【第10回】リバイバル連載:サンライズ創業30周年企画「アトムの遺伝子 ガンダムの夢」

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その10「SFはるかに‥」
ゲストは高千穂遙さん

 前回予告では[ボトムズ]のノベライズも終わっていず、某ビデオシリーズの締め切りも迫り、いや本当にスタッフをドキドキさせてしまい反省しております。でも、もう大丈夫すべて片付きました。余裕でこの[アトムの遺伝子・ガンダムの夢]に掛かれます。
 さて、今回はSF作家(クラッシャージョウやダーティペアでお馴染み)であり、初代[スタジオぬえ]の社長でもあった、サンライズも創業時から縁(えにし)の深い[高千穂遙]さんであります。インタビューは某日新宿2丁目のルノアールの貸席で行われました。私は実は高千穂さんとは仕事をした実感がほとんどないのですが‥‥ずいぶん前の大阪での[SF大会]で私の部屋に乱入してきて、アニメのシャワーシーンネタ1個で、真面目崇高重いよ暗いよ一本やりの我が部屋を完全制圧されたことがありました。あのSFの鬼が、こんなにもシャワーシーンを愛していたのかと、唖然呆然感動したのを覚えています。インタビューは出版不況などの話題から入ってボチボチとサンライズやぬえの昔話となって行きました。

SFを生かした
仕事をしてみたかった

高千穂「サンライズと、どう関わったか・・・・?」
高橋「そうですね」
高千穂「1972年ぐらいだったと思うんですけど、加藤直之・松崎健一・宮武一貴‥、僕以外がみんな、大学もしくは専門学校の卒業時期を迎えていて、就職活動をどうしようって話がでてきたんです。[SFセントラルアート]っていう同人誌の集まりで・・・・」
高橋「あれ!? クリスタルアートじゃないんですか? セントラルアート?」
高千穂「松崎のやっていた同人の会の名前が[SFセントラルアート]で、そこで出していた会誌のタイトルが[クリスタル]だったんです。その集まりを週に1度、池袋の喫茶店でやっていて、“SFはああだ”“絵がこうだ”って話をみんなでしていた。僕はまだ大学2年だったんですけど、その中の主要メンバーが就職考えなきゃいけない‥。どこへ就職しようかと言い出してたので、わりと気楽に『会社に入って制限を受けるよりもSFを生かして何か仕事をしてみる気はないか』って話を持ちかけたんですよ。それに、みんなが『面白そうだから、先ず仕事があるかどうか調べてみよう』と乗った‥。仕事がなかったら出来ませんからね‥。そうしたら、加藤直之の同級生がサンライズで仕事していて、そこで今度の新番組でメカニックデザインをやってみないかって話が来たんです。当時すでに宮武なんかは[石森プロ]とか[ダイナミックプロ]から注文されて“ロボットの内部図解”で結構仕事していたんですよね。アニメーションのメカものだったらいけるんじゃないか‥ということで‥、それが一つ。もう一つはSFの大先輩である野田昌宏さんから『今度幼児向けに教育番組を作るから、イラストを描く仕事をまわしてもいいよ』という打診が来たんです。‥で、取りあえずその2つをやる会社を創ろうということになって(・・・・会社組織でないと[フジテレビ]は付き合ってもらえませんので)、SFセントラルアートと会誌のクリスタルの名前を足して2で割り、[クリスタルアートスタジオ]っていう有限会社を創って、東長崎かな‥?あそこで営業を始めた。多分73年の頭だったような気がするんですけど‥」

高橋「新しい仕事って[ゼロテスター]ですからね」
高千穂「4~5人だったんですが、メンバー一固まりになってそれぞれを訪問するわけです。フジテレビへ行って[ひらけ!ポンキッキ]。先ず絵を描いて持ってきてよ。“はいはい”と‥。で、今度はサンライズスタジオ。沼本さんが出てきて僕たちに“メカデザインの話”をするわけです。しかし作画とかアニメの話は全然分かんない。でも、少なくともSFに関してはこちらはずっと調べてますし、科学関係の方も分かってますから、そういう部分をどうやってすり合わせていくかっていう話が主体になりました。で、まあサンプルに絵を出して‥(某外国人デザイナーが描いたというヘタックソな何の役にも立たない絵をみんなでマトモなものにせなあかんから‥)、そういう作業を延々とやってたんです。そうこうするうちに営業担当者を分けようということになって。松崎がサンライズの担当、僕は[ひらけ!ポンキッキ]の担当ってことになったんです。だから僕はサンライズの方には最初は余り関わってないんです‥」

 サンライズとの付き合いが[ゼロテスター]ということになると、僕もごく初期からのお付き合いと言うことになる。確かに最初は松崎さんが担当で、僕はその頃彼のことを[ワンサくん]に出てくる[ヘラヘラくん]と言うキャラクターになぞらえて、そう呼んでいました。松崎さんは誰も知る温厚な方で、その温厚さをニコニコくんとか言わずにヘラヘラくんなどと言っていた自分が恥ずかしい。たまに町で見かける彼の車はアンテナだらけで、某国の工作車かと疑うほどですが、相変わらず自分の好きなことにまっしぐらなのがうらやましいです。

高橋「確か僕が一番最初にお伺いしたのは東長崎ですよ」
高千穂「あの時はみんな泊まり込みで自分の部屋も持たず、全員が会社に転がってたっていう、いわゆるアニメのスタジオ状態だったですけどね」
高橋「いろんな所との付き合いがあったんでしょうけど、僕なんかはサンライズを通してしか[ぬえ]さんというのを知らないんで、[ぬえ]の仕事としてはどうなんですか? サンライズの比率って大きかったんですか?」
高千穂「いや[ひらけ!ポンキッキ]が大きかったですね。とにかく忙しかったんです。それが[スタジオぬえ]にしたキッカケなんですけど。ポンキッキの仕事がどんどん増えてくるんですよ。それでいてうちで描いたやつは[およげたいやきくん]のようにヒットしないんです(笑)。なのに“細かい仕事が多い”“料金は上がらない”‥。会社を創った時の創業精神っていうのは“SFをやろう”だったわけですから、このままではちょっと‥。(この間にも、加藤・宮武は賞をとったりしてるんです。彼らはSFイラストを描いて早川書房のコンテストに応募し、入選を果たしています)一方ではポンキッキがどんどん押し寄せてくるんで、このままじゃ僕らがやろうと決めたことはできない。でも、せっかくお世話になった『ポンキッキを辞めさせてくれ』ともなかなか言えないから、もういっそのこと会社を解散してしまおうと。それで先ず会社を解散しちゃったんです」

高千穂「解散した後で会社の創業メンバーがもう1回集まって会社を作りなおしたのが[スタジオぬえ]です。南田中へ引っ越して“1から出直そう”、“SFやろう”といったんですよ。そういうのが経緯ですね。‥ただそうなる前に、時間関係はちょっとはっきりしないんですけど、松崎が知り合いの関係で[宇宙戦艦ヤマト]になる前の段階の企画、“三笠”時代の企画を貰ってきて始めたんです。松崎はそれをずっとサンライズと並行しながらやってたんですけど‥。だんだん“ヤマト”って具体的な形になって、松本零士さんも入ってきて、どんどんやるようになってきたら、[勇者ライディーン]の最初の頃にパンクしちゃったんです、松崎が‥。『もう、二股やってられない』と。僕もポンキッキの方を抜けようと画策してた。じゃあ半分受け持つといって、僕は長浜忠夫さんのライディーンからサンライズに行くようになったんです」

高橋「じゃあサンライズへの出入りが本格化したのは‥‥」
高千穂「ライディーン。長浜さんが随分いろんな話をしてくれました。アニメに関しての基本的な部分は長浜さんですね。それが一番長い。そのあと僕はずっと長浜さんの担当」
高橋「そうですか」
高千穂「コンバトラー、ダイモス。あの辺は全部僕が主にやってたんですよ」
高橋「富野さんとは?」
高千穂「[無敵超人ザンボット3]の時に、駐車場横のアパートに僕と良武さんと山浦さんと安彦さんと富野さんかな、その辺が集まって26本分のストーリーを全部決めるというのをやったんですよ。それが唯一僕が富野さんとやった仕事です。その時にSFの設定と食い違いがでてくるんです。SFやるにはこうしなくちゃいけない。でも、当然SFでやるというコンセンサスはない。基本的には巨大ロボットが暴れればいいわけですから。それだったらこういう話を、と延々討論をしていて結局僕の意見で通ったってのは[キラー・ザ・ブッチャー]という名前だけです(笑)。あのネーミングだけが僕・・・・」

 まあ、ブレーンといえば企画時は山浦さんとそのスタッフ、制作時は監督と設定制作との付き合いが濃いわけでですが、私はサンライズの一番躍動的な時期に離れていたので分からなかったというか、勝手に思い込んでいたのだが、高千穂さんは富野さんとの付き合いが多いのかと思っていたら案に相違して意外にも長浜さんとのコンビが長かったのだそうである。
 話はサンライズがサンライズとしてのよって立つところ、すなわちアイデンティティー、サンライズらしさは何によって醸成されたかと言う話に移った。

何本もロボットものを作ってる
相乗効果ってのが凄かった。

高千穂「長浜さんと富野さんの熾烈なライバル意識が多くの作品を作りだしたというのが僕の分析なんですよ」
高橋「ほう!」
高千穂「[勇者ライディーン]で、富野さんの次に[巨人の星]やってた長浜さんを監督にもってくることがやっぱ凄い!長浜さんは完全に巨大ロボの本質を捉えていて、『こういうことが許される世界だからこういうことをやろう』っていう発想が凄いんですよね。ライディーン、コンバトラーで武器設定の担当は僕がやったんです。[ドスブレッシャー]とかいろいろ僕がネーミングしたんですけど、そういうのは自由にできて楽しいんですよ(SFではできないけど‥)。長浜監督が『何かいい武器はないかね?』っていうので、[スケバン刑事]で『ヨーヨー使ってました』って伝えるとそれ行こう‥(笑)『ヨーヨーで行こう』って‥。でも[スケバン刑事]でやってますから『仁義きってきます』って言って原作者の和田慎二さんに“ヨーヨー”貸して下さいと電話した。すると、和田さんも『貸します』ってOKとれたんです。長浜さんの敏感というのは、そういうところですね」

高千穂「あと“第1話はこう作るんだ”というすごい理論があるわけですよ。1話でこうみせる。で、ここまで視聴者に知らせて2に繋ぐ!って‥。僕が見てもよく出来ていると思います、長浜さんの第1話は。本当にこれが1話って云う中身。この辺見てると面白い。長浜さんが“そういうロボットものを作るならば、対する富野喜幸はこういうアプローチでロボットものを作る”とかね。“東映さんがこういう合体ものをだしてくるならば、うちはこういうようなものを作る”とか、1社のなかで何本ものロボットもの作ってることによる相乗効果ってのが凄かった。実に面白かったですね、そういう観察が」

高橋「今と時代が違って富野さんの成功っていうのはまだライディーンの時には見えなかったじゃないですか、裏のホントのところはともかく途中降板という事もあり。僕があの時凄いなあと思ったのは、普通そうなるとそのシリーズやらないで、少なくとも他へ行っちゃうとかね。でも、彼はそこで一演出家として結局やり通しましたよね、ライディーンをね。あの辺のところというのが通常より精神が強靭ですよね」
高千穂「もう、強靭だし富野さんというのは割り切りもよくできていて、僕にいきなり『プロレス詳しいんだろう』って言うから『すげえ詳しい』って言ったら『プロレスの技の一覧表作ってきてくれ』って言うわけ。それでプロレスの技の一覧表作ったんです。『どうするの?』って聞いたら『これを机の前に貼っておいて、どういう展開をするかを考える。この技名がイメージを生むんだよ』って(笑)。こんな富野さん想像できないでしょう、ガンダム見てる人には。こういうこととか、長浜さんとの出会いとか、いろんな要素があってガンダムっていう形に結実できたんですね」」

あのガンダムの成功が
10年遅れてたならば

高橋「これは隠さなくていいエピソードだと思うんですが。富野さんが、ガンダムが当たった時にね、当たりがはっきり分かった時に富野さんが僕に言った言葉を鮮烈に覚えているんです。『長浜さんは早く死んでよかった。この成功をみたらどんなに悔しがるか』 ‥これってライバルに対する誠実な言葉ですよね。・・・・それに加えて次に富野さんが言ったのは、僕は同業者だから覚えているんですけど『この成功があと10年早く欲しかった』と。それはどういうことかと言ったら、若いうちにヒットがでればもっと早くスターになれるわけですね。そうすればもっと次へ行かれる。そういうことなんですね。でもこれ後日談があって、ついこの間富野さんから聞いたんだけれど『あのガンダムの成功が10年遅れてたならば』って(笑)。こんな都合のいい話はないわけですが。非常に、ものづくりの人がどういうエネルギーでもって日常過ごして、それが自分を衝き動かしていくかっていうのは、富野さんを見てるとまるで見本のように分かりますね」
高千穂「ハハハハハ」

高橋「長浜さんのことで記憶していることの一つに、とある方が、『長浜に映像の演出を教えたのは俺なんだ。彼は元々人形劇の演出家で映像は知らなかったんだ』と。その方が教えたと言う事を単純に言えばこういうことなんですが。要するに『テレビは映画と違う。映像よりはラジオドラマだと思えと。映像を見なくてもわかる程度に台詞から構成を仕立てろ』と。そういうようなことを教えたと言っておりましたね」
高千穂「それは昔の理論ですね。それがいま生きているのはNHKの朝のドラマだけです」
高橋「あ、朝のドラマね。山浦さんのお手本だ」
高千穂「あれだけはその方針で作られていますが、それは当たり前の話です。昔は画像の解像度も悪かったしセットも貧弱だったから。野田さんって今は[日本テレワーク]の社長ですけども、[フジテレビ]に入った当時は五社英雄監督の下でドラマやってたんですよ。あの人は独立してディレクターになった時にドラマはやらなかったんです。この環境でドラマはできない、と。正しい判断です」

高橋「僕ね、富野さんの文章というと、論理が、言葉の中で、いや、活字にすると繋がっていないというか、そんな印象があるんですよ。だけれども映像があると言葉が生きているというか、感情として繋がってるっていうところが彼の凄い才能だと思うんですよね。ところが長浜さんにはそういうところがあまり感じないんですよ。さっきの方の方法論がなんとなく頷けるのは長浜さんの演出っていうと僕はまあ“量”の演出って言ってるんですが・・・・こう、憎たらしいって思うためには1発殴られているだけじゃダメだと。3発殴られて4発殴られて、倒れたところをもう1回踏みつけると、『この野郎!』ってのが浮かぶだろうと。感情を量で捉える。やられて反撃するにも、ちゃんと絵と台詞の量が必要。絵コンテを数本、長浜さんの監督の時にお手伝いで描いたんですよね、その時の長浜さんの直しがだいたいそんな感じだったですね」
高千穂「それは非常に面白い」

新しいことをしない人‥
新しいことをやりたい人

高橋「僕は長浜演出の神髄は映像は時間の芸術でもあるんで“時間をどうやって捉えるか”っていうのを感じましたね。それと大分違うのが・・・・例えば出崎統さんとかね。凄い感情の起伏をアクション1発、絵1枚で処理できるんですね、彼は。それはまた彼の才能で、でもこれは平凡人がやったら、はまらなかったら、淡泊になっちゃう危険がある」
高千穂「長浜さんっていうのは新しいことをしないっていう前提があって、決まった手法でどう面白くみせていくかっていう。富野さんっていうのはね、新しいことをやりたい人なんです。どっちが映像作家として上とか下という問題じゃなくて、それが合うか合わないかなんです。長浜さんがロボットものをやれば浪花節的みたいになる・・・・」
高橋「面白いのはですね、長浜さんの演出のほうが例えば新人が入ったとしますよね、起承転結はっきりしているし組立もある意味ではセオリー通りだし一見真似し易いじゃないですか。ところがね、ちょっとやそっとでは真似できないんですよ。というのは何故かと言ったらセオリーをちゃんと理性で組立て我慢できるのはまさに才能なんです。ところが富野さんの良いところは粒立ってるから、ある部分だけ真似ると富野さん風にみえるんですよね」
高千穂「なるほど」

高橋「ニセ富野ができあがるわけですよ。だからニセ富野はサンライズだけでなく世間にものすごくいるんです。これはね絵コンテだけじゃないです。日常の処し方もニセ富野がいる。だからスタジオでバーンと机叩いてエキセントリックに怒って見せるとか、やっぱ真似するわけですよ。そうして場を制するのを。長浜さんのようなのは真似しないんですよ。だってカッコ良くないもん。一般的にいうと。でも、ニセ富野は量産できるけど本物の富野はできないです。これはだって才能なんだから。真似し易いのは一般的にいうと長浜さんのようにみえるんですけど長浜さんね、実は真似できない。これは長浜さんと同じ実力がないとできないんですよ」
高千穂「映像の作法を理解するには映像の仕事を経験している必要があります。例えば小説家同士でこういう話をしても全く通じない」
高橋「そうですか・・・・」
高千穂「全然通じません。言ってる意味が向こうに理解してもらえない」
高橋「それは小説家は本当に個人の才能で、1人で書いて1人で完結できるから千人いると千人の心があるんでしょう、きっと」
高千穂「映像作法の一番根本的なところ、映像やってる人たちが最初から身に付けている部分が文章の人にはないんです。映像作家はそれを持っているので逆に言えばそれが欠落した世界が想像できないんじゃないかと思います。そこがものすごく僕には面白い。僕には映像的な才能全然ないんです。ぬえをやって、それがはっきり分かった。だけど見えてないものが見えるようになってきたんで、それで映像関係の評論を書くようになったんです。僕は文章書けますから文章でそれを説明できる。しかし、それを持ってる人が文章で説明しようとしても欠落部分がわからないから欠落している人たちに伝えられないんです。その結果、才能ある映像作家は、“あー”とか“うー”とかしか言わなくなってしまうんです(笑)。説明してくれと頼むと、“あー”とか“うー”とかしか言わない。昔の河森(正治)とか」
高橋「あ、しゃべりは苦手なんですか彼」
高千穂「だめでしたね。・・・・安彦さんが漫画にいった理由ってすごくわかります。絵描きの才能の上限でできる仕事って漫画しかないんですよ。だから漫画にいったのは大正解。一番正しいところへいったって感じです」
高橋「山浦さんは『漫画家で凄いのはいっぱいいる。安彦はアニメーションに戻るべきだ』というのが持論。『演出じゃなくてアニメーションをやるべきだ』としょっちゅう言ってましたけど。これは山浦さんのある種のわがままだったりするから何とも言えないですけどね」

高千穂「あそこまでいってしまったら他人の絵は手伝えない。でも、自分の絵を採用したら他の人の絵では不満が出る。そういう要求自体が無理になってしまうわけで、1人で描ける漫画を上限きちっと決めてやるっていうのが一番いいと思います。でもこれ全然サンライズ史と関係なくなっちゃってますね(笑)。話を戻しましょう。[クラッシャージョウ]の映画化ってありましたよね。なんでそういう経緯になったかよく覚えてないんですが山浦さんから映画にしたいって言ってきたんです。で、とりあえずシナリオを作ろうということで安彦さんと2人でシナリオを考えはじめた。ストーリーを2人で組みあげ、箱書き作って安彦さんが初稿にし、第2稿を僕がまとめあげた。その時監督を誰にしようって話がでたんだけど、全然決まらない。僕の考えとしてはSFを作りたいわけですよ。僕の考えるSFとして作るには映像作家として浮かんできた絵よりも僕の意見を優先してくれる人でないとダメ。ところがそんな都合のいい映像作家はいないわけです。それでどうしようということになり、箱書き作ってる時からやってる安彦さんが監督してくれたら助かるなって話をしたら、安彦さんも“動画描くにあたってあれこれ言われるのはいやだ”という意識もあったんだと思いますけど、“じゃあ自分でやっちゃおう”と言いだされ、それで話がまとまって安彦監督ということが決まってギリギリのタイミングでコンテに入ったんです」
高橋「最初から安彦さんが監督ってことじゃなかったの?」
高千穂「その時はいろんな人の名前が山浦さんからでてきていたんですけど、どの人も理想とする絵(カット)と僕の言っているSFとが上手く噛み合うかどうかわからなかったんですよ。それが一番のネックなんです。SFやるとしたら、作品が良くなる悪くなるってことではなく、どうしても絵に“制限”ができてしまうんです。その絵に制限ができるってのがものすごく難しい。宇宙空間には空気がない。重力もない。それがどういう動きにつながり、何が起きるのかっていう絵が先にパッと浮かんでくれればいいんですが、SFの訓練を受けていない人にはなかなかでてこないんですよ。昔、加藤直之が無重力の船内の中でロープが垂れ下がってる絵を1枚描いちゃたんです。うちは描きかけの絵を見て誰が何言ってもいいんで、多分宮武だったと思うけど『ロープ下がってるよ』って指摘した。ぱっと見て、“無重力忘れて描いたな”と分かるわけです。加藤君、すぐに描き直した(笑)‥。僕らぐらい訓練受けてて、徹底的にSFやっているところでも、気を抜くとすぐにミスってしまう。それすべてを押さえて描いてくれってことをアニメーター全員に言うのは大変なことです」
高橋「安彦さんは原作小説のキャラクター描いてるから、箱書きから付き合ったわけですか?」
高千穂「そういうことです。っていうかストーリーは2人でまとめようって話になったんです。僕はアニメのシナリオやったことなかったんで作法が分かんないから安彦さんに相談してたら2人で作ってみようってことになって。安彦さんはずっと原作小説の絵を描いてきてるからストーリー世界を分かってる。それでシナリオはこう書いていけばいいとか。そんな事情で、初稿は安彦さんが担当されたんです。2稿目の時に細かい部分の整合性チェックなどを僕がやりました」

ど素人の話を聞いてくれる
きら星の顔ぶれだった‥‥

高橋「もうちょっと大雑把な話に戻るんですけれども、サンライズという会社が今の匂いを出しているのは[ぬえ]って凄い重要な役割をしたと思うんですよね。でも、サンライズが[ぬえ]に与えた影響ってのもあると思うんですよ」
高千穂「すごくありますよ」
高橋「お互いの、サンライズに与えた[ぬえ]の影響と[ぬえ]に与えたサンライズの影響っていう相関関係みたいなのを高千穂さんの言葉でもって分かるように・・・・」
高千穂「ど素人をプロにしてくれたってことです。当時の僕らは、ただの素人だったんです」
高橋「[ぬえ]からみるとサンライズはどうだったんですか?」
高千穂「サンライズは刺激的でした。とにかくきら星のような顔ぶれじゃないですか」
高橋「いやあ、あの頃はまだきら星じゃなかったでしょう?」
高千穂「僕らにしてみればきら星なんです。高橋さんにしてみればお友達かもしれないですけど。僕らはその以前から‥例えば[鉄腕アトム]とか見てまして、それはもう別世界のことだったわけです。で、そういう人たちがそこにいて直接僕らの話を聞いてくれるんです。受け入れるかどうかは別にしてね。こちらはど素人の学生上がりですよ。そういう連中の話を聞いてくれるってことは凄いことです」
高橋「今回の、このサイトで話をしてますと“素人”っていうのは結構キーワードで出てくるんですね。サンライズ自体がその当時ど素人集団っていうのを自認してたわけですよ。そのど素人の良さっていいますかね、可能性っていうのが、悪擦れしたプロよりか遥かに可能性があるんだなってことが、ある場合見えてくることがありますよね」
高千穂「頭の立ち上がりのところだと素人の強みって凄いですね。ある程度動き出してくると邪魔なんですけど(笑)。もう一皮むけてプロになってくれよって話になります。どこまでプロになれるかとか、どの時点でプロになれるかってことが非常に重要なんでしょうね」
高橋「サンライズは[ぬえ]に与えた影響がそういうことだとすると、[ぬえ]がサンライズに与えた影響というのは?」
高千穂「それは多分“勉強しようよ”という話を何度もしたことですね。山浦さんにしても勉強しようという意志が欠片もないんです(笑)」
高橋「欠片も?(笑)」
高千穂「“スペースコロニー”の設定をガンダムで使ってますよね。オニール博士が発表した論文とか海外の雑誌で特集してた科学記事を集めて“スペースコロニーとは何か”ってのをほとんど初めての段階で日本の雑誌なんかに絵を描いて紹介したのは僕らなんです。洋書などもいっぱい集めて‥。そういうの、僕らにしては当たり前のことです。世界の最先端技術を学ぶこととか。でもサンライズの人は、そういうこと全然しないんです。じゃあ、本貸してくれって言うんで本を貸すとなくしてしまうし・・‥(笑)」
高橋「ハハハハ‥・・」
高千穂「何冊なくされたか、貴重な本を。『ごめん。弁償するよ』って。弁償するもなにもどこからもってくるんだ、その本をって感じです(笑)。そういう事はしょっちゅう。とにかく思いつきじゃあダメ、人があっと驚くような企画をやるには先ず知識、勉強がいるんだっていうことをサンライズの、特に山浦さんとかあのへんにガンガン言ったんですが、それが一番いい影響だったんじゃないかな。いまサンライズが出している企画っていろんな勉強して作られているという気がしますよ」

 この連載を始めてから結局はこの人、[山浦]さんの登場なくしては始まらないか、終わらないかのどちらか。ま今回も締めは山浦さんで行きますか。ネタは[アバウト]の三本締め。では、いよ~~!

高千穂「僕の場合は良くも悪くも山浦さん(笑)。サンライズ=山浦さんですよね」
高橋「山浦評を一応聞いておきましょうかね。僕もね実は山浦さんなんですよ。サンライズの全ての関係を100とした場合80ぐらいは山浦さんなんですよね」
高千穂「いろんな経営者と会いましたが、あんな大雑把な人はいないという」
高橋「そうそう。アバウトですよね」
高千穂「もう実にアバウトで、このアバウトが逆に才能を生かしたんだなあということですよ。細かいことをいえば‥‥_、例えば西崎氏のようにですね全てのものにゴチャゴチャ言ってたらそれはもう誰も才能を開けないですよ。結局西崎氏の作りたいものだけになっちゃう。山浦さんぐらい大雑把で『あ、それいこう。それ面白い、それ持って行こう』っていうのになってくると、スタッフそれぞれが工夫しなければいかんわけです。その工夫がどこまで作品の向上につながっていくか。サンライズの山浦さんは経営者のあるべき姿の一つを見せてくれましたね。あんな経営者いないでしょ、他の会社には」
高橋「そうですねえ」
高千穂「あそこまで雑な人、いないと思うな」

高橋「あれね雑なんですけどね、経営者としは緻密じゃないんですけどね、非常に境界線がはっきりしているんですよ。だからその境界線の中ではアバウトなことも存分に発揮して人格的にもある意味じゃあ暖かいんですけどね。境界線を越えた時にね、判断が冷たいくらいクールなんですよ。そしてその判断を巧妙に実行する。本人も自認していて、実際自分の性格で一番イヤなとこはそこなんだって本人がこの30年の付き合いの中で1回告白したことがありますね。自認してますよ。これは‥‥」
高千穂「正しいから困っちゃうんですよ。山浦さんが『アメリカに行くから何か土産でも欲しいか?』って言うから、『[宇宙の戦士]買ってきて』っていったんですよ。[宇宙の戦士]っていうのはハインラインの作品でその映像化権を買ってきてくれっていったんです。すると、『ダメだ、買えるわけねえ』っていうわけですよ。でも、帰ってきたら『買ってきちゃった』っていうんです(笑)」
高橋「ははは」
高千穂「向こうの代理人に会ったら『南北アメリカ大陸での上映をやらないんなら、この値段でいいっていうから買っちゃった』って言うんです。『じゃあ僕が購入を頼んだんだから仕切らせて』って言うと、僕にはやらしてくれない‥。『あんたがやったら完成しないよ』だって‥。正しいこと言うんですよね。僕を外しちゃうんだ(笑)」
高橋「ははははははは」

 作り手、作家とかデザイナーとか漫画家とか個人の能力が人格に反映している人との会話は独得の面白さがあります。高千穂さんは音に聞こえたキビシイ批評眼の持ち主でありますからさぞや“ボケ!、カス!、スカ!”のオンパレードかとドキドキしておりましたが、抑制の利いた穏やかな話し振りで内心ほっといたしました。‥‥というわけで、この後に続く、富野由悠季・安彦良和氏等、巨匠の方々へのインタビューが大いに楽しみであります。

 

【予告】

次回は、自由な発想に基づく独特な[技]:メカデザインで、インダストリアルデザインの領域にまで影響を与えているデザイナーの大河原邦男さん。高橋監督とは惹かれるモノが近いようで、グッとアダルトなインタビューになる模様‥‥。

 

※サンライズの創業30周年企画として2002年に連載された『アトムの遺伝子 ガンダムの夢』を期間限定でリバイバル掲載しています。

 


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