はるかの星【第6回】

 その晩、私のスマホにアイからいつもの大ニュースLINEが届いた。どこからそんな情報を手に入れたのか、ゴシップ記事のライターにでもなれるほどの嗅覚をもっているのではないか。しかしながら、アイの他愛のないLINEには常に同様のタイトルが冠されており、まぁた、いつものくだらない話かとばかり思い込んでいた。
 もし仮に、私がいつものとおり部屋でヘッドホンをし、お気に入りのDVDを見ていたとするのなら、まともに取り合おうとはしなかっただろう。いつもの調子のいい話が始まろうとしている……ソレくらいの認識しかないまま、スマホの通知文面に目を配らせていれば、このドキドキ感は生まれなかったに違いない。

『はるかの家の近くにコンビニができるんだってさ。知ってた?』

 アイの大ニュースに興奮冷めやらぬ後日。私はことの真相を確かめるべく、めったに人が足を踏み入れないであろう、噂の現場へと足を運んだ。夏の日差しがさんさんと照りつける中、漕ぎ続ける変速のない自転車はいいエクササイズになることでしょう。暑さを紛らわすために、ふと昨晩の出来事を反芻する。

「ハハハ! ビックリした?」

 昨晩、不意に送られてきたLINEに、多少の動揺をしてしまった私は、気づいたときにはスマホを耳にあてがい、アイに電話をかけていた。

「ちょっとちょっと、どういうことよ?」
「どうもこうも、LINEに打ったとおりだよ。はるかん家の近くにコンビニができるかもだってさ」
「また急に。だいたい、誰から聞いたのよ?」

 いつもなら脊髄反射よろしく食ってかかってくるアイが、めずらしく一呼吸置いてから答えた。

「いやぁ、ちょっと、ね」

 こいつめ、何か隠しているな。

「でもでも、そのうちわかるよ。それに、もしかしたらもう何か案内板みたいなものが貼られていたりして。」

 アイの情報というのは、大抵の場合彼女の親友関係をつぶしていけば発信源に当たる。それは、学生たちの日頃の鬱憤だの、希望だの願望だのが幾重にも重なり合って形成される根も葉もない噂話であったりする。そんな話にまともに取っ組み合っていたのなら、私の人生は波乱万丈、暇や退屈とは縁遠いものになっているに違いない。
 しかし、いつもそうというわけでもない。アイの大ニュースの10個の内、ひとつふたつくらいは信憑性のある事実という可能性がある。今回の一件もその一割から二割の内のものなのか? そのうえ、アイの大ニュースのレベルはたかが知れている。今回のような場合、コレはウソだと端から決めてかかる問題なのだが、日ごろの退屈さ加減にうんざりしていた私は、ほんのちょっとの刺激臭をも嗅ぎ分けられるほど敏感になっていた。

「はるか、家近いんだから行ってみれば良いじゃん」
「え!? 私が??」
「現場100回ってよく言うじゃない」
「まあ、気になるかと言われれば……」
「はぁい、いってらっしゃ~い♪ あ、住所はね……」

 ケータイの画面に目を配らせつつ目的地を目指す。アイの説明ではわからなかったが、地図アプリで見てみると、そんなに遠いところではない、というところまでは分かった。さすがに自転車漕ぎながらスマホの画面に見入るわけにはいかない。コレで逮捕なんてされてみな、惑星が犯罪者だらけになってしまう……日記には書かないけどね。

 目的地周辺に近づいてきたが、いまだ変化は見られない。家から約7~8分程度の、立地として果たして近いと言い切れるかは微妙な距離。しかし、仮にそのポイントにコンビニができるのだとするのなら、以前に比べて格段に楽になるだろう。どこへ行くのにも、多少の時間的犠牲を払わねばならなかった私の生活において、これは大きなメリットになる。家の周りにはなにもないからね。
 ものの見事に一面畑しか存在しない道を行き当たったどん詰まり。川が流れている道路の沿線にコンビニができるらしい。しかし、他に何も存在しないこんな立地に、コンビニを建てる意味はあるのだろうか?
 田んぼの端を流れている生活下水道沿いに自転車を押していくと、この場に不似合いな黒塗りの高級車を見かけた。いかにもやり手のサラリーマンか実業家が乗っていそうな高級車は、明らかにこの場には不似合いだ。さながら、未開の惑星に降り立った宇宙船のよう。
 ゆっくりと、しかし着実にこちらに向かって進んでくる宇宙船からは、エンジンの音がかすかに聞こえる。宇宙人が地球に侵略をする際も、音を立てず隠密行動をするのだろうか。
 自転車を押して歩く私とほぼ同等の速度で走ってくる車の中には、スーツを着た男性が二名ほど確認できた。こんな田舎までわざわざ足を延ばしてきた理由とはなんだろうか。
 歩調を通常のストロークから、やや小走りにして自転車にまたがった瞬間、進行方向のドアが開いた。気づくのが遅れればぶつかったって文句が言えないタイミングだ。もしぶつかった場合、私に否があるのか?
 というか、しまった。眼前には見知らぬスーツの男の人が、私の進路を遮断するように立ちふさがっている。人通りのほとんどないこんな状況でさらわれようものなら、はっきり言って打つ手なしだ。
 どうする、先手必勝か。待てよ、自転車をすかさず切り返し、全速力で逃げれば或るいは、とも思ったが、いくらエンジンを停止した車が相手とはいえ振り切れる自信は微塵もなく、どうしたものかとほんの2、3秒思考にふけっていると、黒塗り高級車の黒いスーツ男が話しかけてきた。

「君、地元の子かい?」

 風貌は、夏が似合わなさそうなインドアタイプ。ポマードだかなにかでガチガチに固めたオールバックに銀縁眼鏡。

「そうです、けど……」

 明らかに訝しげな表情を作り、対応してみる。あからさまな警戒心を見せることがこの場合正しいと、私の心が結論を出した。

「いやぁ、助かった。ナビにも表示されない道なもんでね。どうやって目的地に行けばいいのかわからなくて困ってたんだ」

 依然として警戒の眼を作り続けている私に対し、少々下手に出るような対応をしてきたその男性は、話してみるとなかなかいい人っぽい印象を受けた。物腰柔らかな言葉遣いに好印象を持たない人はいない。しかし、知らない人についていくほど私は抜けてはいない。そこらへん、常識は一応持ち合わせておりますので。

「ハハハ、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。私たちはこういうものさ」

 スッと私に向けて差し出された名刺には、『株式会社埼東日本鉄道事業団』の文字。

「鉄道……じぎょうだん?」
「ちょっとした事情で、なんで私たちがここにいるのかは話せないが、ゆくゆくは君にとってもプラスになることをしにきたんだ」
「企業秘密……ってやつですか?」
「まぁ、そんなところかな」

 助手席に座っていたなかなか体格のいい男の人も、気づいたら車外に出ており、私が目線を送るとバツが悪そうに苦笑いを浮かべて会釈した。おそらく、ナビが途中から使い物にならなくなり、持ち合わせていた地図で運転手のナビを勤めていたのだろう。ドサッと車の上に置かれた、極厚の地図を見れば大体の予想はついた。
 ソレに気づいた銀縁眼鏡の男性が、体格のいい男性に目線を配る。明らかな意図をも持つその目線に気づいた助手席の男は、車の屋根の上に置いた地図を取り上げて手渡した。

「実は、ココに行きたいのだが、お嬢さん知っているかい?」

 まるで辞書のような極厚の地図の中から一枚の紙切れを引き抜き、私に見せる。地元民とはいえ、さすがに住所を見ただけでそれがどこなのか一発でわかる人は少ないと思う。単に私が土地勘がないというわけではなく、これは世間一般的に通用する認識だと思っていた。こちらに向けて提示された以上、とりあえずは見ておくのが礼儀。ソレがたとえ知らない場所であってもだ。メモの住所に目を走らせると、どこかで見たような文字が小さい切れ端いっぱいに並んでいた。これって……

「あっ」
「?」

 微妙な私のリアクションにいち早く気づいたのは、目の前で汗を額に浮かばせ始めた体格のいい男性のほうだった。

「知っているのかい?」

 問われた私は我に帰り、質問に応じて、

「あ、え、えぇ。ココなら」

 来た道を振り返り、迷うことなく指をさす。

「あそこですよ」

 知っているもなにも、私がほんの数分前まで目指していたポイントとまったく同じ場所を、彼らもまた目指していたのだ。

 その後すぐに彼らと行動を別にすればよかったものの、『秘密』という言葉が発するミステリアスな魅力に引かれ、道端でこうして缶ジュースをいただいているわけで。
 道案内のお礼と、いろいろ聞きたいことがあるということへの見返りとして、私はキンキンに冷えた、とは到底言いがたい缶ジュースを受け取った。いっそホットにしてくれたほうが諦めがついていいんだけど。
 私は彼らの企業秘密のサンプルになるべく、自らの体を差し出した。事業団というのは仮の姿。実は地球侵略をもくろむ宇宙人なのだ! 的なノリをかまそうものなら通報してやる、くらいの意気込み。とはいえ、人の第一印象というものはそうそう変わるはずもなく、やはり普通の域を出ることはなかった。普通のアンケート用紙を差し出し、

「仕事の都合上、みんなの暮らしを少しでも豊かにするために我々は働いているのだよ。ということで、アンケートにご協力ください」
『家と駅の距離はどれくらい離れている?』
『主な交通手段は?』
『ここはバス通っているの?』
『近くに何があったら便利?』

 夏の日差し収まらぬお昼過ぎ。いくら人通りが少ないとはいえ、黒いスーツの男性と道端にしゃがみこみ、ジュースをすすって話をしている画を見れば、誰がなんと言おうと奇妙な姿に変わりないはず。
 銀縁が出してくる質問事項に答え終わると、胸元から白いボールペンを差し出してきた。よく見るとアルファベットが入っている。

「SJRD?」
「私たちの勤めている会社の略称さ。ご協力、ありがとう」

 缶ジュースは、気づいたときにはあたたか~くなっていた。

「視察しにきた甲斐は、あったかな?」

 空っぽになった缶をすすり、ぼそりと銀縁がつぶやく。
 助手席のマッチョが、メモが示している土地を踏みしめながら闊歩している。右に大またで何歩か歩き、気づくと左に大またで歩いている。四方八方を踏みしめるかのように歩いているうちに、銀縁が自分に声をかけていることに、まるで時差でもあるかのような反応の遅さで応えた。

「ほら、刑事もののドラマでも、現場百回ってよく言うじゃないっスか」

 事務的な作業であるのなら、マッチョよりも銀縁のほうが似合っている気がしたんだけど、これが上下関係というやつなのでしょう。資料をせわしなくめくってはメモをする姿が、マッチョには似合わない似合わない。

「それに……」

 続けようとしたマッチョが、何かに気づいて手を銀縁のほうへ差し出した。それに気づいた銀縁がポケットに忍ばせていたデジタルカメラを、飴玉でも投げ渡す感覚でポイッと渡した。落とすことなんてこれっぽっちも考えていないのだろうね。

「ネットの地図でも、ここは対象範囲外なんですから」
「自ら足を運ぶしかない、ってか」

 さほど重そうには見えない腰を上げ、ゆっくりと伸びをしながらつぶやく銀縁。
 デジカメで周囲を撮り終えたマッチョが視線で合図を送っていたらしく、ここでの全ての作業が終了した模様だった。パンパンとお尻の砂を叩き落とし、振り返って、

「ありがとう、助かったよ。では、我々はこれで」

 と、自分より年下の私に対して深々と頭を下げた。
 期待していたほどのことは起こらず、そもそもなんのために彼らがここにいたのかすら謎のまま私の30分は過ぎ去った。収穫といえば、缶ジュースとボールペンのみ。なにもないよりかはマシか。
 アイドリングを続けている黒塗り高級車を横目に、ここをあとにしようと思ったのだが、やれやれ、やはりこのでかい車とすれ違わないことには家路へとつくことはできないらしい。右足に力を込め、帰路への加速を始めようとしたそのとき、不意に私の右にあった車がエンジンを止め、ドアからスーツ姿の黒い男が顔を出した。
 これをデジャヴと言わず、なんと言おう。

「お嬢さん、すまないが駅までの道のりを教えてくれないか?」


著者:クゲアキラ
イラスト:奥野裕輔


次回11月8日(火)更新予定


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