オリオンレイン【第2回】

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前回のあらすじ
乃木高校新聞部の大江良太は、部長の秋島由美香から教会裏の無人洋館の噂を調査するよう指示される。ここで良い働きをすれば、次の『オリオン』――幼い頃、良太に銀のコインをくれた謎の紳士かもしれない人――の特集で、自由に動けるかもしれないと考えた彼は、無謀にも館の中に踏み込んだ。無人の館の奥で彼が見たものは―― ⇒ 第1回へ

第1話「絶佳ぜっかの騎士」後編

 「誰って、えーと……」

 不法侵入を自覚していた良太は答えに詰まる。
 だが、そもそもこの館は空き家の筈。ということは、彼らもこの館に不法に滞在していることに――

(……いや、こんな優雅な不法滞在はないか)

 目まぐるしく考える良太の視界で、紅茶を飲んでいた少年が、色の明るい長めの髪を揺らして立ち上がり、コインを拾った青年に声をかける。

「遠矢。そうきつい物言いをするな。コールが入った。コインは本物だろう」
「けど、8席なんて聞いたことねえぞ」
「ひとつやふたつ知らないことが増えたところで、今更だ」

 良太にはわからない会話をしながら、銀のコインを確かめるように渡しあう。

「ボクにも見せて!」

 ソファに寝ころんでいた小柄な少年が跳ねるようにしてその場に加わり、「本当だ。本物だねー」と楽しそうに声をあげると、良太を振り向いた。

「それで? これを持って来たキミは、どこの誰?」
「の、乃木学園新聞部の大江良太です」
「だってさ! あ、僕はね、5席、皆高雪也(みなたかゆきなり)だよ」

 およそ日本人らしくない金髪の少年から、純和風の名前が出てきて、良太は瞬間、それが本名なのかどうか考える。

「津々見遠矢。6席」

 背の高い青年がショートにした青っぽい髪を面倒そうに撫でつけて、無愛想に呟いた。

「……3席の三条莉央だ。このコインは本当に君の?」

 莉央は指先に挟んだコインを良太に向ける。
 良太は由美香の話にあった『イケメン』は莉央だったんじゃないかと考えた。
 長めの髪に縁取られる整った顔や、どこか空気の違う振る舞いが、そんな連想をさせる。

「俺のです」

 良太が答えると、莉央はそのまま手を伸ばし、彼にコインを返した。
 それを見た雪也と遠矢が目を丸くする。

「ええ? 返しちゃうの?」
「どう見てもこいつ何も知らないだろ? 拾っただけかもしれねえぞ?」
「いや、もらったんですけど」
「「もらった!?」」

 ふたりの言いように苛立った良太が思わず口を挟むと、異口同音に驚きの声が上がった。

「――ご家族の誰かに?」

 どこまでも穏やかに確認してくるのは莉央だ。

「子どもの頃……知らない人に……」

 良太の返事に、莉央はひとさし指の背を頤(おとがい)に添えて思案顔になる。
 その隣で、遠矢が舌打ちを落とした。

「やっぱり、伝承放棄する奴も居るって事か。まあ、わけわかんねえこと多いし、なんだかんだこっ恥ずかしいし、やってらんねえよな、実際」
「そうかな? ボクは結構楽しいけど。まあ、零が聞いてなくて良かったよねー」
「あー、まあ、零はお役目大事の変人だからな」

 雪也たちの話に出ている名前に該当する人間は、この場には居ない。
 どうやら、彼らの他にも、この場所に出入りしている者が居るようだ。

(そもそも、ここはどういう場所なんだ?)

 改めて部屋の中を見回した良太の耳が、莉央の呟きを拾う。

「本当に放棄だったのかな」

 視線を莉央に戻すと、同じように彼を見つめる遠矢と雪也が視界に入った。

「資格のないものがコインを使ったところで、扉は開かない。それは、誰もが最初に教わったことだろう?」
「えーと、良太が知らないだけで、遠縁とかの可能性もあるってこと?」
「そういや、一応、こいつの席はあるわけだもんな。前任者が完全に放棄したってわけでもないのか」

 三人が良太にはわからない話を始める。
 わからないが――それは間違いなく、『良太にコインをくれた人』の話だ。だから彼は、意を決してそこに口を挟む。

「よくわからないんですけど、このコイン、そんなにレアなんですか?」

 遠矢と雪也が顔を見合わせる。莉央は軽く眉を上げた。彼だけ、ずっとマイペースな反応をしている気がする。

「教えてあげてもいいけどー、キミ、秘密は守れる?」
「新聞部って言ってたぜ。まずいんじゃね?」

 良太は自分が警戒されていると気づいて、むきになった。

「コインに関することなら守ります! 俺、これをくれた人にもう一度会いたくて、ずっと探してるんですっ」
「会いたい? どーして?」
「……星を守るとかなんとか、どういう意味なのか聞いてみたくて」

 それは割と荒唐無稽なことだと思っていたので、良太は言い淀む。しかし。

「あれ? それは聞いているんだ?」

『星を守る』話は、当たり前のように雪也に肯定された。

「ほ、本当なんですか? コイン一枚でそんなこと……」

 それが出来るなら、確かにこれはレアアイテムだ。
 良太は思わず手の中のコインを見る。
 驚きと、感動と、不安と――

「ンな基本的なことに驚いてたら、これからやってらんねえぞ?」

 水を差すように言われて顔を上げると、眉間に皺を寄せた遠矢と目が合った。
 どういう意味かを尋ねる前に、莉央が諭すように言葉を落とす。

「大江君。それはね、魔法のコイン」
「魔法?」
「魔法っつーか、呪いだな」
「昔、故郷の星を守れなかったご先祖サマが、この星を守るために残したんだってー」

 とんでもない話――けれど、確かに『彼』の言葉と辻褄は合う。

「それ、……信じてるんですか?」
「実際、扉は開いただろう?」

 莉央はあくまで落ち着いた様子で言う。

「本当っぽいんだな、これが」
「わくわくするよね」

 他の二人が口々に感想を呟いたとき、ガラスの鈴のような音が響いて、室内の景色が一変した。
 周囲に外の景色が素通しになり、天井には星空。ビリヤード台には地図らしきものが表示される。
 前方の壁はスクリーンと化して、この館の周辺が様々な角度で映されていた。

「これは……実際に見てもらう方が早そうだな」

 莉央がビリヤード台の地図を確認しながら呟く。

「誰が行くの?」
「それほど強い反応じゃねえし、莉央に任せていいだろ。お手本としては完璧だ」
「えー、ボク行きたい」
「おまえのはマジ呪いっぽいからダメ」

 ボケとツッコミのような雪也と遠矢の会話を背に、莉央が一歩前に出る。

「大江君、ほら」

 彼は懐から銀色の光を取り出した。

「コイン……?」
「うん。これは僕が受け継いだコイン。このコインには言い伝えがある。――銀の薔薇を、咲かせてはならない」

 詩の一節でも読むように話して、莉央はコインを宙に弾いた。

「――Bet」

 高く澄んだ音に、低いささやきが重なったとき、銀色のコインが銀色のリボンを吐き出す。
 瞬間、莉央の姿が銀色の波の向こうに消えて、そうして。
 瞬きほどの時間の後、黒いスーツに銀の仮面をつけて、彼はそこに立っていた。

 それは良太の記憶にある『彼』と同じ姿。
 異なっているのは、銀色の仮面。

(いや、けど、莉央さんはどう見ても俺とそんなに歳は変わらない……)

 混乱する良太の脳裏にもうひとつの可能性が浮かぶ。『彼』と似ている気がして、良太がずっと調べていた相手。
 銀の薔薇を狩りに来る都市伝説。

「……オリオン?」

 仮面をつけたままの莉央が、ふと笑った。

「そう、オリオン。我々は星の守護騎士。災厄を止める者」

 莉央がビリヤード台の上に手をかざすと、そこに扉が投影された。

「そしてこれが、コインを継いだ者の務め」

 言い残して、莉央が扉をくぐる。
 どう見てもただの投影なのに、そのまま、彼の姿は部屋から消えた。

「ねえねえ、凄い? 凄いと思う?」

 良太の反応を楽しむように聞いてくる雪也の背後で、スクリーンに夜を舞う黒いスーツ姿が映し出される。

「今のが、コインの魔法……?」

 まだ目の前で起きたことが把握しきれない良太が、呆然と呟いた。
 それから、遠矢と雪也に視線を移す。

「聞きたいことがあるなら言えよ」

 促されても、わからないことが多すぎて、何を聞けばいいのか、頭の整理が追いつかない。
 良太は、とりあえず当たり障りがないだろう辺りで、思いついたことを口にした。

「ふたりもやるんですか? あれ」

 瞬間、遠矢がものすごく嫌そうな顔になった。

「おまえもやるんだよ。コイン持ってるんだから!」
「俺も!?」

 投げつけられた言葉に、今度は良太がぎょっとする。

「結構大変だよー。正体バレたら銀の像になっちゃうっていうしねー」
「銀の、像……」

 割と深刻な情報を楽しげに追加された良太は、飽和気味の頭で、どうしてそんなに銀尽くしなのか、とどうでもいい疑問を抱いた。

「だから呪いだって言うんだよ」

 遠矢が呟くと同時に、スクリーンに銀の植物が映る。

「だって、銀色の薔薇を切るだけですよね? 確かにちょっと有り得ない色の植物ですけど、なんでこんな大掛かりなことに」
「切るんじゃないよ、狩るんだよ」

 良太の発言を、雪也が訂正した。

「刈るも切るも似たようなものじゃ……」
「多分考えてる字が違うぞ、それ。《かる》は狩猟の《狩り》だ」
「狩り……?」

 スクリーンの中で、莉央が投げた銀の光が、銀色の何かに弾かれる。
 素早く動いたそれは、薔薇の蔓だ。
 蔓はそのまま、蕾らしき光点を中心に、まるでスクリーンに陣を描くように成長していく。

「魔法も呪いも、化け物が出てくるトコは同じだね」
「つーか、今回のは随分早いな。おい莉央!」

 雪也と並んで幾何学模様の広がりを眺めていた遠矢が、スクリーンに向かって怒鳴る。

『問題ない』

 どこから音声が届いたのか、室内に短い返事が響くと同時に、スクリーンに映る莉央の手袋を嵌めた白い手が、三条の光を放った。
 月の光を反射しながら蔓の交点に刺さったそれは、ダーツの矢。
 縫い止められた蔓は陣の先に延びることが出来ずに波打つ。
 そこに新たなダーツが刺さり、何本かの蔓を砕いた。

「あの蔓が作ろうとしてる図形、完成したらどうなるんです?」
「だから言ってるだろ。化け物が出る」

 化け物というのは、あの銀の蔓の事ではないらしい。
 そんなものを止めるのを、莉央ひとりに任せていいのかと、心配になる。

「莉央さんひとりで大丈夫なんですか?」
「平気平気。莉央、強いんだ」
「それに、ふたり行くとエネルギー使うしな。節約できるときは節約しねえと」

 なんとなく、また知らない話の流れになったので、良太は困惑した。
 その時。

『double-up』

 短いささやきが聞こえて、スクリーンに映る莉央の手元から白い波光が溢れた。
 波光は莉央に絡みつき、その手に白い弓を、その身に白い鎧を顕現させる。
 残った光は背後に伸びて、たなびく純白のマントになった。

「な、……な……、」

 良太は言葉もない。

「あれで剣だったら、完璧なのにねー」
「やめろ笑えねえ」

 雪也と遠矢の会話を聞きながら、ただスクリーンを眺める。
 その中では莉央が、人間にはありえない跳躍で銀の蔓をかわし、連射する矢で蔓を砂のように砕いていた。

 ――もし君が、自分の星を守りたいと思うときが来たら。

 子どもの頃に聞いた言葉を思い出す。
 確かに、このコインならそれを可能にするだろう。
 ここまでの話を信じるなら、コインを使える人間は限られていて、持ち主には星を守るという役目がある。

(すごい……)

『彼』は本当に、良太に星を守る力をくれたのだ。

(すごいぞ……)

 ずっと、考えていた。
 この星のことを好きかどうか。この星を守りたいと思うかどうか。
 好きかどうかは相変わらずよくわからなかったけれど、守りたいとは思った。
 だって自分を含めて、人類はまだ、他に住める星を持たないのだから。

 スクリーンの中で、莉央が番えた矢が強く輝き、銀の蔓の中心、銀色の薔薇の蕾へと一筋の流れ星のように吸い込まれる。

『我らに星の導きを!』

 莉央の声と同時に、失敗した幾何学模様のように歪な図を描いていた銀の蔓が霧散した――と思った瞬間、室内に鐘の音が響いた。
 天井に見えていた夜空に、星の雨が降る。
 それは素通しのように見えていた壁を流れ、地にたどり着いて淡く輝き、消えていく。

「えーと、これは……?」
「わからん」
「わからない!?」

 予想外の返事に、良太は思わず声を高くする。

「けどまあ、エネルギーの流れらしいって話だ。銀の薔薇はどこかからエネルギーを使って増殖してて、狩ると残ったエネルギーが少しこの館に流れてくるんだと。で、俺たちのコインはそのエネルギーを使って星を守るための呪いを発揮すると」
「魔法だってば」

 雪也が遠矢の説明にツッコミを入れた。

「キミもさ、こんなきれいな仕組みを作るものが、呪いってことは無いと思わない?」

 確かに……と呟いた良太に、雪也が嬉しそうに手を差し出す。

「まだ言ってなかったよね。オリオンにようこそ」

 その手を取る良太に、迷いは無かった――


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回2月10日(金)更新予定


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