覇界王~ガオガイガー対ベターマン~【第68回】
《前回までのあらすじ》
かつて全宇宙を救うために旅立ったガッツィ・ギャラクシー・ガードの勇者と隊員たちは遂に帰還を果たし、覇界王との長き戦いもようやく決着した。
──だが、御伽噺はまだ終わりを迎えてはいない。
青の星の覇界王──
紗孔羅のその言葉に続いて、オレンジ色の幻炎に包まれたベターマン・カタフラクトが月面に出現! 先行したキングジェイダーと最強勇者ロボ軍団を圧倒するカタフラクトの前で、ついに最終ファイナルフュージョンを敢行するファイナル・ガオガイガー!
いまここに、勇者王ファイナル・ガオガイガーと超生王ベターマン・カタフラクト改の、互いの生存を賭けた決戦が始まる──!!
FINAL of ALL 対-VERSUS- 西暦二〇一七年(4)
7(承前)
GGG三長官による承認を受けて、二人の機動部隊オペレーターが応える。
「了解!」
「ウイ!」
初野華は左腕の、アルエット・ポミエは右腕のグローブを外すと、頭上に高々と伸ばした。彼女たちの目の前のコンソールには、長官たちが承認した瞬間、セーフティデバイスの解除端末が出現している。
「ゴルディオンアーマー! セーフティデバイス、リリーブッ!」
声を合わせて叫んだ華とアルエット、掌を端末に叩きつけた。発光した端末は、二人の掌紋を読み取り、モニターに<認証>の文字を表示する。長官たちによる三重承認と、オペレーターたちの二重認証を受けて、ついにそれは発動に至った!
――その名もゴルディオンアーマー!
この時すでに整備部オペレーターである牛山ブラザーズの操作で、ワダツミのミラーカタパルトには、巨大な消波用オブジェのような七基のGブロックのうち、六基がセットされている。
「Gブロック! 01から06……イミッション!」
華が01、02、03の──アルエットが04、05、06の射出パッドを、空いている方の拳で連打する。ただちにミラーカタパルトは電磁加速で、Gブロックの射出を開始した。
「よっしゃぁ! 待ってたぜ……ガジェットフェザーッ!」
そう叫んだ凱は、組み合っていたベターマン・カタフラクトを置き去りに、展開した翼で勢いよくファイナル・ガオガイガーを飛翔させた。即座に追撃しようとするベターマンだが、その全身にしがみつく者たちがいる。
「ガオガイガーの邪魔はさせません!」
「たとえこの身が砕けようとも!」
ビッグボルフォッグと翔超竜神である。いや、二体だけではない。初撃で既に深手を負ったはずの勇者たちがみな、死力を振り絞ってベターマンの行動を阻もうとしていた。
『ンー…非力だな』
羅漢の意思が奔るとともに、ベターマンが四肢を振り回す。無造作な行動に見えたが、トリプルゼロで倍加された膂力は、それだけで勇者たちを軽々と弾き飛ばしていた。
だが──!
稼がれた時間がわずか数十秒であろうと、その間にガオガイガーは六基のGブロックと編隊を組み終えていた。
ガオガイガーの周囲を飛ぶGブロックは、それぞれステルスガオーⅡの緑石光に輝くウルテクエンジンパーツに似た形状を成している。だが、ファントムリングやウォールリングは装着されておらず、その部分は三叉に分かれた円錐台だ。そのため、計四つの突起が、地球上の海岸で使用される消波ブロックのように見える。だが、もちろんコンクリートの塊などではない。かねてより、世界中のGGG協力機関の総力を挙げて開発中だった、対覇界王決戦ツールなのだ。六基のGブロックから光の鎖──プラズマケーブルが放射され、ガオガイガーの各部に接続される。
「ブロウクンコネクトッ!」
「スパイラルコネクト!」
ブロウクンガオー内のルネと、スパイラルガオー内の蛍汰が叫ぶ。
ガオガイガーの右肩に、光の鎖によってつながれたGブロック02と、同様にプラズマケーブルで右膝とつながっている03が、水面に映った逆像のようにブロック同士でドッキングする!
「プロテクトコネクトッ!」
「ストレイトコネクト!」
続いて、プロテクトガオー内の命と、ストレイトガオー内の火乃紀のボイスコマンドにより、ガオガイガーの左肩につながれたGブロック04と、同様に左膝とつながっている05が上下合体した!
「ガジェットコネクト!」
戒道の指令が発せられると、ガオガイガーの尾部が真っ直ぐ下方に伸び、Gブロック06に先端部──ガジェットガオーの頭部にあたる部分をねじこむ!
「ギャレオリアコネクトッ!」
ギャレオンの中枢にフュージョンしている護は、ガオガイガー後頭部のエネルギーアキュメーターをチューブ状に組み替え、上方に位置どるGブロック01と接続させる。こうして、六基のGブロック四組は、ガオガイガー上方と下方には物理的に、左右にはプラズマケーブルの光の鎖によって離れた位置からコネクトした陣形となった。ファイナル・ガオガイガーに、上下左右の四方向から膨大なエネルギーが流れ込む!
「──ゴルディオンアーマーッ!」
その言葉と同時に、各Gブロックは陣形の内側にプラズマの光を張り巡らせ、ガオガイガーの背後に、ガジェットフェザーの数倍もの巨大なV字型プラズマウイングの壁を形成した! 月面上空に輝く、黄金の翼!
勇者ロボたちを振り切って突進するベターマンは、前方に光り輝く勇姿に目を奪われた。
『金色の翼──!』
ラミアの敵意が迸り、ベターマンが突進の勢いのままに、トリプルゼロの炎を纏ったオルトスの力宿りし右の剛腕で殴りかかる! だが、圧倒的なパワーをガオガイガーが喰らうことはなかった。巨大なプラズマウイングが、光速と見まがうばかりのスピードで勇者王を飛翔させたのだ。三重連太陽系の技術で生み出されたガジェットフェザーをも上回る神速の羽ばたき。ガジェットフェザーにゴルディオンアーマーが加わったことによる超高速だ。黄金の翼持つ飛翔体は、瞬間移動したかのようにベターマンの背中へ突撃する。
「ベターマンッ! お前たちが人類を餌としか見なさないのなら!」
ガオガイガーの右腕が、翼と同じ色合いに光り輝く。いや、腕ではない。伸ばした腕の尖端──五本の爪が発光している! Gブロックからの膨大なエネルギーを得たゴルディオンネイルが、超生王を光にせんとその背後に突き立てられた。いや、薄布一枚分の厚みに阻まれて、それはかなわない。ベターマンが上半身にまとっているルーメが超振動によって、ゴルディオンネイルの重力衝撃波による光化現象を相殺しているのだ。
「まさか……光の爪が効かない!?」
「落ち着け、護!」
衝撃を受けた護を、凱が叱咤する。ゴルディオンハンマーにも匹敵する攻撃が効かなかったからといって、呆然としている余裕はない。防御した者は覇界の威力を以って、次の瞬間には反撃に転じている、これはそういう高次元の戦いなのだから。
ユーヤはおのが変身態でゴルディオンネイルを無効化した次の瞬間、周波数を変えた超振動をトゥルバの翼に送り込んでいた。
『行け、ガジュマル──』
『言われなくてもっ!』
宇宙空間では、気体は低温でも沸騰する。トゥルバ内部に蓄えられていた空気が、ガジュマルの制御で真空に暴露、瞬時に沸騰した。そこにルーメからの超振動で猛攪拌が加わり、一種のブースターとなってベターマンを爆発的に加速させ、ガオガイガー背部への攻撃態勢に転じる。
「させるか!」
冷静さを失っていない凱の判断で、ガオガイガーも黄金の翼を煌めかせ、高速で回り込み、追撃する。猛烈な両者の追撃が、メビウスの輪のような残光を月面宙域に瞬かせる。
超速度と超速度の激突と激突! それは二つの眩い流星がからみあい、苛烈にぶつかりあう光景のようにも見えた。少し離れていたキングジェイダーは全身傷だらけの状態で、援護を試みようとする。が、しかし、流星の一方だけに狙点を定めることもかなわず、虚しく砲口をさまよわせた。
「くっ、なんという戦いだ……!」
超高速で激突しつつ、それぞれが次の一手を狙いあう熾烈な攻防。手を出せずにいるのは、ソルダートJだけではない。
「おい、07は射出できねえのか!」
ワダツミのブランチオーダールームで、阿嘉松が吼える。ゴルディオンアーマーを構成するGブロック01から06は、すべてファイナル・ガオガイガーとのコネクトに成功した。だが、獅子王雷牙が追加した07は、いまだワダツミにある。つまり、ガオガイガーとのコネクトを果たした現状のゴルディオンアーマーは、いまだすべての力を発揮できる状態ではないのだ。07はミラーカタパルトにセットできるようなサイズではないため、艦外に爆裂カタパルトを増設し、射出のタイミングを図っていたのである。
「さっきからずっと撃ち出そうとしてるんですが!」
「ガオガイガーとベターマンの機動が高速すぎて!」
「射出軌道を設定できないんです!」
ウッシー一号、二号、四号が息の合った報告をあげる。戦況を覆しうる決戦ツールも、ガオガイガーのもとへ届けることができなくては、なんの意味もない。
「ええいっ、軌道が算出できなくても、とりあえず撃ち出せば──」
「待つのだ、阿嘉松長官!」
阿嘉松の破れかぶれにも近い指令を遮ったのは、大河特務長官である。
「今は凱の……いや、勇者たちの戦いを見守ろう。“その時”は必ず来る」
その時とはいったいいつなんですかい! ?……そう問おうとして、阿嘉松は言葉を呑み込んだ。胸元で組まれた大河の腕──その拳を見てしまったからだ。静かに固く、穏やかに強く握られ、小刻みに打ち震える拳。機を待ち、耐えることもまた戦いなのだと、言葉によらずして語っている。阿嘉松は、一瞬前に呑み込んだ台詞とは、違う台詞を声にした。
「Gブロック07は射出態勢そのまま! 各オペレーターは、ベターメンのデータを取り続けろ。奴らだって生き物だ、いつかは疲れて隙も見せるはずだ!」
月面上空で、激しく飛び交うファイナル・ガオガイガーとベターマン・カタフラクト改。それは一瞬ごとに攻守が交代する激闘であり、肉眼では捉えることすら困難な攻防であった。
『ンー…オウグのフライングサーベルに耐えられるかな』
二体がすれ違う瞬間、羅漢が漆黒の刃を投擲する。
「プロテクトシェード!」
そう叫んだのは凱ではない。ガオガイガー左肩の命が、素早く防御壁を展開、苛烈な斬撃を瞬息の間で防ぐ。
「ガジェットツール!」
Gブロック06にねじ込まれていた尾部の先端を戒道が分離、それは刃となってガオガイガー右腕に装着された。
「ウィルナイフッ!」
間髪入れずに、ルネが強力な刺突を繰り出す! だが、ベターマンの背に突き立つかに見えたその一撃は、アーリマンの尾にからめとられていた。
『おおっと、そうはさせませんぞ』
カラクリ細工のような尾がガオガイガーの右拳を締め上げ、動きが封じられる。だが、そのまま拘束されるかに見えた瞬間──
「ブロウクンマグナム!」
ウィルナイフを装着したままの右拳を、高速回転させながら発射することで、逆に引きずられたベターマンが姿勢を崩される。
「おりゃあ! スパイラルドリルッ!」
右膝のドリルを蛍汰が回転させ、そのまま膝蹴りを繰り出した! 至近距離からの攻撃を回避する術はない。だが、ベターマンは下半身のポンドゥスから超重力波を発生させていた。局所的にに増大したヒッグス粒子により、スパイラルドリル周辺の時間流が静止する。凍り付いた時の中で、右脚を微動だにすることもできなくなるガオガイガー!
『元凶なりし者よ……貴様の命運を断つ』
ラミアの意思がよぎる。ベターマンは開け放った口蓋から、トゥルバの圧縮酸素を超震動させて放出した。それはラミアがさらに喰らった実──ネブラの能力である。至近距離から浴びせられたサイコヴォイスと、ガオガイガーの機体表面を覆うジェネシックオーラがぶつかり合う。打ち砕こうとする力と、撥ねのけようとする力。
「命運を断たれるのは……お前たちの方だぁぁぁっ!」
凱の咆吼とともに、威力が倍加したジェネシックオーラが、目の前にいたベターマンを吹き飛ばす。膠着状態は一転した。六体の変身態が融合した巨体は、月面に落下──激しく叩きつけられ、隕石落下のような高い砂煙の柱を立ち昇らせた。
(すごいや……凱兄ちゃん!)
ギャレオンの一部になっている護は、ファイナルフュージョンしている時、自分の手足がメカノイドの手足と一体となり、視覚もメインカメラと共有される感覚を得ている。そのため、この時の護にとって、ダブルフュージョンしている凱は隣にいるというよりは、自分と重なり合うように存在している……という感覚がもっとも近いと言えるだろう。護にとってそれは、激しい炎の中にいるようにも感じられた。獅子王凱という存在は、燃えさかるようなエネルギーの塊なのだ。
(凱兄ちゃんって、いつもこうなの……!?)
ベターマン・カタフラクトという未曾有の強敵を前に、凱の存在はこの上なく頼もしい。だが、超高圧のエネルギーにも等しいその存在が、あの優しい凱兄ちゃんなのだと思うと、なにか違和感のようなものを感じずにはいられない。それは、ギャレオンを介してこそ感じられるものなのか。しかし、激しい戦いのなかで、その思いは雑念に等しい。そう考えた護は、意識の中からその違和感を振り払うのだった。
8
ベターマンが叩きつけられたのは、月面──それも国連アルプス基地が存在していた場所だった。ジェネシックオーラの爆圧はすさまじく、トリプルゼロで強化された構造であってもなお、ベターマンは一時的に身動きとれなくなるほどの衝撃を受けていた。
『ンー…これほどの力を有するとは、勇者の王……いや、元凶なりし者、侮れぬな』
羅漢の意思に、悔し気なガジュマルも割って入る。
『くそっ……俺よりも速く飛び回れるはずがねえ!』
『でも、ボクも…あの距離でかわされるって…思わなかった……』
超重力波による拘束でも致命傷を負わせることが出来なかった、ヒイラギの意思は弱弱しい。
『暁の霊気を帯びていなければ、既に敗北していたであろうな……』
冷静に分析している様子のユーヤの意思に、言葉を繋ぐのはライだ。
『左様、左様、でもまだ先がありますからね……』
『それでいい。その上で我らは、その者の真力を得る』
『ラミアくんの言うことはもっともですが、その前に拙者らの方が滅せられそうですなぁ』
気が抜けたようなライの意思に、羅漢は反応した。
『古なる者、ラミアよ。ンー…解っているな、滅する運命からは逃れられぬことを』
『承知している』
間髪入れずに応えたラミアの意思には、他のソムニウムたちよりも強い覚悟が込められていた。
『シャーラ……!』
その時、ガジュマルは少し離れた場所を見た。月面の真空に立つ、頭巾を被った小柄な身体。地球上のセプルクルムから、ソキウスの実でSTバイパスを開き、同胞たちをこの月に導いた、ソムニウムの少女。その手には、光さえ吸い込むような漆黒の実が握られている。
『ガジュマル……私、この実を使う刻ね』
シャーラの意思に、迷いや怯えの色はない。すでに、決意は定まっているのだ。シャーラをもっとも気遣うガジュマルですら、反意の意思など発しようとはしない。シャーラはその“ソキウステラの実”を口元に運ぶと──鋭い牙を剥き出しにして、咀嚼をはじめた。
一方──
動けなくなったベターマンを観測したブランチオーダールームでは、ついに阿嘉松から指令が発せられていた。
「いよおおおおおおおっっっしぃぃ! Gブロック07、射出ゥッ!!」
「りょ、了解! 07……イミッション!」
ただちに華が起動パッドを殴打、ワダツミ艦外に増設されたカタパルトから、巨大なGブロックが射出された。
01から06までのGブロックは、ステルスガオーⅡのウルテクエンジンパーツと同じくらいのサイズである。だが、最後に射出された07は、ガオガイガーそのものと同等か、それ以上に大きく感じるほどの大質量物体であった。
(行くぞ、みんな!)
凱の呼びかけに護、戒道、ルネ、命、蛍汰、火乃紀がうなずく。神経系を接続した同士でフュージョンしているため、言葉に出さずとも意志は通じている。
黄金の翼を煌めかせたガオガイガーが、飛来するGブロック07の後方に回り込み、前方に突き出した右拳を回転させる。
「うおおおおおっ、アームコネクト!」
そのまま後部に拳がねじ込まれると、回転運動が伝わり、Gブロック07が旋回する。そして遠心力により、その外装が弾けとんだ! 内部から出現したのは──超巨大な右腕!
ガオガイガー本体よりも大きな右腕には黄金のタービンが二つあり、ブロウクンマグナムの回転に連動にしているようだ。連装タービンが唸りをあげると、巨大腕部<マーグアーム>の先端で、腕のサイズ同様の大型の拳がゆっくりと開かれていく。光り輝く巨大な五本の指は、一つ一つがいずれもゴルディオンハンマーそのものだ。そして、五連ゴルディオンハンマーの中央に位置する掌には、それらすべてを制御する超AIの顔面があった。
「ようやく俺様の出番のようだなっ!」
月面で戦いを見守っていた満身創痍の勇者ロボ軍団。その中にいたマイクが、嬉しそうな声をあげる。
「ゴデブーが生きてたっぜ!」
「俺をそんな名前で呼ぶんじゃねえ! 俺様は──」
黄金の翼を背負ったままのガオガイガーが、マーグアームをかまえる。巨大な黄金の五本指を前方にかまえつつ、フュージョンしている七人の声が唱和する。
「ゴルディオン!! フィンガーッ!!」
たちまち、合体しているその全身すべてが黄金色に輝いた。これこそが、最後の決戦ツール。地球人類が開発していたゴルディオンアーマーに、三重連太陽系でゴルディオンネイルを知った獅子王雷牙が追加した、究極の黄金五指。行く手を阻む者すべてを握りつぶすとともに、光子変換により芥子粒に変える最強の力。
だが、ガオガイガーの眼下の敵は、それを怖れることはない。月面から、数十機ものゼロロボを再結集させ、最後の決着をつけんと奮進してくる。しかし、その敵はこれまでとは違っていた。そう、それは七体目の変身態<ソキウステラ>が合体したベターマンであった。新たな容姿――究極超生王ベターマン・カタフラクトテラ!
あたかもガオガイガーと写し姿のように、カタフラクトテラの右腕にも、異形の巨大な物体が合体していた。
「なんだなんだ…! 真似しやがったのかぁ?」
「ベターマンが……また新たな変身態に!」
驚愕する蛍汰と火乃紀。だが、金色の光の中の凱はうろたえたりはしない。
「動じるな! 俺たちは……負けない!」
ベターマンに合体した巨腕ソキウステラは、薄紅色の蕾のように見えた。
「咲ク……」
そこに何かを感じとったのか、ワダツミの中で、紗孔羅が震えるような小さな声で呟く。
「咲クヨ……咲クヨ……咲いてほしくない…大きな……」
その先は声にならなかった。
『シャーラ……その力、開花すべし』
『ええ、ラミア……すべてはパトリアの刻のために』
ラミアとシャーラが意思を交感すると、ベターマンは蕾に似た、その右腕を頭上に掲げた。
『異界の花よ……咲き乱れよ!』
ラミアの意思が迸ると、空間にシャーラの苦鳴が響いた。同時に蕾は巨大なアニムスのような花弁を展開する。指のように見える花びらを開くと、ベターマンの全身から放たれていたオレンジ色の幻炎が消え去った。いや、消え去ったわけではない。それは体内に吸い込まれていったのだ。うちに燃えさかる幻炎に代わって、そこに現れた巨人の表面色は白金。光り輝く姿の中で、右腕の花弁のみが薄紅色に彩られ、その内部は虚無へと続く漆黒の深い闇が渦巻いている。
『ンー…素晴らしい、これぞ初めて目にする究極の覚醒』
『来るぞ』
羅漢の感嘆を遮るユーヤの警告通り、頭上からは黄金に輝く勇姿が迫ってくる。
『……ぼくが、試してみる』
ヒイラギの重力波が、周囲に浮遊させていたゼロロボ群を高速で突進させた。一体一体が、勇者ロボたちに匹敵する質量を持ったゼロロボたちが、飛礫となってガオガイガーに襲いかかる。
「そんなもので……俺たちを止められるか!」
凱が叫ぶと、ガオガイガーは前方に向けた右掌を開いた。
「光になれぇぇっ!!」
巨大な右掌が、ゼロロボ群をまとめて鷲づかみにする。いや、つかまれたかに見えた瞬間には既に、鋼鉄の塊はすべて光に変換されていた。触れることなく次々と敵を消滅させた、その指の隙間からは、眩い輝きの粒子があふれている。
『これはこれは……近づくだけでも危険ですな』
ベターマンの尾部から、ライの意思が漏れる。常ににじんでいるような、おどけた余裕は存在しない。目の前にいるのが、想像を絶する破壊の権化であることを悟っているようだ。
『未来を失わせはしない……たとえ差し違えようと、我らはパトリアの刻を迎えるのみ』
ラミアの意思が奔り、白金のベターマンは異形の右腕をかまえ突進する。これを迎え撃つ黄金のガオガイガーも、巨大な右腕を前に突き出した。
「光に……なれぇぇっ!」
『彼方へ……去れ』
ガオガイガーが光輝の衝撃波を放ちつつ、ベターマンを巨大な掌でつかもうとする。ベターマンもまた、闇黒の花弁を開き、薄紅の花粉にも似た仄かな妖気を漂わせながら、これを受け止める。超大型の右掌と右掌が正面から組み合った! だが、超絶の力と力が激突したにもかかわらず、ガオガイガーが闇に呑まれることも、ベターマンが光にされることもない。
「嘘だろォ? こいつら、どんなチート技使いやがった!」
悲鳴のような蛍汰の声に、火乃紀が答える。
「ショックウェーブが……消されてる!」
どんな手段を用いたのか、それは火乃紀にもわからない。だが、数瞬前にゼロロボの軍団をまとめて光にしたゴルディオンフィンガーが、無効化されていることは間違いない。眼前の覇界力を有したベターマンは、究極のツールを装備したガオガイガーにも匹敵する能力を持っているのだ。
「それなら……こういう手もあるぜ!」
凱が思念を陣形内で共有すると、右腕で組み合ったまま、ガオガイガーが左腕を掲げる。
「……ガジェットツール!」
脊髄反射のように呼応した戒道が、ガジェットツールを発動させ、緑の星で作られたパーツを組み合わせ、左腕へと収めていく。
「ジェネシックボルトッ!」
すかさず反応した護の雄叫びとともに、ギャレオンの口蓋からエネルギーボルトが射出され、左腕部ツールの先端部に装着される。
「ボルティングドライバーッ!」
ジェネシックボルトに充填された高密度のジェネシックオーラは、爆発的な圧力で至近距離にいたベターマンの本体を撥ね飛ばす。
『……無事か、シャーラ!』
ガジュマルがソキウステラ内部のシャーラを気遣う。
『私は平気……やっぱり、順番にやらなきゃ進めないんだね』
圧倒的な爆圧で全身を軋ませつつも、ソムニウムたちは、あたかもチェスや囲碁の先読みでもするように反撃の時をうかがう。だが、ガオガイガーの右肩からは、すでに第二のボルトが射出されていた。
「ブロウクンボルトッ!」
三重連太陽系でも使うことのなかったボルティングドライバー用の先端パーツ──だが、ブロウクンガオーとフュージョンしたルネにとって、その機能はすでに知識として存在している。
「行け、凱!」
ルネの意図を悟った凱は、ガオガイガーを月面スレスレで低空飛行させる。ベターマンもまたその後を追い、ソキウスハンドを振りかぶった。
『彼方へ──』
「ボルティングドライバーーーッ!」
ベターマンによる詳細不明の攻撃が放たれるのを待たず、ガオガイガーはボルティングドライバーでそのボルトパーツを月面にねじ込んだ! 地中で炸裂したブロウクンエネルギーが巨大なクレーターを穿つ。その場に存在していた地面は一気に無数の岩飛礫となって、右腕をかまえていたベターマンに襲いかかった。月面は一瞬にしてアステロイドベルト級の岩盤激流地獄と化すが、それでも超生王は動じない。
『──去れ』
高速で飛来する岩塊に向けて、ベターマンがその右手を振るう! 数百メートルにも達する巨大で無数の質量弾の嵐の中に、呑み込まれたかに見えたベターマンだったが、岩塊群は次の瞬間、すべて消滅していた! ソキウスハンドの中央には、無限の深淵が口を開けており、瞬時にそこへ吸い込まれていったのだ。
ブランチオーダールームで戦闘の様子を観測していたスワンが、振り返って報告する。
「ノー! あれは木星で記録された空間の歪みと同質のものです!」
素早くサブモニターに表示させた過去の記録映像の中では、シャーラが発生させた“空間を跳躍する歪み”から、ベターマンたちが出現する様子が映し出されている。
「STバイパス……」
オーダールームの入口付近で、小さな声がした。どうやら、紗孔羅がまたリミピッドチャンネルを受信したらしい。
「STバイパス……意味するところはわからんが、あの能力で岩塊をいずこかへ消し去っているというわけか」
「おい、楊の旦那! いずこってどこだよ!」
阿嘉松の問いに、楊は首を振った。
「私にもわからん。だが、月面から噴き上げられた広範囲の岩盤群を、一瞬で消すほどの威力だ。先のゴルディオンフィンガーが放ったグラビティショックウェーブも、あの亜空間にすべて呑み込まれたのだろう」
「するってえと、こっちの攻撃は、なに一つ効かないってことか!?」
「理論上は、そういうことになる……」
阿嘉松と楊の会話に、一同は絶句した。投入したばかりの究極ツールをも無効化する、ベターマンの超能力。その衝撃故に、彼らは聞き逃していた。紗孔羅の小さなつぶやきを──
「青の星の覇界王……モウスグクルヨ……」
ゴルディオンフィンガーもブロウクンボルトも無効化された今、ガオガイガーは黄金の翼の超加速で月面から離脱しようと試みる。だが、ベターマンは距離をじわじわと縮めながら迫ってくる。高速と高速の追尾は、わずかにベターマンが有利に見えた。その理由が、ルネには察せられた。
(凱……あんた、優しすぎるんだよ!)
先の一撃──ルネであったら、ブロウクンボルトをベターマン・カタフラクトテラの体内にねじ込んでいただろう。そうして、内部から破壊する。対ソール11遊星主用であるあのツールは、そういう使い方をするものなのだ。だが、凱はそうしなかった。勿論、遊星主を超えるほどの再生力を備えた敵には付け焼刃であっただろう。月面に使用して岩塊による攻撃──それは、一時は肩を並べて、ともに戦ったソムニウムに対して、非情になりきれない凱の優しさなのかもしれない。以前のルネであったら、鼻で笑い飛ばしていたところだ。
(あんたらしいよ……その優しさも、強さも……)
そして、無限に続くかと思われた追撃戦のさなか──
ベターマンがいきなり軌道を変化させた。急加速した進路の先にいるのは、ワダツミ。GGGの機動完遂要塞艦がそこにいた。
「まさか……ベターマン!」
ワダツミの危機を悟った凱が、ガオガイガーを反転させる。だが、位置関係からして、間に合いそうもない。
「ベターマン急速接近! このままでは三十秒以内に激突します!」
「それ以前に、あの攻撃で消滅させられるな」
猿頭寺の報告に、大河が冷静に答える。いや、完全に冷静なわけではない。その額には、冷たい汗が浮かんでいる。
しかし、迫り来るベターマンを映し出していたメインスクリーンに、別の姿が映り込む。
「貴様らの狙いなど読めている! GGGを狙えば、凱たちを封じられると思ったのであろう!」
ベターマンとワダツミの間に割って入ったのは、キングジェイダー! ディビジョン艦を背に守りつつ、すべての武装をかまえる。
「十連メーザー砲、反中間子砲、全斉射!」
ジャイアントメカノイドから無数の武装が放たれ、それは狙い過たず、ベターマンに直撃した。
「ESミサイル!」
それでも油断せず、手を緩めはしない。
「ジェイクオーーースッ!」
必殺の火の鳥が、前方で炸裂したESミサイルで転送され、ソキウスのお株を奪うかの如く、手薄であろう敵の後方部へと瞬間移動し直撃した。
――いや、直撃したように見えた。
ソルダートJが最期に見たのは、ベターマンの右腕に咲くソキウスの花弁が広がり、ジェイクオースとすべてのエネルギーを呑み込む光景だった。そして、その光景は広がっていき──全高一〇〇メートルを超える巨体をも一気に呑み込んだのだ。
「J、トモロ……っ!」
戒道の悲痛な叫びが宇宙空間に響き渡る。寸前にES爆雷を発射し、空間離脱を試みるも時すでに遅く、爆雷もろとも白き巨艦ロボの姿はこの世界から消えた。だが、悲劇はこれで終わらない。キングジェイダーを空間の狭間にかき消した勢いもそのままに、ベターマンはワダツミへ迫っていた。
「青の星の覇界王……クルヨ……クルヨ……」
ブランチオーダールームの片隅で、そうつぶやく紗孔羅の瞳は、迫り来るベターマンを映してはいない。あたかも、青の星の覇界王とはベターマンとは異なる別の何かである──とでも告げるように。
しかし、その言葉に耳を傾ける者はいなかった。すでにワダツミに乗り込んでいる隊員たちは総員、空間の狭間に呑み込まれていたからだ。ワダツミの巨艦ごと。
「護…くん……」
意識が暗闇に呑み込まれて暗転する寸前、華がこの世でもっとも愛しい人の名をつぶやいた。通信ではなく、リミピッドチャンネルでもなく、護はその声を聴いたような気がした。
「あ、ああ……華……ちゃん……!」
護の心が、あまりにも巨大な喪失感と絶望感に囚われる。ファイナル・ガオガイガーの中核にダブルフュージョンしている二人の勇者。そのうちの一人の茫然自失は、あまりにも致命的であった。ガオガイガーは月面近くの宙域で硬直し、その制御を失った。
「GGGのみんなが…!」
命が声を詰まらせる。
「親父…J…まさか…こんなこと……」
ルネも現実を直視できずにいた。
「ラミアっ……! どうして…どうして……」
火乃紀が叫んでも、蛍汰は声にならない息を吐くのがやっとだった。
「………唖…唖……!!」
『まだか……』
ラミアが苦しそうな意思を放つ。それを感じとったユーヤは、胸が張り裂けんばかりの悲しみを覚える。
(ラミア……そうまでして、我らはパトリアの刻を迎えねばならないのか──)
必死にうちに押し殺した悲しみ。自分の想いで、ラミアを惑わせてはならないという、ユーヤの献身だった。それを知ってのことか、ラミアはすべての想いを押し殺したまま、ガオガイガーに向かっていく。ソキウスハンドの花弁がゆっくりと開き、前方で硬直しているガオガイガーを呑み込まんとする!
「隊長ーーーッ!」
「逃げてください!」
超AIたちの声が響いた。動けないガオガイガーの中で、凱たちは聞いた。長い戦いの間、ずっとともに戦ってきた、その献身的な声を。
翔超竜神が、ビッグボルフォッグが、マイク・サウンダース十三世が、撃龍神が、ビッグポルコートが、天竜神が、星龍神が飛び込んできたのだ。あるいはガオガイガーを突き飛ばし、あるいはベターマンの前に我が身を投げ出し、楯となって──
そうして、彼らもまた魔腕ソキウステラが産み出す時空の歪みから、虚無の深淵に呑み込まれていった──
「うわあああああああッ!」
凱の絶叫が響くとともに、ガオガイガーの両眼が輝いた──いや、それはジェネシックの眼から発せられた光ではない。ファイナルフュージョンしている彼――獅子王凱の両眼が輝いたのだ。燃えるように揺らめくオレンジ色に。その色を感じとったラミアは、ようやくたどりついた……という感慨をにじませた。
『目覚めたか──青の星の覇界王』
(つづく)
著・竹田裕一郎
監修・米たにヨシトモ
次回3月17日更新予定
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