はるかの星【第17回】

はるか 矢立文庫

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 里佳子ちゃんの突然の告白。あれ以来、私は「はるかの星」の日記を更新していない。

 なんとなくで始めてしまった嘘の日記。それが願いをかなえる『未来日記』になり、今では私を苦しめている。願いを叶えてくれる星ではなくなってしまったのか。
 だったら、この一連の事件を帳消しにするためにまた記事をアップしたらどうか?
 いや、だめ。
 また嘘の記事をアップしなくてはならなくなる。
 あれ? でも、星に起こったことが現実になるってことは、結局のところ願いは叶っているのか?
 なにがなんやら、もうわけわからん。

 スマホに表示されている「はるかの星」は、明らかに元気を失っていた。街を行きかう惑星人の数はめっきり減ってしまい、商店街も百貨店を失ったあおりを受けて、閑古鳥が鳴いている。この子たちはどうやって生計をたてているのやら。
 仲良し仲間の里佳子ちゃんが親の都合で遠くへ引っ越してしまう。今は、おそらく引越しの準備中なんだろう。リンク先の里佳子ちゃんの星も、長らくアクセスしていないせいか、すっかり寂れてしまっている。

 連続して起こる、不吉な出来事。

 しかも、今度は警告文が現実として起こっている。言いようのない不安で一杯になってしまった私は、アイに連絡をとって、今後のことについて相談をするべく、いつものファーストフード店に集まった。
 まずは、話しておく必要があるな。私の出来事について。

「突然だもんね、ビックリしちゃったよ」

 誰かが死んだってわけでもないのに、お店の一角はやけに重苦しい空気で静まり返っていた。無理に気持ちを盛り上げようとしているアイの顔が見て取れる。大体無理して笑っているときは右頬が引きつるんだよな、この子。

「しかも、遠くって……まさか地球の裏側にでもいくわけじゃあるまいしな」
「なにイライラしてるのよ」

 まだ中身のいっぱい入っているジュースをストローでコレでもかといわんばかりにかき回している様子を見れば、アイがイライラしていることくらい私にはすぐにわかった。そういえば、里佳子ちゃんはイライラしていると必ず腕を組むんだよなぁ……。

「ちょっと、聞いてるの?」

 ピッ、と何か冷たいものが頬に向かって投げられたようで、私はその冷たさに、すぐに目の前の現実へと目を向けた。

「夏休みも、もうちょっとなんだし、まず花火大会は決定だよな。そのために今の今まで我慢してきたんだからさ」

 私たちが集まった理由、表向きは今後どうやって夏休みを消化していくかの計画を練る作戦会議。里佳子ちゃん欠席。本当の目的は、あのことをアイに聞いてもらうため。

「我慢してもしなくても、花火大会に行くっていう事実に変わりはないと思うけどね」
「我慢した先にある喜びは格別なんだよ。それに、3年に一回しかないんだ。このチャンスを逃すわけにはいかないだろう」

 大宮の花火大会は特別だ。三尺玉、ナイアガラの滝と、どれもが超弩級のインパクトの花火は、日本有数の花火大会としてマスコミにも取り上げられている。しかも、仕込みにえらく時間がかかるようで、予算の都合上、3年に一回しか開催されることはない。今年の花火大会を逃すと、私たちは大学二回生になるまで待たなければならなくなってしまう。そしたら私たちもう20歳ですよ。あぁ、時が過ぎるのは本当に早い。
 それにそのときはもう三人では見にいけなくなっているだろうから、私たちは、絶対にこのイベントを逃すことはできないんだ。

「あとは、そうだな……」

 テーブルに備え付けられていたナプキンを一枚取り出し、手持ちのボールペンでアイがなにやら書き込んでいく。大宮の花火大会。学校の近くで催されるフリマ。盆踊り祭り……あと残り少ない夏休みと言ったが、列挙すればいろんなイベントが出てくるもんだ。まだまだやらなきゃいけないことがあるんだな。ある程度のイベントを書き終えたところで、アイの走らせていたペンがぴたっと止まった。

「リカッチ、来てくれるかな?」
「?」
「遠くへ引っ越すの、結構大変なんじゃないかな? 私たちと遊んでる暇、なかったりして……」
「……」
「……」
「あのさぁ」
「え? なに!?」
「突然、変なことを言うようで悪いんだけどさ……」
「な、なに? なんだよ、改まって……」
「私が書いた日記が、本当になるって、前に試したことがあったじゃない?」
「あぁ、アレね。アレはマジびびったね。あ! そういや、あいつらまだ続いてんのかな? 案外、登校日になったら嘘でしたぁ、なんてオチがあったりして」

 さっきのしんみりした表情から一転、ケタケタ笑いながら落書きを始めた。ローギアから一気にトップギアに持っていけるアイのテンションの保ちようは素晴らしい。私は、こんな風には振舞えないな。
 先ほどから固めていた決心が揺らがないうちに、一気に私は続けた。

「実はね、里佳子ちゃんの転校の原因を作っちゃったの、私かもしれないんだ」

 どうやってこの点と点を結び付けようか? 必死に考えているアイの口から出たのは、半ばギブアップにも似たような、至極当然の反応だった。

「……は? なに言ってるの?」
「今までは書いたことは必ず叶っていたんだけどね、何回か前から書き込む内容が叶わなくなって……この前、警告を受けたんだ」
「え! そうなの?」

 毎日のように私の星に律儀に足跡を残していくアイですら気づけなかった、私の現状。なぜアイが気づけなかったのかというと、もう少し詳しくマニュアルを読む必要がある。
 イエローカード判定は、あくまで個人に向けられた警告判定なので、他の人がその内容を閲覧することは不可能。しかし、レッドカード判定に関しては、万人にこういった悪質な内容の記事は削除対象になりますという意味合いも込めて一般公開されることになっている。だから、普通にアクセスして、誰の星が警告を受けているかなんてのは、本人しかわからない。

「そのイエローカード警告の内容と同じことが星で起こって、それが現実になっているってこと?」
「そう」

 それまで比較的真面目に、というか表情を崩さず聞き入っていたアイも、流石に堪えらくなっているようだ。急に顔が緩んで含み笑いをし、最終的には大笑いながら、

「アッハハハ、そんなこと起こるはずないじゃん」

 この場合、どういったリアクションが友人のソレとして適切なのかわからないな。こうやって笑い飛ばしてくれるのもアリだし、真面目に聞き入ってくれるのもアリだ。アイの人柄を考えると、大いに前者タイプだった。

「ソレより、リカッチ、やっぱり連絡つかず、か」

 何度電話をかけても、意中のあの人からの連絡は来ないまま。

 結局その日、私たちは里佳子ちゃんと連絡を取り付けることはできなかった。
 それぞれが一回づつ、留守番電話にメッセージを入れて、今後の予定は一方的に取り決められた。
 まぁ、今は焦らなくてもいい。あんなに楽しみにしている花火大会は夏休み最終日に行われることだし、あと数日経てば、私たちは絶対顔を合わせることになるはずだ。
 結果どうこうじゃない。里佳子ちゃんが転校してしまうことは、変えがたい事実。だとすれば今、私たちができることをしてあげようというのが、私とアイの総意だ。

 

 夏休みの大半を消化し終え、二学期が目前に近づいてくると、中学・高校では決まって全校生徒一斉登校日、というなんとも面倒くさいイベントが設けられている。なにも私たちが通っている一橋星陵に限った話ではなく、全国的にそういう日なんだ。
 夏休み終了間際、生徒が夏の思い出作りに、やっとのこと重い腰をあげ、宿題、遊びにと気を配らせ始めたさなかに、まるで狙い済ましたかのように設定されているこの日は、例外なく休むことは厳禁。いたって普通の日としてカウントされる。オアシスの中の砂漠。誰が好き好んで炎天下のなか、湖から這い出して砂だらけの砂漠地帯に行きたいと思う? この日ばっかりは生徒のみならず、担任の先生までもが意気消沈してしまうこと請け合いだ。
 話す内容は夏休みにおける注意事項の念押しくらいなもの。
 宿題は済ませたのか?
 事件に巻き込まれたりしていないか?
 学生らしい夏休みを過ごしているか?
 おおよその生徒の耳を左から右へ通過していく先生のありがたいお言葉たちは、クーラー設備のないクラスにまるで念仏のように響き渡る。
 だいたいからして、事件に巻き込まれていればココにはいないわけだし、夏休みを満喫しているのなら、今頃どこかへ旅行にでも出かけているでしょうに。夏休みも佳境に差し掛かったこの時期に、こんな登校日を設けてしまっては、計画頓挫もいいところだ。まぁ、生徒のほとんどは来年から始まる大学受験をにらんで、内申に変なことを書かれないように律儀に出席しているわけだが、このクラスに、忌引きでもなければ風邪でもなく、はたまた夏のバカンスを楽しんだり、事件に巻き込まれて失踪したりしている生徒は見受けられなかった。
 ただ一人を除いて。

「じゃあ、これでHRを終わる。残り少ない夏休み期間を有意義に過ごすため……」

 教室の中のアリーナ席、教卓からかぞえて三番目のど真ん中。そこにいつもいるはずの、里佳子ちゃんの姿はなかった。

 

 

「あれ?」

 昇降口を目指して誰もいない廊下に歩を進めると、私の数歩前を歩いていたアイが何かに気を取られて、急にその歩みを止めた。釣られる私はおらず、見事アイの背中に激突する。それでつまづいてしまうのが私だけって、どんだけアイは頑丈な体つきをしているのだ。力比べでは、アイに負けない自信はあるのに。

「なぁに、急にたちどまっ……」

 アイの背中から視線をずらし、本来この時間なら空っぽのはずの空間に照準を合わせる。なにか注意を惹かれるものでもあったのだろう。アイの背後から抜け出すと、横を一陣の風が吹きぬけた。すでに下校案内の全校アナウンスが流れ、先生方が戸締りチェックをして回っている時間。廊下の窓はすべて閉じられており、およそ風が自然発生する環境ではないはず。風の主を確認すべく、振り返ろうとすると、二陣の風がまた私たちを通り越していった。3階非常階段に向けて疾走するブレザー。無論、非常階段は施錠されており、二年生が授業を受ける教室以外には特に目当てのものはないはずだった。私の記憶の中では。

「ちょっとぉ! 廊下は走らな……」

 アイが注意を促そうと風の主たちに声をかけかけたそのとき、廊下の突き当りの部屋の中から、アイのそれと匹敵するくらいの大きな声が上がった。

「急げ!」

 すごい声量。部屋の中から発せられたそれは、単純な距離からして50mは離れていよう。そんな遠くからでも、はっきりとなんと言ったか認識できる。その言葉を号令に、つい今しがた部屋の中へと消えていったブレザーの男子生徒たちが顔色を変えてこちらめがけて走ってきた。
 最後に部屋を出てきた男には見覚えがあった。柏木(かしわぎ)というコンピューター研の副部長だ。あ、思い出した。彼が今出てきた部屋は、確か学校のサーバールームのはず。戸締りが義務付けられている非常口手前、通気環境最悪の部屋に構えられた精密機器の部屋。室内の気温を一定に保つためクーラーが導入されていることで有名な部屋だ。クーラーが設置されているのは、サーバールームと職員室、あとは家庭科室や理科室くらいなものだから既にチェック済みです。夏の暑さにやられて生徒が次々にダウンすれば教室にもクーラー設置されるかしら。

「だ・か・ら! 危ないっての!」

 アイがタイミング良く柏木の襟首を掴む。勢い余った柏木は、低いうめき声を上げて見事にすっ転んだ。後頭部を強打しないために受身を取ったのだが、勢いよく肘を地面に打ち付けてしまい、頭を抑える代わりに両肘を起用にさすっている。こんなくそ暑い中、そんなしぐさは幽霊屋敷の中でしか見れないポーズなのだが。そんなにサーバールームは涼しかった、もとい寒かったのか、と突っ込みを入れるのは野暮。

「そんなにあわてて、どうしたん、総司」

 柏木総司(かしわぎそうじ)。なんとも仰々しい名前の青年は、アイが一年生のときに一緒だったクラスメイトだ。一年生のときは私とアイは別のクラスだったので、柏木青年と同じクラスになったのは、高校の二年、つまり今年になってから。見た目には幼そうな童顔をしているが、同い年。そんな彼をからかって、周りの女子は“柏木青年”と彼を呼ぶ。

「痛ってぇぇ……なにしやがる、二ノ宮!」
「あんたんとこの知り合いがアタシたちにぶつかって怪我でもしたらどうするつもり!?」
「今現在、怪我を負っている可能性が高いのは、俺だと思うのだが」
「そんなヤワじゃないでしょ、アンタ」

 痴話喧嘩が一段落して幕を下ろしたところで、柏木青年が真面目な顔を向けてきた。

「そうだ、二ノ宮に皆藤、手伝ってくれ」
「手伝うって、なにを?」
「学校を救うんだよ」

 コンピューター研は一橋星陵高校の本棟一階、職員室の奥にある踊り場を曲がった、さらに奥に位置している。おおよそ、関係者でない限り立ち入ることのない一角に位置しているため、活動内容はおろかその存在を知っているものがいるのかと疑いたくなるような部活だ。

「簡単に言うと、ハッキングだ」

 職員室の処理を三人で済ませ、部室へと向かう道中らしい。まるで後頭部に目でも付いているかのように、後ろ向きに歩きながら現状を説明している柏木青年。後頭部のケアというか、受身を取ったときもそうなのだが、色々と背後に気を配ってきたのだろう。慣れた足取りだった。しかも、小走り。
 彼の話によると、なにやら学内に敷いているネットワーク環境に部外者からの不正アクセスがあり、各パソコンに不具合が出ているのだという。職員室の先生方が使うPC、理数系の生徒が使う部屋にあるPC、図書室のPC、あらゆるPCで同様の不具合が生じたため、サーバールームをチェックしたら、大元のネットワークを管理しているPCが影響を受けていた、ということらしい。
 そのネットワークを全遮断することで、とりあえずの応急処置は済んだって感じ。
 コンピューター研の戸を開けると、部員の視線が私たちに集まった。アイはニカッといつもどおり笑って見せたが、部員の表情は明らかに、なんだお前らかといった具合である。期待外れの人物で悪かったな。たぶん彼らが待っているのは、ここにいない部長なのだろう。とりあえず、現状報告をと思い、柏木青年が喋りだそうとしたところ、私の背後で声がした。

「スマン、待たせた」

 イヤに渋い声を出す。ぽんと私の肩に手が乗り、ちょっとごめんよといわんばかりに横へと押しのけられる。颯爽と部屋に入ってくるパソコン部部長、佐々木栄太(ささきえいた)の顔は汗だくで、肩で息をしていた。

 大宮西小学校、大宮西中学校、そして一橋星陵高校。この三つの時代を共に歩んできた学友は、私の隣にいる二ノ宮愛とファーストフード店でバイトしている堀口君。そして、残る一人は、二年生ながらこの高校のコンピューター部部長の器に納まっている、佐々木栄太その人だ。
 あれは、私たちが小学校六年生の頃だったかな。当時の小学校にはパソコンなんて文明の利器は置いてなかった。しかし、急速に発展しつつあったIT革命のあおりを受けて、小学校にパソコンが導入されると、栄太はそれをいとも簡単に操ってみせた。単純に授業の時間割表を作るとか、連絡網を作る、くらいしかやっていなかったんだけど、当時の私らにとってみれば、最先端技術を駆使しているように見えた。いや、実際そうだった。
 それからかな……なんとなく、私とアイの中でコンピューター=栄太みたいな図式が成り立つようになったのは。中学校でも、独自開発したゲームを展示したり、図書館の貸し出し管理ソフトを自主制作したりと、その活躍は多岐に渡っている。栄太はこの高校に進学しても、もれなくコンピューター研に入ったというわけ。いろいろと語りつくせない武勇伝も彼にはあるのだけれど、ここでは割愛。私は早くことを終わらせて帰りたいのでね。

 アイも横へと移動し、通路をあける。呼吸を整えてから一歩踏み出す栄太。ここからがコンピューター部の本領発揮だった。すうっと息を吸い、まくし立てる。

「総司、現状は?」

 柏木青年が視線で私とアイに合図を送る。私たちは目配せの意味は分からないが、もちろん!という意気込みたっぷりの視線を柏木青年に返した。ここでは、私たちは道端の石ころになったほうがよさそうだ。

「職員室、数学ルーム、図書室のチェックは済んだ。サーバールームに関しては一時的にロックを掛けてる。ココの監視は源(みなもと)がチェックしているが、現状影響は見られない」
「源、引き続きチェック頼むな」
「リョーカイっす」

 一番手前の席でパソコンとにらめっこしている生徒が答えた。

「菊池(きくち)と久坂(くさか)はウィルスの特定を頼む」
「やってま~す」

 奥に設置されている向かい合ったパソコン台に座っている生徒がこたえる。

「あと、総司はデータ解析」

 右から左へUSBメモリーが宙を舞った。

「中身は?」
「復元メモリだ。インストールしてくれ」
「あいよ」
「よし、復旧開始だ」

 部員が一斉にパソコンのキーを素早いブラインドタッチで打ち続ける。よくわからないうちに学校の危機に立ち会うことになってしまった私たちは、ことの顛末を最後まで見とどける義務が……果たしてあるのだろうか? 隣で石と化しているアイの表情を見てみろ、危機なんて言葉はこれっぽっちも感じられない、見事な作り“したり”顔だ。アイ、あなたは作戦本部長かなにかですか?
 私たち用に出されたパイプ椅子に腰掛けて10分、20分、スマホをいじりながら時間を潰していると、しばらく続いていた沈黙を破る声が、奥のほうから上がった。

「進入経路がわからないのが、やっかいだね」

 大きく伸びをして腕をパキパキっと鳴らしている菊池君。

「外部からじゃないの?」

 依然として激しいブラインドタッチでキーボードを叩き続け、眉間に皺を寄せ頭を悩ませている柏木青年。こうして作業をしているところを見ると、ちゃんと副部長しているのがよくわかる。

「手の込んだ仕掛け、精通している玄人の仕業ですね」

 ポジションでいうなら、一番私たちに近い位置に座って作業しているのが、パソコン部の唯一の一年生、皆本君。

「そんな知識を持ってるやつ、いるんか? 学内のデータを取って喜ぶやつなんてそうそうおらんぞ?」
「ま、対策はしておいたから。同一のファイルは完全ブロックできる。もう同じエラーは起きないだろう。しかし、こんなにも簡単に侵食される学内ネットワークシステム……改善の余地ありだな」

 全員を見渡せる、上座のポジションに堂々と座って作業を続けていた栄太が、大きなモニターの影からひょっこりと顔を出して、

「システムクリア。作業完了だ。お疲れさん」

「うむ、みんなご苦労!」

 作戦参謀がパイプ椅子から立ち上がり、満足げな部員たちにねぎらいの言葉を投げかける。アイが満足気で、みなそれにウンウンうなづく。ま、いっか。

 職員室、図書室、オーラルルームの各パソコンを一通りチェックし終わり、程よい疲労感に包まれながら帰り道に付く頃には、夏の高い空はややオレンジ色にその色を変えていた。
 どうやら、夏休みのこの時期、サーバー保守を担当している会社がたまたま夏季休業に入っており、部長の栄太の呼びかけで全員集まって急場の対応をしていたそうだ。栄太と柏木青年は事後処理だと言って、いまだ学校に残りなにやら作業をしている。私たちが手伝えることがあればよかったのだが、なにせ彼らの知識・腕前はプロ顔負けなので、素人の出る幕はなかった。
 彼らに言わせてみば、今の学校のネットセキュリティ環境は“ザル”なのだそうで、夏休みが終わる前にはなんとかネットセキュリティ環境を水準レベルにまで引き上げるのだと張り切っていた。どうぞどうぞ、学校の未来はあなたたちに託しましたよ。

 こうして、私たちの8月唯一の制服を着る日はあわただしく始まり、ひっそりと幕を下ろした。


著者:クゲアキラ
イラスト:奥野裕輔


次回1月31日(火)更新予定


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