【第01回】リバイバル連載:サンライズ創業30周年企画「アトムの遺伝子 ガンダムの夢」

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その1「疾風怒濤、波乱の予感!」

 思えばあの人間ドックがいけなかったのである。ドックと言えば胃のレントゲン検査は定番中の定番であるからしてあの白いドロリとした生コンみたいないけ好かない液を飲まねばならない。最近のバリュウムには最初から下剤が含まれているが事務カウンターではなおかつ二粒ほどの下剤を渡しながら「今日は水分を充分に取ってください」と必ず念を押す。ま、言えばそれもいけない。のん兵衛はそれを理由に大手を振って昼間からビールをやる。なんたって腹の中でバリュウムが固まっちゃあ面倒なことになるのだからして……ドッグを出ると西新宿のレストランで生ビールをジョッキで一杯、途中の鷺宮の喫茶店で知人を呼び出して壜ビールを2、3本と、サンライズのある上井草につく頃は結構勢いがついてしまっていた。サンライズで矢立肇に出っくわしてしまったのがまたいけない。気がついたら旧本社ビルの脇にある居酒屋『やしん坊』の入れ込みに大あぐらを引っかいておだを上げていた。ま、それまでに入れたビールのせいで腹のなかのバリュウムはあらかた追い出してしまって気分も上々、つまりがエンジンが掛かってしまったのである。

「おい、誰か呼ぼうぜ」

 と言い出したのは矢立肇だったか私だったか、気がついたときには5、6人の若いスタッフに囲まれていた。

「しっかし若いなあ!?」

 突然に矢立が感に堪えぬように声を上げた。

「君たちはいくつ?」

 この質問にはむろんそこにいる人数分の答えがあったのだが、共通していたのはあの『鉄腕アトム』を最初の放映当時オンタイムで見ていたものがいないと言う事実だった。

「と、いうことは自分たちのなかに虫プロの、いやアトムの遺伝子が生きてると言う自覚は……ない?」
「……はぁ……」

創業の志、夢、冒険、
挫折、屈辱に涙

 ふにゃけたその反応は矢立にとっても私にとっても意外なものであった。

「アトムの遺伝子って、どういうことですか?」

 スタッフの一人のこの質問から始まったのかもしれない。

「大雑把に言うと、今のアニメ界には二つの遺伝子が脈々と生きているんだよ」
「その二つって?」
「それは、東映の遺伝子と虫プロの遺伝子さ。誤解を恐れずに言えば東映動画と言うのは大川博と言う企業家の志によって生まれ、虫プロは手塚治虫という漫画家の夢の実現さ。むろん今存在するアニメ会社が全てこの二つのプロダクションと関わりがあったかというと事実としてはそうとは言えないけど、精神においてどちらか、もしくはその複合としての存在だと俺には見えるね」
「それでサンライズは虫プロの遺伝子を受け継いでいると言うのは、どう言う事なんですか? 確かサンライズって手塚作品を一つも手がけていないですよね」
「!? ……そ、そうだな」

 私と矢立は意表を衝かれた思いで顔を見合わせた。

「手塚作品を一つも手がけていないのに虫プロの遺伝子を引き継いでいるってのは納得できないし、僕なんかコン・バトラー育ちですからね。あれたしか東映作品ですよね」

 他のスタッフも

「確かボルテスもダイモスもダルタニアスも、高橋監督がやった『サイボーグ009』もそうですよ。遺伝子としてなら東映の遺伝子のほうが強くありませんか」

 鋭いツッコミだった。私はいささかうろたえた。

「そ、それはねまだ創業まもなくで足元がよく固まってなかったの! だから下請けプロダクションとして……」
「それと、高橋監督のやった『ゼロテスター』は創映社ってクレジットでしたけど、創映社というのは?」
「創映社かあ‥‥これはちょっと簡単には説明がつきにくいなあ。どうする矢立‥‥」

 私は矢立肇に助けを求めた。矢立はその度の強い眼鏡のレンズをお手拭でぬぐいながらぼそぼそと言った。

「その辺りのこと俺はあんまり詳しくねえんだ。俺がサンライズにかかわり始めたのは70年代の終わりのほうだから。俺が聞いたところだとサンライズって70年代の初め頃に虫プロ出身の七人の創業者達が大いなる野心のもとに創立したってことだけど……」

 七人の創業者と言う言葉に私は反応した。

「今さ、矢立が言った七人の創業者な。エムイーエスって会社があるのよ池袋のはずれのしょぼいところに、そこに引退したサンライズの創業者がいるんだけど、彼らは全員が虫プロ出身者なんだ。さっきの虫プロの遺伝子のことだがな……ことの起こりはな虫プロが傾き始めたおよそ30年まえのことなんだ!」

 サンライズにおける虫プロの遺伝子について創業メンバーの観点から私は滔々と話し始めた。若い者を相手に昔話をすると言うことはある種快感である。焼酎のお湯割を舐めながら若いスタッフと一緒に聞いていた矢立が突然にテーブルを叩いて言い出した。

「いやあ面白い! 創業の志、夢、冒険、挫折、屈辱に涙、そして成功! これはちゃんとやるべきだな、ここのところ話題に出てる“創業30周年記念企画”としても成立する。うん、これはお前が適任だ!」

 とかなんとか調子のいい合いの手を打ち、ひとを乗せるだけ乗せておいて例のごとくいつの間にか消えていた。ま、それはともかくサンライズの波乱万丈疾風怒濤の創業当時の話は盛り上がるだけ盛り上がり、夜は更けて行ったのであったが……。

創業30周年記念企画

 翌朝「電話よお!」と言うカミさんの声で起こされたときはまだ午前10時を少し回ったところであったろうか、むろん頭は痛いし、立ち上がると少々目も回る。電話の向こうで若い女の声が妙にきっぱりと言った。

「昨日のお話の通り、うちの滝沢が11時にはそこに迎えに行きますのでよろしくお願いします」
「えっ!?」
「吉井社長と松本専務の時間は1時に5階社長室応接にとってありますので、その前に少々打ち合わせが出来ますから、私は企画室で待機しています」
「!?……」

 昨日の滝沢ってネットワークの滝沢君か、たしかに彼は私と同じ西所沢に住んではいるが……迎えに来るって!? 11時と言っていたな、じゃあもう出かける用意をしなければいけないじゃないか……。私は顔を洗いながらアルコールの抜け切らぬ頭で昨夜のことを思い出そうと努めた。そういえば……昨夜全員が盛り上がっているなかで妙に冷静と言うかクールと言うかシラけていると言うか、ま、なんにしても私の苦手なタイプのつまりはなんにでもまじめに取り組む、仕事の出来そうな、『約束』なんてものを一番大事にしそうな女のスタッフが一人端の方にいて、

「それ、本気でしたら私がやります」とかなんとか妙にきっぱり言い切っていたような気がするなあ……と思い出した。

 彼女の言うとおりネットワークの滝沢君は時間通りに来て、サンライズに着いたら待ち受けていたきっぱり彼女が打合せというより、社長と専務の前に行ったらこうしてください、こう言って下さいとテキパキと指示し、あれよあれよと言うまに私は両幹部の前に引き出された。緊張に顔を強張らせる私に社長はにこやかに言った。

「サンライズ創業30周年記念企画の一環として最適じゃないですか、ぜひ進めてください。えーと、なんだったっけ浅井君」

 社長は信頼しきった視線を彼女に向けた。きっぱり彼女は冷静でクールでシラけた表情を崩さず、

「サンライズの波乱万丈疾風怒濤の歴史をたどり日本のアニメの今を読み解く記念企画。名づけて『アトムの遺伝子ガンダムの夢』です」

 ときっぱりと言った。

「うーん、疾風怒濤波乱万丈ですか、いいですねえ」とにこやかに社長が賛同するのに彼女は、
「いえ波乱万丈疾風怒濤です」ときっぱりと訂正を入れる。まあどっちでもいいと思うのであるが、私も、

「そもそも創業の1972年と言う年はですねえ、田中角栄が首相になり日中国交回復沖縄返還と日本が大きな曲がり角を曲がったと同時に、浅間山荘事件やミュンヘンオリンピックの黒い5月事件、テルアビブのロッド空港乱射事件など血なまぐさい事件やノーベル賞作家の川端康成のガス臭い事件、おまけに「恥ずかしながら」と横井さんが帰って来たりで、まあ結構疾風怒濤と言うか波乱万丈と言うか物情騒然と言うか、波乱の予感と言うか、まそんな年ではありました。ま、それはともかく創業30周年と言う節目を迎えたことでもあり、これからのサンライズを考える意味でも悪い企画じゃないんじゃないかと、ま、私としても思うんですよ」

 とフォロー共々、かっこうをつけてしまう。これがフリ-ランスと言うか潜在的失業者と言うか、私等商売人の性というもの……。

「さっそく進めてください」
「ぜひ面白いものにして下さい。期待してます」

 両幹部の快諾と励ましによって、この怪しげな企画はスタートした。

アトムの遺伝子
ガンダムの夢!

 社長室を退出した私と浅井女史はいったん企画室の小部屋に戻った。

「浅井さん、あの企画マジやるの?」

 今さらながらの私の質問に浅井女史は答えず、

「正式の企画書は私の方で作りますが、タイトルは『アトムの遺伝子ガンダムの夢』これで本当にいいんですね」と鋭く念を押した。

 ――うわっ、こりゃ本気だ――
 私は、適当な冗談も思いつかないままに、

「いいんじゃないかな。自分としては結構いいと思ってるんだ」

 と答えてしまった。

「じゃあ高橋さんは企画書に載せる前文を『アトムの遺伝子ガンダムの夢』に即したところでまとめてください。あとは全てこっちでやります。では」

 そう言い残すと浅井女史は自分の所属するネットワーク開発部のオフィスへと戻っていった。ネットワーク開発部は50メートルほど離れた別棟にある。
 ――アトムの遺伝子、ガンダムの夢ねえ……――
 企画書に付ける前文と言えば、まあ趣意書のようなものだ。趣意というのは、ものの筋道、道理、理屈、主意、趣旨、理由、てなところだ。昨夜『アトムの遺伝子ガンダムの夢』なんてまとめ方をしたのには何かわけがあったはずなのだが、それが定かに思い出せない。――ええとぉ……はて?――
 私は昨夜の宴のなかで吹きまくった自分の言葉の切れ切れを思い出そうと努めた。だがピンと来るところが思い出せない。たしか『アトムの遺伝子……』と言ったのは私だが『ガンダムの夢』と言ったのは矢立肇じゃなかったかな、と思い至った。

「あ、俺だ。高橋だ」私は矢立に電話した。矢立は、
「ああ、『ガンダムの夢』は確かに俺が言ったんだ」と答えた。

 私はその後の成り行きを説明し、責任の一端をとらせるために矢立に出てくるように言った。

「連ちゃんかよ……で、何処?」

 私は『桂』を指定した。
 『桂』は西武新宿線上井草駅南口を下り駅前交番の裏手にある駅から3秒の一番近い居酒屋である。上井草商店街に灯がともると同時に暖簾をくぐって矢立を待った。待つほどもなく矢立はやって来て、入るなり、

「懐かしいなあ!」と吼えるように言って店内を見渡した。
「だろう。ま、今日の話からしてここがいいと思ったんだ。ところで何にする?」

 矢立は昨日と同じに口あけはビールを注文した。……懐かしいとは言うものの『桂』はすでに往年の桂ではなく店主も変わっていた。店のたたずまいに大きな変化はないものの味も昔とは違う。ビールのほろ苦さにも似た感情を飲み込むように矢立は切り出した。

「ガンダムの夢……ってことだがな、最近のサンライズをどう思う?」
「どう……って、どう言う意味だ」
「まあ、杉並区でも指折りの優良会社だ。企業としては日本中探してもなかなかないくらいの健全経営だ。しかし、そのなんだ、夢ってことで言うと……」

 矢立はちょっと言葉をとぎらせて、言いよどんだ。

「夢がないって言うのか」
「いや……無い、とは言わないが、見えにくいっていうか、いや……」

 矢立はもう一度言いよどんだ後、今度はきっぱりと、

「昔のほうがあった」と言い切った。
「それって、よく言うところの年寄りの昔は良かった的なことじゃあ……」
「そうかもしれん。そうかもしれないが、まあ聞いてくれ」

 その晩の矢立は雄弁だった。

「今でこそロボットものはそれなりの市民権を得ているけれど、昔はこうではなかった。それこそ見る側にも作る側にも『ロボットものだろ』とか『ロボットものはなあ』とか言われたものだった」
「いや、バチ当たりにも俺もそう言っていた一人だよ」
「お前のそれは仕事を逃れる言い訳に使ってたんだろ」
「それもあるが……」

 かって私はテレビアニメーションから距離を置くためサンライズの仕事依頼を断る口実にロボットものはやらないと公言していた時期があった。その頃すでにサンライズはロボット専科のプロダクションと言う趣があった。私のことなどどうでもいいとばかりに矢立は続けた。

夢を眠らせたままじゃ
冒険はできない‥‥!

「実のところ俺はロボットものの評価がそう変わったとは思っちゃいないが、天下のホンダやソニーが真剣にロボットに取り組む時代だ。その今と言う時代にエンターテイメントにしろ現実にしろ、ロボットの何にかについて語るには『アトム』であり『ガンダム』でありは欠かせなくなっている」
「ふん」
「アトムは一般的な意味で日本人の中に一番最初に認知されたロボットで日本で最初の本格的テレビアニメーション作品だ。そのアトムを生み出した手塚治虫が作ったのが『虫プロダクション』で、サンライズの創業者は全員その虫プロの出身者だ。つまりは身近で手塚治虫のスピリッツを浴びて育った。その連中が創業したサンライズがテレビオリジナルのガンダムを生んだ。これは偶然とは思えない、と言うのが俺の意見さ」
「つまり、何かを受け継ぎ、夢を育てた。と‥‥」

 私は矢立が言わんとしていることがなんとなく見えてきたような気がした。

「俺がサンライズに関わったのは70年代も後半だ。虫プロは経由していない。でも、創業者を通しアトムの遺伝子は受け継いでいるんだと信じたい。だから少なくとも“夢”を持つことは出来た。いやあの頃のサンライズは夢だけが頼りだった。だが俺に言わせると‥‥今のサンライズは‥‥」

 矢立は言葉を切りグラスにビールを注いだ。

「今のサンライズは、どうだって言うんだ? アトムの遺伝子を受け継いでいないとでも言うのか」
「いや、遺伝子は受け継いでいるさ、意識しなくても遺伝子は引き継がれていく。遺伝子とはそういうしぶといものだと思う。だが……」

 矢立はグラスのビールを一気に飲み干し、そして言った。

「今のサンライズは“夢”が眠っている!」
「夢が眠っている!?」
「夢を眠らせたままじゃあ冒険は出来ないさ。言わせてもらえば手塚さんも俺たちも冒険者だったのさ」

 矢立は自分の言葉に照れたのか、

「帰る」と一言いってどこかに消えた。

 あとに残された俺は桂のあとにもう1、2軒一人で回ったらしい。その晩はいくら飲んでも酔えなかった。酔えない酒は悪い酒で……。

 

 翌朝「電話よお!」とカミさんに起こされたときは前日と同じ午前10時を少し回ったところであった。むろん頭は痛いし、立ち上がると足元がおぼつかない。電話の向こうは浅井女史だった。

「お早うございます。企画書に載せる前文あがっておりますでしょうか。お手数ですがメールかFAXをしていただけると有難いのですが。それと、お忙しいとは思うのですが、今後の進め方など打ち合わせたいと思いますので、本日午後どこかでお時間をとっていただけないでしょうか」

 一応都合を聞いているようであるが口調には有無を言わせない響きが込められていた。まあそれに私ごときがそんなに忙しいわけがない。

「いつでもいいけど、何時にしようか」

 すかさず女史は、

「それでは午後1番ということで1時にお待ちしています」

 ときっぱり言うなり電話を切った。

「あっ! ……」

 企画書に付ける前文なんてあがってないよ、と言ういとまもなかった。
 ――……ま、いいか――
 私はくらくらする頭で矢立肇の言うサンライズに潜む『アトムの遺伝子』と今は眠っている『夢』の正体とを考えていた。
 午後1時、打ち合わせの場に着くと意外な男が待ち受けていた。

「あれ、なんで君が?」と問う私に向かって男は、
「お目付け役」

 といってニヤリと笑った。


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