【第19回】高橋良輔監督旅行記「飛行機雲に誘われて」

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飛行機雲に誘われて……その19

 あたしらだって聖地巡礼をする、と言うと、

「良輔さんが!? その歳で? マジっすか?」
「マジじゃないの、マジェスティック」
「…なんすか、そのマジじゃないマジェスティックって?」
「ホテルだよ。ベトナムのホーチミンにあるホテル」
「? ? ?」

 まあ今時聖地巡礼なんて言ったら人気アニメの舞台を回るってことになるんだろう。そういう意味では大して変わらない。
 マジェスティック・ホテルは現ホーチミンかつてのサイゴンの繁華街ドンコイ通りにある。すぐそばをサイゴン川の茶色い水が流れている。古いホテルで20世紀の初め頃に華僑の富豪が建てたと言われているが、戦前(太平洋戦争、念のため)には一時日本政府に貸し出され『日本ホテル』と名乗ったこともあるらしい。で、そのホテルがなんであたしらにとって聖地かというと……ベトナム戦争が激しさを増し世界の注目を集め始めた1965年頃、我が開高健が特派記者としてサイゴンに赴き定宿としたのがここだったのである。むろん開高だけでなく当時の有名無名のジャーナリストたちが"戦争を求めて"ここを取材の前進基地にしていたのだ。
 前にも書いたが、あたしらはなぜかジャーナリストたちがたむろするホテルやそのロビーまたバーなどに強烈に魅かれてしまう。戦争を取材するジャーナリストやカメラマンは絶えず危険にさらされている。日常的に生死は紙一重である。なんでそんなところに行くか? 使命感? 野心? 好奇心? いずれにしても、

(あたしらには無理!)

 なのであるが、しかしそう思えば思うほどあこがれは強くなる。ジャーナリストたちの抜いた抜かれたの功名心にかられた競争や、それをまた超えた究極の連帯感など、密談と情熱と喧騒と情報が酒とタバコの臭いにまみれてヒリヒリと渦巻く特別空間、それがあたしらの戦地におけるホテルのイメージだ。すり減りクタクタになった肉体と精神、それを受け止めてくれるかりそめのベッド…まそんなこんなのイメージの具現がベトナム・ホーチミンの『マジェスティック・ホテル』なのである。
 まあこう書いてくると、

「ホントあんたベトナム戦争好きだね」

 思われるかもしれないが、そんなことはありません。ベトナムにはいろいろ佳いところがありますが、観光というならここはひとつ『ホイアン』などどうでしょう。ホイアンはベトナム中部の大都市ダナンから近く意外と日本から便利です。ダナンと言えばベトナム戦争の暫定軍事境界線の近くで、ってまた戦争かいと言われるのでそのあたりのことはまた別の機会にして……、

「ホイアンと言えば有名な日本橋のあるところでしょう」

 その通りであります。日本橋は『遠来橋』とも言い、この橋を左右に分けてかつては日本人街と中国人街があり非常に栄えていたらしい。このあたりの観光は見どころがいっぱいでとても一口では説明しきれませんが、あたしらの一押しはホイアンの安宿に泊まって一週間ぐらい、あちこちユエやミーソンなどに足を延ばす合間にホイアンに流れるトゥボン川ぞいのオープンカフェでぼんやりと行き交う人々を眺める、ってところでしょうか。この安宿に泊まって一週間ばかりオープンカフェでぼんやりなんてことは、若い時しかできませんぜ。

▲遠来橋―――日本人が作ったので日本橋とも言われる。かつて海のシルクロードの一点で大いに栄えた街の象徴である。

 

▲トゥボン河畔のオープンカフェ。ここに座って行き交う人々や船ををぼんやり眺める、至福の時間だ。

 

▲東南アジアの市場が好きだ。生活とか活気とか日常とかいう言葉がもっとも似合う場所だろう。

 

▲どうこの豊饒さ!

 

▲魚を売る彼女、結構美人でした。

 

▲こんなものも売っております。味は淡白で鶏に似ているそうな。

 


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