高橋良輔監督×河口佳高編集長スペシャル対談

時の流れは早いもので、矢立文庫がオープンしてから1年が経とうとしています。
読者の皆様のおかげで、好評のうちに連載を終えたもの、皆様からの声を受けて新たに連載がスタートしたものなど、サンライズらしい企画を皆様にお届けできているのでは?と思っております。

さて、そんな矢立文庫ですが、実はオープンからすぐの頃に、「装甲騎兵ボトムズ 絢爛たる葬列」の著者である高橋良輔監督と、編集長・河口佳高による対談が行われました。今回は、その2人の対談を特別にお届けいたします。

「矢立肇について」「沈黙の艦隊にまつわる高橋監督のお話」「小説について」と、ここでしか聞くことのできない話が語られていますので、ぜひご覧ください。


高橋良輔(たかはし りょうすけ)【アニメーション監督・原作者】

1943年東京生まれ。1964年、株式会社虫プロダクションに入社。主な作品に「W3(ワンダースリー)」「どろろ」「リボンの騎士」等がある。虫プロダクションを退社後、サンライズ創業初期に「ゼロテスター」(監督/1973)に参加。代表作として「太陽の牙ダグラム」「装甲騎兵ボトムズ」「機甲界ガリアン」「蒼き流星SPTレイズナー」「モリゾーとキッコロ」「FLAG」「幕末機関説 いろはにほへと」がある。


「矢立肇」という名前

河口佳高(以下、河口) 矢立文庫に寄稿いただいている著者の方との対談とはいえ、高橋良輔監督を著者紹介するというのもなんですけど(笑)。

高橋良輔(以下、高橋) まあ知らない人の方が多いからね、今は。

河口 矢立文庫のサイトを見てくれる人はわりあい若い人が多くて、平均年齢は40歳超えるかと思っていたんですが、もう少し若い年齢層が主流になっているんです。『装甲騎兵ボトムズ』を知っているファン層よりは少し若いですかね。

高橋 それはもう40~50歳でしょう。

河口 いや30代もいますよ(笑)。それはともかく、矢立文庫というサイトを立ち上げたわけです。出版社的な意味での文庫ではないんですけど、サンライズ独自の企画なり作品になる一歩手前のものを読んでもらおうという取り組みです。その立ち上げ時に「矢立文庫って名前がいいんじゃないか?」という意見が出て、みんなが賛成したんですよね。でも「矢立」って言ったら「矢立肇」がいるじゃないですか。

高橋 うん。

河口 サンライズの原作表記で「矢立肇」というのがあって、監督的にはその「矢立肇」っていう名前に思い入れなのか反発なのか(笑)……何かあるんですか。

高橋 いや、反発はないですよ。何だろうな、僕は「矢立肇」っていうと、山浦栄二さん(サンライズ三代目社長)の印象が強いんですよ。

河口 やっぱり、そうですか。

高橋 だから、僕もいいかげんな文章を書く時に「矢立肇」と今日は飲みに行きましたっていうことで随分と文章を書いているんですよね。その中で例えば、イラストを僕が描いた時には、山浦さんのイメージで描いてますから。ちょっと太めの、後ろ姿がこんな感じで去っていくところっていうのは、山浦さんのイメージなんですよ。

河口 「矢立肇」という名前ができた当時のことはご存知ですか?

高橋 決めるところに僕がいたわけじゃないですから、よく知らないんですよ。ただ僕が聞いているのは、要するに東映は「やってみろ」=「八手三郎(はってさぶろう)」とかでしょう。こっちは山浦さんらしくて、非常に実はインテリなんですよ。で、僕は「矢立肇」っていうのは山浦さんが付けたんじゃないかなあと思うんです。「矢立」というのは据え置きのものもあれば携帯のものもあって、結局あれは文房具ですからね。それに「肇」をくっつけて「なるべくオリジナルの作品を中心にやっていこう」という発想の中から、プロダクションとしての「作り手」を頭に付けておこうと。もちろん権利関係のこともあったんでしょうけど、それよりはやっぱり、会社の誰かを作り手として頭に持ってきたかったんでしょうね。だからそういう意味で「矢立肇」っていう名前を付けたのは良いかなと。

河口 我々も「矢立肇」という名前に触って良いものかっていう微妙な世代になって来ていて、それでも『ラブライブ!』に「原作:矢立肇」って書いてあると何というのか、隔世の感が(笑)。

高橋 うん、そうだね。どちらかといえば、山浦さんはちょっと生意気なロボットアクションと、それから気軽というか、ギャグ仕立てのちょっと年齢の低いものっていうのをかわりばんこに作っていくっていう中でやっていましたから。


『沈黙の艦隊』で見た高橋良輔演出のキモ

河口 ちょっと昔話になるかもしれないですけど、私はアニメ版の『沈黙の艦隊』が監督と唯一、一緒にやらせていただいた作品なんですけど。

高橋 あれね、別スタッフでかなり進行していたプロットがあったけど、諸事情で企画が方向転換したんだよね。そうしたら原作本を全巻僕のところに持ってきて、一週間でプロット作り直してくれっていう依頼があった。

河口 ストーリーの大雑把な構造は基本的に原作準拠で、どこで区切るかっていう。

高橋 そうそう。僕は要するに、お話としては参加してもいいだろうっていうかね。それは何かって言ったらば、まだ連載中だったから、作品がどういう終わり方をするかわからない。それと、作り手としては触るのは怖いけど触ってみたいっていうのは、やっぱり核兵器の問題ですよ。核兵器っていうのを、まあアニメのレベルでどう考えるか。それと日本人はアメリカをどう思っているのか。アメリカ人が好きなのか嫌いなのか。うちね、親父が戦死だから、アメリカに殺されたようなものなんだよね。だけど僕はアメリカ文化で育ってるから、アメリカは嫌いじゃない。だけど本音はどうなのか、わからないんだよ。それで、作りながらアメリカを考えるっていうのは面白いかもしれないと考えて受けたんですよ。

河口 本当によく覚えてるのは、私は設定制作を担当していて、美術ボードを決める時の話なんです。高橋良輔スタイルの演出のキモだ、という例としてあちこちで言ってるんですけど、美術監督から最初に海の美術ボードが上がってきたんですよ。当然海だから、青い海面で、青い空に白い雲が描いてある、まっとうな海のボード。
 それで、「監督、上がってきました」って見てもらったら「うーん、違うんだよな」って。「これはね、美監さんと直接話すから時間とってもらって」ということで、その夜に美術監督のところに行ったんですよ。そしたらアタマ一時間ずっと雑談(笑)。あの人今何してんの、どうしてんの、あんときどうだったの、みたいな。一時間ぐらい経った後に「あのさ、こないだ貰ったボードなんだけど、もうちょっと暗い空と暗い海で、鉛色なんだよ」っていうようなことを言うんです。でも美術監督としては、鉛色で塗ったら海に見えませんよ。それは緻密に描けば海に見えるようにはできるんだけど、スペシャル番組とはいえテレビで放送するものだから映画ほど時間をかけられないし、それを考えるとある程度は青みがあって、常識的に「海といえば青」というお客さんの先入観を利用した方がいいと美術監督は考えていたんです。だから、どの程度の鉛色なのかをその場で塗ってみることになった。
 その途中で監督が「あ、ちょっと待って」って言った絵が、空を鉛色とかグレーで塗って、水平線から下が真っ白なんですよ。まだ塗ってない。そこに手を加えてもらって、下も周りからグレーで塗っていく。「雲間から光が差して水面が光ってるような感じに描いて」という指示があって、空はどんよりしていて、海も暗くて、ちょっと光が差して、少し海面がキラキラ反射してるように見える絵になるわけです。その横で監督がセルに黒マジックで小さく船のシルエットを描いていて、それを水平線に置いて私に見せて「これが『沈黙の艦隊』の世界」って言ったんですよ。

 その時にああ、よくわかったと。最初に美術が上がってきた時に、監督は「このボードは海洋冒険物のボードだから違うんだ」って言ったんです。『沈黙の艦隊』は海洋冒険ものとは確かに違うとは思ったけど、具体的に何が違うのか私もわからなかった。でもその絵を見たら、あ、これは核戦争ものなんだと。つまり『沈黙の艦隊』というのは核戦争の恐怖が根底にないと成り立たないストーリーなんだということを、そのボードのやりとりの中で理解できたわけです。
 失礼ながら言いますと、サンライズの中だと高橋良輔監督っていうのはバリバリ仕事をしないというか(笑)、ああだこうだ、うるさく指示せず、スタッフのやりたいように任せる監督みたいな印象を伝え聞いていたんです。でも、やるときはやる、押さえるところは押さえるんだって目の当りにした。このことはスタジオに戻ってからスタッフみんなに言いましたよ。

高橋 ああいう作品はイメージがなかったらバラバラになっちゃうからね。

* * *

河口 監督が本を書くっていう、そのきっかけは何ですか。

高橋 字を書くのはね、ワープロが世の中に出回ってから億劫じゃなくなったんだよね。でもね、最初に書いた小説は途中で、上巻だけ書いて、あとは……。

河口 それは『機甲猟兵メロウリンク』ですか。

高橋 そう、メロウリンク。

河口 (笑)。

高橋 そりゃあね、小説は大変だったよ。だって初めてだし、小説修行なんかしてないんだから。

河口 なるほど。それは自分で書きたいって言ったのか、誰かに書けって言われたのか、どうだったんですか。

高橋 その時代、アニメ雑誌が出てきた頃で、山浦さんが富野さんにも僕にも目立つ奴になれ、と言うんだよ。いろんな意味で、山浦さんたちが僕らを商品にしようと思ったわけだね。

河口 人から聞いた話ですけど、良輔監督に仕事を頼んだら「コンテは俺描かないよ?」って言われたと(笑)。「それでいいなら引き受ける」みたいな話でしたけど。

高橋 全然描かないわけじゃなくて、自分が描いたほうがいいやつとかね、描かないとやっぱり次が困るなっていうのは描くんですよ。だけど、普通に流していく作業としての絵コンテであれば、若くても経験がなくても僕より上手いのはいっぱいいるんだよね。だからそこで作業を止めることはないでしょうと。

河口 でも、『沈黙の艦隊』の時に、ビデオパッケージ用特典にワンシーンだけ追加があったんですよ。数分のシーンでしたけど、そこは監督が直に描いてましたよね。そのコンテをもらったとき、カットの並びがしっくりした印象があって、さすがだと思いました。


小説は、いきなり書けちゃうものです

河口 そもそも、いきなり小説を書かれたわけじゃないですか『メロウリンク』の時に。

高橋 でもね、いきなりっていえば『ダグラム』の作詞もいきなりですよ。オープニングとエンディング曲ね。あと挿入歌の歌詞も書いてる。

河口 それも誰かに「書け」って言われるんですか。

高橋 山浦さんが「やれ」って(笑)。だからそれを踏襲して、米たにヨシトモ監督にも「お前やれ」っていう(笑)。「オープニング書くだけで責任感が三倍増すから!」って(笑)。

河口 逃げられないぞ、と(笑)。

高橋 それとね「愛情も湧くから」って。プロデューサーとして、山浦さんがこの手を使っていたんですよ。

河口 それで、いきなり書けちゃうものですかね。

高橋 あのね、書けちゃいますね。真剣にね、真面目に考えたら書けないですよ、きっと。だけど自分のいる業界、つまりアニメ業界を見渡すわけですよ。そうすると、その時その時によってトップがいるわけです。それじゃあ、自分はどの辺にいるのかっていうと「うん、そんなに悪くないな、俺」って思うんですよ(笑)。小説を書いてやろうと思って書いている訳じゃないの。アニメ業界の中で小説を頼まれたけど、これはどうなんだろうと。そうすると、アニメ界のこの人が書いたら凄いだろうなとか、この人が書いたらひどいだろうなあ……じゃあ自分ならどうなのかと言ったら「この辺だろうな、じゃあいいんじゃないのかな、許容範囲内なんじゃないかな」という結論になる。

河口 なるほど(笑)。

高橋 まあ、何人かが後押しをしてくれるんです。例えばカドカワの誰それさんとか。

河口 小説を書くときの目論見というか、そういうのはあったんですか。

高橋 これはね、意外と薄いんですけどね。……まあ、何かやってる方がいいだろうっていうのがあるのと(笑)。それから、僕はロボット物を自分の中で少しずつ……まあ言ってみれば進化というよりは、富野さんもそうなんだけど、あの時期って同じものをやりたくなかったんだよね。そうすると、完全に操る機械としてのロボットから始める。『ダグラム』『ボトムズ』がそれだよね。『機甲界ガリアン』ではちょっとファンタジーとか歴史の匂いのするような、曖昧な存在で。その次の『蒼き流星SPTレイズナー』では、ロボットの中に意思があるというか、少なくとも人間とは違う意思のあるロボットを作りたかった。それで、フォロンっていうやつがレイズナーの中で目覚める、それをやった。その次に、完璧にロボットの中に意思があって人間と共存するというのが次に来る世界じゃないかなあと思って『equalガネシス』を書いた。

河口 なるほど。今まで書いてきて、小説っていかがですか。

高橋 ダメだね、全部(笑)。

河口 そんなことないでしょう(笑)。

高橋 要するに俺が書く小説というのは穴だらけな訳だよ、いろんな意味で。だからそういう意味では読者が文句なしに「面白い!」っていうんじゃなくて、「うーん、これちょっと甘いけどこうしたらどう?」とか「この世界、こういう風にしたらどう?」っていうように、ユーザーに刺激があれば役目は果たしていると。そういう感じで書いているところはあるんです。そうじゃないとね、やっぱりそんなに気楽には書けないですよ。

河口 なるほど、そこを楽しんでほしいということですね。実は今回の「矢立文庫」でも、完成度を死に物狂いで追求するのはやめようと言ってるんです(笑)。完成度を上げるのは、将来映像にするとか、そういう時にやろう。むしろここでは何か、面白いネタがちゃんと入ってるとか、その次に繋がる可能性を読者と共有できるようなことを考えてくれと。まあ「読む企画書」って最初は言ってましたけど、そういう刺激があるものができたらいいんじゃないかと。完成度を上げようと思ったらみんな筆が止まって上がってこなくなっちゃうから…。そういう風にお願いはしているんですけど。

* * *

高橋 余生としては、まあ言ってみれば身辺雑記を気楽に書いて出したら面白いと思うんだよね。もうどこででも、ギャラの値段は問わず書きたいですよ。

河口 あ、そうですか!?

高橋 うん。

河口 それ「矢立文庫」で連載しましょうか(笑)。

高橋 いいですよ、別にそれは。だけどただ……要するにね、今のアニメのユーザーは俺とは遊離してるから、あまりにもね。

河口 でもそういう話をしてくれる人ってあんまりいないので、逆にいいと思いますよ。

(おわり)


監督と編集長の対談はいかがでしたでしょうか?

ということで、なんと来週6月10日(土)より、高橋良輔監督によるコラムの連載がスタートします!
その名も『高橋良輔の言っちゃなんだけど』です!

高橋良輔の言っちゃなんだけど

こちらは毎月10日、25日更新予定となっておりますので、どうぞお楽しみに!


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