【SS01】オリオンレイン 薔薇の小部屋
2018年2月節分(開設)
「鬼は-そとー。福はーうちー」
やる気があるのかないのか、つまらなそうな声がそう呟くたび、広くはない部屋の中を銀色の小さな粒が飛んで行く。
無造作に投げられたそれは壁や床に触れて砕け、霧のように室内の空気に溶け込んだ。
「何をしているのかな」
掛け軸の裏から入って来た源壇が、銀の粒を投げる子どもに声をかける。
「節分の豆まきだよ。壇もやらない?」
「遠慮しておこう」
「付き合い悪いなあ……」
星の子どもは持ってきた袋の中から無造作に銀の粒を出すと、また室内にばらまいた。
「鬼はーそとー」
「銀の輝きはそんな使い方をするものではないよ」
無駄と知りつつ、壇がやんわりと声をかける。
「これはこの星の薔薇たる僕のものだ。少しくらい好きに使ってもいいだろ」
「しかしこの部屋は……」
壇は室内を見回す。一見普通の和室は、この星の正当な薔薇の力を加えられたことで、外の世界から切り離されかけている。
「騎士たちの新しい休憩場所だろ。百人一首やったりお菓子を食べたり花火を見たりするんだ。まあ、これだけ僕の力をばら撒いたから、この部屋で起きることなんて、みんな外に出たら忘れちゃうだろうけど」
確信犯的に呟いて、子どもはまた銀の粒を投げる。福はうち。
「だから壇もね。自由に出入りしたらいいよ」
「私が頻繁に顔を出すと、零の血圧が上がりそうだな」
「君たちの不仲も困ったものだねえ。あ、じゃあこうしよう」
いいことを思いついたと言わんばかり、星の子どもは上機嫌になって、銀の粒をひとつ、口に含んだ。
「あ、ここだよここ。ローズルーム」
「和室なのにローズルーム? ちぐはぐな印象だな」
「節分パーティーって招待状の題字からしてちぐはぐだよねー」
良太と遠矢、そして雪也がぞろぞろと室内に入ってくる。
「差出人のない招待状に応じるなんて、君たちも暇だね」
「あなたの招待状には名前があったんですか?」
「無いよ。まあだから、一応の警戒はしているね」
零が莉央に答えていると、先に進んだ雪也の感激の声が飛んできた。
「すごーい、恵方巻にちらし寿司だよ。美味しそう!」
「お前、実のところ食いもんならなんでもいいのな」
彼らの会話に誘われて、莉央と零も室内に上がったところで、背後から低い声が響いた。
「ようこそ」
零が弾かれたように振り返り、良太がきょとんとした顔をする。
「あれ、源さんだ」
「これは貴様の企てか、壇っ」
「ある人に少し親交を深めるよう提案されてね」
壇が困ったように肩を竦めると、零の周囲に蝶が顕現した。
「鬼は外―っっっ」
壇に向かって蝶の津波を起こす零を、莉央が慌てて抑える。
「落ち着いてください零」
「こんなとこで蝶を飛ばさないでよー」
「構わないよ。概ね予想通りの反応だ。鬼役は退散するとしよう。ああ、料理におかしなものは入れていないから、良かったらくつろいで行くといい」
気が済んだとばかり、壇が部屋から出ていく。
残ったのは、無数の蝶と、料理。
扉の外を警戒したままの零を尻目に、良太たちは顔を見合わせる。
「どうする?」
「お料理無駄にするの嫌だな」
「食おうぜ。うまそうだし。莉央も来いよ」
「だが零が」
「気が済んだら食いに来るって。怒るって結構腹減るからさ」
莉央はやや迷いながら席に着く。
「ところで、今年の恵方ってどっちかな」
良太の素朴な疑問に、零が不機嫌そうに振り向いた。
「僕たちの恵方は常にひとつ。オリオンのある方向だよ」
オリオン座って今の時間は地平線より下なのでは……と思いつつ、遠矢が恵方巻を手に取った。
「別に方位とか気にしなくていいだろ。この部屋、磁石もスマホも役立たねえし」
「じゃあまあ、今年も地球を守り切ることを願って」
それぞれ恵方巻を手にすると、雪也が待ちかねたように声をあげた。
「いただきまーす」
著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ
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