され、期待に目を輝かせている少女から目をそらしながら、戒道はつぶやいた。

「助かるよ……感謝してる」
「んきゃーーーーーーーーっ、戒道さんに感謝してるって言われちゃった!」
「よかったねぇ、アルエットちゃん!」
「ありがとう、初野先輩!」

 テーブル越しに手を取り合って喜んでいる女子ふたり。目をそらしたままの戒道は、心なしか耳が赤くなっているようだった。

 

「木星がなくなっただとッ! そんな馬鹿なことがあるか!」

 ブランチオーダールームの長官席で、阿嘉松が叫んだ。行程の半ばまで消化したところで、GGG隊員一同を驚愕させる事実が判明したのだ。
 木星が・・・見当たらない・・・・・・

「間違いありません、第五惑星の現在位置に観測できるのは──覇界王のオーラだけです」

 インビジブル・バースト以降、木星は異常電磁場源となったため、観測方法は限られている。光学探査と現地探査のふたつだ。六年間、宇宙開発公団が光学探査を引き受け、GGGは高度な防磁対策を施した超AI探査船<宙龍>を送り込んできた。それらの結果から導き出されたのは、異常電磁場の原因は特定できず、木星そのものに異変は確認できず、覇界王は電磁場が引き起こした蜃気楼のようなものと推定される──それだけだった。
 だが木星へ向かう途上、中間地点である太陽近傍を通過したところで改めて光学探査したところ、木星の姿がかき消えていたのである

「いや、存在していないはずはない。木星ほどの大質量天体が消失したならば、地球を含めて他の天体の軌道に影響が出る」

 楊スーパーバイザーの言う通りだ。小天体ならいざしらず、木星は太陽系において、太陽に次ぐ質量を持っている。なんらかの事情で消失なり破壊されるなりしたのなら、他の天体の運行にも影響が出て、たちまち判明する。

「するってーと、つまりそりゃどういうことだぁ?」
「たとえ見えずとも、木星はそこに存在する。蓋然性が高いのは、光学的に遮蔽されているということだろう」
「なぁるほど、ホログラフィック・カモフラージュみたいなもんか」

 かつてのボルフォッグや、現在のビッグポルコートに搭載されている隠蔽技術を例に出して、阿嘉松は納得した。

「そういうことだ。おそらく覇界王と呼ばれている発光現象は、その遮蔽にともなう現象なのだろう」

 そう説明しつつも、楊は違和感を感じていた。これまで幾度も繰り返されてきた現地探査において、宙龍は一度も木星が光学的に遮蔽されているという事実を伝えてこなかったのだ。

(つまり……この遮蔽現象はつい最近、プロジェクトZ発動と同時に起きたということになるのか……?)

 楊龍里は木星到着までの短い時間に、宙龍のログ解析をはじめた。六年分の探査記録、そこになにか木星をめぐる異常現象の秘密が隠されているのではないかと感じたからだ。だが、その確信にも近い直感にも関わらず、新たな発見は見いだせずにいた。
 そして、ディビジョン・トレインはついに木星圏へ到達した──。

「オウ、あのモンスターが覇界王ナノ?」

 アーチン参謀の声が震えていた。無理もない。接近するにつれ、"それ"は具体的な姿を見せ始めていたからだ。
 オレンジ色の炎のような揺らめく姿──だが、それは虚像でもオーラでもない。そこに確かに実在するものだけが放つ、存在感を有していた。
 木星が存在していた空間、そこにガス状惑星の姿はなく、"覇界王"と呼ばれていた巨人のみが存在していた。

「全長百二十メートル、推定質量……約一八八九〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇トン!」

 火乃紀の声も、アーチン参謀のそれ以上に震えていた。モニターの数字を読み上げてはみたものの、間違えずに告げられたのか、自分でも自信が持てなかった。

「聞いたことないよ、そんな数字──」

 メインモニターで木星の様子を見るべく、ブランチオーダールームにやってきていた天海護がつぶやいた。だが、答えられる者は誰もいない。阿嘉松長官とアーチン参謀、オペレーターの華、火乃紀、カムイ、牛山次男、そして護とともに来た戒道とアルエット。誰も答えを持ち合わせてなどいない。唯一人、推論くらいなら述べられたかもしれない楊は、宙龍の解析でメンテナンスルームに籠もったままである。

「ナンカ……イヤな予感がするネ、ぼくぁ厄年だからネ」

 アメリカ人なのに厄年を気にするのか?──と突っ込みたくなるほど場違いな感想を述べる参謀に、誰も反応する余裕はなかった。

「ちがう……」
「……ああ」

 ジェネシック・ガオガイガーの存在を知る護と戒道にも、その四倍近い全長を有し、天体クラスの質量を持つ目の前の<覇界王>が、同一のものとは感じられなかった。

「いずれにせよ、木星がどこに隠されちまったのか、そいつを突き止めねぇとな」
「そうだネ。でないと、ザ・パワーを採取するどころじゃないよ!」

 意見が一致した長官と参謀に、護が意見を述べる。

「なら、まず覚醒人凱号で調査に行きます。ディビジョン・トレインはここで待機していてください!」
「ああ、そうだな。護と幾巳に頼むとするか……」

 阿嘉松がうなずきかけた瞬間だった。戒道がメインモニターの中心部を指さす。

「あれはなんだ……覇界王の……両手のような形状の間を映してくれ!」

 戒道に応えて、カムイがモニター画面を操作した。覇界王は今、両手を胸の前であわせている。まるで大切な何かを、両の掌で護っているかのように──

 ──そこにはオレンジ色の球体があった。百二十メートルと伝えられた覇界王のサイズと比較すれば、十メートルほどだろうか。ブランチオーダールームにいる全員が、モニター画面に拡大された、その球体の姿に見覚えがある。
 もっとも、ほとんどの者にとってそれは映像や写真で見たことがある姿だ。実際に我が目で見たことがあるのは、護と戒道のみ。

「あれは──木星だ!」

 たしかにその縞模様を帯びた姿は、彼らの記憶にあるガス状惑星と同一のものだった。かつてローマ神話において、天空の父たる神に喩えられた太陽系最大の惑星。それが十メートルほどになって、破壊神の手のうちにある。

「木星があんなにちっこいわけがあるか! ありゃ木星に似せた何かじゃ──」
「いいえ、あれは間違いなく、圧縮された木星です」

 阿嘉松の言葉を、アルエットが遮った。

「さっき火乃紀さんが読み上げた質量……記憶にあるような気がしてたんです。あれは木星の質量と一致します」

 一同の間に衝撃が走った。それがどのような現象かは、わからない。だが、巨大惑星を岩塊ほどに圧縮させる能力──あるいは技術を、覇界王は有しているということだ!

「──アルエットくんの推測は正しい」

 声の主は、メンテナンスルームからやってきた楊だった。急ぎ自分の席についた楊は、滅多に表情を変えぬと知られている彼らしからぬ恐怖と驚愕を露わにしていた。

「奴は──覇界王は、木星を押しつぶしていたのだ。六年の時をかけて!」
「なんだとッ! 木星に異常はないってのが、宙龍の探査結果だったんじゃねえのか!」

 阿嘉松の言葉に、楊の表情にさらに新しい色が加えられた。後悔と苦悩の色が。

「宙龍はダメだ、あいつはすでに──」
『ソウ、アノ子ハスデニケガサレテル……』

 まるで楊の声を引き継ぐかのように、少女の声がスピーカーから囁いてきた。それはメディックルームのマニージマシンで眠っていた紗孔羅の声である。プロジェクトZ遂行中も、リミピッドチャンネルでなにかを受信したらすぐ伝えられるようにと、火乃紀がマイクを設定していたのだ。

「紗孔羅……紗孔羅なのか? けがされてるってのは、どういうことだ!?」

 阿嘉松の必死の問いかけに応えたのは、実の娘の無慈悲な言葉だった。

『モウ……遅スギタノ……何モカモ…ミンナ光ニ………カ・エ・ラ・レ・ル』

(つづく)


著・竹田裕一郎
監修・米たにヨシトモ


次回1月18日(水)更新予定


← 第15回    第17回 →

〈作品ページ〉