【第17回】リバイバル連載:サンライズ創業30周年企画「アトムの遺伝子 ガンダムの夢」

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その17「音響ディレクターってボクの命名です。」
ゲストは田代敦巳さん

高橋「虫プロには何年入社なんですか?」
田代「昭和38(1963)年5月。おそらく連休が終わった後かな‥。[鉄腕アトム]の第20話“ポチョムポチョム島”が出てくる[気体人間の巻]。あれ“ぎっちゃん”が原画を描いていたって言ってたな‥」

 私が39年の1月入社だから当時の感覚としては大先輩である。でも面接官は私と同じ坂本雄作さんだったらしい。私のときにはそこに“ぎっちゃん”すなわち杉井ギサブローさんも同席していた。2人はアニメーターは動画机に10時間でも12時間でもへばりついていなければならないんだよ、と僕を脅した。ゆえに僕は作画を諦め演出の道を歩き始めたのであったが、田代さんが聞かれたのは‥‥。

今度入った運転手カッコイイよね!

田代「虫プロの面接を受けに行ったら、坂本さんが半分傾いた机の前で(笑)、受付に居るわけ。あの人が受付かな?と思って“面接会場どこですか?”って言ったら、“私が面接の坂本です”って」
高橋「ハハハ」
田代「小さい時からディスニーの映画が好きで綺麗な絵と音の融合が凄いと。その頃はまだテレビって珍しかったから、僕は[ラジオドラマ]か[アニメーション]の音の仕事をしたかった」
高橋「それは面接用の答弁?」
田代「違う、違う。本心」
高橋「本心だった。アニメーションはディズニーを通して好きだったんですか?」
田代「好きだったの。[ファンタジア]観て吃驚したから‥。僕、音楽好きだったんですよ。この話はつまんない話だけど、小学校時代、まあどの時代でも歌謡曲ってあるじゃないですか、流行歌ってね。我が家って貧乏なくせにお袋ってのは格式高い人間でね、クラシック音楽が好きなんですよ。小さいときに蓄音機かけてクラシック音楽ばかり聞かされて外で覚えた流行歌(あの当時は美空ひばりかな?)を歌って帰ってくると怒る。“そんな下品な歌を歌うんじゃありません”って」
高橋「でも気分は分かりますよ。うちは違いますけどね。うちは違うけれども当時の歌謡曲って一部ではそうやってみられていましたものね」
田代「それで、もっと凄いのは“お”を付けないと怒るわけ。豆腐は“お豆腐”、塩は“お塩”って、まあそういう(笑)」
高橋「いやあ、うちは“お”をつけると怒られる」
田代「(笑)怒られる‥」
高橋「まどろっこしいことを言うなって(笑)」
田代「まあ、事毎左様にですね、修学旅行とかよく泊まりがけでキャンプとか行ったりするじゃない。みんなかっこいい歌を歌うわけですよ。でも僕はイタリア民謡なんか歌って、みんなシラーっと‥」
高橋「オオソレミーヨ~とか?」
田代「シラーッとするわけ(笑)。まあそんな経緯があって、僕は音楽好きで[ファンタジア]観て吃驚した。で、音の仕事したいからさ、坂本さん曰く『うちは絵が、アニメーション作るのが専門で音は専門じゃない。フジテレビの別所(孝治)さんて人が音のディレクター(その時ディレクターって言い方しないな)、プロデューサーやってるからその人の後について勉強すればいいんじゃない。取り合えず免許証持ってる?』『持ってます』って。『じゃあフィルムの運びをやってくれ』って言うのよ。『なんですか?それは?』『大体夜中の4時か5時頃フィルムが撮影終わるんで川崎の先に東洋現像所(現イマジカ)があるからそこへ持って行ってそれでまた夕方取りに行ってもらいたいんだ』‥で、それを1年半ぐらいやったのかな。周りではね“今度入った運転手カッコイイよね”って噂がたったらしいのね(笑)。どうも“運転手”って言われてガクッとくるわけ(笑)」
高橋「ハハハ」

田代「[大野松雄]さんていう人が効果の大変な人だったんです。[アオイスタジオ]でダビングやってたわけ。一番初めは[フジテレビ]のスタジオだったんですよ。Cスタって。その頃環境悪くて、ほとんどの人間がタバコ吸うからもうもうとしたCスタで台詞録って。ダビングもやってたかな? それでだんだんを手狭になってきて、アオイスタジオがアトム専用の録音スタジオ(ミキサーは当時はアオイスタジオのスタッフだった柏原満さん)だった‥。柏原さんは、夜はアルバイトで大野さんのところで“効果音作り”の手伝いしてて、それがだんだん面白くなってアオイスタジオを辞めて転職して自分で作るようになったんだ‥」
高橋「僕ね39年入社でしょう。40年から[W3(ワンダースリー)]の演出でアオイスタジオへいって、柏原さんはまだその頃多分ミキサーやってたんですよね。でね、怒られましたよ。演出なんだけど右も左もある意味じゃ分からないし、音の付け方も分からない。演出だなんていっても何も知らないで(笑)“このヤロー100年早い”ってね、怒られました」
田代「それはジョークだよ」
高橋「いや、マジで。僕は真面目な人に怒られやすいんです。で、佐倉さんとかね。佐倉さんて怒らないでしょう?」
田代「撮影の? やさしい?」
高橋「優しい人なの。で、怒ったわけじゃないんだけど、真面目に『良ちゃん、僕らはカメラだから撮ってればいいんだけど、あなたは演出だから全てを把握してなくちゃいけない。演出次第でものが面白くなったり、しなかったりするんだから。それを知らないなんて言っちゃあダメだよ。もっと勉強して‥』『はい、はい』って。真面目な人に怒られやすい。真面目な人の逆鱗に触れやすい」

独立したいんだけども
“音”の仕事は全部外注でこっちに出してくれない?
って言ったら、“いいよ”って言うんだ

高橋「田代さんはいつ虫プロ辞めたんですか?」
田代「あの時にぎっちゃんとりんちゃんと僕がなんとなく‥」
高橋「六本木にスタジオ創りましたよね」
田代「そうそうそう。あのころ何故独立する気になったのかな? まあどっかで手塚ファンなんだよね。だけれでも、そのうちだんだん“手塚治虫企画”では無い作品を作るようになってきてね。“これは随分最初の思惑と違うな”と‥。自分たちでもっとやりたいものを作る場所を考えようかなって話をぎっちゃんとよくしたの。ぎっちゃんはその頃もう虫プロ辞めて[アートフレッシュ]に居たのかな? アートフレッシュでもうだつが上がらなくて‥。あの人一応代表だったからね。そこに作曲家の冨田勲さんが[ジャングル大帝]やってる関係で、“何かやるんだったら僕も手伝うよ”って。それから明(明田川進)さんも手伝うよって。“じゃあもう虫プロ辞めよう”って。川畑さんに『独立したいんだけども“音”の仕事は全部外注でこっちに出してくれない?』って言ったら、“いいよ”って言うんだよ。その方がランニングコストが安いから‥。その当時百万円くらいかな? で、六本木に事務所借りて」
高橋「六本木というのは仕事の関係で六本木? それともやっぱ女性の関係であっちの方がナンパできやすいという?(笑)」
田代「まあ隠された要因にはそれがある(笑)けども‥」
高橋「でも絶対ありますよね。“六本木の方がいいなあ”と言う‥。別に女性だけとは言わないけど(笑)」
田代「カッコイイじゃない。僕が後で代々木選んだのもギリギリそれがあったからね」
高橋「僕も六本木のスタジオに数回お邪魔したことがありますよ」
田代「ほんと?」
高橋「六本木の交差点から近かったですもんね」
田代「そうそうそう。一等地だね。今いろんなの建ってるでしょう、あの辺」
高橋「出発からして[サンライズ]と違いますよね。サンライズは上井草だもんね‥」

田代「だから、その辺がだんだん本質に触れていくんだろうけどもね。円形グラフっていう、バランス感覚がほとんど円に近いっていう、サンライズ辺りはどっちかっていうとヘキサゴンなんですよ。[グループ・タック]って言うのは三角って言うかこんなにひしゃげているわけよ。非常にバランス感覚が悪いっていうのはなんて言うか変な拘りがあるからかな‥」
高橋「タックは最初の頃は“音響を作る会社なんだ”って僕は思ったぐらいですからね。直接アニメーションを作りたいっていうのはあったんですか?」
田代「創立メンバーは杉井ギサブローが居たし、創立メンバーでは無いけどりんちゃんが居たしね。その中では自分たちでアニメーション作ろうと。取り合えず“音響”っていうのはビジネスになってるからね、これで食っていこうっていうことでしばらく音響の仕事であの2人には食べていただいていたわけですよ。で、自分たちなりに企画を作って世に問う作品を作るっていうのを‥まだ1つもないけどね(笑)」
高橋「例えばアニメーションと実写というのがあるとすると“実写でもいい”とか“実写の方がいい”っていう考えはなかったですか?」
田代「やっぱりアニメーション。確かに音響のプロダクションっていうイメージが強いよね、グループ・タックは」
高橋「そうですね。最初はね」
田代「ところがハナから目指すところは‥」
高橋「僕らの印象としては音響としてやっていくつもりが、出身がアニメーションだからアニメーションに引き戻されっちゃったっていう、そんな感じを受けていたのですが‥」
田代「違う、違う」
高橋「そうじゃない‥」
田代「それで、その時“ピアウエイ”のアニメーション作ったのかな。その次に[ジャックと豆の木]。あれは相当スタッフを必要とするので1ヶ所に集めなくちゃいけないというので、ちょうど虫プロから‥、倒産してからかな?」
高橋「してからじゃないですかね。あの時僕らが外で聞いていたのは、田代さんたちが前の虫プロの在ったところに、そこにまた昔の虫プロみたいなものを、その作品を再出発の起点にして作りたいっていう意欲があるんだって風の噂では聞いていたんですよ」
田代「それは噂でもなく、けっこう真面目にあったんだ‥‥」

 この虫プロ再建話は面白いのであるが、長く複雑になる上、結果として継続した話にならなかったと言うので次の機会に譲って頂く事にした。

アニメーターも絵描きじゃない‥。
絵描きは自分の絵を持っている筈なんだよね。
それを利用できるのは15分っていうのが限界なんだろうね。

高橋「その時には場所的にいうと六本木は無くなっていた?」
田代「六本木は事務所で数人のクリエィターのスペースはあったんだけども、大きなものを作るスペースがなかったので、“虫プロの第1スタジオが空いている”というので借りたの、工場としてね」
高橋「“まんが日本昔ばなし”に行き着いて、六本木は引き上げたんですよね?」
田代「“昔ばなし”のスタート時期まではあったのかな? 事務所と工場が離れているのは良くないっていうので、それで代々木を捜して、代々木の事務所で“昔ばなし”を‥」
高橋「じゃあ代々木で一緒になったんですか? 1回富士見台っていうことはない? あれはあくまで工場として?」
田代「あくまで工場だった」
高橋「僕は“昔ばなし”が始まったんでタックと付き合いができたんです。[あかばんてん]の家賃だす為に(笑)。タックがタックらしい雰囲気ってすでに[ジャックと豆の木]でありましたよね。作品の傾向としてね。[まんが日本昔ばなし]はタックとしては大きい作品じゃないですか。タック関連の人は僕に『ロボット物なんて本当はやってないんでしょ。良ちゃんは昔ばなし的なものは出来るだろうけど、ロボット物っていうのは嘘でしょう?』って、『あれは名前だけなんでしょう?』とかフジケン(藤田健氏)はいまだに言うものね‥。そう言われるくらいタックの“昔ばなし”は好きだったし作り方も勉強させてもらった。“クリエィターが1人で15分のパートを作る”という“心”が、まあ全部が全部じゃないけどありましたよね。ユニークでそのために作品が非常に個性的になった。あの精神と言うか作り方を1番受け継いだのがあかばんてん。最後まであかばんてんはフィルム納品だったんですから。まあ全部1人の作り手がやって、進行まで自分でやってたんですよ。本体のタックがだんだん演出と原画、動画、美術背景とか分業になってきたんだけど、15分のものが1人でフィルムまでできるんだっていうのはタックの作品によって僕の身体に入ったっていうんですかね。自分でやりましたからね」
田代「良ちゃんがロボット物?(笑)。今でも信じられないっていうかそういう才能あるのかな?っていう感じなのね。ところが、僕の周りの人に聞くと高橋良輔って“神様”みたいなもので(笑)」
高橋「そんなことはありません」

田代「“昔ばなし”はね‥、アニメーターも絵描きじゃない‥。絵描きは自分の絵を持っている筈なんだよね。それを利用できるのは15分っていうのが限界なんだろうね。“アニメーターは絵描きだ”と、“絵描きは絵描き固有の絵があるはずだ”と。それから“限界が15分だろう”ということで、結構長い時間無理なくいったわけだよね。そこをグサッ言ったのが山本暎一さん。『あれはアニメーションの仕組みをぶっ壊したんだ』と。『好きであろうが嫌いであろうが、好き嫌いに関係なく作業していく中でその制度を壊してしまう。俺はいいとは思わない』って(笑)。 ‥仲人なんだよね、暎一さんって。ところが1つか2つぐらいしか違わないんだけど」
高橋「これはよく分からないんですけど、あの人はもっと若いって言う説とうんと年寄りっていう説が‥」
田代「何かで調べたんだよ。先輩だと思っていたら1才ぐらいしか違わないんだよね」
高橋「そんなこといったら、僕、ぎっちゃんとは10才ぐらい違うと思ってましたよ。ぎっちゃん、元々老けていましたよね。何か雰囲気があって、こういう人たちがやっぱアニメーション作るんだって思ってたから、後で聞いたら2つかそこらしか違わないんですよ」
田代「僕と同じ年」
高橋「妙に昔から“山のおじじ”みたいなね‥(笑)。虫プロがおかしくなってタックができた。片っぽではサンライズができた。サンライズができる前に“虫プロ再建案”みたいな話があったんだそうですね。こうすれば虫プロは再生できるんじゃないかって言う再建案‥でもそういうことは成立しなくて、サンライズの創業者たちは虫プロを辞めてサンライズと言う会社を創ったって言うんですけど、サンライズの創業メンバーたちと田代さんたちは交流はなかったんですか?」
田代「彼らは‥‥、[創映社]設立のメンバーはどっちかっていうと、真面目に“アニメ論”語っている人たちだったような気がするわけ。我々は女の尻ばかり追っかけていた(笑)。りんたろうも明さんも。彼らとは虫プロ時代も“オウッ”て、まあ親しいですよ。親しいけどあんまりアニメはどうあるべきかとかいう会話はしたことない。“きっちゃん”もそこらへん歩いているし、(伊藤)昌典は相変わらずおっとりとしているし、山浦(栄二)さんは掴み処が無いけどもいい奴だなあという、富野氏も創立者であるかどうか分からないけども頭でっかちだなあと。その程度の印象で‥」
高橋「じゃあ、あまり近しくはなかったんですね」
田代「同級生っていう感じはあったな」
高橋「同窓生であって同級生なんだけど、グループが違う」
田代「そうそうそう。彼らはそういう意味じゃあ、さっきの円形グラフにいくんだけども、ヘキサゴン。限りなく円に近いバランスを持っているわけですよ。我々っていうのはそこに欠如したものがいっぱいあってね」
高橋「例えば話し合ったけど考え方が違うから何となくとか‥、分かれたとかそういうんじゃない‥」
田代「最初から勝手にやろうよって。ムキになって話す必要もなかった。‥かといって認めてないわけでもないしね」

後先考えないで思い込みの激しいところ
冷静に物事の判断出来ない虫プロの一番良くない部分を
しっかり受け継いでいるね

田代「良ちゃんの言うように東映系、虫プロ系で分けていいと思うんですよ。だけど虫プロの飯をしばらく食うともうすっかり虫プロの人間になっちゃうからね。だからそれはもう虫プロでいいんじゃないかな。雄作さんもりんちゃんもぎっちゃんもね」
高橋「タックとしては虫プロの何を一番引きずってます? 」
田代「そうね、“後先考えないで思いこみの激しい”ところかな。さっき言ったテーマは一貫しているんだけども円形グラフに描くとバランスが悪いと(笑)。もう一直線の図ができたりね‥。採算取れるってことが全然なくてさ。で、思いこみが激しい、冷静に物事判断出来ない虫プロダクションの一番よくない部分をしっかり受け継いでるね」
高橋「ということで言うと[マッドハウス]は似てますよね」
田代「そうね。ちょっと我々より上手にバランス取れてるのかな」
高橋「そう言うことを言うとサンライズっていうのはあんまり遺伝子を引きずっていないと‥」
田代「いやいやいや。兄弟だって全然違うじゃないですか。突き詰めれば似ているんだろうけど、我々は自分のお父さんの姿見てそこだけは襟を正さなければなとか、そこだけは否定しなければとかいうものを、何て言うんだろう、組み入れてやったんじゃないの。だから非常に経済のことはしっかりしてるよね。虫プロダクションで勝ち得なかったロイヤリティ、まあ虫プロもいろいろあったんだろうでども、ビジネスをしっかりとわきまえた上での創意工夫ってのはサンライズにはあるよね。だからそれは凄い」
高橋「タックが出来ないとは思わないのですが」
田代「考えてみると計算できる連中がサンライズにいったわけですよ。計算出来ないクリエィターが作った会社なんだよね、グループ・タックというのは。で、サンライズというのは製作、プロデューサーが創った会社だと思うんだ。だから、そういう意味では非常に冷静沈着な判断が出来るような人たちが寄ってたかったんじゃないの。こっちは冷静どころじゃなくて『行こうか?、よし行こう』って『いけね、“金”もってくるの忘れた』みたいな、そんなことを今でもやってるわけですよ」
高橋「タックの中には誰も居なかったんですか? 冷静で計算出来る人が」
田代「かろうじて冷静を装ってるのは僕ぐらいなもんだね。装ってんだよね、あまり冷静じゃないから」
高橋「田代さんがっていうんじゃ、やっぱり居ないんですね(笑)」
田代「(笑)そうそうそう。杉井ギサブローに至っては自分が考えるからって全然考えなくて、あるものは拒まずって性格だから大変なわけじゃない」
高橋「ぎっちゃんって‥‥東映出身なのにやっぱり相当虫プロだなあと‥。技術を簡単に捨てますよね、あるのに‥」
田代「この間もちょっと話してたね。“テレビみたいなものは無駄な行いは一切排除してもっとシンプルにするべきだ”っていうことを‥よく言うなと思って」
高橋「ああ、今もね」
田代「そういうことも含めてね」
高橋「ただ宮崎(駿)さんだと東映の諸先輩から受けたアニメの技法ってのは磨きをかけるけども捨てないじゃないですか。それによって自分の作品を作っていくっていう、やっぱり自分が得た技術っていうことをそう簡単には捨てない。それを武器にしている。ぎっちゃんは何だろうね? 技術的には立派なのにも関わらず今回はこれみたいな‥そういうところがやっぱ違いますよね、何か血筋として。何でそんなに簡単に捨てられるんだろうっていうぐらい捨てますからね」
田代「宮崎さんは東映っていうよりは独自に創りだしているよね」
高橋「それは、さすがに随分時が経ちましたからね」
田代「それは非常に不経済な部分を結構大事にしてるんだな、宮崎さんっていうのは。昔から今も東映っていうのは非常に経済感覚が優れて不経済なのは一切排除していこうっていう何か習慣があるみたいね、ロジックは。宮崎さんは何か無駄な部分の認識ってものが大衆に受け入れられるという意識をしっかり掴んだんじゃないのかしらね。合理性というのは彼にとって意識の中から排除しているんじゃないかしらね」
高橋「すごい合理的ですよ、モノを作る時にはね」
田代「あ、そう」

高橋「合理的っていうのはどういうことかって言ったら、技術をよく信用してますよ。で、そこを合理的じゃないっていうふうに見るときには、それは見せているだけでアニメーションの手練れは合理的ですよ。出来ることと出来ないことをよく分けているし、人間にしても出来ない奴は全然信用してないし。それは非常に合理的だと思う。アニメーションって計算が立つんで合理的に作ろうと思うと合理的になるんですよね。出来ちゃったっていうのは本当はあんまりないんですよね。だから。“いやあ、あれは出来ちゃったんで‥”偶然時代と合ったから人気が出たんじゃないかって言うけれども、もともと人気が出るような実力というか要素があってそれが時代とクロスするってこと言うことで‥」
田代「まあよく分からないけども、テレビアニメっていうのがやっぱり相当新しい文化を創ったって感じがするよね。それは何かって言うと金がないっていうハードルが日本のアニメを支えたよね。その中からちょっと別の道を歩いているのが宮崎さんであって。っていうのは余裕もって創ってる作品、昔のを観るとね、気持ち悪くて観られない。ディズニーなんかあんなに動きすぎて、早く結論まで行ってよって。コーヒー飲むのにこんなことやって1枚ずつやって‥。我々金がないからいきなりすっと、ぱっと結構早いじゃない。だから、今や合わないなあ‥て。日本のアニメが世界のテンポに合うようになってきたかって、金がないから枚数かけられないから、いきなりコーヒー飲んではい、次いこうって感じでしょう。ディズニーは飲んでから次行くまで1時間かかっちゃうもんね」
高橋「個人的なことでいうと、虫プロってどっか素人っぽいところあるじゃないですか。で、人間ってずっとやっていると嫌でもやっぱりプロになっちゃうんですよね。で、プロになるってことは、良いプロ、手練のプロになるためには元々資質が必要なわけですよ。プロになるには資質の上に磨きをかけるっていうことが必須な事ですよね。でもここに資質がなくて磨きをかける努力が嫌いっていう奴が業界に迷い込んでしまったとなればどうしたらいいか。ま、僕のことですけど、つまるとこどうしたらいいかって言うと、まあ極々個人的なことですよ。どうせみんなプロになっちゃって‥プロっていうのもマイナス面があるわけですよ。だったらば努力しないで何にもしないで素人の良さだけを持ち続ける方が生き続け易いっていのが、僕の、僕個人の戦略論ですから。絶対に上手くならない……上手くなるってことは同じ事を何回も繰り返すってことですからね。磨耗しないで同じことを繰り返すってのは大変なことですから」

何かしたいんだけど、
なかなか燃焼しきれない。
今でも一生懸命探すんだけど‥

高橋「田代さんが見たところで虫プロから出た会社のこういうところが特徴だろうというところを聞かせて下さい」
田代「サンライズからいくと、ガンダムが有ったか無いかは大きな問題だね。ガンダムが無かった場合のサンライズとその後のサンライズとは随分変わっているだろうと思うし、あれがもし無かった時にどういうカラーを持ち合わせているかっていうのはちょっと僕には解らなかったからね。それは幸か不幸か富野何某がね、僕はあまりクリエーターとして分からなかったっていうかもっと失礼な言い方すると認めてなかったからね。それと良ちゃんが“昔ばなし”をやるんだけど“ロボットの教祖様やってる”のと(笑)同じようにね。なんていうんだろう、僕らが持っている物差しを変えてしまった人たちだなあっていう気がするね、サンライズは。っていうかガンダムによって変えてしまったのかなあと」
高橋「それはね、僕も個人的に変えられたという言い方だとちょっとネガティブですけど、自分の中にいろんなキッカケがあるじゃないですか。ここで変わったということでいうと、人生はどの辺で真ん中にするかわからないんですけどアニメということの後半ではガンダムが一番大きかったですね。変えられたっていうことではね」
田代「ある意味では今[ジャパニメーション]って凄い勢いで海外を駆けるビジネスになってるじゃないですか。その引き金を引いたのがガンダムだと思うのね。それは何故かというとヒーロー、ヒロインが必ずしも主人公じゃなくて登校拒否するような自閉症、その辺が主人公になれるというね、そういう勇気を全世界に発信したのは僕はガンダムだと思う。それを綺麗に輪郭を慣らしたのが[エヴァンゲリオン]じゃないかと。頑張ることが愚かなことで、頑張らないことの美学(笑)みたいなものをあそこから発信して作り上げてね。ジャパニメーションとして震撼させるような体質のプロデューサーいっぱいいるじゃないですか。[プロダクションI.G]とかね。そういう意味ではサンライズはすごい影響力あったんじゃないかなと。よく考えてみれば虫プロのプロデューサー達だったんだよね。片っぽでは期待してなかった頭でっかちな奴(笑)が偉いことしちゃって‥。そんな中の縁の下の力持ちだろうけど良ちゃんが支えてしっかり作って‥。あとはマッドハウスの丸たん‥アニメーションを作るしっかりとした拘りを持っていて何かそういう連中が引き寄せられてそんなものやってみたいというものが今に繋がってるのじゃないかな。どっかで虫プロの“クリエィター中心”的なものを引きずってんでしょうね。サンライズとマッドは全然違うんですよ。合わせて虫プロダクションなんですよ。昔は作家志向っていって、虫プロでは制作とか進行とかいうのはもう奴隷みたいなもんでね(笑)。絵描き、演出が一番偉かったの」
高橋「まあ演出というよりは絵描きでしたね。っていうのは演出家はアニメーターがやってましたから」
田代「だからスケジュールなんかはともかく合わせて作っていただいたら御の字で『ともかくお願いします。何時何時までに作って下さい』『えー、そんな時間ないよ』って。“それじゃあかん”ということでプロデューサーを中心としてきちんとビジネスとしてどうするかっていうのがサンライズで。アニメーションは儲かってなんぼ。そのどちらでもないのがグループ・タックだよね(笑)。何かしたいんだけど、なかなか燃焼しきれない。今でも一生懸命捜すんだけど‥」
高橋「タックの特徴としてはややマッドに近いですよね。何故かっていうと丸たん居なかったらマッドって成り立たないと思います。居なくなれば明日空中分解ですよね。やっぱりマッドって言ったら丸たん。タックは田代さんなんですね。ところがねマッドは彼の前を誰も横切って行かないんですよ。ずっと丸たんですよ。で、田代さんところはね、“ぎっちゃん”がずっと長くて、中田(実紀夫)さんが居てちょっと離れたとかね、ある意味では相当に精神的なものでは関わったと思う平見(修二)さんが居て離れたとかね。オーナーシェフみたいなんだけどそこを何人かが通過していってるということが、よくも悪くもタックの特徴かなって気がするのね。田代さんだけじゃない匂いが入ってるっていうか、そこに落として去っていくっていうかね(笑)。でもそれがだんだんタックをちゃんと作ってっていうところですね。人が来て人が去って行ってっていう‥」

そういえば‥

高橋「アニメーションの音響ディレクターって、田代さんがいってみれば元祖みたいなものですよね」
田代「そう、元祖なんですよ。音響ディレクターって名前付けたのは僕。それまではただTVの吹き替えディレクター‥。[音響]って付けたのは僕なんです。ただこれは失敗した。僕のような存在が映像作りの中の大切な部分を壊してしまったんじゃないかなと思ってる‥。とていうのは、良ちゃんが佐倉さんに怒られたのと同じように‥、演出家と組むと『すみません、“音のこと解りません”のでお願いします』って言うじゃない。そういう姿勢っていうか、そういう言葉を作らせてしまったことが非常に罪悪感があるな‥と。本来ならいいんだよ、解らなくても‥。解らなくてもおどおどしながら音のことを考えて効果のことを考えて、“音痴だけども音楽とはどういうのがいいのかな”と勉強していって、スタジオへ行ってね、おどおどしながら役者と打ち合わせして録音して疲れて帰ってくるという大切な部分を演出家に代わって僕がやっちゃったのね。『お疲れさまです』って役者や監督に声掛けるの僕なんですよ。監督は『ありがとうございました』って‥。それおかしいんで、半端なものにしてしまった。で、片方では僕以上に能力がないやつが“音響ディレクターでございます”ってね。若いタレントのお姉ちゃんに差し入れなんかされてる姿を見るとね、もうイライラして俺より上手けりゃいいけど。『適当に宜しくお願いします』って専門用語使ってね(笑)。若いお姉ちゃんにちやほやされてるのは許せないよね(笑)」

 久しぶりにお会いした田代さんはやはり変わらずダンディーで、でも幾分恰幅よくなったかなと言う感じではありましたが、湘南ボーイのような屈託ない快活さで色々と話してくださいました。なんといっても初代音響監督、命名者でもありますが、道を拓いた方は独得のオーラを発散します。私にとってはそのオーラが眩しすぎた時代もあったのですが、今はある意味灯台の明かりのような感じがいたします。これからも、どうぞ私達の道標であり続けてください、お願いいたします。それとしばらくの間タックを離れていた印象のある杉井ギサブロー氏がタックに戻っていらしてた。やっぱぎっちゃんの居ないタックなんて、ちょっと古いが『何とかのない何とかなんて!』と言うようなもので、スタジオでお会いしてとてもうれしくなってしまいました

 

【予告】

次週は、アニメーション業界の先鋭‥プロダクションI.G社長の石川光久氏の登場です。虫プロダクションやサンライズに直接的な関わりの無い方の初登場です‥。はたして話題の中心は‥。乞うご期待!

 

※サンライズの創業30周年企画として2002年に連載された『アトムの遺伝子 ガンダムの夢』を期間限定でリバイバル掲載しています。

 


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