覇界王~ガオガイガー対ベターマン~【第17回】


number.03 門-JUPITER- 西暦二〇一六年(2)

 無人木星探査船<宙龍>──その制御AIである同名の宙龍には第一次探査の際、とある変化が起きていた。すなわち“制約から解放された知性の獲得”である。宙龍の開発ベースとなった育成型超AIは、ある意味で“心”と呼ぶにふさわしい高度な知性を有していた。だが、それは純然たる知的生命体と完全に等しいとはいえない。造物主である人間によって、三原則と呼ばれる制約を課せられているからだ。
 だが、宙龍は木星圏における超越的存在との接触において、この制約から解き放たれた。もっともそれは有史以来、前例のないことではない。
 原種大戦のさなか、有人木星探査船ジュピロス・ファイヴが地球に向かって帰還する事件が起こった。それが事件と呼ばれるのは、ジュピロス・ファイヴが先立つこと五年前、二〇〇〇年に通信途絶していたからだ。帰還途上のジュピロス・ファイヴにGGG機動部隊が接触、調査を行った結果、判明したのは以下のような事実だ。
 ──ジュピロス・ファイヴは木星圏に到達後、小天体と衝突。それにより外壁に生じた開口部から全乗員が宇宙空間に吸い出された。その後、<ザ・パワー>と呼ばれる超エネルギーとの接触で自我を得た船体制御AI<ユピトス>が、独自の判断で地球への帰還を目指したのだが……。
 宙龍もまた、ユピトスと同じように解放された知性、もしくは自我を獲得した。そして、独自の意思に基づいて、欺瞞情報を持ち帰り続けたのである。その意思とは──

 ミズハ艦内のブランチオーダールームに警報が鳴り響く。紗孔羅が告げた言葉に数秒間呆然としていた阿嘉松長官は、ようやく我に返った。

「どうしたッ! いったい何が起きた!!」
「連結したワダツミ艦載のCR-36が……変貌しつつあるとのです」

 状況を報告するカムイの言葉にも戸惑いが混ざっている。

「変貌? どういうことだ!」
「それが……向こうのブリッジも混乱しているようで」
「ワダツミ格納庫の映像をメインモニターにスイッチングします!」

 カムイに続いて、牛山次男が報告する。異常電磁場にさらされた木星圏であっても、一体に連結されたディビジョン・トレイン内部でなら通信は可能だ。数十両にも分割したディビジョン三艦を連結させたことには、このように管制を統一させる意味がある。
 メインモニターに映し出されたのは、有線回線で送られてきたワダツミの格納庫の様子──異形のメカたちの饗宴だった。
 阿嘉松たちも知らぬメカが、広大な格納庫内で暴れている。かろうじて四肢を連想させるような部位で這い回るその姿は、鋼鉄の獣を思わせる。だが、知らぬメカではあっても、見覚えはあった。そのボディは、有事の際に運用するはずだった量産型無人CRコスモロボの最新鋭機が変貌したものだったのだ。

「まるでゾンダーロボだ……!」

 護がそう口にしたのも無理はない。十一年前、地球を脅かした機界生命体の尖兵ゾンダーロボは、地球製の機械や無機物に融合して、巨大ロボの全身を構成していたのだ。
 さらに楊にとっては、もうひとつの衝撃が存在した。

「あれは……宙龍!」

 変貌した量産型CRたちとともに、無人木星探査船<宙龍>もまた、異形の存在と成りはてていたのだ。勇者ロボの頭部とは似ても似つかない、光学センサーが楊の方を見る。いや、ワダツミ格納庫の監視カメラの方を見たのだ。次の瞬間、メインモニターの画像がノイズにまみれて途絶えた。どうやら、宙龍によって破壊されたらしい。

「宙龍……」

 楊はうめいた。過去ログの解析によって、宙龍が六年間分の探査記録を改竄してきたことは判明している。宙龍が覇界王の眷族と成りはてたことは明白だったが、それでもこうも明らかに、そしてしたたかに叛逆してきたことは衝撃だった。

「監視カメラの過去映像を見る限り、宙龍から放たれたオレンジ色のオーラが、ワダツミ格納庫内のCRコスモロボに影響を及ぼしたようです」

 迅速なるカムイの報告を聞き、簡単に侵入してきた宙龍に誰もが戦慄を覚えた。

「おい、楊の旦那、いったいどういうことだ。何が起きてるんだ?」
「わからん……だが、まずはあの艦内汚染を食い止めねばなるまい」

 解析していた火乃紀も対応する。

「オレンジ色のオーラは、ザ・パワーの波長とは異なるエネルギーを発しています。もっとも近い波形は…素粒子Z0ゼットゼロ…!」
「ウッシー、ワダツミの格納庫ブロックを切り離せないのか!?」

 阿嘉松の指示に、牛山次男は絶望的な声を返した。

「ダメです……リモートコントロールに反応しません! というより、ワダツミの艦体そのものが変貌をはじめてます!」
「んだとぉッ!!」

 阿嘉松がデスクに拳を振り下ろす。怒鳴られるまでもなく、次男もワダツミのクルーも対処は続けている。だが、事態は彼らが把握するよりも早く進行しつつあった。

「アレハ……“終焉ヲ超エタ誓イオウス・オーバー・オメガ”……」

 眠ったままの状態から、ふたたび紗孔羅はつぶやいた。その額には、リミピッドチャンネルの十字の輝きがまたたいている。

「……トリプルゼロ」

 緊急事態による騒然とした空気が途切れ、ブランチオーダールームに一瞬の静寂が訪れた。<トリプルゼロ>──それが何を意味する単語なのか、理解できる者はいない。だが、紗孔羅のつぶやいた言葉が単なるうわごとではなく、いずこからかもたらされた情報であることを、少なくとも阿嘉松は知っている。

「これより……ワダツミ艦内に出現した自律型敵性機体群を<ゼロロボ>と認定呼称する」

 常の罵声──というのが言い過ぎであれば怒声──ではなく、沈痛な声で阿嘉松が告げた。

「オッケイ、宙龍が変貌した機体をZR-01、CR部隊が変貌した機体をZR-02群と設定するね!」

 アーチン参謀がすばやくデータベースを更新する。すでにワダツミ艦内からの映像は途絶えているため、メインモニターに表示されたディビジョン・トレイン全体の模式図に、ZR-01、ZR-02を意味するマーカーが可視化された。

「……護、幾巳、凱号で出てくれ。覇界王も気になるが、まずはゼロロボどもを何とかしねぇと、こっちの足元がやべぇ。それと、おまえらまで変貌しちまわないよう、距離を取れ。近距離での接触は危険を伴う!」
「わかりました!」

 護が答えるとともに、隣で戒道もうなずいた。機動部隊オペレーター席からは、初野華が不安そうな表情で見守っている。

「大丈夫、ディビジョン・トレインは僕たちで護ってみせるよ!」

 護はそう言い残すと、相棒とともにブランチオーダールームから駆けだしていった。

(護くん、戒道くん、信じてるから……!)

 

 ミズハの格納庫ハッチが開放されるとともに、覚醒人凱号と三機のガオーマシン、そして月龍、日龍、翔竜、ビッグポルコートが真空空間へ躍り出た。現在のミズハにはミラーカタパルトも増設されているが、後方に連結されたワダツミへ到達するだけなら、過大な初速は必要ない。
 強電磁場のただ中で、凱号と勇者ロボたちは互いとディビジョン・トレインの間に近距離レーザー通信網を構築した。

「翔竜、速すぎて軌道からずれているわ。ただちに修正しなさい!」
「木星が見えずとも、覇界王の重力場が影響しているのよ。お気をつけて!」
「は、はい!」

 月龍と日龍の叱咤で、翔竜があわてて軌道修正する。

「やれやれ、うらやましいものだ」
「なにがですか、ポルコートさん」
「姉上たちはいつも、君を気にかけている。過保護なほどにね」
「ええ、そうだったんですか!?」
「気づいていなかったのか。それはレディたちがかわいそうだな。ところで、くどいようだが、今の僕はビッグポルコートだよ、少年」
「そうでした! AIのアルゴリズムをきちんと整理します!」

 覇界王の重力に引かれた分のズレを修正しながら、各機がミズハの外壁を滑るようにワダツミへ向かっていく。だが、戒道が異変に気がついた。

「ブランチオーダールーム、覇界王が縮んでいないか!?」

 異常事態のなか、それに気づけたのは戒道幾巳の沈着さがあってのことだろう。ゼロロボのヤマツミへの侵攻をモニタリングすることに気をとられていた火乃紀が、戒道の言葉に反応した。

「!? たしかに……覇界王の全長が八三.七パーセントに縮小しています!」
「およそ百メートルか!? 推定質量、及び木星の直径は?」
「質量に変動なし、木星は八メートル強です!」

 その解答を得て、楊は得心したようにうなずいた。

「なるほど……あの巨大質量は覇界王ではなく、木星のものだったか」
「そいつぁどういうことだッ?」

 阿嘉松の問いに、楊は模式図を表示して説明をはじめた。首脳部のデスクのサブモニターに、木星と覇界王の姿が図示される。

「これが六年前、最初に出現した時の覇界王だ。推定される全長は百七十万キロメートル」
「百七十万キロだぁ!?」
「そう、おそらく覇界王と木星のサイズ比は、木星が元の大きさだった時から変わっていない。そして、奴はその状態から分子間距離を圧縮することで、木星の質量をそのままに小型化しているのだ」

 楊のそこまでの説明に、アルエットが割って入る。

「ちょっと待って……ということは、覇界王の質量はゼロに近いということになりませんか?」

 ディビジョン・トレインが木星圏に到達したとき、そして現在も観測されている質量は、木星本来のものとほぼ一致する。圧縮されつつも、木星が質量を保ち続けているという楊の推測が正しいのならば、覇界王の方は質量が存在しないということになってしまう。

「アルエットくんの言う通り。おそらくあの覇界王は実体ではない。木星を圧縮するための力場のようなものだろう」

 その説明を聞いて、阿嘉松が破顔した。

「なんでぇ、ビビッちまって損したぜ。俺はバカでかい魔神が、ほんとに木星を押しつぶしてるのかと思ったぜ!」
「巨大な存在が手で押しつぶしているのだろうと、力場で圧縮しているのだろうと、我々人類の知力を遥かに上回る現象であることに変わりはないよ」
「楊博士の言うとおりですね。でも、私にはもうひとつの疑問があります。これだけの異常事態だというのに、何故、ザ・パワーはまったく反応していないの?」

 アルエットの言葉の意味が染み渡っていくに連れて、ブランチオーダールームにいる全員が慄然とした。

「たしかにそうだ……十一年前、超竜神が巨大隕石とともに木星に落ちかけた時も、十年前、国連のエネルギー開発会議が予備調査を行った時も、ザ・パワーは防衛本能とおぼしき反応を示した……」

 諜報部オペレーターであるカムイが、過去の事例を口にした。超竜神の一件におけるザ・パワーは、太古の地球へ巨大隕石を転移させるほどの過剰反応を示している。今回、これほどの異常事態に際して無反応であるのは、明らかに不自然だった。

「その件については、推測以上のことはできんだろ。まずはゼロロボを駆逐して、調査を始めないとな!」
「……長官の判断に異論はない」

 同意しつつも、楊は手元の端末で計算をはじめた。

(覇界王の目的……このまま木星を圧縮し続けていれば、いずれは訪れる事態、それは……!)

 覚醒人凱号でワダツミの外壁にとりついた護と戒道には、ブランチオーダールームの驚愕に同調している余裕はなかった。ゼロロボの群れが接近してきたのである。
 それぞれ二十メートルほどの機動兵器と化したゼロロボは、量産型CRであった際には存在しなかった脚部を得て、獣のような形態をとっていた。虚空を駆ける鋼鉄の猛獣が勇者ロボに襲いかかる。

「ブロウクン・ブレイカー!」

 日龍が六基の背部ユニットを高速回転させて、ゼロロボ群の先陣に突入させた。有線制御されたユニットはブロウクン・マグナムにも匹敵する打撃で、敵を足止めする。

「今ですわ、隊長、副隊長! ファイナルフュージョンを!」
「ありがとう、日龍! ユー・ハブ・コントロール!」
「アイ・ハブ・コントロール」

 護から戒道へ、覚醒人凱号の操縦権が委譲される。同時に機体は上下を組み替え、新たな形態へと変形した。

「ガイゴーッ!」

 その変形の間も、4000マグナムを連射するビッグポルコートを、高速曲芸飛行する翔竜が抱え、近づくゼロロボを牽制する。仲間が作ってくれた隙を活用して、ガイゴーは光学通信でブランチオーダールームにシグナルを送った。

「ガイゴーより、ファイナルフュージョン要請シグナルですっ!」

 初野華が振り向いて、阿嘉松長官に承認を求める。

「モチのロン! ファイナルフュージョン承認だァァァァッ!!」
「了解です、プ、プログラムドラァァイブ!」

 堅く握り合わされた華の両拳が保護プラスティックを叩き割り、ドライブキーが押し込まれた。

「ファイナルフュージョンッ!」

 戒道幾巳の叫びに応えて、三機のガオーマシンがガイゴーの周囲を舞う。が、遠距離からゼロロボの一団が、その腕に融合させた作業用レーザーカッター装置を応用した収束ビームを発射してくる。

「プロテクト・プロテクター!」

 間一髪、隊員たちの救助に追われていた月龍が、遅ればせながら割って入る。背部のマント状装甲パーツを展開し、有線コントロールされた六基のユニットでプロテクト・シェード級の空間湾曲を発生させ、ビーム軌道をねじ曲げた。そして、ビームをそのままゼロロボの方へと反射させ、その攻撃体制を阻む。
 その間に、ガオーマシンは次々とガイゴーに接近。アルエットによって改良されたFFプログラムは強電磁場の中でも誤作動を起こすことなく、新たな勇者王を完成させていった。

「ガオッガイッゴーッ!」

 合体を終えたガオガイゴーの前に、ひときわ巨大なゼロロボが出現する。

「護くん、戒道くん、気をつけて! それはワダツミの格納庫よ!」

 通信してきた華の言う通り、百メートル近い巨体を持ったゼロロボは格納庫を中心としたワダツミの艦体の内部パーツが変貌したものだった。だが、奇妙な現象が起きている。ワダツミの艦体は一部がゼロロボ化したものの、その変貌は隣接するブロックまで浸食できずにいた。振り回されるゼロロボの巨大なクレーンアームをかろうじて避け、距離を取りつつもガオガイゴーはアナライズ・センサーを働かせる。

「幾巳……わかったよ! あいつはGリキッドが循環しているところまでは浸食できないんだ!」

 ウームヘッドの護が、分析結果をセリブヘッドに転送する。ゼロロボに変貌した区画と、ワダツミ艦体におけるGリキッド循環経路の画像を重ね合わせてみれば、その意味するところは明らかだ。

「そうか、あいつはGストーンの力を苦手としているのか……」
「そんなところまで、ゾンダーと同じとはね!」

 かつて、ゾンダーロボは様々な機械や無機物と融合した。だが、GSライドで駆動するメカやGリキッドが循環するパーツを取り込むことは不可能だったのである。

「とはいえ、ディビジョン・トレインの大半はGストーンとは無関係の区画だ。それらを取り込まれては、航行も不能となる……!」

 巨大ゼロロボ──ZR-03の殴打を避けつつ、戒道はつぶやいた。

『心配は無用だぜ、幾巳! GGGにはこういう事態に対抗する手がいくらでもある!』
『ここは<ケースGG>が適用可能だヨ!』

 通信機から、阿嘉松とアーチンの声が飛び込んでくる。GG──すなわち、バイオネットが、かつてフツヌシに創世させたGギガテスク。ガオガイガーがその悪魔の巨人に打ち勝った勝利の鍵は──

『ヤマツミ、第三デッキ展開──モレキュルプラーネ射出!』

 ディビジョン・トレインの最後尾を構成していたヤマツミの格納庫から、数十メートルものハイパーツールが出現する。

「ほう、あのカンナ・・・まで保管してあったとはね」

 そうつぶやいたのは、ビッグポルコートである。ガオガイガーとGギガテスクの決戦時、かつての彼もその戦場にいた。もっとも、そこにいたポルコートの超AIは破壊され、現在のビッグポルコートはバックアップの記憶を引き継いだ存在であるため、その戦いの記憶はない。それでも、かつてのパートナーであったルネが乗り込んだハイパーツールがふたたび起動したという事実は、彼の超AIを震わせるにふさわしい出来事だった。

「ツールコネクトッ! ユー・ハブ・レフトコントロール!」
「アイ・ハブ・レフトコントロール! 幾巳、モレキュルプラーネの制御は引き受ける!」
「ああ、頼むぞ、護! モレキュルプラーネッ!」

 ガオガイゴーの両腕に、巨大なハイパーツールがドッキングした。かつてのガオガイガーと両腕部は同じパーツで構成されているため、規格も問題なく適合する。十一年前のフランスにおける戦いで、獅子王凱とルネ・カーディフが制御した力を、いま戒道幾巳と天海護が我がものとして振るっていた。

「いまだ! ゼロロボをZR-03の周囲に追い込むんだ!」
「はい!」

 ビッグポルコートの指示に、翔竜が応える。月龍と日龍もその意図を察して、小型のゼロロボ群に攻撃を開始、敵を追い詰めていった。

「……ゼロロボの発生条件はまだわからない。だが、あれが接触感染するものであったなら、ディビジョン・トレインの他の区画まで、汚染させるわけにはいかない!」

 それはブランチオーダールームの阿嘉松やアーチンの判断でもあった。モレキュルプラーネはアンチメゾトロンフィールドを発生させたモレキュルラム部を、対象の表面で往復させることによって、その分子結合を破壊する。さらにその分子を非活性化ハイポリマーでコーティングして排出することで“削りくず”に変えてしまう機能を有していた。

芥子粒ケシツブになれぇぇっ!」

 戒道と護の叫び声とともに、モレキュルプラーネはゼロロボ群に叩きつけられた。反中間子が異形の機械兵士たちを蹂躙していく。ワダツミ艦体を素体としたZR-03、量産型CRを素体としたZR-02群の表面が、反撃する術もなく、次々と波打った薄い膜のように削られ、直後粒子のくずに変えられていく。そして最後にそのビッグウェーヴに呑み込まれたのは、宙龍が変貌したZR-01だった。ともにGGGで活躍するかもしれなかった兄弟の最期を、翔竜はその事実を知らぬままに、ただじっと見つめていた。
 そして、宙龍の断末魔の通信が、ブランチオーダールームに送信される。

『ヤ…ヤ……楊博士……残念だ』
「宙龍!? お前なのか!?」
『残念だ。君たち知的生命体と機械文明は、宇宙のバランスを崩壊させる……宇宙はゼロへ還らなければならない──』
「宙龍……」

 楊は問いかけた。おのが手塩にかけた超AI──いや、超AIであったものに。

「それは宙龍の思考ではないな。何者だ、宙龍を変貌させ、その考えを刷り込んだお前は何者だっ!!」
『………』

 答えはなかった。もはやモレキュルプラーネによって、宙龍の超AIも削りくずにされしまったのだろう。楊がそう考えた瞬間、最後の言葉が飛び込んできた。

『──それは……オウス・オーバー・オメガ……で…す……』
「宙龍っ!」

 その後は、ノイズのみだった。ブランチオーダールームのメインモニターにも、ゼロロボたちが削りくずとなった光景が映し出されている。ひとまずの脅威は防ぐことができた。楊も、宙龍がもう存在しない事を認識した。

(宙龍、お前……最期の言葉だけは、真実を…真実を伝えてくれたのか……)

 根拠は存在しない。存在しないのだが、楊龍里にはそう思えてならなかった。

 

「こちらガオガイゴー、セリブヘッド戒道。これより覇界王へ接近、調査を開始する」
「こちらウームヘッド天海。調査を優先するので、フュージョンアウトしてアナライズモードの覚醒人凱号に戻ります」

 戒道と護の通信に、阿嘉松が沈痛な声で返信した。

『……いや、その時間はねえ』
「時間がない?」
「どういうことですか?」
『──二人とも、これから話すことをよく聞いてくれたまえ。残された時間は、あと四十八分だ』
「四十八分だって?」
「その後に何か起きるんですか?」

 戒道と護は同時に息を呑んだ。楊は手短に説明する。

『木星のブラックホール化だ』
「!?」

 ──六年前、おそらくインビジブル・バースト発生と同時に、それは始まった。覇界王と呼んでいる存在が現れ、木星の分子間距離を圧縮しはじめたのだ。そして、それは現在も続いている。このまま圧縮が続けば、木星の直径が二.八二二メートル──すなわち、シュヴァルツシルト半径に達することになるだろう。そうなれば、木星はブラックホールと化す。

「待ってください……太陽系内にブラックホールなんかができたら、地球にも被害が及ぶんじゃ!?」

 悲痛なる護に、楊の通信が返る。

『いや、それはない』

 ブラックホール化するということは、物理的な特性が変わるというに過ぎない。それによって質量が増大するわけでも、他の天体に与える影響が大きくなるわけでもないのだ。

「じゃあ、地球には何も起こらないのか……」
『そうだな……変化があるとしたら、夜空を見上げた時、星の光が見えない暗黒の円盤が出現するぐらいだろうな』

 一瞬、安堵しかけた戒道だが、楊とは別の声が、すぐさまその気持ちを否定する。

『でも、それだけとは思えません』
「……アルエット?」
『木星のブラックホール化は、ほぼ間違いないわ。でも、それはおそらく目的ではなく、手段に過ぎないと推測されます。ブラックホールを発生させることで、覇界王が何をしようとしているか、それがまったく読めないの』

 アルエットの声音は、戒道や護が数日前にオービットベースのカフェエリアで話した時のものとは、まったく違っていた。実年齢より三倍も歳をとったような、深い知性と落ち着きに彩られた声。

(高之橋博士の前で聞いた言葉と同じだ……)

 護はそう感じていた。だが、いまはそんなことを話している場合ではない。

「わかりました、このままガオガイゴーで接近します。でも、ブラックホール化を防ぐ方法はあるんですか?」
『ああ、すまん、それもわからねえんだ。いま、こっちでも急ぎシミュレーションを行ってみる。どう結果が出ても対応できるよう、待機しててくれや』

 阿嘉松はそう言って、通信を終えた。だが、それをすぐさま引き継ぐ者がいる。いや、通信を秘匿回線に切り替え割り込んできたのだ。

『……戒道くん、ひとつだけ確認させてもらいたい』

 秘匿回線に乗せて、ガオガイゴーの二人に届いた楊の声は、ささやくような小声だった。おそらく自席を離れ、他の者に聞かれないようにしているのだろう。

「ああ……」
『ジェネシック・ガオガイガーの全長は、ガオガイガーのそれと等しいのか?』
「目分量での答えしかできないが……イエスだ」
『なるほど……よくわかった』

 護は、楊が自分の名を呼ばず、戒道にだけ問いかけたことに軽い違和感をおぼえながらも訊ねてみた。

「あの……ジェネシックの全長に、なんの意味があるんですか?」
『覇界王は、自らを縮小させながら木星を圧縮している。ブラックホール化が果たされる時、覇界王のサイズはガオガイガーと等しくなるのだよ……すなわち、ジェネシックと同じに、ね』

 そう言い終えて、楊は秘匿通信を終えた。

「幾巳、いまのはどういう意味? 楊博士はなにか知っているの!?」
「……彼は以前、ヘッドダイブ中の僕たちの声を聴いてしまったんだ。そして、知った……ドクター・タナトスのゾンダーロボが、ジェネシックに似ていることを」
「! …じゃあ、覇界王とジェネシックが似てるってことも……」
「そうだ、もう気づいている。だが安心しろ、護。博士は味方だ。たとえジェネシックが我々の敵になろうと、博士はプロジェクトZを中断するつもりはない!」
「そんなことないよっ!」

 護は自分の声に驚いた。自分でも意図せぬほど、大きく、感情のこもった声に。

「ジェネシック・ガオガイガーが……凱兄ちゃんが僕らの敵になるなんて、そんなことあるはずないよっ!!」

 以前、ソール11遊星主により洗脳されたレプリ護と戦ったGGG。ケミカルボルトを打ち込まれ、敵に利用された獅子王凱。幾度となく、味方であったはずの者同士が戦わされ、その勇気を試された。そんな辛辣な体験からか、この六年間、抱えてきた不安がこぼれかけた瞬間だった。だが、護は自制した。

「ごめん……幾巳。君も博士も同じ不安を持ってるはずなのに……」
「いや、いい。誰かが先に取り乱してくれると、不思議と落ち着けるものだな」

 戒道が冗談に紛らわせようとしてくれる気持ちは伝わってきた。普段の護だったら「ひどいなぁ、僕は幾巳の精神安定剤じゃないよ!」と返していただろう。だが、いつもの言葉を口にすることができなかった。

「うん……」とだけつぶやいて、そのまま押し黙ってしまう。

 戒道もそれ以上、話しかけることはなく、ふたりはガオガイゴーで覇界王に接近していった。

 ──木星のブラックホール化まで二十七分。

「まだ対処方法は見つからねえのか?」
「残念だが、決定的なものはない。だが、試してみる価値があるのは、ガトリングドライバーだ」

 阿嘉松に対して、楊は作戦を説明する。覇界王がなんらかの影響・・を及ぼして、木星を圧縮しているのは間違いない。ならば、その影響・・を空間的に遮断することで木星を取り戻せるのではないだろうか。
 わずか五メートルほどになった木星の周囲を、ガトリングドライバーで歪曲させる。つまり、覇界王と木星の間に空間湾曲の遮蔽壁を作ろうというのだ。たちまち木星が元に戻るとは思えないが、圧縮を一時停止させることができたなら、時間的余裕は生まれる。

「よっしゃ、その作戦を承認だッ!」
「ガトリングドライバー、キットナンバーワンセブン、準備できてますウ!」

 牛山次男の報告を受けて、阿嘉松が指令する。

「よおしッ、ガトリングドライバー射出ゥゥッ!」
「了解、ガトリングドライバー! キットナンバー、ワ、ワンセブン! はあぁ…イミッッッショオオォォン!」

 初野華の両拳がコンソール横のパッドを叩く。即座にミズハのミラーカタパルトから、前後に分割された先端がやや大型のガトリングドライバーが射出された。

 ガオガイゴーの左半身を操る護は、ガトリングドライバーとのドッキング操作を行った。これまで幾度も行ってきたシーケンスであり、もはや目をつぶっていたとしてもミスするとは思えなかった。
 だが、その時──

 覇界王が吠えた。

「オオオオオオオオオッッッ!!」

 百獣の王の雄叫びとも思わせる咆吼が、ガオガイゴーよりも頭ふたつ大きい程度まで縮んだ覇界王から放たれた。そして、高密度のオレンジのオーラが放たれる。

「うわああああっ!」

 物理的な圧力をもって迫り来るオーラ。ガトリングドライバーはそれに耐えかね、瞬時に砕け散った。

「これは……ザ・パワー!?」
「滅びの力か……!」

 周辺警戒にあたっていたビッグポルコート、翔竜、日龍、月龍もまたその巨大な圧力に翻弄される。

「みんな──」
「ポルコートさん!」
「翔竜……離れてはダメ!」
「私のプロテクト・プロテクターで……」

 軽口を叩く余裕もなく、四機は一切あらがえずに吹き飛ばされていた。
 太陽系第五惑星が存在していた宙域。すなわち木星圏──その空間に、暴風が吹き荒れる。オレンジ色の輝きがミズハを先頭としたディビジョン・トレインにも襲い掛かる。
 呆然と事態を見守るブランチオーダールームの面々の中、火乃紀の脳裏には一瞬、蛍汰の笑顔が浮かんだ。

「……蛍ちゃん…私、光に…される……」

 その口元から、絶望の言葉が漏れた。
 だが、すべてを光に変える勢いの圧力が到達して、火乃紀のその声は誰にも届かず、掻き消えた。
 しかし、同時にその圧力にもかき消されることのない声が響いた。

『ああああああああっっっ!!』

 それは苦痛に満ちたソムニウムの少女の声。いや、真空で伝達されるそれは、声ではない。意思だ。リミピッドチャンネルが、その何者かの苦痛を轟かせる。
 暴風のごときオーラが荒れくるう虚空に、生物の傷口のような裂け目が発生する。

 直後、ミズハのメディックルーム、マニージマシンで眠っていた紗孔羅が叫ぶ。

「……クルヨ!……クルヨ!」

 <ソキウスの路>と呼ばれる異空間への出入り口。覇界王とも人類とも異なる新たな勢力が、いまそこから出現しようとしている事態を、紗孔羅は感じ取っていた。

 

「……ベターマンッ!!!!!」

 

(つづく)


著・竹田裕一郎
監修・米たにヨシトモ


次回1月25日(水)更新予定


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