覇界王~ガオガイガー対ベターマン~【第35回】

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《前回までのあらすじ》

 ハワイにおいて、ガオファイガーが覇界ゴルディーマーグを制止。ドバイの覇界天竜神には翔星龍神が立ち向かい攻略した。しかしその頃、軌道上のオービットベースは、アルジャーノンを発症したカムイによって混乱の渦中にあった。護の活躍によって危機を脱したのも束の間、覇界の眷族による波状攻撃は最終段階へ入り、ゼロロボの軍勢が大量に発生し、Gアイランドシティを未曾有の危機に陥れようとしていた。

number.06 縁-ENISI- 西暦二〇一七年(1)

1

「うおおお、我が城よぉ~~~っ!」

 蒼斧蛍汰は中古住宅を前にして、拳を握りしめ、感動の声をあげた。そこは東京湾上に浮かぶ研究都市<Gアイランドシティ>の住宅街。この街は中央部に宇宙開発公団タワーがあり、居並ぶ建売住宅に住んでいるのも公団職員の家族が多かった。
 にも関わらず、離れた地域の家電量販店勤務である蛍汰はとある事情で、そのうちの一軒を購入することを決意した。まだ若い蛍汰にとって、それは人生最大といってもよい大決断である。だが、彼にとってそれはとある事情で、なさねばならぬ決意だったのだ。
 ほんの一時間ほど前、無事にローン契約をすませた蛍汰は午後から出勤する予定になっていた。だが、それまでのわずかな間にもう一度、自分が一国一城の主となった実感を噛みしめに来たのである。
 少々古いが大きめの倉庫。元々は風力発電会社が部品保管庫として使っていただけあって内部もかなり広い。

「ふひひ……通販で電気製品を安く売る新会社の準備も整った。俺もいよいよ独立……遂に社長シャチョさんと呼ばれる日が来たぜ」

 にやにやしながら裏手に回ると、リフォームされた外壁がピカピカの住居が併設されている。小ぶりな中古住宅だが、周囲は緑の木々も多く環境も良好な場所だ。受け取ったばかりの鍵で、意気揚々と家に入ってみる。新しく張り替えた床板もツルツルである。ツルツルすぎて思わず滑って転ぶ。

「あたっ!」

 転げてぶつけた頭をむしろ嬉しそうに撫でた。幼い頃に損傷した個所が少々いびつな頭だが、痛みはない。

「へへへへへ……」

 玄関から続く廊下に大の字で横たわったまま、蛍汰は朝から何度もエラーで送れずにいたメールを再送信した。

「……お、今度はちゃんと送れたぞ!」

 上半身を起こして、スマホの画面をのぞきこむ。

「よっしゃあ、火乃紀……どんな返事をもどしてくるかな~~!」

 地上のGアイランドシティと、軌道上のオービットベース。遠く離れた恋人同士であったが、このメールがふたたび二人の距離を縮めてくれる。そう確信して送った渾身のメールだった。
 だが、その時──

「ん? なんだ、いまの音……」

 音だけではない、その震動は蛍汰の鼓膜だけでなく、全身を振るわせた。立ち上がった蛍汰はあわてて靴をはくと、玄関から外に出てみた。
 一瞬、今が夕方なのかと錯覚する。いや、そうではない。

「そ、空が……燃えてる……?」

 Gアイランドシティの市街地が、炎上している。その炎は午後の曇天に赤々と照り映えていた。夕焼けの西空を思わせる、ビビッドな赤だった。

 

 ハワイとドバイに現れた覇界の眷族は、陽動に過ぎなかったのだろうか。いや、そうではあるまい。ガオファイガーの排除も、オービットベースへの攻撃も、それがかなうのであれば、宇宙の摂理に従う旧GGGにとって本命の目的であったに違いない。だが、アルジャーノンを発症したカムイの存在をもってしても、大河幸太郎はそこに一点賭けするような指揮官ではなかった。
 ──いま、覇界の眷族と化した旧GGGを率いるその指揮官は、Gアイランドシティを一望できる場所に身を置いていた。

「……懐かしき風景だ。我々の時間の数百倍もの時が流れたとは思えぬほどに、美しく輝かしい。この星の今この瞬間を永遠に記憶の中に焼きつけよう。そして、記憶を携えた命はトリプルゼロの悠久の流れの中で生き続け、新たな宇宙の未来へ向けて生まれ変わるのだ」
「長官、そろそろお時間です」

 大河幸太郎の背後から、行動を促す声が掛けられた。

「ああ……我々の作戦を阻止してきた若きGGGとも、ようやく和解できる。崩壊と消滅の時を共有することによって」
「破壊は誕生のために必要な儀式ですからね」
「我々がソール11遊星主を破壊したようにな」
「はい」
「では、頼むよ」
「了解しました」

 大河の言葉にうなずいた人物は、旧GGGの隊員服に身を包んだ男性である。彼の身体は金属質の繊維に包まれていき、繭のような状態となった。GGGブルーが<ゼロ核>と呼んでいる状態に……。

 

『……護くん、火乃紀さん、あと一八〇秒でGアイランドシティ上空に到達します』

 覚醒人凱号のウームヘッドとセリブヘッドにいるふたりのヘッドダイバーに、機動部隊オペレーターである華の声が聞こえてきた。
 凱号が収容されているのは、無限連結輸槽艦<ミズハ>のカーゴブロックである。普段なら、地上での作戦時はワダツミ、ヤマツミが母艦となる。だが、両艦はいまだハワイとドバイ上空を航行中のため、本来は惑星間長距離輸送用であるミズハの艦橋を含むブロックで、大気圏突入してきたのだった。
 現在、Gアイランドシティには大量のZ0シミラーが検知され、複数のゼロロボが現れたらしい。相手が大河幸太郎率いる旧GGGであれば、おそらくオービットベースの混乱を狙っての作戦だろう。ドバイとハワイの苦戦にもかかわらず、ガオガイゴーを温存していたGGGブルーの読みが功を奏したことになる。

『市街地には十体以上のゼロロボが出現してる模様……先ほど、ZR-07ゼロゼロセブン群と認定呼称されました……』

 そう告げる華の声は震えていた。通信機越しでも、彼女の不安が伝わってくる。

「大丈夫だよ、華ちゃん。Gアイランドは僕が守ってみせる」

 ウームヘッドで護は、あえて力強い声を出した。いま覇界の眷族に襲われているGアイランドシティは、護と華にとって故郷と言える。護は宇宙から飛来した存在であり、華は北海道で産まれたのだが、ともに小学校に入学するよりも早くこの街に引っ越してきた。現在も彼らの両親がそこで暮らしているため、産まれた地ではなくとも、故郷であるとの思いに偽りはない。たくさんの思い出を積み重ねてきた街なのだ。

「護くん、そこは“僕たち”でしょ」
「あ、ごめんなさい……火乃紀さん。そうですね、僕たちで守りましょう!」
「Gアイランドシティ……私も気に入ってるんだから」

 もともと、火乃紀の実家は鎌倉にあった。だが、家族を失った後は、各地を転々としていた。GGGに入隊してからは、すっかりオービットベースが職場兼住居である。
 しかし、ずっと宇宙空間にいるわけではない。休暇は地上で過ごすことが多く(彼氏は一般の日本人なのだから)、降下するときは宇宙開発公団のシャトルを利用し、Gアイランドシティに滞在していたため、街に愛着も湧いていた。

『火乃紀さん、頼りにしてます!』

 華の声も届く。

「そうそう、キッチンHANAのアイランドハンバーグが食べられなくなったら、みんな困っちゃうしね」

 それは、華の両親が経営する洋食店だ。宇宙開発公団からも近く、火乃紀もGGGの同僚たちと訪れたことが幾度もあった。

「うわっはー! 僕も、謎の厚切りパイナップルが乗ったハンバーグ、食べたくなってきちゃったなー」
『んんん……あれは父と母のこだわりで、人気メニューなんだけど……私はちょっと苦手で……』

 おどける護に、華が半ば申し訳なさそうに通信でささやく。

「あら、そうなのね、すっごい厚切りだもんね」

(カムイさんも、パインオムライスばっか食べてたっけ……)

 そう思い出しかけて、火乃紀の表情は曇った。
 再三、火乃紀に失礼な態度をとり、オービットベースを破滅に導こうとした同僚。だが、それがアルジャーノンに由来する行動だと知った今では、憎む気にはなれない。遺伝子に組み込まれたプログラムが命じるまま、過剰に分泌された脳内物質によって引き起こされた奇行なのだから。生体医工学者として、そのメカニズムを知っている火乃紀であれば、カムイ個人に対する悪感情は持ちにくかった。
 オービットベースの機能が回復した後、意識不明となり、保安部に身柄を拘束されたカムイの顔面には、アニムスの花が咲いていた。現在はオービットベースの医務室で加療中だが、その意識が戻ることはないだろう。アニムスの花はヒトの生命を養分として咲き、その実が生る時、宿主の命は尽きるのだから。

『護くん、火乃紀さん、目標地点の上空一〇〇〇〇に到達、降下三十秒前です!』

 深みに沈みかけていた火乃紀の物思いは、華の声によって浮上した。

(いけない……もうすぐ戦いになる。落ち込んでなんていられない。気を引き締めなくっちゃ)

 そう考えて、火乃紀は首を振った。なにしろ、シミュレーションとは大きく異なる実戦は、十年ぶりなのだ。

『Gアイランドを頼みます!』
「了解!」
「了解!」

 華の願いに護と火乃紀は力強く応えた。

『五、四、三、二、一……降下!』

 カウントダウンにあわせて、護がリンクカプセル内部のコントロールボールを握りしめつつ、叫んだ。

「覚醒人凱号、出ます!」

 

 Gアイランドシティの上空で、<ミズハ>艦橋での操作によりカーゴハッチが開放された。空中へ飛び出した凱号は両翼端部を緑色に発光させ、ウルテクエンジンで宙に舞う。
 木星圏で受けた損傷は修復されたものの、輸送艦であるミズハにとって、戦闘機動は荷が重い。ゼロロボがひしめくGアイランドシティに突入させるより、少し離れた高空から凱号とガオーマシンを降下させた方がよいと判断されたのだ。
 調査専用となるアクセプトモードの凱号は、ウームヘッドにダイブした護によって操縦されている。Gアイランドシティの南方高空から、護は機体の進路を一時方向に向けた。

『護くん、宇宙開発公団から連絡! ゼロロボが各連絡橋、地下高速鉄道の駅を占拠しているため、住民の避難ができないそうよ!』

 セリブヘッドにダイブ中の火乃紀は、この時、オペレーター役となっている。通信が混乱しているなか、シティの中心部にそびえたつ宇宙開発公団タワーからもたらされた貴重な情報を、護に伝達した。

「ありがとう、火乃紀さん。ねえ、覇界の眷族の目的……なんだと思う?」

 ハワイではガオファイガーの排除、ドバイではオービットベースの破壊を目論んでいたように、この地での行動にも何かしら目的があるはずだ。

「わからない……けど、ひとつ考えられるのは護くん、あなたの排除じゃないかしら?」
「僕の?」
「ええ……トリプルゼロに浸食された人を救うには、ふたりの浄解能力者がいる。戒道くんと凱さん、そして護くんが狙われる可能性は高いと推測できるわ」
「じゃあ、僕をおびき出すためにわざとGアイランドシティを……」

 護は歯がみした。自分のために、家族や友人たち、思い出の地が危険にさらされている……それは直接攻撃されるよりも、護にとってつらいことだった。

 

 ──その瞬間、だった。
 いきなり覚醒人凱号の全身に負荷がかかった。下方向への猛烈なGがかかったようにも思えたのだが、そうではない。見えない何かが、凱号の背に乗っているのだ。

「……ムラサメソード!」

 ホログラフィックカモフラージュで姿を消したまま、見えない覇界の眷族は、オレンジの光をまとった左腕に装備された回転ブレードで、凱号の左ウイングを斬り落とした。さらに間髪入れずに右腕をかまえる。

「4000マグナム!」

 至近距離からの四連装速射砲による弾丸が、やはりオレンジの輝きによってパワーアップされ、右ウイングの半ばより先を粉砕した。

「うわあああああっ!」

 両翼のウルテクエンジンを破壊された凱号は揚力を失い、急速に落下していく。その背から離脱した襲撃者は、墜落していく覚醒人凱号を見送った。

「護隊員……」

 覇界ビッグボルフォッグが、常と変わらぬ冷静な声でつぶやく。そのうちに、彼にとってもっとも不本意であったであろう再会のかたちを悲しむ心が存在するのか──読み取ることは難しかった。

 

 Gアイランドシティの近海に没した凱号は、みるみるうちに沈降していった。幸い、リンカージェルという優秀な衝撃吸収剤に護られているため、ヘッドダイバーはふたりとも無傷である。火乃紀はクラクラする頭を抑えつつ状況確認を急いだ。

『護くん、大丈夫!?』
「いまのは……まさか……ビッグボルフォッグ?」

 火乃紀の呼びかけにも応えず、護は呆然自失していた。たとえ姿が見えずとも、彼にはわかったのだ。凱号の翼を斬り裂いた刃の主、打ち砕いた弾丸の主。かつてそれらは、常に護を護ってくれる心強い存在だったのだから。

『護くん、コントロールを渡して! あなたができないのなら、私が戦う……Gアイランドシティを護る!!』

 火乃紀のその言葉に、護は我に返った。そう、いま危地に陥っているのは、自分にとって大切な人々と思い出の地なのだ。かつての仲間と敵対する覚悟はできていたはずだった。どんなにショックな出来事が現実として起ころうと、前を向くしかない。

「ごめん、火乃紀さん……ここは僕がやります!」

 そう叫んだ護は、必死に凱号の姿勢を立て直した。ウルテクエンジンを失ったため、急速浮上は難しい。だが、ここが東京湾内である以上、最大深度はたいしたことはない。凱号の装甲でも充分に水圧に耐えられるはずだった。
 しかし、海中へ凱号を追い込んだ策士は、当然そこに網を張っていた。凱号のセンサーが、四方から迫り来るZ0シミラーを検出する。

『これは……ゼロロボ! 護くん、四体のZR-07に包囲されているわ!』
「わかりました! Gアイランドに上陸するためにも、突破します!」

 覚醒人シリーズはもともと、全領域型有人調査ポッドである。あらゆる環境における調査を目的に開発されたために、海中での活動も想定されている。
 だが、わざわざここで待ち受けていた相手と、渡り合うことができるのか? 火乃紀の脳裏にそんな疑問もよぎったのだが、それよりも信頼の方が上回った。立ち直った護の声に、揺るぎない自信を感じたからだ。
 その言葉の通り、凱号は鮮やかな機動で、前方にいるゼロロボに突進した。まるで海棲生物のようななめらかな機動だ。だが、モニターに大写しになったゼロロボの姿に、火乃紀は既視感を覚えた。ZR-07の素体となったもの……それは!

「ブロッサム……!」

 十一年前、自分たちに襲いかかってきたニューロノイドの名称である。覚醒人やティランといったシリーズとは異なり、戦闘用に開発されたため、モードチェンジ機能を持たない。その分、武装や出力が強化されており、戦闘力では圧倒的に秀でていた。
 いや、だがかつてのブロッサムとはディテールや機体サイズが異なっている。ゼロロボとなって変貌したのかもしれないが、あの時のブロッサムと同一の機体ではないのだろう。

(同系統の新型ニューロノイド……? でも、あの時、モーディワープは壊滅したのに、誰がブロッサムの後継機を開発したというの……?)

 火乃紀の戸惑いにもかかわらず、護は凱号を俊敏に機動させる。ゼロロボが肩部にマウントしたガトリングガンで銃撃を仕掛けてくるが、魚のように泳ぎ見事にかわす。そして、鮮やかな回し蹴りを、ブロッサムのもっとも強度の低い背部ダクトに叩き込んだ。海水の内部侵入を制御しきれず、ゼロロボはそのまま海底に沈降していった。
 向こうがトリプルゼロで強化されていようと、こちらもリンカージェルとGSライドのハイブリッド駆動だ。全高がゼロロボの倍近くにも達する凱号のパワーは圧倒的である。地球内部の神秘と、地球外文明の奇跡とを融合させた、その威力。かつての覚醒人1号とブロッサムのようなハンデは感じない。むしろ、こちらの力が圧倒的に上回っている。

「すごい、護くん……水中でもこんなに機敏に動けるなんて!」
「僕じゃないよ……これは、凱号の力なんだ!」

 一体のゼロロボを倒した隙に、残りの三体が迫ってくる。だが、凱号は両手両脚を巧みに操って、海中で急速に反転。三体の集中攻撃をすり抜けた。
 その滑らかな動きに、火乃紀はかつての経験を思い出した。自分と紅楓くれないかえでというヘッドダイバーが、ニューロノイド・ティランで海底調査に出向いた際、水棲未確認生物UMAに襲われたことがあった。その時、蛍汰と紗孔羅が乗る覚醒人1号が助けに来てくれたのだ。ふたりとも水中機動の訓練など受けていないのに、鮮やかな動きでUMAを退けてくれた……そう、今の凱号のように。

(あれは覚醒人1号に組み込まれた生体ユニットのおかげだった。バンドウイルカの大脳皮質……じゃあ、この凱号にも……?)

 

 護と火乃紀の覚醒人凱号が海中で苦戦しているのと、同時刻。Gアイランドシティの一角──とある民家では、三人の人物が不安げに窓の外を見守っていた。もっとも、うち一人はまだ年端もいかない乳児だが──。
 ゼロロボ群によって破壊活動が行われ、炎上する街。幸い、被害地域はその家から離れているのだが、交通機関が麻痺しているため、避難もままならない。
 状況が変わったらすぐ連絡するから、そこで待機していろ──というのが、この家の主たる牛山次男が公私混同気味にオービットベースから送ってきたメッセージだった。
 幼い我が子と共に初野(旧姓)あやめのかたわらにいるのは、年長の友人である風祭(旧姓)スミレ。かつてはこのGアイランドシティの遊園地<Gパークシー>の職員だった。この日は久しぶりに再会し、昔の話で盛り上がっていたところで、襲撃に巻きこまれたのだった。

「電車もバスも動いてないし……ああ、こんな時、獅子王センパイがいてくれたら……」

 スミレは獅子王凱にとって、高校時代の後輩にあたる。何か事件が起きる度、地球を守り抜いた勇者の名を口にしてしまうのも、無理からぬところだろう。
 凱は既に十年ぶりの地球への帰還を果たしているのだが、GGGを退職したあやめに対しては、牛山次男も特秘事項としてそれを話してはいない。もちろん、一民間人であるスミレが知るよしもない。

「大丈夫! うちの旦那も待機してろって言ってたし……GGGがなんとかしてくれるよ」

 幼子を抱きかかえながら、スミレに、そして自分にも言い聞かせるあやめ。

「そうだね、あんたの旦那たちを信じよう……!」

 あやめとスミレはうなずきあって、炎上する市街の方を見つめた。
 スミレは想いを馳せていた。彼女にとって縁深い存在が、新たなステージへ巣立った日の事を思い出し、感慨深く瞳を潤ませていた。

 

 そしてこの時──
 その縁深い存在の活躍によって、海中の罠を突破した覚醒人凱号が、ようやく岸壁から上陸しようとしていた。

「……じゃあ、護くんは凱号の生体ユニットのことを知っていたの?」
「うん、ヴァルナーとは長いつきあいだから」

 ──海のヴァルナー
 それは、Gパークシーで風祭スミレたちによって飼育されていたシャチの名だ。人懐っこいヴァルナーは、Gアイランドシティの子供たちにも愛されたアイドルだった。だが、十二年前、ヴァルナーはゾンダーにまつわる事件で重大な肉体的損傷を負ってしまった。その結果、GGGによって獅子王凱と同じGストーンサイボーグとして、生まれ変わったのである。
 しかし、常時海中で活動するサイボーグボディは、インビジブルバーストによってメンテナンスが困難となり、生体維持を保証できなくなった。それでもヴァルナーは元気だったが、グローバルウォールが展開されるまでの間に、深刻な機能不全を起こし、残された生身の部分の大半を捨てなければならない状況にまで追い込まれた。
 凱号は、護と戒道による飛行試験中にヒューストン沖へ墜落してから数年にわたり、電磁波への耐性や水中活動への改良を余儀なくされてきた。何度もバージョンアップを重ねた結果、辿り着いたのが、生体ユニットの枠組みを超え、ヴァルナーを覚醒人凱号の中枢そのものとして迎い入れるニューロサイボーグ化だったのだ。
 そして今、海中で無敵を誇ったヴァルナーの運動神経が凱号の機体を操り、ゼロロボ群を撃破したのである。

「ヴァルナーは今、私たちと一緒に戦ってくれてるのね」

 両腕をリンカージェルに浸している火乃紀も、内部からあふれるヴァルナーの息吹きを感じていた。

「……うん。ヴァルナーは生きている。僕たちはチームだよ」
「チーム……そうね…私たちはチームね」

 火乃紀の脳裏に、孤独だった学生時代の記憶が蘇える。両親と兄、一度に家族全員を失い、絶望に心閉ざした日々。

(……蛍ちゃん)

 心の中に薄く遠ざかる頼りない彼の名前も浮かんだ。今の彼女には、チームの仲間がいる。火乃紀の手には、チームメイトに応える、リンカージェルの優しい揺らぎが伝わっていた。
 喜ぶヴァルナーの声のように――

 

 岸壁に上陸した凱号は、ふと踏みとどまった。アクセプトモードの様々なセンサーが、前方に立つ不可視の敵手を検知したからである。さっきは空中で奇襲されてしまったが、今度はそうはいかない。

「護くん……前方に何が……?」
「かつて、チームの仲間…だった彼だよ……」

 護は前方から視線を逸らさず、外部への音声回線を開いた。

「そこにいるんでしょ、ビッグボルフォッグ」

 護は虚空に向かって、呼びかけた。もはや姿を消すことの無意味さを悟ったのか、ホログラフィックカモフラージュが解除される。そこに現れたのは、かつて三重連太陽系からESミサイルで帰還する護を見送ってくれた勇者のひとり。

「……お久しぶりです、護隊員」

 懐かしい姿が、懐かしい声で応じた。

 

「来るなぁ、来るんじゃねええええッ!」

 防火バケツをヘルメット代わりに頭にかぶり、スチール製の長尺ホウキを青眼にかまえて、蒼斧蛍汰は我が家の玄関前に立ちはだかった。
 その見据える先には、一体のゼロロボがいる。何を目的としたものか、進路上の民家を蹴散らし、破壊しながら、蛍汰の倉庫兼住居の方に向かってくるのだ。
 不思議と恐怖は感じなかった。

(あーあ、こんなはずじゃなかったのになぁ。契約が終わったらさっさと出社するつもりだったのに……退職届まだ出してないのに販促会議もぶっちしちまったし、店長怒ってるだろうなぁ。んで仕事終わったら、火乃紀とテレビ通話して、デートの予定決めるはずだったのに……)

 そう、まだ倉庫や家を買ったことや独立起業することは、火乃紀には話していない。一世一代の決意による大借金の買い物だ。たっぷりと演出したデートで、思いっきり驚かせてやろう……そう目論んでいた。
 火乃紀はかつて、帰るべき場所を喪失した少女だった。家族を失い、物理的な家があっても、そこに帰ることはなくなった。そんな火乃紀の心をゲットできたのは、蛍汰が常に「自分は側にいる」と言葉にし続けたからであっただろう。
 やがて、高校時代とバイトの日々をともに過ごしたふたりは、別々の日常を過ごすようになった。蛍汰は浪人の末に大学進学をあきらめ、家電量販店に就職した。火乃紀は大学院を経て、GGGの隊員となった。交際は続いていたものの、すれ違いが多くなり、倦怠期とも思える状態が長くなった。
 そんな中、蛍汰は仕事に没頭した。はやく昇進して、給料を上げて貯金するために。その資本金を元に独立して、ささやかな二人の家と、いつも傍にいられるよう併設新会社の倉庫を買うために。火乃紀の帰ってくる場所、火乃紀を一人にしない場所を作るために。
 Gアイランドシティを選んだのも、火乃紀が疲れて地上に戻ってきた時、シャトル離着場からすぐに直行できる場所だったからである。

(婚約指輪も買った、三か月分の給料をためて! 今度のデートで、この家の玄関先で、鍵と指輪を一緒に渡すんだ! そして、俺は火乃紀にプ、プププ……)

 蛍汰にとって人生最大の決意だった。心に秘めた夢だった。ささやかなる希望だった。しかし、そんな想いを打ち砕かんと、宇宙の摂理が迫り来る。蛍汰はスチールホウキをかまえ臨戦態勢に入った。ゼロロボがそんな蛍汰のかたわらを通過していく。もちろん、ホウキで殴りかかることなどできない。圧倒的な力を前に、体がすくんで動けなかった。
 怒りも悲しみも、無力だった。数年間の必死の労働の成果、火乃紀のことを想い続けて頑張った日々、これからも払い続けていく大量のローンの分も含んだ蛍汰の夢と希望は、地響きとともにゼロロボの巨体に踏みにじられていった。

「や…や…やめろ、やめてくれえええええッ!」

 汗と涙と鼻水を流しながら、蛍汰は懇願の叫びを上げた。だが、一瞬のうちに中古の建売住宅は、大きな倉庫もろとも、瓦礫の山と化していた……。

(つづく)


著・竹田裕一郎
監修・米たにヨシトモ


次回7月更新予定


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