覇界王~ガオガイガー対ベターマン~【第47回】
《前回までのあらすじ》
覇界の眷族によって、全世界にトリプルゼロが拡散された! 大量発生するゼロロボの群れ。地球全土が制圧される猶予なき状況を打開するため、GGGブルーとグリーンは、決死の作戦に打って出る。
機体にトリプルゼロを残留したまま、光竜・闇竜が左右を組み換え、日龍・月龍と奇蹟のシンメトリカルドッキングを敢行。超大なる出力の覇界幻竜神と覇界強龍神に対抗し、獅子王雷牙博士を奪回する作戦である。しかしそれは、超AIがトリプルゼロに浸食されるまでのごくわずかな時間に完遂させねばならない。サポートとして、光竜と日龍による輝竜神には護が、闇竜と月龍による新龍神には戒道が乗り込むことになった。
メキシコ、チクシュルーブ・クレーターで始まる死闘。蛍汰と火乃紀によるガオガイゴーは、機体の限界まで凱の援護を試みる。そしてようやく、ゴルディオンダブルハンマーを駆使したガオファイガーにより、ギリギリの攻防で覇界王キングジェイダーを退けるに至った。
一方、トリニティドッキングでアクロバット飛行を実現した翔輝竜神は、覇界幻竜神と覇界強龍神に空中戦を挑んでいた。さらに、ベターマン軍団と驚異の合体を果たした新龍神は、超速飛行を実現し窮地を救う。ソムニウムの変身態を鎧としてまとった新龍神は、この決戦における勝利の鍵と成りうるのであろうか!?
number.07 煉-RENGOKU- 西暦二〇一七年(8・完)
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舞台をユカタン半島上空から、チクシュルーブ・クレーターの大地に移して、覇界幻竜神及び覇界強龍神に対する、翔輝竜神及び──新龍神の戦いは続いていた。いや、その勇者の名はすでに<新龍神>ではない。
『我ら夢人を装いて戦え、勇者よ──!』
新龍神に乗っている戒道幾巳の脳裏に、ベターマン・ラミアの意志が響いた。彼ら自身を指す<ソムニウム>という単語に重ねられた、<夢人>という概念。言語による伝達ではないが故に、戒道には一瞬でその名が伝わった。
「夢装……夢装新龍神ということか」
「うおおおおおっ!」
夢装新龍神のふところに覇界幻竜神が飛び込み、オレンジ色の高エネルギーにのせて、右の正拳突きと左の電磁荷台による打突を交互に繰り出した。だが、夢装新龍神は両腕でこの連打を巧みに捌く。いや、それはむしろ右腕に覆い被さるように装着されたフォルテの剛腕と、左腕に装着されたオウグの背中にあった巨大なサーベルのなせる業であったかもしれない。
『ンー…あれをまともに食らうわけにはいかぬのでな』
リミピッドチャンネルに乗せられた羅漢の意思に、普段のような冷笑の響きはない。Gアイランドシティの地下空間で、覇界の両将に瞬時に叩き伏せられた記憶は、今も生々しく残っている。トリプルゼロを利用することで、敵とほぼ同等のパワーを有する今の新龍神とともに戦っているとはいえ、一瞬たりとも気を抜くことはできなかった。
「はああああっ!」
続いて覇界強龍神が、オレンジ色に輝く豪圧とともに、強烈な蹴りを夢装新龍神の鳩尾に叩きつけてきた。しかし、直撃したものの、吹き飛ばされたりしない。胴体に巻き付いた流体状のルーメが、衝撃を吸収緩和しているのだ。
さらに覇界強龍神は右腕の攪転槽からオレンジ色に発光する暴風を放つ。間髪なく、ガジュマルの意思が空間を飛び交う。
『それなら、こっちの嵐も喰らえ! プルム!』
至近距離から放たれた竜巻を迎え撃ったのは、直線状の褐色光を纏った竜巻だ。新龍神の背部に張り付いていたトゥルバが両肩越しに、ペクトフォレースの粒子を風圧にのせて解き放ったのである。同じような色の輝きを放ちながら吹き荒れる嵐と嵐が、二体の竜神の中間で互いの威力を相殺しあう。
「すごい……この力があれば、兄様にも負けない……」
「YAAAA! 新龍神、今度はこちらの番ですわよ!」
空中から響く声。三体の頭上に、翔輝竜神が待っていた。右背部から光竜のメーザー砲を発射する。すかさず頭部を護ろうとする覇界幻竜神と覇界強龍神。だが、光の槍が狙ったのは、姉妹たる新龍神の方だった。
「プロテクト・プロテクター!」
翔輝竜神の意図を悟った夢装新龍神が、右背部から六機の防御ユニットを展開させた。プロテクトシェードと同じ空間湾曲バリアーシステムが、メーザーの軌道をねじ曲げ、兄たちの方へと瞬時に導く。予期せぬ方向からの光条が、防御姿勢をとる兄たちの背に直撃した!
「ぐおおっ! こいつら……行動パターンのデータも少ない合体形態なのに!」
「ずっと一緒に訓練を積んできたような、息の合ったコンビネーションだ!」
歴戦の勇者たる二体が、奇襲攻撃にたじろぐ。
「……当然ですわ」
「YEAH! 私たち姉妹には共通の目的があるのだから!」
今度は、夢装新龍神が上空に向けて、闇竜の小型ミサイルを連射する。空中の翔輝竜神がすかさず、ブロウクン・ブレイカーで飛翔するミサイルを撃破。あたりにはセンサーを攪乱させる煙幕が広がり、次なる一手を感知不能となったところで、今度は特殊貫通弾ミサイルが放たれた。
避ける術もないまま全身にそれらを喰らい、ついに覇界幻竜神と覇界強龍神は、大地に膝をついた。
「くうっ……姉妹たち、やるじゃないか」
「ああ、どうやら俺たちが甘かったようだぜ、幻竜神」
「そうだな。時間稼ぎをして、トリプルゼロの浸食を待つ……そんな戦い方では、この勇気ある妹たちには勝てないぞ、強龍神」
「なら、やるべきことは一つ!」
覇界幻竜神と覇界強龍神は後方に飛び退き、妹たちから距離をとり、さらに腰を落として身構える。
その戦いの映像をオーダールームで見た、火麻と猿頭寺が絶望的な声をあげる。
「おいおいおい、まずいんじゃねえのかッ!」
「ええ、あの構えから繰り出されるのはおそらく……!」
牛山一男は仲居亜紀子と手を取りあい、かたわらのスタリオンは祈るように目を閉じる。
「耐えてくれ、翔輝竜神、新龍神……!」
チクシュルーブ・クレーターの決戦は、ついに最終段階を迎えようとしていた!
「吹けよ氷雪、轟け雷光!」
「唸れ疾風、燃えろ灼熱!」
かつて木星における機界31原種との戦いで、月と同等の衛星と融合した巨大原種をも一撃で斃した究極の技──ザ・パワーをも超えるトリプルゼロを纏った空前絶後の攻撃が、この地球上で放たれようとしている。だが、旧GGGの戦闘データで、GGGブルーもその技の存在は知っていた。ゆえに──
兄たちがその初動体勢に入った時、妹たちもまた鏡合わせのように、同じ体勢をとっていたのである!!
「輝け閃光! 翳せ日輪!」
「煌めけ月輪! 貫け闇黒!」
兄たちも妹たちも悟っていた。どんな結末が訪れようと、この宿命の対決から逃れることはできない。
古い宗教の教義にこんな概念がある。天国にも地獄にも行けなかった魂は、“煉獄”と呼ばれる場所で、苦罰によって清めを受けなければならないのだと。人類の繁栄と宇宙の摂理──その狭間で苦しむ超AIたちが、いま感じている苦しみこそ、煉獄のそれなのだろうか。
八体の竜シリーズによって構成された四体の竜神は、同時に同じ叫びを発した。
「マキシマムトゥロンッ!!」
一方から青と黄、緑と赤のエネルギー体である暴龍が生み出され突進する。それを迎え撃つのは、白と金、銀と黒の暴龍エネルギー! 八色の暴龍たちは空中で激しくからまりあい、ぶつかりあった! あたかも意志を持った巨大な生物のように、高エネルギー体の暴龍たちが、互いを呑み込み、撃ち砕かんと全身を震わせ、激しく叫びあう。その余波は辺りの空気を沸騰させ、大地を激震させる! 竜神たち自身ですら未経験の衝撃が、鋼の機体を軋ませた。
「こ、これがマキシマムトゥロン同士の激突!」
「すげえ威力だ!」
「けど、退くわけにはいかない……」
「YAAA! 兄様たちを取り戻すまで!」
おのが力と力の激突、その余剰エネルギーに翻弄されつつも、竜神たちは一歩も退かない。次の瞬間には力の均衡が破れ、この場から消し飛ぶとしても! 兄たちと妹たち、いずれの“負けられない理由”がより強いのか──これはそういう戦いなのだ。
そして、永遠に続くかも知れないと思われた激突にも、ごくわずかな変化が訪れていた。兄たちの暴龍がじりじりと、それでも確実に、妹たちの暴龍を押し込み始めている!
「護っ! そっちは大丈夫か? このままじゃ……」
「うん、幾巳、まだ耐えられるけど……凄い衝撃で動けない!」
竜神の妹たちの機体に乗り込んでいる戒道と護も、加勢すら叶わぬ状態だった。付近に援軍の存在もないが、誰が助けに来ようと、この高出力のエネルギーがぶつかり合う場では近づくことすらできないであろう。
「こっちはトリプルゼロの無限エネルギーが全身に溢れている」
「味方につけたパワーの差は歴然。最初から勝負は決していたようだな」
覇界幻竜神と覇界強龍神の声には余裕があった。だが、次の瞬間、二体は機体のバランスを失った。
「なんだっ!?」
「地中から重力波が!?」
兄たちの足元の地面から、細い木ぎれを複雑にからみあわせた玉すだれのような物体が生えている! そこから重力波が放たれているのだ。
「こっちにだって味方はいるわ!」
「YAA! 勝負は最後までわからない!」
妹たちの声には、まだまだ諦める様子は伺えなかった。
『いやぁ、拙者のアーリマンは、こういった遠い場所までパイプラインを伸ばすのが得意でして』
おどけたソムニウムである、ライの意思が、戒道たちにも届いた。
「ベターマンの能力か……」
『ボクの、ポンドゥスの重力波を遠くまで伝えてもらったんだ』
すかさず、おだやかな声のソムニウム、ヒイラギの意思も護たちに伝わる。
「うわっはー! そんなこともできるなんて……!」
『我々にできるのは、ここまでだ』
ラミアの意思が青年たちに届く。
「ここまで……?」
『活動限界を超えた……光なる者、闇なる者よ、全てを託す……』
新龍神にまとわりついていた夢装なるベターマンの鎧は、次々と石のように繊維化をはじめた。窮地において、その能力も失われてしまったのだ。
「そっちの味方の力など、せいぜいそんなもんだろう?」
「悪いな……あとは同じ機体の四対四。それなら、俺たちの方が有利だ」
ベターマンによる奇襲攻撃から態勢を立て直した兄たちだが、妹たちは即座に反論する。
「いいえ、兄様がた、あなたたちは間違っています」
「YES! これは四対四の戦いではなくてよっ!」
八色の暴龍たちが激突し、膨大なエネルギーをまき散らしながら、からみあっている空間。その中央を視認も追いつかぬほどの勢いで駆け抜けていくもう一体の暴龍がいる──ひときわ小柄な、黄緑色の暴龍!
翔輝竜神と新龍神の声が重なる!
「これは四対五の戦いですッ!!」
先刻、ベターマンたちが作ってくれた、一瞬の隙があれば充分だった。翔輝竜神の背中から、翔竜が放った九色目の小さく細い暴龍は、空と同化するように、気付かれぬよう素早く戦場の中心を駆け抜け、今まさに覇界幻竜神と覇界強龍神に辿り着き、遂に直撃に成功したのだ。
「なにっ!?」
「末っ子か!?」
全身のエネルギーをマキシマムトゥロンに注ぎ込んでいた覇界幻竜神と覇界強龍神は、防御の体勢をとることすらできずに、黄緑色の暴龍の直撃をまともに受けた。次の瞬間、その空間にあふれていた膨大なエネルギーが均衡を失い、覇界の両将へと浴びせかけられ、その装甲を打ち砕いていく。
「ぐおおおおっ!」
二つの巨体が天を仰いで倒れるとともに、青と黄、緑と赤の暴龍のエネルギー体が消失した。すかさず白と金、銀と黒の暴龍を収めて、翔輝竜神と新龍神が飛びかかる。
「兄様方、すみません──」
「しばしの我慢を!」
「リム・オングル・ウント・ナーゲルファイレ!!」
翔輝竜神が覇界幻竜神の、新龍神が覇界強龍神の、装甲の砕けた機体にエネルギーの刃を突き立てた。竜神型合体ビークルロボの機体奥深くには、ビークルロボの要である超AIがある。妹たちの狙いは、兄たちのAIユニットを確保することだ。エネルギー刃に続いてねじ込まれた両の拳が目当てのものを探り当て、四つの拳は四つのAIユニットを引きずり出した。
「おおお……」
頭脳とも言うべき超AIを失った覇界幻竜神と覇界強龍神の双眸から、光が失われていく。ついに翔輝竜神と新龍神は、覇界の両将に勝利したのだ!
だが、妹たちの方にもすでに限界が訪れていた。メインオーダールームの楊のコンソールに表示されている、トリプルゼロに取り込まれてしまうまでのカウントダウンはゼロとなっている。推定値でしかないとはいえ、もう限界を超えてしまっているのだ。
「急げ! お前たちまで浸食されてしまうぞ!」
楊の声に背を押されたように、両機の肩部運転席から空中に脱出した護と戒道が、リモートコントローラーのスイッチを押し込んだ。護や戒道とて、三十メートル級の機体の全てを浄解することなど不可能である。
「ごめんね、翔輝竜神!」
「新龍神、よくやってくれた……!」
その操作によって、爆裂ボルトが起動。翔輝竜神と新龍神の機体から、五つのAIブロックが強制排除された。トリプルゼロによる浸食がいよいよ避けられなくなった時、彼女らをも覇界の眷族にしてしまうわけにはいかない。そのための安全装置として、護と戒道の手に委ねられた決断のスイッチである。
だが、彼女たちはやり遂げた。覇界の眷族と化してしまう前に、兄たちを救出することに成功したのだ。爆発とともにそれぞれの機体は、トリプルゼロもろとも木端微塵となった。
爆煙が収まっていくチクシュルーブ・クレーターの黒化された大地に、九個のAIユニットが静かに転がっていた。そして、そのかたわらには疲弊しきった護と戒道、さらに別の四つのユニットパーツも転がっていた……。
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ユカタン半島の西にはメキシコの広大な土地が見える。そのさらに西方、太平洋に落日が沈んでいく。オレンジ色に染め上げられた周囲の光景は、あたかもトリプルゼロに支配されてしまったかのように見えた。だが、そうではない。この世界は守り抜かれたのだ。勇者たちの懸命の戦いによって。
覇界王キングジェイダーを退けたガオファイガーが、物言わぬ竜神たちのもとへ降り立つ。
「みんな、よくがんばった…さあ……一緒に帰ろう、俺たちのGGGに……」
そうつぶやきながら、凱は覇界幻竜神と覇界強龍神の残骸を見下ろした。その中には、原型を留めたままの四つのブロックがある。爆散直前にブロウクンブレイカーとプロテクトプロテクターの合わせ技により、ヘルアンドヘブンのように取り出した、二体の両肩部運転席である。それぞれからは生命反応が観測されている。おそらく一個ずつのゼロ核が収納されているのだろう。GGG首脳部の読みが正しければ、そのどれかが最優先目標である獅子王雷牙であるはずだ。そして、凱自身にとって、もっとも取り戻したい存在もまた──。
すぐにゼロ核を取り出して、護や戒道とともに浄解を決行すれば作戦は完了する……はずだった。だが、凱は信じられないものを見た。覇界強龍神の右肩運転席ユニットから、人影が姿を見せている。その異形の姿に、凱は見覚えがあった。
「ゾヌーダ……!」
凱はおのが神経系とガオファイガーの操縦系の接続を断つと、フュージョンアウトして機体から飛び降りた。ゾヌーダのように見える存在から、数メートルしか離れてはいない。
「凱兄ちゃん!」
異変に気付いた護と戒道も凱の背後に近づく。
「まさか、機界新種……!?」
護は十数年前の新宿で、戒道はオーストラリアで、二人ともゾヌーダに遭遇している。目の前の存在を見誤ることはなかった。だが、凱は目の前の存在がゾヌーダではないと直感した。気づいたのではない、ただ感じたのだ。
「命……なぜ、そんな姿に……」
これまでにGGGが回収してきたゼロ核は、オレンジがかった繭のような物体だった。だが、目の前のそれはゾヌーダの姿である。命は自分の意志で、ゼロ核をこの形状にしたのだ。それは凱の動揺を誘うためか、それともその姿が、この場にふさわしい装束だと考えたのか。
「命…いま行く……」
『ごめんなさい、凱……それ以上近づかないで……』
凱の脳裏に命の意思が響いてきた。リミピッドチャンネル──三重連太陽系で重篤な状態になった際、命が会得した能力。ゾヌーダを模したゼロ核に発声器官がなくとも、命は凱に自分の意思を伝えられるのだ。
命に制止されるがままに、凱は歩みを止めた。ゼロ核の足下にある物体を見つけたからだ。彼らの対峙を、メインオーダールームで息を吞んで見つめている楊には、その物体が何なのかがわかった。
「あれは最終装置……」
それはかつて中国科学院航空星際部において、楊自身が機密保持のため、組み込んだものである。レプリ地球でソール11遊星主との決戦時に切り札として使用されたのだが、オレンジサイトで復元されていたのだ。
(まさか、獅子王凱とともに……!)
楊はその装置の意味するところを悟って、慄然とした。
凱もまた、楊と同じ理解に至りつつも、動揺せずに語りかけた。静かに、優しく──
「命、死ぬつもり……なのか?」
『私たち知的生命体は滅びなきゃならない……それが宇宙の摂理だから』
命の意思が震えた。たとえトリプルゼロに浸食されていても、もちろん命自身がそうしたいと思っているわけではない。“そうしなければならない”という強烈な義務感が上書きされ、本人の自由意志以上にその行動を支配しているのだ。
『凱はきっと、死ぬときは一緒だって言ってくれる……でも、せめて最期まで生きていてほしい……今じゃなくて、明日まででも、明後日まででもいい、一日でも長く……だから……』
それは命の偽らざる想いだった。覇界の眷族としての義務感と、一人の人間としての個人的な想い。その狭間で苦しみ、もがいている。そう悟った凱は、脚を止めることなく、命のもとへ向かっていく。
『来ないで……凱……』
佇むしかない緊迫状態の護と戒道。だが、凱は冷静に歩みを続け、ゼロ核に包まれたままの命の身体を抱きしめる。
「命……いつまでも一緒だ」
『凱……そう言ってくれると思ってた……言ってほしくなかったのに……』
凱の背後から、耐えきれなくなった護が声をかける。
「命姉ちゃん! お願いだから、その装置から離れて! そんなもの使っちゃダメだ!」
『護くん、立派になったね……でもダメなの……これは私でなくても起爆させられる。大河長官でも、雷牙博士でも、スワンでも……』
やはり、覇界幻竜神と覇界強龍神のユニット内部に収容されている、残り三個のゼロ核の主がその三人なのだろう。いますぐに装置を起爆させないのは、凱と命に最後の時間を与えようという思いやりか。いずれにせよ、次の瞬間にはもう起爆しても不思議ではない!
その時だった──
『元凶なりし者よ……』
(お前は……ベターマン・ラミア!)
リミピッドチャンネルで語りかけてきたのは、ラミアであった。振り向いた凱は、ヒトの姿のベターマンたちを見た。戦闘中、新龍神に夢装した変身態から脱した数体のソムニウムが、凱とゾヌーダを見守っている。その先頭のラミアの額に、十字光が瞬く。
『我らソムニウムにとって、斃さねばならぬ元凶……だが、今だけは手伝うとしよう──』
そんな意思に続いて、無数の意思が凱の脳裏に飛び込んできた。それは護や戒道の意思、そしてオービットベースで固唾を吞んで見守っているGGG隊員たちの意思。命たちを救いたいと思う者の意思だった。その中には、紗孔羅の意思も強く響いていた。
『壊しちゃダメ…それは開けてはいけない危険な箱……』
かつて、三重連太陽系で戦う凱のもとに、地球で応援する人々の意思をラミアが届けたことがあった。あの時のように、人々の意思がラミアを経由して、ゼロ核たちに語りかけているのだ。
中でも想いの強さに比例して、より強い意思が呼びかけた。
『おい幸ちゃん、情けねえことになってんじゃねえぞ! 俺たちゃ平和を護るために人生を捧げるって、コーイチやモモコやカースケに誓ったんじゃねえのか? モモコがジュピターXを浴びておかしくなっちまった時と同じだよ。俺も一度は取り込まれたからよく分かる。トリプルゼロっていう強い酒が、幸ちゃんを悪酔いさせちまってるだけだ。ID5の誓いは……永遠だろ?』
『火麻くん……いや、激……』
長いこと使われていなかった、若い頃の呼び名に思わず大河の意思が反応した。記憶の片隅に残っている、忘れられないかつての仲間たちの名。身動きひとつとれないゼロ核の中で、大河は一筋、涙を流しているようだった。
『スワン、僕だよ……スタリオンだ……』
『OH、マイブラザー……』
『地球に帰ったら、また一緒にライブをやろう。そう約束したはずだ。君のボーカルが地球のステージには必要なんだ……』
木星に旅立つ直前のオービットベースでも、原種大戦後のアメリカGGG宇宙センターでも、スタリオンとスワンの兄妹ツインボーカルは大人気を博した。あの懐かしい日々の思い出が、スワンの胸を締め付ける。
『くぉら、クソ親父! あんたが地球を離れてる間に、孫も成長してるんだぞ! 会いたかねえのか!』
『滋……ほう、そうか……僕ちゃんの孫が……』
『おうよ、ここで死んだら紗孔羅にも会えねえぞ、それでもいいのか!』
『う~ん、そうだなぁ…よくないなぁ……』
宇宙の摂理に準じる死を覚悟したはずの雷牙の声色が、しんみりとなった。
交錯する仲間たちの意思。それらを受信した命の意識が震える。
『どうして?……みんな、宇宙の摂理のもとで一緒になれるのに……』
『本当にそれでいいのか、命……』
仲間たちの意思と意思の触れあいに戸惑っていた命を、凱の意思が優しく包み込む。
『たしかに死んで一緒になることもできるかもしれない。父さんと母さんもザ・パワーの元で、別の姿に変わり永遠を得たと思う。でも俺は、生きてお前と一緒にいたいんだ……』
『生きて……?』
『そうだ、GGG憲章第五条十四項を憶えているだろ?』
『……GGG隊員は、困難な状況に陥った時、仲間同士、協力しあって対処せよ……』
『協力しあおう……生き抜いてずっと……』
『……生きても……いいの……?』
『ミコトの名前は命と言う字だろ。生き続けることの意味をこめて、生き続けてほしいと願って、ご両親が付けてくれた名前じゃないのか……俺はそう思う』
『いのち……』
『俺がずっと一緒にいる……だから、死ぬ時はもちろん、生きる時も一緒だ……』
かつてともに死ぬと語った、その時と変わらぬ想いが、今度ははっきりと伝えられる──ともに生きる、と。
『ああ、凱……!』
トリプルゼロ──宇宙の摂理に浸食され、頑なだったココロたちが、ゆっくりと解きほぐされていく。
歩みを止めた獅子王凱が、全宇宙でもっとも大切な存在を両腕のなかにしっかりと抱きしめる。足下の最終装置が起爆する様子はない。いや、起爆させる者はいない。
それはエヴォリュダーの能力なのか? 浄解による干渉作用なのか? それとも奇蹟なのだろうか?
否──
少なくとも、それを成し遂げたのは超エネルギーでも、スーパーテクノロジーでもない。ごく小さな、最小単位の人間関係。あるいは友人同士、あるいは兄妹、あるいは親子、あるいは恋人同士のごく個人的な人間関係が──
想いという名のパワーが──
人間たちの魂が──
この瞬間をもたらしたのだ。
無から発生し、宇宙全体に広がって、また無に還っていく宇宙の力学。宇宙でたった一つ、それに抗うものが、知的生命体の営為。だとすれば、彼らが成し遂げたことは奇蹟ではなく、必然だったのだろう。
ゼロ核を抱きしめる凱の姿を見つめていた護と戒道は、いつの間にかベターマンたちが姿を消していることに気付いた。彼らはもう手伝う必要がないと思ったのだろうか。二人はうなずきあい、身体から光を放った。
「クーラティオー!」
「テンペルム!」
二人の力をあわせた浄解によって、四つのゼロ核がもとの人間の姿に戻っていく。
「コクトゥーラ……」
「レディーレ……」
力強くもやさしい浄解力が辺りを包み込む。凱の腕の中でゾヌーダを模していたその姿は、卯都木命本来のものに戻っていった。
より一層の愛おしさを込めて、凱は温かく柔らかな身体を抱きしめた。もう二度と、今度こそ二度と、離したりはしない。
「お帰り……命……」
「ただいま……ただいま! 凱!」
それは二人にとって、数か月ぶりか、それとも十年ぶりか、それとも百五十億年ぶりか、時なる概念を超えてきた今となっては定かではない。だが、とてつもなく久しぶりに交わす──リミピッドチャンネルを介さない──肉声の会話だった。
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メインオーダールームに歓声が響く。
卯都木命、大河幸太郎、獅子王雷牙、スワン・ホワイトに加えて、ゼロロボのうちに封じられていた多くのGGG隊員たちも、マイクサウンダース13世らの活躍もあって生還が叶った。これまでの戦いで、もっとも多くの仲間たちを取り戻すことができた価値ある勝利である。蛍汰や火乃紀も帰還し、半ば冷やかされるように祝福の声を浴びた。そして、作戦目標であった獅子王雷牙の奪還にも見事成功した。若干の治療は必要だろうが、世界十大頭脳たる彼が復帰すれば、必ずや覇界の眷族に対する劣勢を挽回できる。
そんな希望も込められた歓声だった。
そんな中、ただ一人、楊龍里だけはとんでもなく場違いなことを考えていた。もともと、大勢が喜んでいる時、それに同調する気分になれないのは、彼の悪癖のひとつだ。
この時考えていたのは、六五〇〇万年前に超竜神が辿った運命についてである。
(かつて、ESウインドウに消えた巨大隕石がチクシュルーブ・クレーターに落下する際、超竜神はそこから離脱して、太平洋に落ちたという)
地表に激突する巨大隕石の下敷きになれば、いくらザ・パワーの力を得ていたとはいえ、超竜神も塵一つ残さず消滅していただろう。そういう意味で、その判断は的確だったと言える。
(だが、それが二〇〇五年まで発見されずにいたのは何故だ? 造山活動で浮上した島から偶然発見される……それもESウインドウの彼方へ消えてから、わずか数週間後に。そんなことがあり得るのか?)
実は十年前から、楊は疑問に思っていたのだ。あの出来事が起こるまで、地層の中に超竜神はいなかったのではないか? 彼がESウインドウの彼方に消えた瞬間、歴史が書き換わり、地層の中に出現したのではないか?
だとしたら、歴史が幾度改変され、書き換えられたとしても人類はそれを知覚できない。認識できるのは、改変された後の世界だけなのだから。
喜びに沸く人々の中で楊はただ一人、超越者の手の上で遊ばされているような感覚に囚われていた。
同時刻──
ユカタン半島を遠くに臨む海上。粗末な小舟の上で、少年が何かを見つめていた。いや、少年に見えるが、いわゆるヒトとは違う。ソムニウムのデウス──彼は微笑みつつ、額に十字光を瞬かせた。
『あと二回……』
さらに同時刻──
サテライトサーチでの追尾を振り切るほどの高速で離脱した覇界の方舟ジェイアークは、日本に到達していた。そして、九州・熊本県の阿蘇山火口にその巨体を沈める。噴煙と地熱がカモフラージュとなって、外部から探知されることはない。
だが、ここに潜むのはジェイアークだけではなかった。それぞれがジェイアークの四倍以上もありそうな巨艦が三隻。いずれも三重連太陽系で失われたはずだが、クシナダという脱出艇をコアとして、トリプルゼロによって再生されたのだ。それもたった今。
「ここまで時間を稼いできた意味があったな」
「ああ、これでやっと終われる」
残りわずかな覇界の眷族であるソルダートJとルネ・カーディフ・獅子王が、覇界ジェイアークの艦橋から見上げる巨艦三隻。
その名は覇界ツクヨミ、覇界ヒルメ、覇界タケハヤ──
覇界王キングジェイダーは戦況不利と見て、撤退したわけではない。この新たなる力を得ることを優先すべく、阿蘇山へ向かったのだ。Jの手には、起動用の承認キー。同時に使用するもう一つの承認キーは、ルネの手の中にあった。その二本の鍵によって、巨艦を合体させ、完成する究極のアルティメットツール。
すなわち<覇界ゴルディオンクラッシャー!!>
その力が全人類に向けられる時が、目前に迫っていた……。
(number.07・完 number.08へつづく)
著・竹田裕一郎
監修・米たにヨシトモ
次回2020年3月下旬更新予定
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