【SS07】オリオンレイン 薔薇の小部屋

← 前 | 作品ページ次 →


2018年3月ホワイトデーその5「遠矢/存在への賛歌」

 気が付くと、薄ぼんやりと明るい白い和室にいた。

「なんだこの部屋」

 呟いて、遠矢は軽く眉を寄せる。見覚えがあるような気がした。
 いつのことだっただろうかと考えていると、背後から声をかけられる。

「ようこそ、6席」

 振り向くと、そこに一人の子どもが居た。そして、障子の向こうに映る、茨のような影。

「薔薇!?」

 遠矢が反射的にコインを出すが、上座から響く声がそれを止めた。

『この部屋で荒事は禁止じゃぞ』

 他にも誰かいるのかと上座を見るが、そこは影が濃くてよくわからない。
 目の前の子どもがやんわりと微笑んだ。

「今日はね、みんな僕のお客なんだ。だから、物騒なことは駄目だよ」
「お前の客って……お前誰だよ。なんで騎士のこと知ってんだ?」
「それは秘密」

 悪戯に笑う姿は、彼の良く知る友人を連想させる。
 この子どもも外見通りの年齢ではないのかもしれないと、そんなことを思った。

『この集まりはの、宛て先のわからない【ちよこれいと】について話す場での』
「一応、君にも権利はあるかもって思って、呼んでみたんだ」
「俺、チョコなんて貰ってねえけど……」

 困惑気味に答える遠矢に、奥の上座から上機嫌な声が答える。

『世の中には、【作品全部】とか【登場人物全員】という、心優しい気遣いをするピュアッピュアな乙女もおるでの』

 声からして、恐らく結構歳のいった翁だと思うが、随分ハイカラな浮かれ方だ。
 遠矢は義理とはいえ男子からチョコを貰う人間もいるとツッコミを入れてみたくなったが、やめておいた。ピュアピュア男子と開き直られたら、それはそれで面倒くさそうだ。
 代わりに、障子に映る薔薇の影を示す。

「全部って言っても、あれは流石に無いんじゃねえ?」

 影が抗議するように揺れて、子どもが困ったように笑った。

「自分はチョコレートのお返しに【願いを叶える】という切り札があるって言ってるよ」
「破滅の切り札の間違いだろ」

 反射的に返してから、遠矢はおや?と気が付いた。

「お前、薔薇の言葉がわかるのか?」
「うーん……それも秘密。参加賞みたいなものだから、あまり深く考えないで。禿げるよ?」

 遠矢が微妙な表情で沈黙した。
 その隙に、子どもがあらぬ方に向けて話しかける。

「部屋を覗いてるみんなには、このイベントは楽しんでもらえたかな? 僕の部屋は色々使いようがあると思うから、これからもよろしくね」

『綺麗に締めおったの』

 からからとした笑い声が室内に響いて、眠りに落ちるように、部屋の明かりが消えた。
 薔薇たちに向けて一礼した――


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


← 前作品ページ次 →


関連作品


IPポリス つづきちゃん【第85回】 ▶

◀ 【第06回】高橋良輔監督旅行記「飛行機雲に誘われて」

カテゴリ