はるかの星【第26回(最終回)】

はるか 矢立文庫

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 あの事件のあと、私はいろいろと話を聞いたり、聞かされたりした。その全てがいい話か? と聞かれると、胸を張って『はい』とは答えられないものの、概ねYESで返答できるものばかりだ。

 まず、私の星について。

 『はるかの星』は私が知らない間に、結構な評判になっていたらしい。

 いたずらな記事のせいでもあるのだが、惑星の成長にとってはプラス作用が働く良いこと尽くしだったこの夏休み期間中、急成長を遂げていた私の星は、夏休み終了直前に『注目の惑星』として大々的に取り上げられていたそうで。それを境に、願いが叶わなくなり、果ては、一カ月と経たないうちにレッドカード判定を受けて、削除対象になってしまっていた。しかも、私の星は、一般ユーザーには公開されないはずのイエローカード判定が閲覧できるようになっていて、物珍しさからか、いつもよりアクセスしてくるユーザーの数が多く記録されていたのだ。この事件に関しては、同情のメールが多く『webweb』に寄せられ、会社も対応を検討していたのだとか。
 しかし、今回の一連の騒動は『webweb』の管理下で行われたものではなく、ハッキングにより操作されていたため、他のイエローカード判定も他者が閲覧できるようにデータ改変がされて、こんな未曾有の事態になってしまっていたらしい。しかも、大半のイエローカードがネットハッキングによるものとわかっていて、だ。
 『webweb』もこの事態に気づかず、ことがSNSなどで拡散し始めてから気付いたとか。レッドカードで削除されることになってしまってからは完全に放置。「はるかの星」の惨状を、見て見ぬふりを決め込んでいた。この一方的な対応に猛反発を起こしたユーザーたちが、惑星を立ち直らせようとネット仲間同士で呼びかけて、1日で数万件ものアクセスを記録することになる大事件へと発展した。もちろん、アイや栄太たちの活躍もあったればこそ。
 そして後日、会社の管理体制の甘さが槍玉に挙げられて『Planetぜろ』はサービスを停止することとなった。

 ここからは、個人的にはあまりよくないこと。

 『webweb』による『Planetぜろ』の運営停止が発表されたその日。そう、その日、今まで起こった悪い出来事と同時に、嘘の記事でできた本当の出来事がすべてなくなった。

 コンビ二と駅の建設は、慎重な調査を重ねた結果、別の場所への移動が確定的になり、私たちの住む家から遠い場所へと建設予定地が移った。まぁ、もともとあんな人通りの少ないところに建っても、とは思っていたが、いざ本当に作られなくなるとさびしいことこの上ない。せめてコンビニだけは置いていってほしかった。
 付き合うことになった同じクラスの氷部さんと敷島君はスピード離別。やはりといいますか、なんといいますか、相性がよくなかったらしく。若気の至りと言ってしまえばそれまで。
 あぁ、10万円はね……そう、一番高かったあの『Qubelay』のブーツサンダル。かかとの部分がパッキリはがれちゃって、ちょっと使いもんにならない状態なんだよ。どういう使い方をすれば……って、思いっきりそれを履いて走ったりしたからかな。とりあえず修理に出しましたが、コレもコレで余計な出費がかさむようです。

 んで、コレがまぁまぁいいこと。

 なくした財布や自転車も出てきて、壊れていたスマホも戻ってきた。
 財布は見事に中身がなくなっていたけど、財布自体がお気に入りだったので、戻ってきてくれてよかったよ。……正直いくら入っていたか覚えてないんだけどね。
 自転車は発見されたものの、サドルがなくなっていた。
 え、座れないじゃん! って目を丸くして警察署で引渡し。見かねたケーサツのおっちゃんがどこからかサドルを一個持ってきて、それを付けてくれたんだけど、

「いやね、サドルだけ落ちてるんだよ、これがさ」

 だって。いちいち分けて盗む理由が私にはわからん。
 ケータイは新品の状態で戻ってきた。修理部品が少なくて、完全には直らないかもとまで言われていたんだけど、たまたま在庫が一個だけ残っていたのをあてがってくれたんだって。神対応です、docodemoさん。

 良いことはまだある。

 つい先日、大宮の街に大型のショッピングモールが完成した。

 あの「木漏れ日通り」に軒を連ねていた各お店は、なんとまるっとそのショッピングモールに移転した。周辺住民は事前になにも聞かされていなかったらしく、戸惑いを隠せないようだったが、空になった「木漏れ日どおり」には消防署ができるとか……嬉しかったり、悲しかったり。いや、よくよく考えてみれば、お客もまばらなこの土地よりも、少し先にできた集客力抜群のショッピングモールに移転した方が売り上げ的には大助かりなんだろうけどさ。
 夏休みまで、そこそこの賑わいを見せていた「木漏れ日通り」は、今は閑散としている。軒並みシャッターが下ろされたこの通りを自転車で通過すると、お正月にでもなった気分になってしまいそう。まだまだ先の話なのに、もういくつ寝ると、お正月~♪ ……正確に答えると、あと13日。さて、今日は何月何日でしょう。
 土曜の正午、私たちはその人気のない通りを跳び越し、大宮の新名所に来ている。こんな寒い日になんでわざわざ自転車を漕いで遠くまで足を伸ばさねばならないのか。その理由は、今私の後ろにいるこの子と、いつぞや約束したことを守るためでもあった。

「もうすぐ駄菓子屋さんが見れるのね? 楽しみだわ♪」

 それと、すごく良いこと。里佳子ちゃんが戻ってきた。

 親の転勤理由で、確かに一度はフランスへと飛んだらしい。それは、夏休み、私たちに遠くへ引っ越すとカミングアウトした週の終わりだった。そこからずっとフランスに住み、現地での転校手続きやらなんやらを処理する毎日で、ろくに連絡も出来なかったんだって。でも、なんで日本へと戻る気になったのか。

「フランスに住むってのも、よかったんじゃないの?」
「それもいいかもしれないけど、私、日本が好きなの。歴史の先生になるのが夢なんだ。で、京都に住んで、歴史的建造物に囲まれて生活するの♪」

 なんか吹っ切れた感じがしていた。初めて会ったときはモジモジしていて、かなり奥手な印象を受けたけど、二学期が始まって2週間位してから戻ってきた里佳子ちゃんの目は、以前にも増して輝いていた。今はお婆ちゃんの家に住まわせてもらっているらしい。憧れの一人暮らしは許してもらえなかったそうだ。

「なんで連絡の一つも入れないのさ! マジ心配したんだからね! しかもフランス!? なんで言わなかったの!」
「ごめんなさい……」

 学校に戻ってきての初日。クラス中の視線を集めながら、アイが里佳子ちゃんを怒鳴り散らしている。そんなに怒らなくてもいいじゃないと、たしなめようかとも思ったが、途中から面白いことになっていたのでしばらく傍観していた。

「もう! お土産の一つもなしだなんて!」
「え?」
「フランスといったらテディベアの生まれたところでしょ? なんでそんな大事なことを……」
「あのぉ……アイちゃん?」
「なに!?」
「テディベアの生まれ故郷は、フランスじゃあないわよ?」
「え! そうなの……?」

 みるみる顔が赤くなっていくアイ。これは面白い。残念だが、テディベアの生まれ故郷はフランスではないことを私は知っていた。あえて口を挟まなかったのは、このアイの反応が見れるかもと思ったから。
 ただ、唯一の失敗は私の浅はかな知識を持って、この会話に割り込もうとした、自分の行為だ。

「そうだぞ、アイ。あれはアメリカ生まれだ」
「……テディベアは、ドイツ生まれよ」

 笑うしかなかった。

 いつぞや私たちが交わした約束を守るためよ、と本人が言っていたが、その真意は定かではない。でも、里佳子ちゃんはきっちり覚えていた。冬休みに里佳子ちゃんの別荘に行き、今度はスキーをする。そのとき必要になるであろう防寒具やらなにやらを買いに、なぜわざわざ田舎くんだりのショッピングモールまで来るのか。それは、まだ見ぬ駄菓子屋さんがいかなるものなのかを見てみるという目的、そして、私の漕ぐ自転車の後ろに乗るためでもあった。
 木漏れ日通りにあった駄菓子屋さんは、ちせ婆ちゃんが倒れたことで閉店になってしまったが、地元民の強い要望と文化を残すという意味で、ショッピングモール内に完全再現される形で移動したんだ。それがなかなかにウケがよくて、商売は大繁盛していた。引き継いだ娘さんも、この業績なら当面安心ね、と眉尻を下げるばかりだ。肝心のちせ婆ちゃんは、通院をしているものの、たまにのどかな畑道を歩いているのを見かけるくらいに快復している。

 その買い物の帰り道。私たちは自転車を漕いで、私の家へと向かっている最中。

「姉ちゃん!」

 寒空の下、自転車をせっせと漕いでいる私たちのうち、唯一のお姉ちゃんである私を呼ぶ声がはるか後ろからこだまする。

「おぉ、ワタル。今帰り?」
「あぁ! 明日から冬の選抜に向けての合宿だかんね! 今日はもうアガリ」

 ワタルの骨折は、医者の診断がウソのように超回復した。バスケはおろか、歩くことすらできなくなるかも、なんて言われたのがまるでウソ。訴えてやろうか。しかも前より丈夫になるとまで言われたそうだ。心なしか、以前よりも自転車を漕ぐスピードが速くなったような気が……。

「ワタルっち、お疲れース!」
「アイ姉ちゃん、ちぃース。で……えっと……」
「あぁ、会うの初めてだっけ。私の同級生の……」
「橘里佳子です、はじめまして、ワタル君♪」
「は、はじめまして……」

 おぉ、あからさまに顔を赤くしちゃって。こんな顔のワタルを見るのは初めてだな……。

「姉ちゃん今から帰り?」
「そ。今日の晩御飯は、賑やかになるわよ」

 私の意味ありげな含み笑いを見て、ワタルが納得した。

「あぁ、だから今日は鍋なのか……さんざんカツカレーを要求したのに……」
「もしかして……試合に勝ちたいからか? プププ、ワタルっちは単純だね~」
「アイ姉ちゃんには言われたくないっス……」
「ははは、なるほどね。でも、残念ながらその願いは却下です」

 残念なのかどうかはわからないけど、もう私には、私の願いを叶えてくれる星はない。それがどんな小さな願いであっても、大きな願いであっても、叶うことはなくなったんだ。

 家の前に自転車をわんさか止めて、玄関へと一歩ずつ近づくにつれ、ピリッと鼻腔を刺激する、なんとも良い香りが漂ってくる。私は今晩の食卓の中央部分に、我が物顔で鎮座しているであろうお鍋の中身を脳内で探った。この匂いの正体はなに? そんなことに考えが及んでいる脳内でも、いまだにふと疑問がよぎることがある。

 願いが、そのままストレートに、なんの障害もなく叶うってことは、いいことなのかな?

 もし、田んぼ道のど真ん中に駅ができたら、やっぱりこの田んぼは消えてなくなってしまうだろう。虫の鳴き声や、花火大会をしたり、秋の大収穫のときに見られる金色の野を見ることもできない。

 他にも例を挙げればきりはないが、無理やり今の状況を捻じ曲げるのってやっぱよくないよ。

 でも、叶えたい願いはまだまだ沢山あるのも事実。

 高校生活も残り少ないし、やらなきゃいけないことがあるんだ。かなえたい夢だって、沢山あるんだ。

 これからは、自分の力で実現させるしかない。

 え? だったら今すぐ動かなきゃいけないんじゃないかって?

 そう焦んないでよ。

 勉強は日々の積み重ね。貯金だって毎日コツコツ溜めていくから増えるんだよ。

 友達だってそう。急に何百人と増えるはずないって。

 そうね、取り急ぎやらなくちゃいけないのは、期末試験中、衣服が脱ぎ散らかされた私の部屋の掃除かな。でも、その私の願いは……。

「あいちゃん、りかこちゃん、いらっしゃい♪はるかとワタルもお帰り。ささ、あがって」

 お母さんが作る、出汁が決め手の鍋料理を食べてから叶えることにするとしよう。

 

 

─完─


著者:クゲアキラ
イラスト:奥野裕輔


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