【第03回】リバイバル連載:サンライズ創業30周年企画「アトムの遺伝子 ガンダムの夢」

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その3「チューリップがパッ!…」

 波乱万丈疾風怒濤『アトムの遺伝子 ガンダムの夢』のタイトルの下、サンライズの源流を探る企画は始まった。その第一回ゲストは創業者グループ“七人のサムライ”のうちの一人、第三代社長を務めた[山浦栄二]氏であった。その山浦氏の創業以来の担当分野と言うのが“企画”。で今週は企画の四方山話を。

サンライズは素人集団

山浦「企画やる人が誰もいないから、じゃあ俺がと、いずれにしても何かやんなきゃいかん訳。で、最初やったのが[ゼロテスター]なの、良ちゃん覚えてるでしょ、ゼロテスターは……」
高橋「初監督だからね」
山浦「で、要はあれなんでね、素人集団っていうか、サンライズはいつも言うんだけど完全な素人集団だと。プロの集団じゃないっていうのが持論だから、要するに自分がプロじゃないってのがあるわけだから、もう見様見真似でなんとかせにゃいかんから、今まではやった事もない企画なんてことをやるわけでしょ? スポンサーが喜ぶ企画、マーチャンの売れる企画だっていうのが最初の段階で全てだったよね」
高橋「で、現実的にはどんな?」
山浦「ちょうど俺、結婚したばかりでね。立川競輪から歩いて1分もかからない所にアパート借りていて、風呂は無い、6畳1間ね。今でも覚えてるけど、良武さんが3日間俺ん家に泊まりこんで企画書書いてるわけ。女房なんて自分も勤めてるのに台所で寝てるんだよね。そこで無い知恵絞ってさぁ、書いた訳だ。だからそういう意味で言えば、ゼロテスターは60数本製作しちゃった訳だから凄いと思うけど、まああれも見様見真似で作ってる企画でしょ? 全員がクレジットに出る役職初めてなんだからね」
高橋「監督以下、プロデューサーからキャラクター・デザイナー、作監、美術監督、色指定まで……ね」
山浦「[ライディーン]だって、俺その頃今でも覚えてるけど、[こだま]ってパチンコ屋あるじゃない。あそこに行ってパチンコばっかりしてたんだから。くだらねぇこと考えてさぁ、あの頃はまだ玉は手で入れてやるやつだったんだけど、こうだったけかな……これだったかどっちだったかおぼえてないんだけどさ」

 山浦氏は大昔のパチンコの玉入れと弾きを実演する。

高橋「そんなのいいですから」
山浦「これでしょ? こうかな、まあいいや。そいで、じーっと考えてたら、ぱっと開くじゃない、チューリップがね。で、仲良くなったパチンコ屋のお兄ちゃんというか経営者にさ、長いストッキング履かせたらいいと言ったんだよ。ほら、股が開いたようになるじゃない(笑)そこにぽこっとはいると、何か面白いなと」
高橋「やらしいね」
山浦「やらしいけど、それをやったらどうかって言ってた訳よ。そしたら、東映動画のあの頃マジンガーの頃、合体はやっていたけど、あのパイルダーが合体したとかあるじゃない。でも変形ってやってなかったんだよ。あれっ、と思って。だからライディーンの時にあったのは、ものすごく簡単な変形なの。見てごらんあんな簡単な変形なんて今恥ずかしくて作れないよね。足をこうやって曲げて、ここからかシャカっとくちばしが出てきただけ、あれで変形といえるのかね?」
高橋「昔はみんなそんなもんでしたよ」
山浦「だけど、それがその、東映がやってない何かをやりたいっていう所で、たまたまパチンコやってたらこうやったら開くからこれで変形できるかもしれねえなっていう事で作ってもらったら、簡単に出来た訳。多分ね、あれ安彦さんがやったんじゃねぇかな」
高橋「要するに、まだメカデザインとかそういうのがなかったんだ」
山浦「ライディーンは、局が入る前に5本作っちゃったのよ、局の言い分を聞かないで。勝手につくっちゃった訳。で、局のプロデューサーが来て、全部路線変更だと……。要するに幼児って言うのはこういうものだと、ターゲットはこういうもので、これはいけないこれはいけないってバンバンバンバンと強権発動で幼児路線に持って行かれちゃった訳よ。抵抗したんだけど……強いもんだから向こうが」
高橋「路線変更した」
山浦「ところがね、1話から5話までが平均20%近く取ってんだよ。路線変更してからガンガン落ちたわけ。そういう意味で、あれが一番自信つけたなあー。どういうことかと言うと、データってのは所詮データ、ある程度尊重しなければならないけど結局過去のものなんだ。作るってのはもっと他のところにある」
高橋「ふーむ」
山浦「ま、それやこれやしているうちに独立しようと。んで、もう大体やり方が分かってきたから、今は潰れちゃったおもちゃ屋さんに行って、スポンサーになってもらって[ザンボット3]が始まった。で、ザンボット3での御題目が“ドラマは高く、アイテムは低く”っていう、あれ」
高橋「山浦さんの口癖ね」
山浦「言ってたでしょう」

ドラマは高く!
アイテムは低く

 ここまで話してきてちょっと気になることが出てきたので企画には直接関係ないのだが確認させてもらうことにした。

高橋「山浦さん、ちょっと確認だけど、ザンボットね、僕も年代的な正確さは記憶があいまいなんだけど、創映社から別れてすぐザンボットじゃないでしょう。その間に東映の下請けがあったんじゃない」
山浦「いや、ザンボットが最初です。東映の下請けはサンライズスタジオでやってたの岸本さんが社長の。まその二階建てみたいなものは、そりゃ本能的にやった事だから。創映社を作る時にこりゃひょっとするとヤバイかもしれないと思って、アニメ制作の現場は別途にしてたから」
高橋「はあ……」
山浦「で、サンライズスタジオがある程度潤うように、これは伊藤ちゃんがやったことなんだけど、500万かかるところを550万取って来たりして。まあ、騙しに近いところもあるけど」
高橋「で、創映社をやめたみんながサンライズスタジオに合流したとこういうことなんですか」
山浦「その時点でサンライズスタジオを[株式会社日本サンライズ]にしたんじゃないかな、その辺のところは確かめて」

 と言うことなので事実確認は後ほどすることにして話を続けてもらうことにした。

山浦「ただもう、言えばなんだけど、創映社というところでは俺自身もけっこうキツイ思いはいっぱいしたからね。まあ、俺は屁とも思わなかったよ。経理でもなんでもなくて企画やってたわけだから、何言われたって屁の河童だったけどさ」

 その矛盾した物言いに当時の想いが秘められていた。

山浦「一番嫌なのがね、社長に呼ばれて行くとさあー、交際費のチェックをしながらハンコ押してるわけよ。それで『あ、こいつは遊びだ。これは仕事だ』って俺の目の前でやるわけよ。俺の伝票もちゃんと押しながらだよ!」
高橋「そのへんの空気は僕も感じてました。僕も毎週3回行きましたから赤坂の東北新社に。1回はアフレコですよね。で、2回がダビング。3回が社長御臨席のラッシュ試写。音声が入っていないので最初は営業の米山さんが説明役だったんだけど話の内容わからないからなかなかね……で僕にやれと、監督だからむろん隅々まで把握している。まあ言ってみれば活弁みたいなもんで、セリフ入り効果音入り。社長があれがいいって言うことになって、毎回やってたババンバンバンと」
山浦「そうそう、あれ評判良かった」
高橋「このババンバンの帰りには紅灯の巷に流れて、だいたいが赤坂一ツ木の焼き鳥屋で伊藤さん山浦さん米山さんたちの諸々の……その何を、散々聞いてたわけだからね。まあ言ってみれば嘆き節だね。だから雰囲気はわかる。それと近しくなった東北新社の内部の、まあサラリーマンの人からも聞かされるだけ聞かされていたから……」
山浦「そりゃ色々あったよおー。だけどまあ、創映社とか、独立だとかは伊藤ちゃんに聞くのが一番いいだろうと思う。正確なところはね。僕は企画やってた訳だから」
高橋「それで先ほど出た“ドラマは高く、アイテムは低く”なんですが」
山浦「あれね。……あの頃[宇宙戦艦ヤマト]がね、すごくヒットしてたんですよ。それで俺、ヤマトやってる会社の奴呼び出してさ、データ持って来いって言ったの。産業スパイみたいだけど、なんで儲かってんのか分からない訳よ」
高橋「だってヒットすれば儲かるでしょう」
山浦「いやいやいや、その商法というかね、やり方、コツ……営業的に見るとね、10万と言ったり20万と言ったり50万と言ったり、俺メチャクチャな言い方するからあれだけど、要するに特定の人に集中したやり方なのね。要するにヘビーファンを作って、それと商売をするっていうのがヤマトなんだ。20万くらいの熱狂的なファン作ってそれを核に商売する……。例えばあの頃、LPレコードが10万枚出ると大ヒットな訳ですよ。2000円の本が5万部出ればこれまた大ヒットなわけ。そういう商売を彼はしてたんだ、はっきり言って」
高橋「それがドラマは高く……」
山浦「アニメだから漫画だからとドラマを低くする必要はない。ただしスポンサーも大事だから玩具は出さなくちゃならない。それがアイテムは低く」
高橋「今でこそとんでもない高額の商品もあるけど、あの頃は玩具は子供のものだったからね」
山浦「そう、でもちいちゃい子供は年上の者にあこがれるからね。年上の者がいいって言うものに価値を見出す」
高橋「なるほど」
山浦「しかも第1回放送は、打ち切りで。リピートから人気が出た。これは反面教師じゃないけどいい勉強だなぁと思ったから、それだけはその、なんて言うのかな、西崎氏に感謝している」
高橋「なんだかんだあっても認めざるを得ない」

一人欠けても
機動戦士ガンダムは
できなかった!

山浦「うん。……で、[ガンダム]作る時におもちゃ屋の社長に、今回だけは損はさせないから、今まで儲かったんだから、損はさせないから好きに作らせてくれって頼んだのよ」

 創業から[機動戦士ガンダム]まで7年あまり、この年月が長かったのか短かったのか、それは個々人によって想いの分かれるところである。

山浦「で、その時に富ちゃんはザンボットやってダイターンやってガンダムに来た。フラストレーションも溜まれば経験も溜まる。安彦ちゃんもゼロテスターからずーっと来て、大河原さん中村さんっていうタツノコにいた人との出会もあって、それから若手ライターで活きのいい星山ちゃん、あの時代の旬な人たちが集まった。しかも貧乏でもっていろんな不満も募っている。そういう意味でハングリー。だから、この中で1人欠けてもガンダムは出来なかったと僕は思う」
高橋「僕ね、そのお話ではね、山浦さんから散々聞いてるんだ『いや、すべては運ですよ』って言葉を。……それでね」
山浦「だけど良ちゃん、運ってのは黙って待ってても来ないよ」

 私の言葉をさえぎって山浦氏は言い切った。その物言いには“成し遂げた”人のみが持ち得る自信が漲っていた。

高橋「その通りだね。やらなきゃ結果は出ないわけだからね。……僕は結構不幸な作り手で、と言うのはゼロテスターやってる時にヤマトの放映が始まった。その初回を見てショックを受けた。あのときは山浦さんと一緒に見たんだよ『うっわー暗いな!? こりゃちょっと当たんないんじゃないか』なんて山浦さんは言ったんだけど、僕は、こいつは敵わないって……」
山浦「いやあ、俺はあれがね、あんなにいくとは正直思わなかったわけ」
高橋「簡単に言えば、ま、スポーツ、例えばサッカーでもボールひとつ蹴るのを見れば、こいつ凄いっていうのが判るわけだよね。ヤマトの放映を見ると、そこには意欲を体現する技術の裏打ちがあるわけですよ。だから凄いってわかる。もう一つの不幸は、009の監督をやっているときにガンダムの放映が始まった。ちょうど僕は音響スタジオでダビング作業中だったのだけれど、局のプロデュサーの『初回だから見ようよ』と言う一言でスタッフ一同作業の手を休めて見たの。そしてガンダム始まったの。そうしたららみんなが言うのね『うっわー重いねえ! 暗い! これだめだよ』って。局プロも『いやー監督、これ当たんないよ』なんて言うんだけど、僕は下向いちゃってショック受けてるわけですよ。同じ作り手として判るもの、目の前で放映されているものがどのくらいのものか! アニメから離れよう離れようとしていた自分が、サンライズの都合で引き戻されて今回だけとおもって監督やっているときに限って凄い作品が放映されちまう(笑)ダメージ深いよおー!」

 ひときわ大きな笑い声は廣瀬君か、彼はまあゼロテスターのときはスタッフだし、009のときは[スタジオあかばんてん]で一緒だったからその辺りのことはよく分かるだろうが、笑いすぎだ。

山浦「これを言うと怒られるんだけど、俺は作品だと思ってないわけ。TVで放映されるものは商品だと思ってる。商品って言うと、なにか、えらくどうでもいいように聞こえるけど、一番大変な事だと俺は思ってる。要するに、一般大衆を騙して金掠め取ろうとするわけだから商品っていうのは。で、それを作んなきゃいけないわけだよ。現場の人たちっていうのは、みんな作品を作りたいんだよな。俺、よく分からないんだけど、作品って何ってみんなによく聞くんだけどさ……だけど、商品をつくるとなると、ヤマトがなんで当たったのかっていう事がさ、絶対的になるんだよ俺の中では。だからその10万人だか30万人だかが評価してるんだなっていう結論だけ、ここが一番大事なんだ」

 この山浦氏の強力な想いが初期のサンライズの企画の大部分をリードしてきたのは間違いのない事実だった。

山浦「ガンダムを作る時に、じゃあ万全の計算があったのかって言ったら、これは根本的には無いってしか言いようがないね。その、細かいヨミだのなんだのはありましたよ。あったけれども、こんなになるなんてヨンでやった奴がいたらね、土下座しちゃう。俺はだからその……所詮は運って言うんだよ」
高橋「そこでね、僕は運っていう言葉をずーっと考えたわけですよ。で、運なのか、計画性なのか、志なのかいろんな事を考えたんだけど、ヤマトは実はこれは裏腹だなぁって思ったの。ヤマトは西崎さんが結構計算して、こうしたら当たるんじゃないか、こうしたら受けるんじゃないかって全部計算して、あの人計算高いから……計算して計算してその通りやったら運良く当たったんですよ。これは後から運が来たわけ」
山浦「うんうん」
高橋「でね、僕はガンダムはね、さっき山浦さんが言ったように主要スタッフの誰が欠けても駄目だっていうように、サンライズがずーっと培ってきたプロダクションとしての体力がついて、それで企画があって……」
山浦「要素がそろった。積み重ねがあるから運を呼ぶ」
高橋「要するに作り手の意欲とスキルが上がったのと、それから時代と合致したんだね。だから、計画性はないものの」
山浦「計画性は無い。でも」
高橋「結構必然なんですね。僕の考えでは」

 私の中では以前からガンダムのヒットは“必然”との考えがあった。ただそのあとの発展は予想外のことである。

ザクは兵器なんだけど
ガンダムはキャラクターなんだよ

山浦「ただね、一つあるのはね、ヤマトの西崎氏と俺は軍国少年っていうとちょっと問題があるんだけど、俺もよく『』とかさ、兵器論好きなんだけど、西崎氏も同じなんだよ。だからああいう時代を生きてきた、ひとつのその青春時代を含む、今でもそうだと思うんだけど、あの人兵器好きだとかピストル好きだとかが高じて、だから機関銃買ってきて捕まったりするんだけど、要するにそういうそのなんていうのかな、軍国少年的な戦闘機乗りになるって夢見たりっていう、そういう時代を経てきてる訳だよね。撃墜王になるとか。そうすると、ひとつのヒーローを作っていく上での何かがあったことは事実だと思うんだけど」

 なんだか話が危なくなってきた。大丈夫かな。

山浦「ただね、良く言われるんだけど、ガンダムの企画もしたし何もするわな。はっきり言って、やったっていう気持ちは自分には出てこないわけ西崎氏みたいには。人の力借りないと絶対出来ないんだから。俺自身絵描けるわけじゃなし。演出できるわけじゃなし」
高橋「それは商売商売、大方の人がそうなんじゃない?」
山浦「だから要は、それだけの自信を持って作品を作ったのかって言われたら、あまり言えないね。……だけどガンダムの時にね、大河原さんが描いたザク! これはねえー、もう見たときビックリしたもん俺。何でかって言うと、タンク少年っていうか、戦争もの、兵器として見ていった時に」
高橋「フェロモンを発散してたよね!」
山浦「そう! はーっと思ったわけ」
高橋「僕もそうですよ」
山浦「それで大河原さんが来た時にね、俺即言ったのよ、撃墜マーク入れてくれって、ここに、このヘルメットみたいなところに入れてくれと。それがカッコイイのよおー!」
高橋「そこはやっぱり、山浦さんにもオタクの血が流れていたんだよね。当時オタクっていう言葉は無かったけどね」

 このあとしばしオタク談義で盛り上がったが……。

山浦「玩具というと色なんだけど、ガンダムの色を決めたのあれ安彦ちゃんなんだよ。スポンサーは赤青黄色って譲らないんだけど、あの頃それが無いと売れないって言うから、ガンダムには入ってるんだよ全部。赤も青も黄色も。でも基本は白なんだよね」
高橋「その辺はスポンサーの言うことも取り入れたと……」
山浦「それだけじゃなくって重要なことは、ガンダムでなぜ当たったかって言うと、ザクは兵器なんだけど、ガンダムはキャラクターなんだよ。完全なキャラクターであると。ところがみんな誤解してるのは、ザクが兵器論で来たからロボットは兵器なんだと‥‥あとの人たちにはガンダムがキャラクターだっていうのが完全に認識されてるとは俺思えないわけよ。あれは巨大ロボットもののなれの果ての、完全なキャラクターなんだから。要するに、剣で言えばこうやって見栄を切って、カッコよく見える非常に人間的なセンスを持ったキャラクターなわけですよ」

 そう、その辺のところは私にも分かっていた。いや当時山浦氏から散々解説された記憶がある。だからこそ同じことはできないと、のた打ち回った結果が私にとっては、ダグラムやボトムズであったのだが……それはまた別の話である。
 山浦氏の話はこの後も興味深く多岐にわたって続いたのであるが、それは先の回に譲り次回も“企画”と言うキーワードをもとに、山浦氏の推薦もあった創業“七人のサムライ”のうちの一人『沼本清海』氏にインタビューを申し込むことにした。

 

【予告】
次回は、創業者のお一人。株式会社3Dプラネット代表:沼本清海氏(虫プロから、サンライズの創業を経て、玩具メーカー社員、そして現在はプランナー。)の登場。サンライズ・オリジナルが形成される道筋を垣間みます! 乞うご期待!

【リョウスケ脚注】
良武さん

良武さんペンネーム[五武冬史・ごぶふゆのり]の名はあらゆるサンライズの作品に刻まれています。リョウスケが良武さんと呼ぶのはその本名[鈴木良武]から来ているのですが、その名はゼロテスターやザンボット、ザブングルの原作者名でもあります。山浦氏は良武さんを自分の新婚の6畳1間に閉じ込め、三日三晩寝ずで企画書を書かせたと語ったが、その昔リョウスケも新婚の良武さんの部屋に押しかけ、プロデュサーも監督も逃げてしまってニッチモサッチモいかなくなった作品のシナリオを、書くそばからコンテにし書くそばからコンテにするという地獄の凌ぎ生活を数ヶ月も過ごしたことがあります。ま、誰がなんと言おうとアニメ界きっての人格者であります。 

岸本さん

フルネーム[岸本功吉]、初代社長でありましたが、すでに鬼籍に入っております。リョウスケにとっては虫プロの進行時代からの先輩で、頭の上がらないうちの一人でした。大きな身体で好きなお酒をとてもおいしそうに飲む豪快な人でしたが、一面プラモ作りが好きという少年ぽい所も持ち合わせていて、いつか仕事の手が空くようになったら作るんだと言って買い込んでいた飛行機や船のキットが自室に積み上げてありました。ガンダムのヒットが確実になったところで病魔に襲われ‥‥残念でした。享年42歳。

伊藤ちゃん

フルネーム[伊藤昌典]、二代目社長で、創業当時は東北新社内の創映社詰めでした。色白小太り五分刈り頭のスーツ姿というヤクザの顧問弁護士のような風体で、たまに上井草のスタジオにふらりと来て、たった一つしかないスプリングの弾けたソファーにごろりとトドのように横になりデスクの女の子に「お茶‥‥」などとホザク、倣岸不遜な無神経な奴というのが徹夜徹夜を続ける現場の若いスタッフの声でした。無理もありません、なんて言ったってそのくたびれたソファーがみんなのベッド代わりだったのですから‥‥でも人は見かけによらぬもの、その傍若無人男が意外にも緻密な経営者でサンライズの今あるは彼の戦略によるところ大なのであります。おまけに実はけっこう優しくもある。人は見かけによらぬものの典型かもしれません。

スタジオあかばんてん

私ことリョウスケが[ゼロテスター]終了年の1975年から1990年まで新宿区高田馬場で主宰していた同人的アニメーションスタジオです。東京で一番甘ったれた集団を自負していまして、ベタベタグズグズ、仕事場のような簡易宿泊所のような、インスタント食品の置き場所のような‥‥絶対に発展拡大はしないぞ、が全員の合言葉の面妖なスタジオでありました。あそこに行くと人間がダメになるとも言われておりましたが、一種のユートピアだとも言われました。ひょこっと飽きがきてやめてしまったのですが、幕の引き方もだらしなくて、らしいかなと思っています。

西崎氏

フルネーム[西崎義展]、人も知る[宇宙戦艦ヤマト]のプロデューサーであります。あまり説明の要もないと思うと同じにリョウスケにはあまり縁のない人でもあります。ただし過去数回お会いしたことがある。そのときの印象は身長180センチメートル前後の堂々たる偉丈夫でラテン系の顔立ちの目鼻立ちのハッキリしたハンサムでありました。言えば、イタリアのギャングスターのようではありました。でも、どこかいつも“疲れ”を感じさせる表情と、あんがい人見知りをする繊細さを持ち合わせているのでしょうか、片目から片頬にかけたえずてぴくぴく痙攣させる神経質そうな表情が印象的でした。

リョウスケ自身はあまり購読したことがないので良く分からないのですが、印象としては山浦氏をはじめとする、まあ、矢立肇や亡くなった神田武幸あたりの第二次世界大戦マニアにファンの多い専門雑誌という思いがあります。雑誌名の[丸]はやはり日の丸からの由来ではないでしょうか 。違うかもしれませんが、いや、あてになりませんから信用しないように。

 


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