覇界王~ガオガイガー対ベターマン~【第65回】
《前回までのあらすじ》
十年前、全宇宙を救うために旅立ったガッツィ・ギャラクシー・ガードの勇者と隊員たちが、すべて帰還した! さらにベターマン軍団により二〇〇五年の過去から運ばれてきたギャレオンが初代ガオガイガーとなり、凱の新たな力として加わった。
決戦の地・南極で、覇界王ジェネシックは最後の力で次元ゲートを開き、トリプルゼロを呼び込もうとする。全宇宙存亡の危機に対抗するのは、全人類の叡知と勇気を集約した、衛星軌道サイズのファントムリング! 究極のブロウクンファントムで、トリプルゼロを次元ゲートの彼方へ押し返し、長く続いた戦いは遂に終わった……。
そして初野華は、自分のうちに新たな命が宿っていることを、護に告げるのだった。
(※お詫びとご報告)全体構成の見直しにより、連載56回~64回のサブタイトルを「number.09 輪-RING- 西暦二〇一七年」と改め、連載65回を「FINAL of ALL 対-VERSUS- 西暦二〇一七年」の第一回とさせていただきます。
FINAL of ALL 対-VERSUS- 西暦二〇一七年(1)
1
「おめでとうっ!!」
ビッグオーダールームに、盛大なお祝いの言葉と乾杯の音が鳴り響いた。巨大スクリーンには、全世界からの祝福のメッセージが表示されている。そう、この巨大な空間に人々と勇者ロボ(当直任務の者と治療中・修理中の者を除く)が集まったのは、お祝いのためだった。
天海護と初野華の二世ご懐妊──
獅子王凱と卯都木命、天海護と初野華、合同結婚式の発表──
EI-01襲来より続いた戦いの日々と、インビジブルバーストをはじめとする災厄の日々の終了──
南極における覇界王ジェネシックとの決戦の後、それらが発表され、宣言され、GGGオービットベースはお祝いムードに包まれた。もちろん、その空気は全世界が共有するものであり、国連は様々なイベントを企画しているらしい。だが、まずは仲間うちで祝おうということになり、ビッグオーダールームに人々とロボたちが集まったのである。
「護隊長、初野オペレーター、おめでとうございます。これは諜報部からのお祝いです」
メイドロボのピギーちゃんに片手を握られたまま、ボルフォッグが二人の前にデータディスクを置いた。
「うわっはー、ありがとうボルフォッグ! 中身は何?」
「ご覧ください」
ディスクに記録されているものと同じ映像を、ボルフォッグがモニターに表示する。それはかつて、ボルフォッグが護を護衛する任務を担当していた頃に撮影した記録映像を、編集したものだ。まだ少年だった護がゾンダーに勇敢に立ち向かう姿や、その隣でトラブルに巻きこまれている華の姿が映し出されている。
「ふええっ、やだ、こんな映像も残ってるの……!?」
周囲から笑いがもれると、華の頬は薄紅色に染まった。
「さすがは諜報部の大先輩。仕事が細かい!」
同じ諜報部のロボであるポルコートは、ピギーちゃんがトレイに乗せているロボジュースを受け取りながらおどけてみせた。今はもう老犬となって地球で余生を送っているよーぜふが、過去の映像の中では力強く少女の頃の華をぶんぶんと引きずりまわしている。
「うわ…はぁぁ……」
いまだ戸籍上の体裁は整えられていないが、護は十年以上前から、華のことは自分の“妻”だと思っている。いまだ少女のような初々しさを残したままの愛妻を見て、護はつい先日、懐妊を打ち明けられた日の会話を思い出す。
「う…うわ…うわ……うわっはーーーーっ!!!」
「ま、護くん……声大きいよ。隣の病室には、ケガして寝てる人もいるんだから」
「あ、ごめん……」
護はあわてて、自分の口を両手で塞いだ。そうでもしないと、歓喜の声が止められそうになかったからだ。しかし、精一杯の自制心を発揮しているうちに、少し落ちついてきたようだ。声を潜めて、問いかけてみる。
「でも華ちゃん……さっき、出撃前に言ってた『もし私が人類の敵になったら──』ってのは、どういう意味だったの?」
「あ、あれはね……その、私、自分の中に機界新種の種子が埋め込まれていると思っちゃって……」
機界新種──それは、原種大戦の最後に現れた、機界生命体の究極の存在である。二〇〇三年に飛来したEI-01が卯都木命の体内にその種子を埋め込み、三年の潜伏期間の後に発現した。機界新種ゾヌーダとなった命は、物質昇華によって人類を滅ぼしかけたのだ。
「木星に行く前から、体調がおかしくて……自分で調べてるうちに、ゾヌーダになる前の命さんと同じ症状じゃないかって思い込んじゃって……」
華は真っ赤になって、自分の勘違いの顛末を説明した。木星からの帰り道、両手首を捻挫していた華が小型高速艇フライD5で先に地球に帰還する選択をしなかったのも、狭い艇内でゾヌーダとして覚醒してしまう可能性を怖れたからだった。
(あの時、もっとちゃんと聞いておけばよかった……)
そう思って、護は苦笑する。しかし、自分の最愛の人は、こういう人なのだ。
(僕の正体を見られた後も、こうだった……)
小学生の頃、三重連太陽系人としての能力を使う瞬間を、華に見られたことがあった。そのことで思い悩んだ華は、護に問いかけたのだ。
「あなたは……宇宙人なの?」
怯えて、警戒心を露わにした、冷たい言葉。護が宇宙人だと知ったから、出てきた言葉というわけではない。護になりすました“宇宙人”に向けた言葉だったのだ。あの時の華は、大好きな人が別人と入れ替わってしまったと思い込み、誰にも話せず、一人で悩んでいた。
トラブルに巻きこまれやすい体質も、一人で思い悩み勘違いしてしまう性格も、子供の頃から変わっていない。そのすべてが、護にとっては愛しい人の大切な一部分だった。
ベッドサイドの椅子から身を乗り出し、護は華の身体を、そっと抱きしめた。文字通り、壊れ物を扱うかのように、優しく、丁寧に、精一杯の愛情を込めて。
「華ちゃん……これからも、華ちゃんはいっぱい勘違いしていいよ」
「護くん……」
「戦いはもう終わったんだ。これからは僕が華ちゃんのことを、ずっと見てるから……誰よりも早く勘違いに気づいてあげるから……」
華にとっては最高に嬉しい言葉だった。
「うん、護くん……私、たぶんこの先もいっぱいいっぱい勘違いしちゃうと思うけど……ちゃんと気づいて、浄解しちゃってね」
「え?……浄解? え~と、くーらてぃお~!」
さっそくボケた華の頭を、護は左手で浄解ポーズを真似てやさしく撫でる。
「えへへ……」
見事なツッコミに和らいだ華も、ゆっくりと護の背中に両手を回した。天海護と初野華──違う星に生まれた二人は、十年以上前、既に夫婦としての誓いを立てている。そしてこの日、二人は……いや、三人は家族となったのだった。
今、ビッグオーダールームで人々とロボットたちの輪の中心にいる、天海護と獅子王凱。そして、彼らに寄り添う初野華と卯都木命。まるで明るく眩い恒星が、世界の中心にあるような光景だ。そんな彼らの輝きを受け、光を照り返すように見つめている者たちもいる。そのうちの一人、ルネ・カーディフ・獅子王は誰に聞かれるともなく、ぽつりぽつりと語り出した。
「あれは……凱と私がサイボーグになってから、初めて会った時だった……」
それは二〇〇五年の秋、原種大戦さなかの出来事だった。バイオネットのエージェントを追って中国に渡ったルネは、ZX-05・脊椎原種と交戦中のGGGに遭遇、凱と久しぶりの再会を果たしたのである。
「あの頃はなんだか色んなものが癇にさわってさ。凱にも当たり散らして、言っちゃったんだよ……母さんを捨てたあの人に造り直された、この身体で生きなければならない辛さは、あんたにはわからないってね」
凱もルネも、不本意な事情で生来の肉体を失い、実父の手によるサイボーグ手術で延命した、よく似た過去を持っている。だが、凱の父である獅子王麗雄が生涯ただ一人の妻を愛し、あたたかな家庭を築いていたのに対して、ルネの父である獅子王雷牙は奔放そのもの人生を送っていた。自分が生まれる前に、父母が別れていたという事実が、ルネの性格に大きな影響を与えていたことは疑いない。
「それは……凱さん、困っただろうな……」
ルネのつぶやきにそんな感想をもらしたのは、隣に立っている戒道幾巳だ。
「でも、そう言ってしまった気持ちはわかる。僕も昔、似たようなことをしてしまったから……」
戒道が口にしたのは、同じ二〇〇五年の暮れ、木星での機界31原種との決戦直前のことだ。戒道と養母のことを心配する護に対して、「君は哀れだな」という言葉をぶつけてしまったのだ。護も戒道も地球の子供ではなく、三重連太陽系で生まれたが故の宿命を背負っている。いずれ来る別れの時、周囲との絆をたくさん育んできた護の方がつらいだろう……という意味の言葉だ。
「あの坊やがそう言われた時の顔、見てみたかったな」
当時の護の表情を想像して、ルネがふきだしそうになる。
「もう坊やじゃない。今は護も僕も、ルネさんより年上だ」
「ははん? 悪いけど、私にとっては二人とも坊やのままだよ」
「……ふっ」
笑いの衝動が、ルネから戒道に伝染したようだ。二人とも、笑みを浮かべたまま、人々の中心にいる、凱と護の姿を眺める。
「やっとわかったような気がする。僕とルネさん、あまり話したことなかったのに……なんであの時、あんな言葉をかけてくれたのか」
それはソール11遊星主との戦いの後、三重連太陽系から、戒道と護の二人だけが、ESミサイルで太陽系に帰還する時のことだ。旅立つ戒道にルネが送った「親を大切にな」という言葉。
「多分、僕とあなたは似た者同士……」
「あー、同病相憐れむってヤツかな」
言いかけた戒道の言葉を、ルネが遮った。遮った言葉のあまりにも酷いセンスに、戒道が絶句する。一歩離れたところで、二人のやりとりを見守っていたアルエットは、そんな戒道の様子が面白くて、微笑みを浮かべていた。
(ルネも戒道さんも自分のことを、眩しく輝く太陽の影のような存在だって、考えてたんでしょうね……)
アルエットは思わずといった仕草で、右手で戒道の左腕をしっかり握り、左手でルネの熱を帯びた右腕を上手く摘まむようにとって、二人の間に割って入る。
「ね、二人とも知ってる? 月は自分では輝かない。でも、月があるからこそ、人は夜道でも歩けるのよ!」
戒道もルネも、「はあ?」「どういう意味?」という表情を浮かべる。意味は通じなかったようだが、別にかまわない。だからこそ、自分はこの二人が大好きなのだと、アルエットは自らの気持ちを再確認した。
「……ところで凱長官、僕たちのようなロボは結婚式ってのに招待してもらえるのか?」
「炎竜、ワガママを言うもんじゃない。このビッグオーダールームみたいな広い会場は、そうそうないんだぞ」
駄々っ子のような炎竜を、氷竜がたしなめる。久しぶりに見る兄弟の平和な会話に苦笑しながら、凱は居並ぶ竜兄弟姉妹たちに語りかけた。
「みんな、気持ちは嬉しいけど、式場はまだ決まってないんだ」
凱の言葉を受けて、風龍と雷龍が真剣に検討する。
「おい風龍、天井が低い会場でも、ビークルモードなら入れるんじゃねえか?」
「そうだな雷龍、全員セミビークルモードならロボジュースで乾杯もできるな」
「あらお兄様方、いざとなったら私のブロウクンブレイカーで、天井を破壊してみせますから、心配はいりませんわよ!」
「ヤー、お任せください」
胸を張る日龍と敬礼する月龍。一方で、もう一組の妹たちは、うっとりと語り合っている。
「闇竜、あたしもいつか、結婚式してみた~い」
「光竜はシンメトリカルドッキングの度に、私と結ばれているようなものでしょう」
相変わらず仲よさげな光竜と闇竜。兄弟姉妹が様々な激論を交わす中、末っ子は別のことに注目している。
「あの~、マイク先輩、どうしたんですか? なんだか元気がないような」
翔竜が心配げに声をかけたのは、目の前のロボジュースに手をつけようともしていないコスモロボ形態のマイク・サウンダース13世だ。
「OH! そんなことないもんね。マイク、マイフレンズのおめでたいセレモニーが楽しみで仕方ないんだもんね!」
そう言って、ロボジュースを一気飲みするマイクだが、どう見ても空元気である。
「マイク……ゴルディのことが気になるのか?」
凱に指摘されて、マイクの顔面モニター部は、ビックリマークの列で埋め尽くされる。
「NO!NO! ゴデブーなんて、いない方がサイレントでハッピーだって思ってたところだもんね!」
地上に墜落しかけたオービットベースを衛星軌道に押し上げるため、かなりの無理をした勇者ロボ軍団。しかし、ほとんどの機体には改めて修理とメンテナンスが行われ、この場に無事な姿を見せている。例外は、トリプルゼロの浸食による痛手が癒えていないジェネシック・ギャレオンとジェネシックマシン。そしてゴデブーこと、ゴルディーダブルマーグである。覇界王ジェネシックの苛烈な一撃から、ガオガイガーの楯となって爆散したゴルディの修理については、いまだ目処が立っていない。
「心配はいらないさ、あいつはすぐに帰ってくる。これまでもそうだっただろう」
凱のその言葉を聞いて、マイクの目玉がパチパチとまばたきを繰り返した。そして、途端に明るい声でおどけ出す。
「そうだったもんね! あんなウスラトンカチの心配なんか、するだけ無駄だもんね。復活したら、マイクのバックバンドでこき使ってやるんだもんね! ゴルディオンダブルハンマーでドラム演奏させるもんねー!」
「おいおい、それじゃ片っ端から光にされちまうぞ」
若きGGGグリーン長官のあきれ顔に、勇者ロボたちの間からも笑い声が起きる。そんな一同の姿を見守っているのは、卯都木命とGGGグリーンのオペレーター三人だ。
「ミコート! せっかく戦いが終わったのに、ダーリンをロボたちにとられちゃってマース!」
「でもいいもんだなぁ。厳戒態勢が完全に解かれた状況は、整備部としても久しぶりだから、こうやってお祝いにも参加できる」
「諜報部でさえ、警戒レベルが珍しく低い」
スワン・ホワイト、牛山一男、猿頭寺耕助がにこやかに話す。
「みんな、ありがとう」
命もあらためて仲間たちに頭を下げた。
「ガイとラブラブゴールインですね♪」
「二人とも、この日のために頑張ってきたからね」
「“地球外知性体をやっつけるまでは、恋人同士じゃない。ただの仲間だ”って誓ったんでしたな。いやぁ、長かった」
三人の古参オペレーターに次々とはやしたてられ、命は真っ赤になった。
「……どうして、そのこと知ってるの!?」
それは獅子王凱がサイボーグとして生まれ変わった直後、GGG入隊を決意した命との間に交わされた約束だった。
「オウ、ミコト、酔っぱらうといつもその話をしてるデース」
「コンソールでうたた寝してる時は定番の寝言だしね」
「ちなみに、諜報部の備忘録にも記載されてるよ」
「えええっ!?」
耳まで赤くなり、両手で顔を覆う命を、三人が微笑ましげに見る。彼らはGGGが設立する際、最初期に選抜された精鋭スタッフである。入隊の数か月前まで普通の高校生だった命にとって、様々な経歴を持つ超エリートである彼らの列に加わるにあたっては、大きなプレッシャーが存在した。だが、素人同然の命に対して、三人は先輩として時には親身に、時には厳しく、指導してくれた。そのおかげで命は、今日まで凱をサポートして戦い抜くことができたのだ。もちろん、機動部隊隊長である凱のメンタル面を考えて、最適なサポート役を必要としたという面もあるだろう。だが決してそれだけでなく彼らは、卯都木命という一個人を、ともに戦う仲間として認めてくれたのだ。命にとっては、なによりも嬉しく、誇らしい勲章だった。
「あの、こんなところで言うのも変ですけど……みなさん、今までありがとうございました! あと…その……これからもよろしくお願いします!」
そう言って、命は深々と頭を下げた。スワンは瞳を潤ませて微笑み、牛山は目を細めてうなずき、猿頭寺は照れくさそうに頭を掻いた。EI-01の襲来によって両親を失い始まった、彼女の長く過酷な闘いの日々──それはようやく、終わりを迎えたのだ。
ビッグオーダールームの中央では、大河と火麻もノンアルコールビールの祝杯を交わしている。
「激……」
「みなまで言うな、幸ちゃん! 今日は飲み明かそうぜ!」
激の涙声に感極まった大河は、静かにこの状況を噛み締めているようだ。そして、既にいい気分でふらついているのは山じいだ。
「いや、めめめめでたいっすわ、しゃしゃ社長!」
「山じい、酔ってるのか?」
「まあ、いいじゃないか。今日は特別な日だ」
楊龍里がそう言って、微笑む。普段はお堅い鉄面皮が、ほんのりと染まっているようだ。
「んん? 楊の旦那もいい匂いさせてんじゃねえか、こりゃ紹興酒だな!」
阿嘉松はコンソールモニターにもたれながら、自分の口ひげをつまんで引っ張っている。
「まあたしかにめでたいんだがなぁ、俺ぁ、こういう時、なんつーか、少し不安になるんだよなぁ……」
「ほいっと!」
少し神妙な面持ちになる息子の尻を、浣腸のように立てた指で突き上げる雷牙。
「うぎゃっ! でででる!!」
「滋、もっと喜べ~、うりゃうりゃ~!」
「くうっ、誰だ! このクソじじいにまで飲ませたのはっ!!」
「親子っすわ~」
そんな騒がしい人々の輪の少し外で、火乃紀と蛍汰は静かに並んで観ている。
「火乃紀ぃ、紗孔羅ちゃんは?」
「まだ体を動かすのに慣れてないから、少し休んでる」
「そっか……」
「タマラとプリックル参謀も…まだちょっとね…だから……」
「ああ…そ…だな……えっと…あのさぁ…」
やや疲れ気味の火乃紀を励まそうと、蛍汰は話題を変えた。
「俺たちもさぁ…えへへ、一緒に式挙げたりとか…どうかなあ?」
「本気で言ってる? 蛍ちゃん……私、八七木さんと楓さんのこと、思い出しちゃって……」
「え……ああ、そ…そっか……」
過去にアカマツ工業で婚約発表したカップルの顛末を思い起こし、二人は黙り込んだ。だが、そこで黙りっぱなしになるような蛍汰ではない。
「あのさ、火乃紀……今まで悲しい事とか、いろいろあったけどさ。そんなのジンクスとか伝統とかにしちゃいけないんじゃねえか? あの人たちの分まで、俺たちが幸せになって、全部上書きしてやんだよ!」
「……うん」
火乃紀の脳裏には未だ、亡き兄の面影を持つラミアの姿がよぎる。ベターマンたちのことも気になるが、今の自分はアルジャーノンと戦う決意をした生体医工学者である。導いてくれた故・都古麻御の意志を受け継いで、自分にできることを貫かねばならない。様々な思いが交錯する中、孤独ではない境遇をしっかりと自覚した彼女は言葉を紡いだ。
「……そうだね」
火乃紀はそう言って、蛍汰の腕にしがみついた。職場での公私混同を嫌う彼女としては、とても珍しい。そう、何があろうと生きとし生けるものは生きることを怠ってはならない。嵐が過ぎ去った後の穏やかな日だまりのような瞬間のなかで、彼らはそう信じていた……。
2
GGGオービットベース、第三デッキの減圧が完了した。外壁に通じるハッチが開放され、そこはもはや宇宙空間の一部となる。真空環境にたたずむのは、機械仕掛けの獅子──宇宙メカライオン<ギャレオン>のみ。いや、生命体の生存を許さない環境下で、ギャレオンに寄り添う二つの影がある。
「……世話になったな、ギャレオン」
「向こうに帰ったら、小学生の僕のこと、よろしくね」
そう語りかけたのは、獅子王凱と天海護である。いや、語りかけたわけではない。この場では、音声は届かないのだから。Gストーンの力で全身を緑に輝かせた二人は、心の中で別れを告げたのだ。
双眸を輝かせたギャレオンは、声なき咆吼で別れを告げ、宇宙空間に進み出た。そして、二人を噴射炎に巻きこまない距離まで離れると、Gインパルスドライブを駆動させ、飛び立っていった──地球へと。
南極での決戦の後、ソムニウムたちが忽然と姿を消す際、ベターマン・ライがリミピッドチャンネルで告げていった。
『機械仕掛けの獅子は、傷が癒えた後、我らのもとへ自らやってくるでしょう。さすれば拙者が、正しき時の彼方へとお送りします』
その言葉の通り、自己修復を終えたギャレオンは、自らの意思で旅立っていったのだ。二〇〇五年の過去へと帰還し、凱や護と力をあわせて、ゾンダーや機界31原種と戦うために──
彼方へ去って行く光点が見えなくなると、凱と護は基地内部へと続くエアロックに入った。これまでと、そしてこれから、自分たちの力となってくれたギャレオンを、どうしても見送りたかったのだ。やがて気閘内部が一気圧で満たされると、通路では命と華が待っていた。
「ごめんね、華ちゃん。待たせちゃって」
「ううん、ギャレオン見送りたい気持ち、わかるから」
真空に身をさらすことが可能であれば、隣にいたかった……そんな気持ちを込めて、華が微笑む。無論、宇宙服を着れば可能なのだが、今の華は特別な身体だ。護に反対されるまでもなく、華自身が自重して、与圧区画から窓越しに見守ることを選んでいた。
「じゃあ、僕たち、定期検診に行ってきます」
そう言って、護と華は医療区画へ通じるエレベーターに乗り込んでいった。手をつないだ二人は少年少女のように初々しく見えた。
「いいなぁ、仲よさげで」
「俺たちだって、充分仲いいだろ」
思わずといった感じでつぶやいた命の肩を、凱が抱き寄せる。窓外に浮かんでいる地球の青い光に照らされながら、命は凱の肩に自分の頭を乗せた。そうしてしばらく、二人とも言葉を発することなく、この穏やかな時間に浸っていたのだが、命はとあることを思い出して、はっとした。
「そうだ、凱! これ見て!」
命はGGG隊員服のポケットから、小さなアクセサリーを取り出した。凱にはもちろん見覚えがある。もともと凱がいつも身につけていたものであり、自分でも気づかぬうちに失くしてしまったものだったのだから。
「命、これ……いったいどこで?」
「三重連太陽系のレプリ地球で拾ったの。ガオファイガーの残骸のなかで、凱を探している時に……」
その言葉で、ようやく凱も理解した。そう、レプリ地球で一度パルパレーパに敗れる直前まで、このペンダントを身につけていたのだ。
「そうか、あの時に……」
「でもね、不思議なんだよ。私が見つけた時、傷だらけでへこんだりしてたのに……」
見たところ、ペンダントは新品同様の輝きを放っている。とても激しい戦いに巻きこまれて、放り出されたようには見えない。
「それにね……この写真……」
命がペンダントを開いてみせると、そこには高校の制服を着た命自身の写真があった。今度こそ、凱も愕然とする。
「なんで、この写真が……!」
凱が驚いたのも無理はない。もともとこの写真は、二人が十八歳の頃、命から贈られたペンダントに入っていたものだ。凱はそのペンダントを大事にして、サイボーグになった後も、肌身離さず持ち続けていた。しかし──機界新種ゾヌーダロボとの決戦の際、あらゆるものが物質昇華され、このペンダントも失われた。その後、命は同じペンダントを購入してきて、改めて凱に贈ったのである。GGG隊員服姿の、二十一歳の自分の写真を入れて。レプリ地球に旅立った時、凱が身につけていたのは、その二代目ペンダントのはずだった。十八歳の命の写真を収めた、初代のペンダントであるはずがない。
「いったい、なんでこんなことが……」
「わけわからないでしょ! 私も昨日、やっと手元に戻ってきて……中を確かめてみたら、びっくりしちゃって……」
「戻ってきた? 今まで、どこにあったんだ?」
凱の質問に、命は順を追って答えた。レプリ地球で拾った二代目のペンダントを、命はその時に着ていたGGG隊員服のポケットにしまっていた。だが、ジェネシック・ガオガイガーを起動させる際、真空に身を曝したことで、命は一時重篤な状態に陥った。その際、治療衣に着替えさせられたことで、ペンダントは隊員服ごと、脱出艇クシナダのなかで保管されていたのだ。
「そうか、じゃあこのペンダントも、俺たちと一緒に、オレンジサイトにたどりついていたのか……」
命の話を聞いているうち、凱は理解した。オレンジサイトに満ちていた濃密なトリプルゼロは、触れたものすべてを“あるべき姿”へと再生した。ゴルディオンクラッシャーの制御AIだったゴルディーを、勇者ロボの姿へと戻したように。つまり、このペンダントはあの時、最初に命から手渡された時の姿こそが、あるべき姿だったのだろう。
(物質としての形状より、持ち主の記憶にある形状を優先した復元……ってことなのか)
そんなことを考えつつ、凱は思い出す。原種大戦の際、宇宙にいる時だけ、サイボーグ体にのみ認識できた母親のことを。あの時の母・絆は、若き日の姿であり、三つの感情が一つずつに分かれた姿となっていた。トリプルゼロの一部であるザ・パワーによって齎された現象だが、宇宙の摂理による摩訶不思議な再生に、人類がその法則を定義づけするのは不可能かもしれない。
「……トリプルゼロに感謝しなきゃな」
「なに言ってんの? あんなにしんどい目にあわされたのに!」
凱の言葉を聞いて、命が真剣に怒り出す。
「悪い、そのうちちゃんと説明するよ」
「そのうちっていつよ!」
頬をふくらませた命にポカポカと胸板を叩かれ、凱は降参の仕草をする。ささやかなケンカはすぐに終わり、凱はペンダントを見つめて、静かにつぶやいた。
「俺も、あるべき姿に戻れるかな……」
「あるべき姿って、もうサイボーグじゃないんだし」
「そういうことじゃないんだ」
凱は強化ガラスの向こうに見える宇宙を見た。青い地球を、ではない。もっともっと遠く、彼方の深宇宙を見るようなまなざしだ。
「俺はもともと、宇宙飛行士だったんだ。最初は、木星で遭難した母さんを迎えに行きたいって気持ちからだったけど……いまは、母さんや父さんの夢を継いで、もっと遠くへ行きたい……そう思ってる」
「そっか、それが凱の“あるべき姿”なんだね……あれ? もしかして私、地球でお留守番? 置いてかれるの!?」
「命がそれで納得するとは思ってないさ。一緒に行こう……夫婦飛行士として、どこまでもさ。すべての戦いが終わったら……」
「はあぁぁぁ?……凱の夢は大っきすぎるよぉ。うん、でも私、そんなとこも好きかな」
満面の笑みで、命はうなずいた。そして、嬉しさが込みあげすぎて、つい聞きそびれてしまったことも、この時は忘却の彼方へと消えていった。
“すべての戦いって、もう終わったんじゃないの?”
3
『いやぁ、まいりました。まさかこんなことになるとは』
『まいった、ではすみませんぞ。我が事ながら情けない』
時は、ギャレオンの旅立ちとほぼ同時刻。所は、横浜のセプルクルム。まいっているのは、ソムニウムのライ。憤っているのも、同じくもうひとりのライである。
ライとライがリミピッドチャンネルによる口喧嘩を繰り広げる光景を、ラミアたち六体のソムニウムが呆気にとられて、見つめている。
『ライ……どういうことだ?』
普段は感情を表に出すことのないラミアが呆然とした表情を浮かべているのは、めったにない椿事と言えるだろう。
『ライ同士でやりあってないで、わかるように説明しろ! どっちが本物で、どっちが偽物だ!?』
ガジュマルが直情的な意思を発する。二体のライはそろって、年少の同胞を見ると、まったく同じ仕草でため息をついた。
『……やれやれ、事はそう単純ではないのですよ、ガジュマルくん』
『さよう。拙者たちはわずかに位相がずれただけの同一存在。いずれも真物に他ならないのです』
その説明で理解した羅漢がうなずく。
『ンー…要するに、いま現れた方のライは、テンプスによる時の流れを遡ってきた存在というわけだな』
『おお、さすがは学究の徒は理解が早い!』
またも同じ仕草で、ライとライが琵琶のような楽器をかき鳴らした。賛辞のようだが、うるささが倍になっただけである。
『どういうこと? ボクにはさっぱりだよ……』
途方に暮れているヒイラギに向かって、羅漢が説明する。
『ンー…間もなく、機械仕掛けの獅子がここへ来る』
南極で、獅子王凱との間にはかられた意思疎通については、全員が承知している。自己修復を終えたギャレオンが彼らのもとへやってきて、ライが入手したテンプスの実の力で過去に送り届ける。そうすることで、歴史の流れに新たな分岐を発生させないようにしようという試みだ。それはソムニウム、人類、双方が望むところであった。
『左様、拙者は機械仕掛けの獅子をともなって過去へ行き、歴史の流れを正した後、テンプスの実によって、ふたたびこの時代に戻ってきたのですよ』
得意顔のライのかたわらで、うんざりした顔のライが補足する。
『ところが、この者は戻る時間を間違えたというわけですよ。本来、出発した時刻よりも後に戻るべきところを、前に戻ってきてしまった……』
『やあやあ、此処にいる拙者がまだ過去に旅立っていないため、同時にふたり存在してしまうとは、時の流れのなんたる奇妙なことか……!』
ここまでの説明で、ソムニウムたちにもようやく事態は飲み込めた。
『デウスだったら、こんな失態はしなかったろうな』
少し呆れた様子のユーヤが意思を飛ばすが、ラミアはいたって冷静に受け応える。
『……起きてしまったことは仕方がない。白き獅子がやってくるまで、何もせずにいることだ』
『ンー…ラミアの言う通りだな。この上、時の流れを乱してしまうようなことがあれば、デウスの所業を否定した意味がなくなってしまう』
羅漢もラミアに同意した。だが、ライには……いや、ライたちには異論があるようだ。
『なんということを……』
『このまま、この奇蹟をなかったことにしてしまうなど、あまりにももったいない』
並んで天を仰ぐライとライ。訝しげにシャーラが見つめる。
『なにか、良い考えでもあるの?』
『聞くな、シャーラ。どうせロクなことじゃない!』
うんざりした表情のガジュマルを気に留めるでもなく、ライたちは弦楽器をかまえた。
『ヒトの世には、連奏という文化があるのですよ』
『拙者、以前から憧れておりましたが……今までは独奏しかできず、美しき音色の調和はかなわぬものと思っておりました』
『運命の悪戯! 拙者たち、この場においてご披露いたしましょう!』
感極まったライが楽器を奏ではじめ、我が意を得たりといった様子でもうひとりのライがそこに合奏する。二体とも、同胞たちの迷惑そうな意思などお構いなしに。
この時、すでにセプルクルムの上空には、オービットベースから飛び立ったギャレオンが飛来してきていた。だが、二倍になった騒音を感知した白き獅子は、この場に降り立つか否か、戸惑っているようだった……。
(つづく)
著・竹田裕一郎
監修・米たにヨシトモ
次回1月29日更新予定
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