覇界王~ガオガイガー対ベターマン~【第57回】

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《前回までのあらすじ》

 覇界の眷族によって、全世界にトリプルゼロが拡散された! ゼロロボが大量発生し、地球全土が制圧されるまでの猶予はあとわずか。だが、GGGブルーは死力を尽くして戦い、覇界幻竜神、覇界強龍神、覇界王キングジェイダーという難敵を攻略、かつての仲間たちを取り戻すことに成功する。いまここに、十年前、全宇宙を救うために旅立ったガッツィ・ギャラクシー・ガードの勇者と隊員たちが、すべて帰還したのだ!
 さらにベターマン軍団が二〇〇五年の過去から運んできた、初代ガオガイガーも凱の新たな力として加わった。凱はいよいよ最後の戦いの到来を予感する。覇界王ジェネシックとの最終決戦を──
 そんな中、彩火乃紀はカムイの兄──木星決戦で死んだと思われていた鷺の宮隆から、驚くべき告白を聞かされていた……。

FINAL of ALL 対-VERSUS- 西暦二〇一七年(2)


3(承前)

「途方もない罪……なんです、それは?」

 火乃紀は震える声で訊ねた。知りたくはない、だが知らねばならない。そんな内心の葛藤が、声に出てしまっている。

『僕はオレンジサイトで、ゼロ核から人間の姿に戻った。トリプルゼロに浸食された自分の心が、そうしろと命じていたから。そうして僕は、クシナダのハッチを開放したんだ』
「!!」
『あの時、乗り組んでいたGGG隊員はみな宇宙服を着ていたので、酸素流出による被害はなかった。だが、船内には濃密なトリプルゼロが侵入してきた……』
「じゃあ、彼らが覇界の眷族となってしまったのは……」
『そう、僕の罪だ……』

 火乃紀は震えた。ここ数か月の旧GGG隊員たちとの苦闘、それが目の前の人物のせいだったというのか? もちろん、たとえ鷺の宮の行為がなくとも、いずれはトリプルゼロに浸食されてしまった可能性は高い。だが、もしかしたら、その行為がなければ、彼らは浸食に耐えたまま、太陽系へのトリプルゼロ流出を防ぎきり、帰還の途につくことができたかもしれないのだ。

『その後、僕は何くわぬ顔で大河長官の指揮下に入り、覇界の眷族として活動した。カムイに連絡をとったのも、その一環だ。オービットベースを内部からかく乱するために……』

 火乃紀は目眩がするような感覚に襲われた。旧GGG隊員だけでなく、カムイもこの男のために道を誤ったというのだろうか。だが……

「鷺の宮隊員、自分を責めないでください」
『なぜだい? 僕はそれだけのことをしたというのに……』
「あなたの行為はすべて、トリプルゼロに浸食された結果です。覇界の眷族であった間の、自分の行為に苦しんでいるのは、みな同じなんです」

 火乃紀の言うとおりだった。最初の帰還者であるスタリオン・ホワイトが激しく苦しみ、その罪悪感を乗り越えていく過程を、GGGブルーの隊員たちは見た。そして今では、その苦しみを分かち合うようになっている。目の前にいる鷺の宮も同じなのだ。

「それにカムイさんがああなったのは、アルジャーノンを発症したせいでもあります。たとえお兄さんが生きていて、計画への協力を求めてきたとしても……アルジャーノンさえなければ、従ったはずがありません」

 アルジャーノンを発症する前、気さくな好青年だった頃のカムイを思い出しながら、火乃紀は告げた。

『ありがとう、火乃紀さん……』

 そう意志を発した鷺の宮が、いきなり咳き込み始めた。まだ回復しきっていない体に、無理をさせてしまったようだ。火乃紀は医療部スタッフを呼び出しながら、鷺の宮を横にならせた。

「休んでください、鷺の宮隊員。またお話をうかがいに来ます」

 苦しそうに咳き込みながら、鷺の宮はうなずいた。やってきた医療部スタッフに後を任せて、火乃紀は病室を後にする。そんな彼女の脳内に、鎮静剤で眠りにつく寸前の、鷺の宮の意志が届いた。

『君の名前は、カムイから聞いたんだ。長いつきあいの恋人がいると知っていたけど、弟は君の事を大切に想っていたよ……』

 涙は流れない。代わりに怒りがあった。それは宿敵への怒りだ。いま、GGGが最優先で対処しなければならないのは、覇界王だ。だが、火乃紀にとってはアルジャーノンこそが、最大の宿敵だった。十年をかけて生体医工学者となり、撲滅を誓った宿敵。その想いが、火乃紀の心中にあらためて深く刻まれたのだった。

 

 ──二つのグラスが軽くぶつかりあって、琥珀色の液体に浮かぶ氷とともに、軽やかな音をたてた。場所はオービットベース内の酒保、乾杯した二人は、獅子王凱と天海護である。

「まさか、護と二人で酒を飲める日がくるとはな……」
「僕はこれでも……あ、もう二十一だった」
「二十一歳? もしかして俺たち……同い年なのか?」

 獅子王凱の年齢を特定するのは、容易ではない。戸籍上は一九八五年生まれの凱は、二〇一七年現在、三十二歳ということになる。だが、三重連太陽系に旅立った後、本人の主観時間はほとんど経過しないまま、九年後の地球に帰還することになった。それに加えて、もうひとつ興味深い事実がある。凱は十八歳の時にサイボーグとなり、三年近くの後にエヴォリュダーとなった。その時の凱の肉体は、十八歳の時の遺伝情報をもとに再構成されたのだ。そうした条件を加味して、現在の肉体年齢を測定したところ、二十一歳という結果が出ていたのだった。

「うわっはー! 凱兄ちゃんが僕と同い年だなんて!」
「おいおい、同い年の相手に“兄ちゃん”はないだろう。“凱”でいいんだぜ」
「嫌だよぉ! いつまで経っても、凱兄ちゃんは凱兄ちゃんなんだから!」

 普段の護は、二十一歳の青年として、年相応の言動をとっている。だが凱の帰還以来、二人きりになると子供時代の口調に戻る瞬間もあった。護が自分と同年代であることに慣れつつある凱にとっても、それは昔を思い出して心安らぐ瞬間だった。

「それにしても不思議なもんだな。昔はGアイランドで、並んで牛丼食べたりしてたのに」
「そうだね……あの海辺で食べた牛丼、最高に美味しかった!」

 それは凱がエヴォリュダーとなった直後、護が宇宙へ旅立つ直前の思い出だ。サイボーグ・ボディの頃も、食事をする機能はあった。だがそれは、味覚を楽しませるという娯楽であって、食物を摂取しているわけではない。エヴォリュダーの肉体となって、ようやく牛丼を本当の意味で味わえるようになったのだ。
 それから時が流れ、二人でアルコールを飲む日が来るとは……。しかし、凱と護は二人とも、ウイスキーグラスを傾けながら、内心で後悔していた。

(しまった、最初はビールにすべきだったか。バースペースなんかに通されたから、つい……)と、凱。

(うええ、苦い……つい『同じ物を』って言っちゃったけど、甘いカクテルとかにすればよかった……)と、護。

 実のところ、凱も護も酒に強い方ではない。凱は十八歳の時にサイボーグとなり、エヴォリュダーとなって以後も、ゆっくり酔う時間など持てなかった。護も同じように機動部隊隊長の任務があったのに加えて、超甘党だったという事情がある(養父の食生活に影響された面が強い)。

 現在は、覇界の眷族をすべて浄解したため、ゼロロボの出現も停止した。勇者ロボたちの修理には時間がかかっているが、ガオガイゴーの予備要員である蛍汰と火乃紀、ガオファイガーのルネ、そして(もうじき復活するであろう)キングジェイダーのソルダートJといった頼もしい仲間たちがいる。凱と護、戒道たちの肩に、すべての責任がかかってくるような状況ではなくなった。そのため、覇界王ジェネシックとの決戦が控えているとはいえ、こんな時間を持つ余裕ができたのである。それ故の、ささやかな二人だけでの酒宴だった。

 実のところ、護はともかく、凱の方にはエヴォリュダー能力がある。泥酔したところで、自分の意志で体内機能を制御して、瞬時にアルコールを分解することが可能だ。しかし、必要に迫られない限り、その能力を使うつもりはない。

(強い酒でつぶれるのも、翌日の二日酔いで苦しむのも、俺が人である証しだから……)

 とはいえ、凱も護も二人とも、必死に考えていた。強い酒を旨そうに飲むふりをしながら、二杯目はどうやって飲みやすい一杯に乗り換えるかを……。

 

 そうして無事、飲みやすいカクテルに切り替えた二人であったが、やはり一杯目でまわったアルコールは効いていたようだ。話題はお互いのパートナーである、卯都木命と初野華の事になっていった。凱はエヴォリュダーとして、護は異星人として、互いに伴侶を持つことには、人には言えない悩みがある。それを理解しているGGGの仲間たちも、無神経にその話をしてくる者はいない。
 だが、アルコールの力に加えて、ともに近しい悩みを抱えているからだろう。凱と護は、素直に自分の結婚について、口にすることができた。先日の命とかわした会話の内容を、「みんなには内緒だぞ」と前置きして、凱は語った。

「うわっはー! じゃあ凱兄ちゃん、覇界王との戦いが終わったら、命姉ちゃんと結婚式挙げるんだね?」
「護たちはどうするんだ、まだ籍は入れてないんだろ? 二度目の結婚式もいいんじゃないか」

 一度目はもちろん、原種大戦の直後、護が宇宙へ旅立つ寸前、星の見える丘で挙げた式だ。心ない人物なら、『子供のママゴト』と評するかもしれない。だが、護と華は二人とも、あれが自分たちにとっての神聖な瞬間だったと思っている。でも、神聖な瞬間がたった一度でなくても良いのかもしれない……。

「……そうだね。華ちゃんと相談してみようかな、僕たちもこの戦いが終わったら……」

 その言葉を聞いた瞬間、凱の脳裏に閃くものがあった。

「なあ護、命や華ちゃんも賛成してくれたらの話だけど……結婚式、合同でやらないか?」
「ええっ、凱兄ちゃんたちと僕たちのを一緒に?」

 驚いたのは一瞬。すぐにそれは、最高に素晴らしいアイデアだと思えてきた。

「うん、やろうよ! 僕、近いうちに華ちゃんにプロポーズする。その時、提案してみるよ!」

 異星人である自分が、普通の地球人である華に、そんなことを求めて良いのか……そんな逡巡は、一瞬で吹き飛んだ。もともと護も華も、互いの心は固まっている。必要なのは、ほんのちょっとの後押しだけだったのかもしれない。

 

 ──凱と護がそんな話で盛り上がってから、一時間後。二人の女性が、バースペースへやってきた。卯都木命と初野華である。凱と護のことが心配になって、様子を見に来たのだ。命は飲み過ぎると酒乱になることもあるが、基本的に酒には強い。華は弱い方だが、自分の酒量をよくわきまえていて、護のように見栄を張って飲み過ぎることはない。
 そんな二人が見つけたのは、カウンターに並んでつっぷしている凱と護の姿だった。

「あーあ、凱……やばくなってきたら、アルコール分解すればいいのに」
「そんなもったいないことできるか、こんな楽しい酒なのに……」
「ほら護くん、お水飲んで」
「ありがとう、華ちゃん……」

 華が差し出した水を一息に飲み干して、護は唐突に切り出した。

「華ちゃん……僕、凱兄ちゃんと結婚式挙げるんだ」
「ええっ!?」

 裏返った声を出したのは、華ではなく命である。華は衝撃に目を見開き、震えている。そんな女性陣の様子に気づくこともなく、凱も上機嫌で言葉を続ける。

「ああ、そうだな護。教会式にするか、神前式にするか、決めなくちゃな」
「………」

 次の瞬間、華が意識を失って倒れた。命があわてて、その身体を抱きとめる。その後は一騒動であった。渋る凱を命が一喝して、エヴォリュダー能力全開で、アルコールを分解させる。護の方には、GGG研究部特製の肝機能増進剤が投与され、二人とも強制的に素面に戻されたのだ。酔いが覚めた凱と護の説明で、命と華の誤解は解けた。だが、男性陣二人には、きつい禁酒令が言い渡されたのも、無理からぬことであった……。

 

 凱と護がそんな酒宴を繰り広げていた頃、戒道とアルエットは展望室にいた。二十四時間体制の宇宙基地において、時間感覚はあやふやなものになる。深夜に密会している……というような意識は、どちらにもない。先日、『二人きりで食事するようなことはもうしない』と、戒道が宣言した。それを律儀に守っている二人は、多くの人が行き交う場所で、お茶を飲んでいた。戒道は日本茶。アルエットはアップルティーである。
 この日、戒道は勤務中からずっと嬉しそうな微笑みをたたえていた。周囲からたまたま人の姿が見えなくなった瞬間、アルエットが訊ねてみる。

「何かいいことがあったの、戒道さん?」
「君には、なんでもお見通しなんだな」

 軽く驚く戒道に、内心で(あんなニコニコしてたら、私でなくたってわかるわ!)とツッコミを入れつつ、アルエットは無言でうなずいた。そんな少女の内心に気づくこともなく、戒道は隊員服のポケットから、カードを取り出した。

「大切な人が、結婚することになったんだ。それが嬉しくてね……」

 カードに見えたのは、招待状だった。受け取ったアルエットは、開いてみて、愕然とする。

「か、戒道さん、こ、この人……! ユカさんじゃないの!?」
「そうだけど……?」

 素直にうなずいた戒道には、アルエットの驚きの意味が理解できていないようだ。だが、アルエットにしてみれば、当然の反応だ。
 戒道が少年の頃、記憶を失った時期に世話になっていた農場の一人娘、それがユカ・コアーラである。それ以来、大人になった今も戒道は、彼女のことを想い続けている。それは端から見ても明らかだった。だからオーストラリアでアルエットは、ユカを戒道が入院している病室に連れて行ったのだ。

「戒道さん、ユカさんのことが好きなのよね? 友人としてでなく……」
「ああ、女性として好きだ」
「なのに、ユカさんは別の男性と結婚するの!?」

 戒道から見せられた招待状は、ユカと見知らぬ男性の結婚式の招待状だったのだ。日焼けして健康そうな、いかにも好青年といった若者が、ユカと並んで写真に映っている。

「そりゃ、彼女にはちゃんと交際相手がいたからね」
「だってあの時、病室で『いいおつきあいをしてる』って……」
「いい友人づきあいをしているよ。だから嬉しいんだ、彼女が幸せになることが」

 アルエットが何に興奮しているのか、まったく理解していない口調で、戒道はつぶやいた。目眩さえ覚えそうな感覚にとらわれつつ、アルエットは以前聞いた噂話を思い出す。
 子供の頃、戒道は初野華に淡い想いを抱いていた。だが、彼はそれを表に出すことなく、華と護を再会させるため、命がけで戦ったのだという……。

「あなたって人は……」

 うつむいて、小さくつぶやくアルエット。その肩は、小刻みに震えている。

「どうかしたのか、アルエット……?」
「あなたって人はいつもいつもそうやって、人の幸せばかり考えてるの!?」

 アルエットは至近距離から、涙に濡れた大きな瞳で、戒道の目をのぞきこんだ。

「たまには自分の幸せを、一番に考えなさいよっ!」

 アルエットの語勢に押されて、戒道は想わずうなずいた。

「あ、ああ……」

 口ではこう言っていても、この人は自分の言葉をまだ理解してはいない。アルエットは、そのことをよくわかっていた。

(いいわ、これから時間をかけて、私がわからせてあげるんだから……!)

 温かかった日本茶とアップルティーは、すっかり冷め切っていた。

 

 覇界王ジェネシックとの最終決戦。
 その日は近いと、凱──そしてベターマンたちは予測している。だが、それがいついかなる場所になるか、予想することは不可能だった。昨年の木星での対決時、凱たちは覇界王ジェネシックをワームホールの彼方へ封じ込めた。
 つまり、次に出現する時は、いずこかにワームホールの出口を開いてくるであろう可能性が高い。それが地球上であるのか、また木星近傍になるのか、まったく異なる場所になるのか、予測は困難だ。
 出現する時刻も、空間軸と同じように時間軸がずれる可能性を考えると、特定はしがたい。下手をしたら百年後、いまのGGGがいなくなった後で現れることすらありえるのだ。全宇宙規模での栄枯盛衰を司るトリプルゼロにとって、百年や二百年のズレは誤差の範囲内であろう。
 そしてGGGの側にも事情はあった。覇界王キングジェイダーとの戦いで死力を尽くし、多くの勇者ロボたちが大ダメージを受けた。整備部の人員にも限りがある以上、すべてを同時に進めることはできない。中でも大破したガオファイガーの修復を優先した結果、勇者ロボたちの方は、手つかずに近い現状だ。それらが終わるまで、覇界王ジェネシックの出現が遅れてくれたら……という祈りにも近い願いがある。
 数少ない希望としては、キングジェイダーの存在がある。強力な自己修復機能を持つジャイアントメカノイドは、GGGの手を借りることなく、本来の機能をすべて回復した。浄解されたソルダートJはアルマのためか、覇界王と戦う意志を固めている。ガオガイガー、ガオファイガー、ガオガイゴーとともに、頼もしい力となってくれるだろう。
 そんな状況のなか、GGGは哨戒行動を強化しつつ、覇界王ジェネシックの再臨に備えていた……。


「……護くん」

 初野華が、天海護を呼び止めたのは、ダイビングチャンバーに続く通路だった。一緒に待機するため、行動をともにしていた戒道幾巳は事情を察して、無言で先に行く。
 相棒の配慮に内心で感謝しつつ、護は問いかけた。

「……どうしたの、華ちゃん?」
「あの……あのね……」
「うん……」

 自分から呼び止めたにも関わらず、華はなかなか口を開こうとしなかった。珍しいことではない。子供の頃から華は、自分の気持ちを表に出すのが不得手だった。だから、護も焦らない。

「あの……なんだかわからないけど、言いたくない事なら、無理に言わなくてもいいと思うよ。僕、華ちゃんがその気になるまで、待ってるから」

 護の気遣いに感謝しつつ、華は勇気を出して切り出した。

「……でも、でもね、言わなくちゃいけないことなの……」
「──うん」

 華の決意が伝わったのか、護もうなずいた。続く言葉を静かに待つ。そして、この二人の緊張感を、そのつもりもなく、共有してしまっている人物がいる。
 護と華がいる通路の一角からすぐ近く、曲がり角に身を潜めている彩火乃紀である。

(うわぁ、なんかまずいタイミングで通りかかっちゃった。聞いちゃまずい気がするけど、今さら出て行くのも──)

 火乃紀もまた、ダイビングチャンバーに行く途中だった。気軽に声をかけて、「お取り込み中みたいだから、先行くね」とでも言って通り過ぎればよかったのだが、完全にタイミングを逃してしまった。
 そんな火乃紀の存在に気づかず、華は心の中で唱えた。

(怖くない、怖くない……)

 それは幼少期に暮らしていた北海道のかまくらで、他ならぬ護から教わったおまじない。その後もずっと、事件と遭遇しやすい体質の華を守ってくれた。
 そんなおまじないに勇気づけられた華は、ついに意を決して、口を開いた。

「あのね、護くん。もし私が人類の敵になったら──」
「ええっ!」

 護は心底驚いた。華の雰囲気からして、深刻な内容だろうと想像はついていた。だが、それはあくまで個人的な悩みだろうと思っていた。“人類の敵”などという単語が出てこようとは、予想だにしていなかったのだ。

「護くんの手で……私を斃してほしいの」

 その言葉は、物陰で聞いていた火乃紀にも伝わった。ただ驚くだけの護とは違い、火乃紀にはひとつ思い当たるフシがあったのだ。
 そんな火乃紀の存在に気づかぬまま、護は語気を強めた。

「どういうこと!? 華ちゃんが人類の敵なんて、あるわけないじゃないか!」
「私だって、そんな風になりたいわけじゃない。でも……でも……」
「お願い、華ちゃん。ちゃんと説明して」

 護は華の両肩をつかんで、その顔をのぞきこんだ。だが、華は顔を背ける。まるで護の視線から、逃れるように──

「僕たち、十一年前、夫婦になったじゃないか。あの星の見える丘で──」
「うん、私にも大事な思い出──」
「だったら、悩みも不安も教えてよ。華ちゃんはもう一人で怖がらなくてもいいんだ。なんでも一緒に怖がって、一緒に乗り越えていこうよ!」

 それは華にとって、もっとも嬉しい言葉だった。ここしばらく、ずっと一人で悩み続けていたのだ。誰かに相談したい、でもできない。そんな華にとって、やはり護は特別な人だった。大きな瞳に、大粒の涙を浮かべてうなずく。

「……うん」

 ──その時だった。GGGオービットベース全域に、非常警報が流れた。それも、特別な事態の時にしか発令されない、特級警報。その意味するところは明らかだ。護は武者震いとともにそれを悟った。


(──現れたんだ、覇界王が!!)

(つづく)


著・竹田裕一郎


次回9月15日更新予定


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