覇界王~ガオガイガー対ベターマン~【第33回】
《前回までのあらすじ》
無へと向かうエネルギー<トリプルゼロ>に浸食された旧GGGは、全てを破滅へ導く<覇界の眷族>となり、我々人類に牙をむく。
かろうじてマイク・サウンダース13世やスタリオンを救い出した新生GGG。
だが、覇界の眷族がハワイのプナ地熱プラントと、ドバイのメガソーラー発電所に出現した。ハワイでガオファイガーが覇界ゴルディーマーグと死闘を繰り広げる一方、ドバイには月龍、日龍、翔竜が向かう。待ち受けていた覇界天竜神に対して、三体の勇者はトリニティ・ドッキングを成功させ<翔星龍神>となって高機動力で立ち向かう。そして、そこに二体が合体したベターマンも現れた。
number.05 恨-URAMI- 西暦二〇一七年(6)
6(承前)
合体ベターマン<トゥルバ・ルーメ>、そして翔星龍神に前後を挟まれたものの、覇界天竜神にとって絶対的に不利な状況とは言えなかった。ソムニウムと人類はともに、覇界の眷族に対して敵対する関係にあるものの、意志を通じ合って共闘しているわけではない。ましてや、トリプルゼロによって強化された天竜神のパワーは、本来は同型の系譜たる星龍神のそれより数倍するものになっているであろうから。
女神たちによる三すくみの状況をまず打ち破ったのは、トゥルバ・ルーメであった。
『しかけるぞ、ユーヤ!』
『まかせる……ガジュマルと連動しよう』
羅漢の胸門から発せられたペクトフォレースによって生体融合しているものの、ガジュマルとユーヤの意識が統一されたわけではない。ひとつの体のなかでリミピッドチャンネルによって意思疎通しながら、トゥルバ・ルーメが宙に舞う。
『この刃に耐えられるか!』
ベターマン・トゥルバは大気を制する。その能力で放ったのは、真空の太刀であった。その斬撃をメーザーでもミサイルでも相殺できないと悟った覇界天竜神は、身を投げ出すように回避する。
『まだまだ!』
しかし、トゥルバ・ルーメは回避する先を読んで第二撃、第三撃を放った。トリプルゼロをまとっているために成せる業か、覇界天竜神は余裕すらうかがえる様子で回避を続ける。
「この程度の攻撃、当たってもたいしたことないんだけど……」
だが、その回避行動は翔星龍神に読まれていた。低空飛行で接近した女神が、背部攻撃ユニットを放つ。
「この状況ならば当ててみせよう……ブロウクン・ブレイカー!」
六基のユニットは高速回転しつつ、覇界天竜神に打突を繰り返す。それはブロウクンマグナムによる連打にも等しい。しかしその猛攻にも、トリプルゼロに強化されたレーザーコーティングスーパーG装甲は揺るがない。防御に徹するどころか、逆撃を繰り出す。
「シェルブールの豪雨!」
覇界天竜神のフレキシブル・アームドコンテナからミサイル群が射出される。短い時間に降るゲリラ豪雨のごとく、短距離ミサイルが前後に放たれた。翔星龍神とトゥルバ・ルーメ、双方向の敵に同時に反撃したのである。
『……くっ、こんなもの!』
ガジュマルの意識がミサイルへ向けられる。トゥルバ・ルーメは真空の刃を真空の楯へと変え、堪え忍んだ。一方、翔星龍神も機動力を活かして宙へ逃れたが、追尾式ミサイルがその後を追う。
「プロテクト・プロテクター!」
全弾命中かと思われた瞬間、防御ユニットが展開してかろうじて被弾をまぬがれる。
(強い……! 翔竜と合体したことで機動性はこっちが上だけど、それ以外は攻撃力も防御力も桁違い……!)
空中に逃れた翔星龍神を見上げ、覇界天竜神はつぶやいた。
「つまらないわ……ベターマンとやらも妹も、そんな攻撃しかできないの? なら、もう一度戦術目的を書き換えようかしら」
覇界天竜神は、身近で剥き出しになっていた給電ケーブルを素早く拾い上げ、メーザー砲の基部に接続した。戦慄する翔星龍神。
「もう一度、オービットベースを狙おうというのか!」
「そう、それが私たちの使命だもの……大河長官から与えられた」
翔星龍神が耳にしたその言葉は通信回線によってメインオーダールームにも転送され、その場にいた者たちに衝撃を与えた。やはり、この作戦は覇界の眷族と化した大河幸太郎が立案したものだったのだ。かつてGGGを率いて地球を護った偉大なる指揮官が、地球防衛の砦たる要衝を──彼らの古巣たるGGGオービットベースを狙っている。スタリオン・ホワイトの証言から予想されていた事態ではあったが、その場にいる全員が、隠しきれない動揺を露わにした。
「そんな……本当に大河長官さんが……」
オペレーター席の初野華が、大きな目に大粒の涙を浮かべて、つぶやいた。衝撃のあまりに子供時代の呼び方に戻ってしまっているのだが、気づく余裕すらない。だが、かたわらに立つ天海護が、静かに告げる。
「そうだよ、華ちゃん。これが現実なんだ。でも、だからこそ戦わなくちゃならない……本当のあの人たちを取り戻すために!」
「………」
涙滴がこぼれ落ちることはなかった。華もかつての無力な子供ではない。自ら望んで地球防衛を志したGGG隊員なのだ。
「ごめん、護くん。そうだよね……怖くない。怖くなんかない。私たち、戦わなくちゃいけないんだ」
華の言葉に護がうなずく。いや、護だけではない。メインオーダールームにいる全員が、二人の方を見つめて視線で同意していた。阿嘉松長官が、楊博士が、プリックル参謀が、山じいが、牛山末男が、タマラが、アルエットが、みな同じ気持ちだった。
その時、通信モニターから呼び出しコールが鳴る。阿嘉松が応答操作をすると、メインスクリーンに牛山次男の映像が現れた。
『長官、お待たせしました! 覚醒人凱号ダイブ準備完了ですっ!!』
「おう、ようやく間に合ったか! 護、出られるか?」
阿嘉松の言葉に、護が姿勢を正して答える。
「はい! すぐに出ます!」
言うと護はすぐにメインオーダールームから走り出していった。機動部隊に所属するヘッドダイバーの待機室ダイビングチャンバーへは、中央シャフトのエレベーターで数十秒だ。その姿を見送った山じいが、率直な問いを口にする。
「凱号を出すんすか? あ、でも戒道くんはまだ入院中で……」
「おい山じい、お前さん昨日のブリーフィングで何を聞いてやがったァッ!」
「ひっ、すんません!」
阿嘉松長官とはこの場でもっとも長いつきあいの山じいが、思わず怯むほどの罵声だ。
「長官ムリもありません前回ブリーフィング時山じいオペレーターは腰痛で医務室に行ってたのでムリもありません例の件は聞いてないはずなのでムリもありません」
タマラがあまり助け船になっていないフォローを入れる。
『……まったく、同じ諜報部のカムイさんが伝えておくはずだったのに困ったものね』
その声は火乃紀だ。モニター内、牛山次男の隣に画面分割で現れた別室の彩火乃紀の姿に、山じいは目を疑った。
「あ、あひゃ!? 火乃紀ちゃんその格好は……!」
山じいは更に裏返った声をあげたが、こちらもムリもない。彼にとってはほぼ十年ぶりに見る、火乃紀のコスチュームであったのだから。
『……ダイブスーツですよ、なにか?』
二十七歳の成人女性が、薄く頬を染めながら応える。当然といえば、当然だ。ニューロノイド専用搭乗服であるダイブスーツは、ヘッドダイバーの生理状態をモニタリングするデバイスだ。実用性を重視したため、着用者の利便性はあまり考慮されていない。見た目に至っては、露出度の高い水着に近いとも言える。
十年前──アカマツ工業でのバイト時代、火乃紀は覚醒人1号にダイブするため、頻繁にこのダイブスーツを着用していた。当時は普段着としてミニスカートをはくような高校生だったため、ダイブスーツを着ることにもさほど抵抗はなかった。
(あの頃は、よくこんなの平気で着てられたわよね……)
自分のボディラインにもいろいろ気になるところが出てきた今では、素直にそう思う。生体医工学者となり、ダイブスーツの機能を理解できるようになったからこそ、着用を受け入れられたのだ。
「よぉし、覚醒人凱号はウームヘッドダイバー・天海護、セリブヘッドダイバー・彩火乃紀で出すぞ! 発進準備急げっ!」
デュアルカインドと呼ばれる特殊能力者が二人そろわなければ、ニューロノイドは起動しない。現在のGGGに存在するデュアルカインドは(眠り続ける阿嘉松紗孔羅を除けば)、護、戒道、火乃紀の三人のみだ。火乃紀は研究部オペレーターとしての立場にありながら、機動部隊のヘッドダイバー予備要員として訓練を受けていたのである。
(大丈夫……戒道くんが負傷してから、シミュレーションを増やして準備してきたんだもの。きっとできる……大丈夫……)
火乃紀が自分をそう鼓舞していたところに、ダイブスーツに着替えた護がやってきた。
「遅くなりました!」
護のダイブスーツ姿に、火乃紀は一瞬目を奪われた。今まではモニター越しに見る事が多く、肉眼で全身を凝視するのは久々だった。子供だった頃とは違う。二十歳の若く引き締まった護のダイブスーツ姿が、神々しい彫刻のように美しく見えたのだ(決して、自分と同年齢の彼氏の贅肉姿と比較していたわけではない)。
自分のダイブスーツ姿をモニターにさらした時よりも赤面しながら、火乃紀は首を振った。
(蛍ちゃんと比べる気はないけど、なんかダイブスーツ着ていた頃から蛍ちゃんってだらしなく感じるのよね。比べる気はないけど。今の締まらない蛍ちゃんとも……。はあ……)
当の護は火乃紀の心情などには一切気付かず、翔星龍神をバックアップする作戦の説明をはじめた。火乃紀もさすがに表情を引き締めて、ブリーフィングに専念する。ひととおりを終えたところで、護は火乃紀を心配するように問いかけた。
「あの、火乃紀さん……本当にセリブヘッドで大丈夫ですか?」
セリブヘッドには普段、戒道がダイブしている。つまり、ファイナルフュージョン後、ガオガイゴーのメインヘッドダイバーとなるのだ。かなり長い期間、戦闘を経験していない火乃紀を、護が気づかうのも無理はない。
「問題ないわ、ウームヘッドは護くんのダイブ係数が最大になるように設定されてるんだから、その特性を活かすのが最優先。それにファイナルフュージョン後もいざとなったら、半分手伝ってもらえるんだから……そうでしょ?」
「はい、まかせてください!」
年下の少年が真剣にうなずく表情を見て、火乃紀のうちから吹っ飛んだ。羞恥も不安も恐れも……。安心を感じながら、火乃紀は微笑む。
「うん、頼りにしてるよ、護くん」
──その時だった。ダイビングチャンバーの室内灯が明滅し、非常モードに切り替わった。主電源から予備系統に切り替わったことの証左だ。続いて、警報が鳴り響く。
オービットベースに突如訪れた非常事態。GGGブルーはこの後、自分たちの敵が覇界の眷族だけではないことを、思い知らされることになる。
7
ドバイにおける戦闘はいまだ続いていた。だが、それは三つ巴でもなければ、二勢力が一体をいたぶる戦いでもない。覇界天竜神のみが翔星龍神とトゥルバ・ルーメを翻弄する、戯れに近い光景だった。メガソーラー発電所から供給される膨大な電力によって、軌道上のオービットベースを直接狙うべく、チャージを続けながらの余技にすぎないからだ。
『あの機械人形……なんて頑強さだ!』
歯噛みするようなガジュマルの意志が流れる。真空の刃を連続で放ちつつ、トゥルバ・ルーメが覇界天竜神の攻撃を回避する。そして、状況を見守るだけで、普通の人間と変わらぬ様子の羅漢はあぐらをかいている。一見したところ、ただの人間に見えても、高度一〇〇〇メートルのタワーの頂点で、強風に微動だにしないその姿はソムニウムの身体能力あってこそだ。
『ンー…未熟なりし者よ。そろそろ助力が必要か?』
『必要ない、羅漢は黙って見ていろ』
羅漢の意志に応えたのは、ガジュマルではない。トゥルバがまとう薄衣のように融合しているルーメの素体、ユーヤである。普段は穏やかなユーヤの強い意志に、むしろ好戦的で荒々しいガジュマルの方が戸惑った。
『ユーヤ、なにか考えがあるのか?』
『この状況を打開する思案ならば、ない』
『………』
『私にあるのは、羅漢……あの者がラミアの敵手とならぬよう視線を張りつけておかねばならぬという決意だ』
ユーヤのその意志は隠し立てをするでもなく、リミピッドチャンネルに乗せられている。つまり、自分の警戒心を羅漢に対しても隠すつもりはないということだ。それを受け取って、いかなる感慨を覚えたのか、羅漢は決して面に出さない。常と変わらぬにやにや笑いで、あぐらをかいたままだった。
一方、トゥルバ・ルーメほどの強固な防御手段を持たない翔星龍神は戦えば戦うほど、手傷を負っていった。プロテクト・プロテクターはプロテクトシェードの簡易版ともいうべき装備だが、覇界の眷族と化した天竜神のミサイルの雨をすべて防ぎきるには至らない。
(そろそろ、一か八かの賭けに出なくてはならないかもしれない……)
翔星龍神は、おのが機体の損傷からそう判断をくだしつつあった。もちろん、持久戦に徹するという戦術もある。翔竜のウルテクエンジンによる機動力を活かせば、覇界天竜神の攻撃から逃れ続けることも可能だろう。だが、それではメガソーラー発電所からの給電を終えたメーザー砲に、オービットベースが撃たれる。戦いを長引かせるわけにはいかない。
選ぶわけにいかない選択肢を捨てていけば、おのずと作戦はさだまっていく。翔星龍神は必勝の確信がないまま、急降下を開始した。
「あら、エネルギーチャージがもうすぐ終わるって、気づいたのかしら」
旋回飛行を続けることで直撃を回避し続けていた翔星龍神が、転じて直線飛行に移ったことで、覇界天竜神も悟った──決着をつける時が来たことを。
「でもね……わかっているのかしら。オービットベースを狙うには足りないエネルギー量でも、あなたを消滅させるには十分なくらいチャージできてるって」
そう言うと覇界天竜神は、天へかまえていたメーザー砲を前方に向けた。自分に向かって突っ込んでくる翔星龍神に狙いをさだめる。
その瞬間だった、覇界天竜神の足場が燃え上がったのは!
「これは……!?」
『圧縮酸素弾……みたか!』
ベターマン・トゥルバが得意とした第二の技が、覇界天竜神の足元で炸裂したのだ。戦闘中、翔星龍神が捨て身の攻撃に出れば、必ず覇界天竜神が全力で迎え撃つ。
(ソムニウムがその隙を見逃すはずがない……!)
それが翔星龍神が賭けた可能性だった。もし翔星龍神が生命体であれば、意識の波をつかって意思疎通をはかることもできただろう。だが、超AIの思考はリミピッドチャンネルに委ねられるものではない。
しかし、生命体と機械の垣根を越えて、彼らの意志は通じずとも一致していた。
(いまここで、覇界の眷族に目的を達成させるわけにはいかない……!)
連続で炸裂する圧縮酸素弾による燃焼が、タワーを構成する鉄骨を歪ませる。給電ケーブルを接続していた覇界天竜神の機体は、タワーの振動とシンクロしバランスを崩した。そこへさらにトゥルバ・ルーメは圧縮酸素弾を放ち続ける。
「こ、このぉっ!」
覇界天竜神はメーザー砲をトゥルバ・ルーメに向けた。
「まずあなたから焼き尽くしてあげる……プライムローズの満月!」
常のメーザー攻撃を上回る大出力のマイクロ波が、帯電により閃光を放ちつつ、まっすぐに放たれた。
『くるぞ! ルーメ』
『案ずるな、ガジュマル──』
全身にまとわりついていた、半透明のクラゲのようなルーメの体組織が、トゥルバ・ルーメの前面に集まった。内側から眩い光を放つルーメ。世界十大頭脳に数えられる科学者であれば、その輝きの正体を類推できたかもしれない。
生体内荷電粒子を発生させ、それを高速で移動させることによりルーメの構成物質の原子が励起され、基底状態に戻ろうと光子を放出する。
いまやルーメを構成する物質は光り輝く荷電粒子の楯となり、メーザーの直撃を受けた。猛烈な高出力のマイクロ波が、ルーメの体を超振動で揺さぶる。だが、ルーメの荷電粒子が超振動を抑え込み、そのエネルギーを減衰させていく。副産物として周囲に高圧の衝撃波を撒き散らしながら。
それはあたかも、光の槍と光の楯がより光輝に満ちた支配者の座をめぐって、争うかのような光景だった。衝撃波によって発生したエネルギーを再利用する形で、ルーメはつきる事のない迎撃を続け、この場において最も効率的な媒体として、その身を輝かせた。まさにベターマンと呼ばれるとおりのベターな戦術である。しかし、無限のエネルギーを有する覇界天竜神に対して、これは終わりなき攻防ともなる千日手。
そして、その果てることを知らぬとも思われた光と光の激突は、覇界天竜神の超AIから一瞬、翔星龍神の存在を忘れさせた。
否、忘れたわけではない。対処すべき優先順位の下位に落とし込んだだけだ。だが、それで充分だった──
タワー頭頂部に向かって急降下する翔星龍神は、防御ユニットと攻撃ユニットを交互に配置し、その身の周囲に巨大な円を描く。遠隔操作されるそれぞれ六基、計十二基のユニットは、翔星龍神のシルエットを光背と呼ばれる光の輪を背負った如来像のような姿に一変させた。それも中心のずれた二つの輪が重なる二重円相光。
覇界天竜神が、迫る気配に気づいて振り返る。いや、正確には覇界天竜神の超AIが、翔星龍神の行動を優先事項順位の上位に浮上させた。だが、銀と金の女神は、その時すでに白と黒の敵手の背部に迫ってきていた。
「もう遅い……輝け月輪! 翳せ日輪! 星たちの円舞!」
二つの輪による交互連動により破砕と排除を同時にこなすシステムが、前方の覇界天竜神へと容赦なく突進する!
「それがあなたの奥の手ね……させないわ!」
メーザー砲の連続攻撃をやめた覇界天竜神が、フレキシブル・アームドコンテナとパワー・メーザーアームを背後に向ける。トリプルゼロによって強化された今のパワーなら、それだけでも翔星龍神の必殺技を止めることは可能だっただろう。だが、最強なる二つの武装をともに後背に向けることは、前方の敵トゥルバ・ルーメに対しては隙を見せることを意味していた。
『覇界の眷族め……俺たちを侮るな!』
ガジュマルが怒りとともに、真空の刃を放つ。それは正確に、フレキシブル・アームドコンテナとパワー・メーザーアームの弱点とも言うべき箇所──関節部を襲った。いかに出力や強度が強化されていようと、複雑な構造を持つ可動部を頑強にするには限界がある。
「ダブル・リム・オングル!」
すかさず、真空波を弾き散らしたのは、覇界天竜神の両腕から伸びた非実体のエネルギー発光剣である。しぶとく、前方後方の敵と互角以上に素早く力強く戦い抜く。
翔星龍神とトゥルバ・ルーメ──異なる種族による、目的が同じであるが故の無言の連携を見て、羅漢が笑みを浮かべる。
『ンー…良きことだな、有象無象も群れればそれなりに役に立つ』
その傲慢な視線が見守るなか、翔星龍神の破砕と排除は、覇界天竜神がしっかりとガードした背中ではなく、無警戒だった両膝裏を狙い撃ちした。
「そういうことね」
覇界天竜神は瞬時に状況を把握した。が、そのAIは翔星龍神に対する優先順位を上げることはなかった。人体でいうふくらはぎの辺り、膝裏に受けた浅い傷などトリプルゼロの再生力をもってすれば、たやすく修復可能であり、翔竜と合体しているとはいえ、星龍神の機体可動のエネルギー残量も同型ゆえに把握していたからだ。そう、翔星龍神はもう数分も戦えない。時間がくれば、もはや敵ではなくなる。動けなくなったその機体にゆっくりと確実にトリプルゼロの侵食を施せば、こちら側の仲間に引き入れ、ともにベターマンを倒し、千日手を打ち破れると、先の先まで読んでいた。
「はあああっ!」
最後の一手とばかりに向かってくる翔星龍神に、覇界天竜神は防御のみに徹すれば問題なかった―――はずだった。
「マグニ・ナーゲルファイレ!」
「!?」
一瞬、覇界天竜神のAIは警戒した。優先対処順位が一気に急上昇した。天竜神のダブル・リム・オングルと同型ゆえの装備、星龍神の両腕から発せられるナーゲルファイレ。そこに今、翔竜が発生させた磁力波がキラキラと星の輝きのようにコーティング剤として加わった。爪やすりとエア・マニキュアを交互に配し、削りながら保持する翔星龍神独自の技が炸裂する。
「わたしのネイルアートをごらんあれ!」
「アートを語れるのは勝者のみよ!」
覇界天竜神は、ダブル・リム・オングルでトゥルバ・ルーメの攻撃を弾きつつ、背後の敵に至近距離からミサイルとメーザーを容赦なく放つ。が、翔星龍神のゾンネンフィンシュテルニスがギリギリながらも、それらを破砕排除していく。しかし、威力においてはトリプルゼロの出力をまとっている側に分があるため、翔星龍神の十二基のユニットはひとつ、またひとつと側部に直撃を受け機能を失っていく。
「はあああああああっ!!」
悲痛ともとれる叫びを上げながらも、ゾンネンフィンシュテルニスによる防御壁をまとった翔星龍神は、ダブル・リム・オングルの発展形ともいえる掘削術マグニ・ナーゲルファイレの突進を止めることはない。
「あなたは魔物!? それとも……」
覇界天竜神のセンサーには、妹の姿が、光の輪と弓矢を携えた天使のようにも映った。トリプルゼロの再生力で、覇界天竜神の膝裏の穴が大きく広がることはない。だが、小さな隙間に、翔星龍神は両腕をねじ込んでいく。そして遂に、目当てのものを探り当て、握りしめた!
天竜神は星龍神同様、合体形体での両膝は、ビークルロボ時の胸部で構成されている。その奥には、分離形体時の頭部があるのだ。すなわち、光竜・闇竜としてのAIブロックが! それは、合体時に天竜神の胸部や頭部のユニットと連動処理を行う神経回路となり、機敏性を向上させるシステムでもある。性格や性質を決定付ける記憶は、基本的にこの膝裏のユニットに保存されるのだ。
AIブロックを握りしめられたまま、覇界天竜神は最後の一手を打つ。
「輝け閃光! 貫け暗黒! 光と闇の舞!!」
やはり覇界天竜神は先を読んでいた。エネルギーチャージで動けぬ体勢でも全方向の敵を殲滅するために。戦いの最中、被弾し破砕していく巨大タワーのパーツから、密かにミラー状の破片を選りすぐり集積していたのだ。今、それらをダブル・リム・オングルの一閃によって、一気に宙空に散布した。高度な反射角計算を瞬時にこなし、攻撃シミュレーションの処理をこなす。そして、背部に展開したフレキシブル・アームドコンテナとパワー・メーザーアームから四方八方への乱れ撃ちに転じた。メーザーは敵に直撃することなく、ミラー反射を繰り返し、予測不可能な別方向から確実に撃ちこまれるため、避けることはまず不可能である。ミサイルも真っ直ぐには飛ばず、爆煙にまみれ、回避不能な方向から敵を確実に捕らえる。まさに必殺技と呼ぶにふさわしい、天竜神の装備あってこその奥の手である。
「避けられない!」
翔星龍神の超AIは完全なる敗北を予測した。その必殺技は、至近距離から放たれれば相手だけでなく、覇界天竜神自身をも巻きこむことになるが、再生力で上回る覇界の眷族はそれを承知の上で共倒れの道を選んだのだ!
だが──
メーザーの反射は翔星龍神を避け、ほぼ全てが別方向に拡散した。爆煙から飛び出したミサイルもギリギリ方向がずれ、次々とタワーの鉄骨や壁面に被弾する。
「なぜ!? こんなことが!」
覇界天竜神には理解できなかった。
『できるんだよ』
『融合した今の我らなら』
リミピッドチャンネルで会話するガジュマルとユーヤの声が響く。
『破片を集めていることはわかっていたんだ』
『なにかに使う前に、ルーメの体表液を突風で噴霧し、破片の性質を変化させた』
『念のため、トゥルバから疾風で光の琴線を辺り一面に張り巡らせておいた』
トゥルバ・ルーメによって、ミラーの破片はメーザーを反射できず、ミサイルのセンサーは通常ならありえないジャミングでズレを生じていたのだ。
「それなら! 直接!」
もはや選択肢は限られた。リミピッドチャンネルを受信できずとも、それが合体ベターマンの仕業と悟った覇界天竜神は捨て身の覚悟で、ほぼゼロ距離から翔星龍神へメーザーとミサイルを放つ体勢へ移行する。
「させません!……星たちのくちづけ!」
機動スピードは翔星龍神の方が若干勝っていた。中心のずれた二つの輪──月輪と日輪が今ひとつに重なり合い、皆既日蝕となる! 高速回転するユニットによる二つの輪が、キスをするように一つに重なり合い、必殺技を放たんとするコンテナとアームを巻き込んで破砕した!
「ああああっ!」
両者の装備は爆発四散し失われた。が、翔星龍神はひるむわけにはいかない。トリプルゼロが再生を促す前に決着をつけるべく、ボロボロの機体を突進させる。翔竜に備わった磁力線による渦が、爆発の中の機体を電磁煙幕のように守りながら前へと進める。
「天竜神先任……あなたたちを救い出すため、いまはお許しを!」
覇界天竜神に詫びながら、翔星龍神は突き入れた両腕を引き抜く──二つのAIブロックを握りしめたまま!
「きゃああああっ!」
物理的に接続を断たれ、強制的に分離させられた光竜と闇竜のAIが翔星龍神の手の内で悲鳴をあげる。だが、それでもAIブロックには傷ひとつついていない。翔星龍神はこのために──姉妹を取り戻すためにこそ、戦っていたのだから。
しかしながら、翔星龍神の機動限界もやってきた。出力が徐々に落ちる。
「もう、動け…ない」
目の前では、超AIを失った覇界天竜神の機体が、ゆっくりと倒れていく。制御不能となったジェネレイターが過熱し、トリプルゼロをまとったまま全身が爆発しそうになった瞬間、羅漢がそのかたわらに立った。
『ンー…ちょうどいい、試してみるか』
羅漢は胸を開け広げた。ソムニウムの特徴でもある胸門が露わになる。
『ペクトフォレース……クラルス!』
無色透明の免疫粒子が放たれる。それは柔らかいシャボン玉のような輝きとともに、覇界天竜神を包み込んでいった。長い長い時間をかけて、その輝きは爆発しかけていた機体を冷却していく。
翔星龍神は目の前の光景に驚きの色を浮かべる。
「いったい何を……?」
正体不明の現象が起きている。翔星龍神には、そうとしか認識できなかった。ただひとつ言えることは、トリプルゼロの浸食による高エネルギー反応がなくなり、それによってジェネレイターの爆発が起こらなかったということだ。
かたわらに立ち、状況を観察し続けていた羅漢は、ヒト族のような笑顔を浮かべる。
『ンー…実験は成功といったところか……』
激戦の痛手を全身に刻んだトゥルバ・ルーメも、その光景を見守っている。
『羅漢……隠さずに使ったか』
『どういうことなんだ、ユーヤ?』
『ガジュマル……あのペクトフォレースは、暁の霊気を浄化できるようだ……』
『浄化だと!?』
内部のガジュマルの意志とともに、トゥルバの両眼が驚きをもって羅漢を見つめる。
『そんな事ができるのなら、なぜ今まで……』
ガジュマルの意志に怒りがにじんだ。
『落ち着け、羅漢とて覇界の眷族に利するため、これまで使わずにいたわけではあるまい。羅漢は研究者……自ら合成した新たなペクトフォレースであろう』
『ンー、見て悟ったか、烏合の衆よ』
ユーヤのリミピッドチャンネルに対し、ようやく羅漢が返事を返した。
『隠していたわけではないな……羅漢』
『ンー、制御において、動けぬ相手には有効だが、力場の反転作用を促すだけで、武装として用いるには難しい。もし完成すれば我らの勝利も確定だがな…ンー』
『……なんてヤツだ。そうなれば俺たちにとって、残るは元凶なりし者、そしてパトリアの刻だけ……だが……』
ガジュマルの意志に、疑惑の念がにじむ。ユーヤも考えを募らせていたが、傲慢な辮髪のソムニウムは、意志を受信しつつも黙ってニヤニヤと笑むだけだった。
相対する者の能力に応じて、より効率的な選択肢を見つけ出す種族<ソムニウム>。敵が破滅を司るエネルギー体であっても、人知を超越した形で対抗手段に辿りつく。まさに<ベターマン>の名にふさわしき生命体。そう讃えるべきであろうか。
傷だらけとなった機体のケアを後回しにして、翔星龍神は通信回線をつないだ。
「……オービットベース、聞こえますか? こちら翔星龍神。天竜神のAIブロックの確保に成功。ゼロ核も……」
翔星龍神の両肩部運転席には、翔竜と合体する前に収容してあった二つのゼロ核が保持されたままだ。オービットベースで浄解してもらえば、彼らも元の姿に戻るだろう。
「かろうじてオービットベースへの攻撃も防ぎました。これよりZR─06の機体を破壊して……」
そこまで報告して異変に気づいた。オービットベースからの返信がまったくない。この時、まだ翔星龍神は知るよしもなかった。衛星軌道上の宇宙基地内部に発生した甚大なる事態を。
(つづく)
著・竹田裕一郎
監修・米たにヨシトモ
次回5月更新予定
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