【第06回】高橋良輔監督旅行記「飛行機雲に誘われて」

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飛行機雲に誘われて……その6『アラスカの4』

 さていきなりだがこの写真を見てもらいたい。だだっ広いノッパラとその中の丘というかちょっとした隆起だが、実はここにクマがいる。

 前の大雑把な写真を拡大したものだ。中央に豆粒のようなものが一つ見えるだろう、これがクマ、グリズリーである。距離約500メートルであろうか、アラスカにはまあこんな感じで何気なくクマがいるのだ。もちろんウヨウヨゾロゾロいる訳ではないが、つまりいることはいるのだ。

 河内君のツアーはその行程の中で3、4泊テントによるキャンプが組み込まれている。あたしら実はこれが怖い! 無理すればキャンプは無くても済ませることができるのだが(途中トラッカー用の宿がないことはない)彼にしてみれば原野でのテントによるキャンプがサービスと思い込んでいる。まあお客さんはよりによってアラスカの北極圏に来る人たちだから解らないではない。
 人間何でも慣れるものだが最初のキャンプは怖かった。こんな河の畔でキャンプをするのだが…人間がいいと思う場所はたいがいの動物にもいい場所なのだ。

 野営の準備をしていたらダルトンハイウエーの保安パトロールの車が近づいてきた。見るからに屈強な男達が降り立ち、

「ここでキャンプするのか?」

 と聞く、ハイウエイ沿いにはアラスカ石油の保安地域があり場所によっては立ち入り禁止のところがある。

「いけないか」

 と訊ねると、

「いけなくはないが、ここらはグリズリーの台所と言われている場所だぞ」

 と脅す。さらに、

「周りを見てみろ。カリブーの骨がいっぱい落ちてるだろう」

 という。言われてみれば確かに、らしきものがそこここに散らばっている。

「まあ気をつけろよ」

 と男達はウインクして去って行った。オイオイオイオイである。我らが河内君はというと、

「この骨はハンターが獲ったカリブーで、ここでバラして捨ててったやつですよ。まあそれをクマが食べたかもしれませんけれどね」

 と平気の平左である。

「あ…そう」

 あたしら臆病なくせに見栄っ張りだから今更ここでのキャンプはよそうよとも切り出せず、辺りをそれとなく見回すだけだったが、頭の中にはあの星野道夫の写真集に添えられた言葉がよみがえってきていた。それはこんな言葉である。

『アラスカの自然を旅していると、たとえ出合わなくても、いつもどこかにクマの存在を意識する。今の世の中でそれは何と贅沢なことなのだろう。クマの存在が、人間が忘れている生物としての緊張感を呼び起こしてくれるからだ。もしこの土地からクマが消え、野営の夜、何も怖れずに眠ることができたら、それは何とつまらぬ自然なのだろう』

 そ、それはそうかもしれないけどその星野さんはアラスカではないけど、たしかカムチャッカ半島だったと思うが、事実としてクマの事故で亡くなっているのだ。あまりにも真実に迫り過ぎる言葉だろう。
 河内君が言う、

「クマが近くにいるとクマ臭いので分かりますから」
「クマ臭いって、あたしら鼻バカだからなあ」

 五官のなかであたしらが一番鈍いのが嗅覚なのだ。

「わたし鼻いいから」

 ってカミさんが得意そうに言う。バッカじゃなかろか! クマの匂いに気づいた時点でもう手遅れだろうが、と内心思ったが、

「頼りしてまっせ」

 ミエ張って何気ない風を装う。その夜はテントの中で寝てんだか寝てないんだか曖昧なままに日の落ち切らない白々の一夜を過ごした。出来事と言えば、ブッシュの陰でトイレをするカミさんの目の前2、3メートルを北極キツネがトコトコと何気なく通過したことくらいだろうか。もちろんあたしらはクマ除けスプレーを握りしめて警備してましたよ、ええ。
 ケモノの臭いと言えばこれ、氷河期からの生き残りジャコウウシである。

▲気づかれないよう風下に潜むあたしらのバカ鼻にもこのケモノ臭さは強烈である距離約15メートル。

▲首周りの豊かな毛鋭い角、まさに貫禄。

▲ふと上げた顔が…気づかれたかとドキッとする。

 


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