【第09回】リバイバル連載:サンライズ創業30周年企画「アトムの遺伝子 ガンダムの夢」

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その9「一寸の虫にも五分の魂‥‥」
ゲストは鈴木良武さん

 今回は、業界で現役を張っている先輩もグッと少なくなって心細い限りでありますが、虫プロ時代から歩幅変わらず、淡々と前を歩き続ける先輩がこの[鈴木良武]さんであります。私にとっては鈴木良武さんが馴染んだお名前なのだけれど、他にも[五武冬史]と言うペンネームがあり、業界後輩達にはこちらの方が通りが良い。ペンネームの謂れには諸説あるのだがこの機会に本人からホントのところを聞かせて頂こうと思っている。

アニメを作るとは
思ってなかった‥

高橋「シナリオライターになったのは……?」
鈴木「基本的には映画が好きだったからですね。映画を観るのが好きだったからだよ。だからさ、昔のパンフレットこのくらい貯まってるの、家に。昔のハリウッド・スター、カーク・ダグラス、グレコリー・ペックとかアンソニー・クインとか‥自分が最も多感な時期にそういう映画を観たじゃない。だから、いいな、“映画ってほんとに面白いですね、いいですね”みたいなさ。そういう雰囲気味わったわけだから、できたら自分もそういう世界にいきたいなと思ったの。これは夢だよね、つまりは。」
高橋「それが固まってきたのはいつ頃なの?」
鈴木「やっぱり高校ぐらい。でも結構早く観てたんだ、映画は。僕は」
高橋「あの頃は娯楽の王様だからね」
鈴木「小学校上がる前にね、[野良犬]って映画知ってる? 三船敏郎の」
高橋「知ってますよ」
鈴木「それがね、疎開してた田舎のね村芝居と一緒にね来たわけですよ。片っぽで芝居やって片っぽで映画やって、そういう興業があってさ、観たくて観たくて、“今晩観せてやるから昼寝しなさい”と親に言われても、興奮しちゃって眠れない‥(笑)それが、そもそも映画の始まりなの」
高橋「随分しかし、小さい子にしちゃとんでもない映画だね・・・・鈴木さんの年代だとそういう憧れが就職とかね、仕事って直結しない時代じゃないですか。憧れは憧れで小さい時もっていても仕事するといったらば、普通は“じゃあ銀行に行く”とかね“町工場に行く”とか、そんなに自分の憧れと職業とが結びつくっていう時代じゃないですよね」
鈴木「虫プロに入る前ってのはね、“豊島区役所第一出張所”って窓口で、転出・転入とかさ‥」
高橋「じゃあ公務員なんだ」
鈴木「臨時の公務員っていうかさ」
高橋「それが世の中にでた最初?」
鈴木「今日はそういうことにしておきます。‥‥それをやりながら作協いってたんだよ、[シナリオ作家協会]へ行っててさ、とにかく、なんとか将来そっちで飯食いたいなっていうことで、そういう行動は起こしてたんだよ」
高橋「そうなんだ。わりあいにそうするとストレートなんですね。‥‥その出張所から虫プロっていうのはほんの短い期間‥」

鈴木「そう、役所にいってさ窓口で『引っ越しされますか?』『転出されますか?』ってさ。『これはこういうふうに書いてください』『ここに判子お願いします』ってさ」
高橋「その映画の部分とアニメーションとの落差みたいなのはあったんですか? ようするに、五社にいかれないからこっちとかって考えは」
鈴木「入ったときにね、虫プロって“将来ディズニー・プロダクションを志す”って言ってたからさ。“漫画も作りながら実写も作る”というさ、そういう方向でいくんだと思ってたわけ。基本的には僕はアニメ作るとは思ってなかったの、だから。シナリオ作協でやったシナリオがあったの。あれは全部当時は実写ばっかでしょう。アニメーションなんてあると思ってなかったっていうかさ、時たま劇場でね漫画映画ってのがあってさ、そういうの観てて‥」
高橋「まあ産業としてはなかったよね。なかった、なかった。」
鈴木「そういう形でしか知らなかったんだよ。後は東映の大川博さんて社長が日本でも長編アニメーションを作るってことでスタジオ創ったのかな。そういうのはニュースとして伝わったけれども、まさかそういう世界に自分が飛び込むとは思わなかった。それは虫プロって会社があって漫画映画作るけれどもこれから実写も作りそうだっていうことでさ、そんな雰囲気で応募したわけですよ」
高橋「映画への入口というか目的はシナリオだったんですか? 監督とか役者じゃなくて‥」
鈴木「シナリオライターって職業はさ、実態よく知らなかったから、莫として憧れてたわけだよ。監督にこんなにこき使われるとは思わなかったから、精神的に(笑)」
高橋「ハハハ(笑)」
鈴木「その頃の憧れのライターは橋本忍かな‥‥ああいうライターになりたいみたいな。あの人が実際どういう生活してるか知らないよ、俺は」
高橋「やっぱり黒澤さんにこき使われてたんでしょう」
鈴木「(笑)多分ね。監督というのじゃなくてライターっていう方向でさ憧れてたね」
高橋「僕が虫プロに入った時は、鈴木さんは演助でも進行でもなかったんですよ。僕のなかではね。なんだか得体の知れないね、何やってる人だか」
鈴木「僕はやっぱり文芸部だったんですよ。シナリオライター志望の文芸担当。そういう形で仕事してたわけだから。あっちへいって原稿書いたり‥」
高橋「文芸担当というのは何やってたんですか?」

鈴木「シナリオやったり監督のスケジュール調整したりさ」
高橋「作品としては?」
鈴木「文芸担当でやったのは何からだろうな?[どろろ]、[悟空の大冒険]もそうでしょ。あと[W3(ワンダースリー)]とか」
高橋「W3(ワンダースリー)では鈴木さん、演出の長だったですよ。僕、ワンダースリーで演出になったんですけど。その時に手塚先生のところへいって『演出やらせて下さい』って言ったらば『じゃあ鈴木氏に相談して下さい』って‥。鈴木さんが『あっいいよ』って(笑) ああこういうことでもって人事が決まっていく会社っていいなあって思いましたけどね」
鈴木「もうその時のこと覚えていないけどさ、手塚先生のOKもらってきたのをさ、首横に振るなんて考えられないよ」
高橋「OKもらったなんて言ってませんよ(笑) 鈴木さんに相談して下さいって、ああOKって(笑) で、まあそういう時代があって。ワンダースリーが終わるか途中で抜けたんでしょ?」
鈴木「抜けた」
高橋「で、虫プロ以外の会社と仕事を始めたというのはどの辺なんですか? 例えば作品的に言えば‥」
鈴木「宇宙エース」

虫プロの方が
自由だった‥

高橋「[宇宙エース]‥。あ、もうあの頃から」
鈴木「そう」
高橋「虫プロ周辺で仕事してきた‥‥。で、外へ出てからが本番として、色々な会社で仕事してきたわけですが、違いがありました? ああ、やっぱ会社によって違うんだなって。それとも所詮ライターは苛められる存在でどこへいっても同じだというそういうことですか(笑)」

鈴木「1つはそういうこと(笑) ライターとは結局こういうものかってあったんだけど、虫プロの方が自由だったね。監督とライター、それからプロデューサーってのがさ、あまりこう分け隔てないというか。社内の人間だったからかもしれないけど、分け隔てないというような感じだったけど、外へ行くとさ、ライターとしていくからやっぱライターとしてしか扱ってもらえないわけだよ、それは。‥‥例えば[A]という会社の忘年会に呼ばれる。どういうことかなと思うとね、その席がねコの字型にあるわけですよ。白布で覆って料理がたたたっと並んで。社長が座って、専務が座って何が座ってみたいな。社長の前の席に座らされて“お流れ頂戴”みたいな‥」
高橋「でもそれは社長の前に並ばされるっていうのは他のスタッフよりは礼をもって遇されているってことでしょ」
鈴木「いや、それはどうだかわからないね。遇されているかどうかわかんないけど(笑) 表面上はそういうことで、お世話になりましたねって言いながらついでくれるんだけどさ。そういう宴席のやりとりみたいなのがそこにあってさ、どうも芳しくないなって思って、ライターってこんなものかなってそういうのがね、身にしみてね。やっぱ実感として」
高橋「逆に言うと進行なんて“お流れ”も何もないわけよ、きっと。“ああいいな、あそこに行きたいな”って思ってんじゃないですかね、そういう時は」
鈴木「(笑)そっかね」

高橋「僕の聞いた[A]の話で強烈だったのは、ラッシュが上がってくる。すると1番最初のラッシュは誰もいないところで監督が一人でもってラッシュをみる。その前に誰かが見ちゃうと激怒っていうか、それはようするに序列としてそういうことが成り立たないといけない場所なんですね。監督が1回見て、それからやっとみんなでもって、つまりスタッフ試写を始めるという、そう言うシステムみたいなものがね、ある。ああここは虫プロとは大きく違うな。虫プロでは、それこそ創業者で原作者でチーフディレクターの社長があの3階の屋根裏部屋でスタッフと一緒にごろ寝しながら『やあ、ごくろうさん。じゃ始めましょう』みたいな話でしょう。で、場合によってはお菓子もってきて『やあ、やあ』とか配りながら‥そういうのとは全然違いますよね」
鈴木「それがつまり忘年会みたいな席上になるとでてくるわけですよ。キッチリと形つくって。一応それなりに作品に参加してる脚本家だけども、まあ言ってみれば“お客様”みたいなもんだしさ。吹けば飛ぶようなもんだから(笑)」
高橋「(笑)俺だったらそうは思わないけどそういうふうに思っちゃうんですか?」
鈴木「思いますねえ。それが一度だったらいいけど、何回か呼ばれたけど全部同じなんだ、パターンが。こういうふうなコの字型ね、白い布‥・・」
高橋「白い布の溝が絶対埋まらないわけですか」
鈴木「それ終わって例えば2次会かなんか行くけどさ、口では“みなさんのおかげですよ”って、“ライターのみなさんの力で良い作品が出来上がりました”なんてこと言われても“何だかなあ”と思って(笑)」
高橋「アハハハ‥ でも虫プロの忘年会ってどういうことでしたっけ?」
鈴木「虫プロの忘年会ってみんなあれじゃない。わいわいやってさ。だってそういう形で並ぶってことあまりなかったんじゃないかね。」
高橋「みんな立食でね、わーっとやってね」
鈴木「そうでしょ。人の扱い方ってのが基本的のそこで違ってくるわけですよ。陣張って“者ども続け”って会社とさ(笑) “やあやあやあ”みたいな会社とでね‥」
高橋「他は他でまた違うでしょ?」

鈴木「[B]はこう囲むわけですよ、全員で。忘年会なんていうとね。やっぱそういうとこで会社の性格みたいなものが出てくる。丸いテーブルとか四角いテーブルを全員で囲む。まあそれなりに上座下座はあったにしろさ。面と向かって箸を合わせる、そういう距離の中での飲み食いだから。“お流れ頂戴”とは違うよ、やっぱり(笑)」
高橋「まあ忘年会の特徴ばかりお聞きしてもしょうがないんだけれども(笑) 作品作りでもだいたいそういうところが影響されていくんですかね」
鈴木「あるでしょう、それはね」
高橋「例えば[A]でシナリオ参加した場合って、監督との付き合いとかは・・‥」
鈴木「ないないない、一切」
高橋「監督はない。じゃあ・・・・?」
鈴木「文芸部を通してそこがOKだったらそれなりにOKって、そういう感じなんだよ」
高橋「演出関係とライターが直接に話さないなんて虫プロではあんまり考えられないですよね。[B]はどうなんです?」
鈴木「[B]は、脚本家ってのをそれなりに大事にするっていうか、他のとこが大事にしないってわけじゃないんだけどね。扱いってのはそれなりに脚本家を考えたとこで扱ってるんじゃないかという感じはする。まあダシに使われることはあるけどね。‥と思うんだけどさ。昔ね、文芸部がOKした脚本があった。ところがそれを受けてる下請けプロダクションがさ、変えちゃったんだよ、無茶苦茶に‥。そうしたら、その連中が呼びつけられて僕の目の前で(間に文芸部長がたって、あとに制作部長も加わって)、脚本を滅茶苦茶にしたことについて詫びて、その部分だけ元通りの脚本で、それまで作った絵を全部捨てて元通り描くと‥、そういうことがあったんだ。“ああこいつらに僕は恨まれるな”って、そう思ったけどさ。その時の何て言うんだろう、処理の仕方っていうのが脚本家が書いたシナリオを“文芸部がOKしてるのに、お前ら何で勝手に変えるんだ”と。そういうことなわけ。脚本でもし気に入らなければもう一度ちゃんとそれを文芸の方に上げて、戻してね、それで脚本家に書き直させるのが筋だろうって。そういうようなお灸の据え方みたいなのあったんだよ。ホントにそんなの初めてだよ、最初で最後だったね、それが。ただそれは何かのしっぺ返しに使われたんじゃないかって僕は思ったんだけどさ。そのプロダクションが何か[B]にヘマやってさ。“‥ライターがそんなに権限あるはずないもんな”って、ちゃんと頭の隅で考えてたんだよ(笑)その席にいながら‥」

一寸の虫にも
五分の魂‥‥

高橋「アニメーションの中ではいろんな部門があるじゃないですか。シナリオライターか背景か、このどっちかが僻みっぽいね。1、2を争うぐらい(笑)。この2つの集団が飲んでるところは敬遠します。出くわせば必ず、否応なく絡まれるというかね‥」
鈴木「それは演出家だからじゃないの? 怨嗟の的になってるのは監督なんだ。確かに」

高橋「シナリオライターはまたね監督とのあれ、書いたものを直されるとかね、無茶苦茶にされちゃうとかね、そりゃあるでしょう。だからもうライターが集まって泊って飲んで翌日ゴルフって会には、僕は前日の飲み会にはいかない。翌日のゴルフだけ行く。そんな危ないところへ行って、少々シナリオも書きますって顔しても、ライターのうちには入れてくれるわけがない。一応案内状はライター扱いでくれるんだけど、危ないから、危うきに近寄らず」
高橋「大本山の[C]は?」
鈴木「1シリーズか2シリーズ。1回ぐらいしか付き合ったことないな。サンライズを通して付き合ったことはありますよ。星山ちゃんが声掛けてくれて行ったにすぎないんだけどさ。深くわからないなあ。星山ちゃんが随分深く付き合っていたみたいだから。僕が深く付き合っていたのは、ようするにアトムの遺伝子のあるとこばっかりなんだよな。」
高橋「なるほどね。この間聞いたんだけど、[五武冬史](ごぶふゆのり)と言うのは“一寸の虫にも五分の魂”っと言うのが入っているんですって、意味あいとしては」
鈴木「まあそうですよ。ある時からペンネームに使うことにした」
高橋「それはいつからなんですか?」
鈴木「だいたいサンライズで仕事始めてからしばらくしてね、叩かれる率が多くなったからですよ(笑)」
高橋「ハハハ‥そうかなあ。その前から使ってないですか?」
鈴木「使ってないよ」
高橋「そうお?」
鈴木「そうよ」
高橋「他社では使ってない?」
鈴木「使ってないよ」
高橋「だってさ、そういうこと言ったらばね、ゼロテスターの監督は僕ですから。で、原作者でありメインライターでその頃から使い始めたっていったら、ほとんど僕に尽きるじゃないですか。このヤローって(笑)その“一寸の虫にも五分の魂”って(笑)その頃サンライズにはまだ富野さんも出てこない時代から、使い始めてたの? じゃあ僕の時なんだ‥」
鈴木「ただ別に良輔氏だけを、良輔氏に叩かれたからとかいうんじゃないですよ」
高橋「じゃあそれまでに叩かれてきたことが蓄積して、そこでもって‥」

鈴木「そうそうそう。ここからもう1回“ようしっ”みたいなのが気持ちの中にあったんでしょうね、どっか。そういうような意味あい。だから、個人の何とかさんにやられたから“コンチキショウ”っと思ってさ(笑) そりゃ側へ行って殴り返した方が早んだからさ(笑) そういうふうな意味あいじゃなくてライターという職業の圧力って変だけど、世間の物の見方ってあるわけですよ。どこいっても。今だにそうなんだけどさ、どっかへ監督なんかと一緒にいくじゃない。そうすると監督の挨拶があって、次の挨拶があってもライターは関係ないわけですよ。『時間があまっちゃったから、それじゃあライターにお願いします』って(笑) そういう紹介のしかたねえだろうって。そういうことってあるわけ。だから監督は人格を持った存在として扱われる、ライターはその影の存在として黒子としてしか扱われないなあという。まあずっと長い間の認識ですから、もう身体に染み着いちゃってる。ある種僻みっぽくなるってのは、あっそうかもしれないって納得しちゃうんだ」

 アニメの監督もけっこう僻みっぽい人がいますけれども、まあ、セレモニーの席では形と言うものがあるからそれなりの遇され方をすることが多いんですね。でも社会の中ではアニメの監督と言うのは弱者ですよ。シナリオライターが持っている[協会]もありませんし、自業自得ですが、我が身を守るのは自分の才覚だけって感じです。ああ、心細い。

鈴木「作協ニュースって毎月発行されるんですけどね、その中に[眼]って言うコラムがあるんだけど、そこにライターが“いかにプロデューサーに扱われているか”、“主演の役者にやられているか?”って言うのが、そういうような“怨嗟の声”が載ってるんですよ。“知らない間にアイデア使われてしまった”とかさ。“このプロデューサーに話したら別のところで同じ企画が発表になってそちらは視聴率とっちゃった”とかさ。“こっちには一言の挨拶もない”とか、そういうような色々な所との軋轢みたいなのがでてくるわけ。数あるわけ。そうすると苛められてんな、可哀想に。正当に扱ってくれ、ダメならダメで正面から言ってくれ。陰の方でクビにしないでくれ。そういう人として扱ってもらえないというような意識がね、でちゃうわけよ、やっぱり。」
高橋「ライターの鈴木さんにそう言われてみればライターの気持ちもわかります。自分で味わったことじゃなくてね、理屈でわかる。そうだろうなっていうのはありますよ。それはしょうがないね。やっぱ個人で乗り越えていかないと」
鈴木「個人で乗り越える力がなくなった時にさ、“あっもういいや”っていう話になるわけだけどさ。誰が何かをしてくれるってことはないですよ。」

 シナリオライター哀歌は果てしなく続いたのでありますが、都合により割愛して次の話題へ‥。

100の想いを委ねると、
120で上がってくる‥

鈴木「虫プロの流れでなかったならば、こんなにサンライズと付き合わなかったでしょうね」
高橋「とくにサンライズがいいってわけでもないってことですよね、それは」
鈴木「いや初期の頃のサンライズって結構良かったなって」
高橋「初期の頃っていつ頃までを言います?」
鈴木「え~[ゼロテスター]から始まって会社の形態が整うに従ってさ、あのなんだろう、全てがこういろんなことが許されなくなってくるじゃないですか。例えばね変な話だけど[勇者ライディーン]の企画作ってる頃はさ、喉が渇いちゃったなあって、ちょっとビールの缶買ってきてみんなで飲んだ、みたいなこと平気でやってたけども、そう言うってのはさ、会社がしっかりしてくるに従ってだんだん許されることではなくなってくるわけだよ」
高橋「まあそれはね。昼間からはね」
鈴木「“昼間から酒飲みやがって”みたいな話。好き勝手なことができたから活気はよかったってことだけどね、それは。会社としてきちんとした形態を取り初めて来た頃からやっぱりなんとなく違ってきたなあって感じはするけどね。」
高橋「そういう鈴木さん自身は僕からみるとね、そんなに野放図とかそういうふうにはみえない方だよね。どちらかというときちんとしている方なのね。それでもやっぱりそういうこと感じるんだ」
鈴木「だからさ周りが野放図だからなおさらきちんとしなければいけないというそういう反対の動きをするんだけどさ。周りがきちんとなってくると、なんだこりゃみたいな話になってくるんだ」

高橋「そうか」
鈴木「サンライズがこれからどうなっていくのかなあってホントにねえわからないし、こういうきちんと決められたカラーっていうかさ骨組みみたいなの突き破って何かをしようとするキャラクターが出てくればそれはそれなりに面白いなっていう気持ちがあるけどね。でも決められた枠の中でそれなりにものごとを処理していく人の方が増えるんじゃないかな。この間設定書からはじめて第1稿を4~5本書いたんだ。払ってくれたお金ってのはさ、脚本料1本分なんだ。最後の決定稿に対して払う。その前の労力に対して全然査定しないわけ。でね、前のサンライズっていうのはその部分査定してくれるわけだよ。脚本料一本でないにしろ、大変だったなって、ちょっと余分に色を付けといたからって。色でいいわけだよ、つまりは。1本くれとか何本くれとかって話じゃないけどさ。ああなるほどな、こういうふうに変わったのかと思うわけ。4本5本書いても1本分のギャラしか払わない。決定稿しか」
高橋「言えば野放図なんだけども別なところでは気遣いとか暖かさとかってのがあったのが、まあサンライズの初期で、それはやっぱり虫プロにもあったってことなのかな、ある意味では」
鈴木「そうだね」
高橋「例えばね、手塚さんのキャラメルとか(笑)」
鈴木「虫プロに入ってああこういう会社なんだって思ったのは、演助進行やっていた時。徹夜徹夜の連続でものすごく寝不足が続いてふらふらになりながらやってた時に撮影の佐倉さんが、『お前ら一体幾ら貰ってんだ』ってさ。そのハードな労働に対してさ。実はこれこれだって。1万何千円、1万幾らかな? その時。1万いかなかったのかもしれないね。」
高橋「僕が12000円でしたから」
鈴木「じゃあ1万何千円だ。それじゃあってんで撮影でね、手塚先生のところへいって掛け合ってくれたんだよ。“彼らにもう少し給料やれ”って。で翌月から3万円になったの(笑)」
高橋「(笑)ダメな会社だよね、考えてみれば。そんなんじゃあ潰れるよね。僕もどっかに書いたんだけど、1年に5回昇給したっていう人がいた。言えば言うだけ昇給しちゃうんだから(笑)」
鈴木「やっぱりね、そういう部分って捨てがたいんだよね。昔のサンライズはやっぱりさ、その色をつけてやっからなってことでさ、みえみえだけどもやっぱみてくれてんだなって、そういうような部分ってあったからね」
高橋「言えばそれは山浦さんでしょう。山浦さんと鈴木さんの関係っていつ頃からなんですか?」
鈴木「虫プロにいたころから顔は知ってるから」
高橋「顔じゃなくて‥」

鈴木「ゼロテスターじゃないですか、もしかしたら」
高橋「ゼロテスター。山浦さん、今でもそうなんですけど、鈴木さんのこと凄く買ってるわけですよ。鈴木さんのいいところは自分がやりたいものをちゃんと説明して鈴木さんに想いを委ねると、伝えたのが100だとすると鈴木さんの努力で120で上がってくると。ここがすごいんだというのをさんざん聞かされたのね。‥‥ですが、山浦さんとの付き合いは初期になるわけじゃないですか。だんだん山浦さんだって人に委ねてくるわけですよ、自分の下で育ってくる人に。最近のサンライズで山浦さんに代わる人は出てきています?」
鈴木「山浦さんのもっている全人像、太っ腹な部分とか繊細な部分とかもろもろのところ、それの片鱗をちょこちょこっともってるプロデューサーはまあいるんじゃないかと思うだけど、これが山浦像なみに成長するのはものすごく大変だなあと思うの、それは。こういう小さな達磨がいっぱい増えてもさ、そりゃダメだなあって感じはする」
高橋「もっとこう膨らんで欲しいと‥」
鈴木「うん」
高橋「鈴木さんは中学・高校の時の憧れとしてシナリオライターってとこに入ってきたじゃないですか。自分の評価としてはどうだったんですか? よかったんですか? 悪かったんですか?」
鈴木「自分の願ってた世界に入れたということに関しては満足してますよ。ただ思ったほどじゃなかった(笑)がっかりしてますけどね」
高橋「ああ思ったほどじゃなかった」
鈴木「うん、もう少し伸び伸びと、さっきの話じゃないけど、最後までいけるのかなと思っていたけど、そうじゃないなあって感じがあってさ。まあ半々っていうのはあれだから夢が叶ったってところで7割ぐらいかな。そうじゃなかったなあ、ちょっと残念だったなあってとこが3割ぐらいかな。まあそういう計算にしておいたほうが‥‥。あまり僕は悲観的にものごと考えないほうだから。だから今までもってこられたんだけど。これで頭抱えて考え込んじゃっていたら今こんなとこにいないと思うんだ、僕は」

 インタビューを文章にしてみると、まあやっぱりシナリオライター哀歌というムードが漂ってしまうが、実際の鈴木良……いや五武冬史氏は背筋ピンの風貌シャキの、時折りの破顔一笑がおおらかな素敵な中年紳士である。ますますのご活躍を期待したい。

追記:
なーんて言いながら、実は今“お仕事”をお願いして一緒にやってるんだよお~~ん。

 

【予告】

次回はスタジオぬえの高千穂遥さん。大学生時代からサンライズに関わっていたという四方山話から始まり、独自の眼力で見たサンライズのユニークな分析を拝聴した‥。ご期待下さい!(‥ただいま編集中‥ドキドキッ‥、終わるのかな‥でも、乞うご期待なのだ!)追伸:小説の2巻目はまだ‥入稿してませんでした。ああ、どきどきっ。

【リョウスケ脚注】
3階の屋根裏部屋

3階の屋根裏部屋虫プロの本社、第一スタジオの3階にあったのだが、何しろ屋根裏部屋なので一番高い天井で大人が小腰をかがめるくらいか。低いところでは正座すれば頭がつかえた。試写などが終わって立ち上がるとき必ず誰かが頭をぶつけていた。ここは試写だけでなく、色々な集会や打ち合わせにも使われた。でも、なんといっても一番の使い方は“寝床”。押入れに煮しめた様な布団があって、いつも誰かが徹夜明けで正体もなく眠りこけていました。私の思い出は、入社試験の控え室となっていたここから見た、真っ白に雪をかぶった富士山です。ああ、本当に富士見台なんだなと思ったものです。 

手塚さんのキャラメル

手塚先生は原則的にお酒を召し上がらない。まあ、あの忙しさだからお酒を飲む時間はないのだろうが、本質的に甘いものがお好きだったのだろう。だからか、折に触れスタッフはキャラメルやら、チョコレートやらを頂いた。まだコンビニなどのない時代なので、夜中には小腹が空いてもおいそれと口にするものが手に入らない。そんなときに手塚先生や先生のお母様に頂く甘いものは『ガキじゃねえや』なんて言いながら、虫歯にも心にも染みたものである。 

佐倉さん

フルネームは[佐倉紀行]さん。当時の撮影部のチーフでした。本当に良い人で、それは丁寧に撮影の技術を説明していただいた記憶があります。技術だけでなく演出家の卵として出発した私に技術者から見た“演出家の心得”のようなものも教えていただき、そのときは十分の一も理解がいかなかったのですが、あり難さが心に染みたのを覚えています。虫プロが怪しくなったとき、転職をされたのですが、非常に寂しかったのを思い出します。聞いた話なのですが、その昔、佐倉さんがどなたかとデートしたとき、話すことといったらサッカー、サッカー、サッカー……サッカー尽くしで閉口した、と、いかにも無骨な佐倉さんらしく笑ってしまったのも昔の思い出です

 

※サンライズの創業30周年企画として2002年に連載された『アトムの遺伝子 ガンダムの夢』を期間限定でリバイバル掲載しています。

 


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