オリオンレイン【第3回】

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前回のあらすじ
「もし君が、自分の星を守りたいと思うときが来たら、そのコインを使うといい」
そう言って渡された銀のコインに導かれた大江良太が、無人の洋館の奥で出会ったのは、銀の薔薇を狩る『オリオン』を名乗る少年たちだった。コインの不思議な力で騎士に変身するという彼らに仲間として迎えられた良太だったが――? ⇒ 第2回へ

第2話「新人騎士は二刀流」前編

 家に帰ってからも、良太は夢見心地だった。ひと晩たった今もまだ信じられず、銀のコインをぼんやり眺める。
 こんな小さなものに、あんな不思議な力があるなんて。

「かっこ良かったよなー。確かこうやって……」

 良太は、昨日あの場所で、三条莉央がそうしたように、コインを軽く宙に弾いた。
 澄んだ音を纏ながら落ちてきた銀の光を右手に握り込み、莉央を真似て、記憶に残る言葉を口にする。

「Bet! ……なんてな」

 なんだか気恥ずかしくなって、冗談めかした口調で誤魔化すと、途端にコインを握った指の間から光が溢れた。

「うわ……、なんだ!?」

 圧倒的な銀の光が、まるで自分を飲み込むように押し寄せる。あまりの眩しさに、目を細めた良太は咄嗟に両腕を前に翳した。その一刹那。
 視界の端に、光以外の色が過ぎった。

(……え……?)

 それが何かを確認しようと顔を上げたときには、光の奔流は消えていて――そして、机の上の小さな鏡には、銀の仮面をつけた自分が映っていた。

「凄ぇ! 俺、変身した!!」

 感激した彼は、黒い礼装の生地に触ったり、袖を引っ張ったりしながら、目の前の出来事に夢中になる。一瞬見えた錯覚のような何かは、『変身』という現実の向こうに追いやられた。

「どう見ても普通の服だけど、三条って人、これであの変な銀の蔓と戦ってたんだよなあ」

 何の変哲もない黒い服に物足りなさを感じた良太は、黒衣の紳士となった莉央がダーツの矢を投げる場面を思い出し、鏡に向かって同じようなポーズを取る。
 そこで、物足りなさの理由に気づいた。

(ダーツの矢なんてないじゃん!)

 慌ててスーツのポケットやスラックスのポケットをひっくり返すが、矢どころかコインまで見つからない。

(いや、落ち着け大江良太。相手は星を守る力を持ったコインなんだ。きっと何か秘密が……)

 鍵を握るだろうコインを探して、服を叩いていた彼は、そこでひとつの疑問に行き当たった。

「そういや、これ、どうやって元に戻るんだ……? 脱ぐ?」

 一見すると普通の紳士服に見えるので、そのまま着替えられそうな気もする。けれど、変身する前に着ていた制服の行方がわからない。

(元に戻れば制服になるのか? でもこのまま登校して、変身が解けるとこを誰かに見られるのは問題だよな)

 真偽はわからないが、『オリオン』はその正体がバレると銀の像になると言う。
 万が一、制服姿ではなく素っ裸に戻るようなことがあれば、自発的に銀の像になりたくなる気もするが――

(流石に裸にはならないよな? でもスーツを脱いだ場合はわからないぞ? いや、その場合は脱いだスーツが制服に戻るだけなのか? その辺り、どうなってるんだ??)

 知らないことが多すぎて、考えるほど謎ばかり増えていく。

「うーん……」

 良太は時間も忘れて、部屋の中で延々と首を傾げるのだった。

 図書棟に続く渡り廊下を越えれば、校内の喧騒は一気に遠くなる。
 棟内にクラブ活動の開始を告げる鐘が反響するのを聞きながら、良太は図書室の手前にある扉に手をかけた。

「おはようございます」

 声をかけると、上手の机でタブレットを使っていた部長の秋島由美香が顔を上げる。

「おはよ。遅刻したんですって? 朝のミーティングに顔を出さないから、気にしてたのよ。その様子じゃ、昨日何かアクシデントがあって……とかじゃなさそうね?」
「寝坊ですよ、寝坊」

 良太はやる気のなさそうな声で答えた。
 実は、コインでうっかり変身してしまって、戻り方がわからなかった――などという真実は言えない。

(銀の像云々はわからないけど、コインに不思議な力があるのは本当だもんな)

 ちなみに、悶々と考えていた良太がふと鏡を見れば、既に制服に戻っていた。いつ戻ったのかはよくわからない。コインは何事もなかったように、上着のポケットに入っていた。

「珍しいわね。サボることはあっても遅刻したことはないって言ってたのに」
「昨日、『オリオン』が出たじゃないですか。例の洋館を見に行ってる最中だったんで、家に帰ってからそっちを調べて、そしたらつい夜更かしを……」

 実際には洋館の奥でオリオンに仲間だと言われて、興奮して眠れなかっただけなのだが、言えることではないので、良太は適当に誤魔化す。

「本当に好きね、オリオン」

 まあ何事もなくてよかったわ――と、由美香はタブレットに視線を戻した。
 その指先が、慣れた動きで画面の上を踊る。

「ねえ、オリオンのおっかけ第一人者の大江君に聞きたいんだけど」

 視線はタブレットに落としたまま、言葉だけを転がした由美香は、畳み掛けるように二回、画面を叩いてから、それを良太に向けた。

「これってどのくらいで咲くと思う?」

 タブレットの画面に映っているのは、様々な植物が映り込む、一枚の写真――いや、葉が揺れているのでこれは映像か。ほぼ中央に映る灰色の蔓の先に、僅かに銀の輝きが見える。

「ひょっとして、これが例の、温室で見つかった銀の薔薇……ですか?」
「そう。成長記録を撮影してサーバーに送っているそうなんだけど。銀の薔薇って、電磁波を出すんじゃないかって噂があるでしょ?」

 それは昨日までの良太なら、眉唾だと思っていた話だ。
 銀の薔薇を狩りにくる『オリオン』が街中に設置されているカメラに映らないのは、薔薇が開花するときに強力なエネルギーを放出して電気系統を狂わせるせいである――とか。
 オリオンの目撃者が少ないのは、何か特殊なフィールドのようなものが作られるせいである――とか。
 いくら未知の、銀の植物だからといって、そこまで特殊な力はないだろうと思っていたのだが。

(実際、薔薇の蔓が図形みたいになっていくの、見ちゃったからなあ……)

 月の光を細く反射させながら広がっていった銀色の蔓。地球上のどこを探しても、あんな植物はない。地球にとって未知のものがどんな効果を持っているのか、今の良太に判断する術はなかった。

「それで園芸部から、今までの事件で実際にサーバーがダウンした記録があるかどうか、調べて欲しいって相談されたの。できれば薔薇が原因なのか、オリオンが原因なのか知りたいって頼まれたんだけど……大江、聞いてる?」
「あ、はい、聞いてます。園芸部は、ちゃんと銀の薔薇の記録を録りたいってことですよね」

 気を抜くとすぐに昨日のことを考えてしまう良太は、慌てて意識を『現在』に戻す。
 けれどそれも一瞬のことで、次の瞬間には、自分が知ったばかりの情報に気を取られ、考えに沈んでしまった。

(記録は……録れないだろうな。咲くなら、オリオンが『狩る』だろうし)

 莉央か、遠矢か、雪也か。それとも――もしかしたら、自分が。
 この星を、守るために。

(銀の薔薇を狩ることが、どうして星を守ることになるのかわからないけど……これが『あの人』の言っていたことか。蔓が作る陣が完成したら化け物が出てくるって、本当なんだろうか?)

 ――そもそも。

(『あの人』じゃない彼らは、いつから『オリオン』なんだ……?)

「大江!」

 咎めるような由美香の声が、あからさまに上の空になっている良太の耳を打つ。
 そこに、ノックの音が重なった。

「失礼。新聞部の部室はここで合ってるかな?」
「――オリ……っ」

 扉を開けて姿を見せた相手に、良太は喉まで出かかった声を慌てて飲み込んだ。

「三条さん!?」

 一方、由美香は驚愕の声をあげて席を立つ。
 三条莉央は、口元に穏やかな微笑みを刻んで由美香に視線を向けた。

「確か、隣のクラスの秋島由美香さん……ここの部長を務めてるんだよね?」
「は、はい。私の名前、知って? いえあの、ご存知で?」
「内部進学の人のことは大体記憶してるんだ。それに、大江君からも聞いてたからね」

 由美香がぐるんと良太を振り返る。
 良太は由美香の目が説明を求めていることはわかったが、どう答えるべきなのかはわからなかった。

(そもそも、なんで三条さんがここに居るんだ。しかも制服着て……いや、秋島先輩の隣のクラスって言ったか、今!?)

 ということは、莉央はこの高校の二年ということになる。

(嘘だろ……)

 呆然とする良太をよそに、莉央は悠然と会話を進めていく。

「昨日、大江君に、大切にしていたコインを拾ってもらったんだ。彼が同じものを持ってると聞いて、少し嬉しくて、そのまま話し込んでしまってね。その後で、新聞部の取材の最中だと言っていたことが、気に掛かって……もし彼の仕事に支障が出ていたら、それは僕にも責任が――」
「いいえ! 支障なんてありません! 全然、まったくありませんから! あの、でも」

 弾かれたように言い切った由美香は、その先を言い淀む。
 莉央は続きを待つように、静かに佇んでいる。
 ――お手本としては完璧。
 良太はオリオンの部屋で、騎士の一人だという津々見遠矢が零した言葉を思い出した。
 同じ制服を着ているのに、学生が持つ雰囲気とはどこかが違う。あの部屋でも、同じ騎士だと言う遠矢や皆高雪也とは何か違う印象があった。
 言葉を選ばなくていいなら、その違和感は『浮世離れ』に近い。
 まるでひとりだけ、違う時間を過ごしているような――

「気になることがあるなら、聞いてくれて構わないよ?」

 莉央に促されて、由美香が遠慮がちに口を開く。
 この部長の、そんな普通の女子のような態度に、良太は驚きを隠せない。

「コインって、大江……くんが持っている、銀色の薔薇のものですよね。あれは珍しいものなんですか? それで――三条さんも、同じものを?」
「ああ、秋島さんは見たことがあるんだ。そう、同じ意匠のものだよ。僕のコインは祖父から譲られたものだから、由来は違うかもしれないけど。祖父の話によれば、珍しいものらしいね」
「祖父!?」

 思わず口を挟んでしまった良太は、由美香に凄い目で睨まれて思わず視線を逸らす。
 良太にコインをくれた『彼』が莉央の祖父かもしれないと思ったが、それでは年齢が合わない。記憶にある『彼』の姿は二十代、高く見たとしても三十そこそこだったから、おそらく今も五十代には届いていない筈だ。

「大江くんのコインはもらったものらしいですよ。それで、コインの前の持ち主を探してるそうです。なんか、その人がオリオンに似てるって、彼からよく聞きますけど……」
「それは……興味深いな」

 一瞬、刺すような視線を感じて、良太が顔を上げる。莉央は相変わらず優雅に微笑んでいる。

「三条さんも、オリオンに興味があるんですか?」
「気にならないと言えば嘘になるな。オリオンは銀の薔薇を狩るだろう? 僕はコインの意匠に使われている薔薇が、銀の薔薇と同じ花かどうか確かめてみたいと思っている。でもいつも、開花する前に狩られてしまうからね」

(そのオリオンって、あなたたちですよね)

 事実を知っている良太には突っ込みどころの多い話だったが、何も知らない由美香にとっては違ったらしい。

「あの……今、園芸部の温室に銀の薔薇の蕾があるっていう話は……ご存知ですか?」

 あろうことか、由美香は『オリオン』に『銀の薔薇』の話題を提供した。

(いや、銀の薔薇は狩らないといけないんだから、これはこれでいいのか)

 ややこしくなってきた気がして、良太はとりあえず莉央がオリオンのひとりだということを一時的に忘れることにする。

「温室の銀の薔薇の話なら、園芸部の子に聞いたよ。ただ、部全体がかなりピリピリしている雰囲気だったから、詳しいことを聞くのは遠慮したんだ。あれはもしかして、オリオンを警戒してたのかな?」
「薔薇が咲く様子を録画する予定だそうです。それで、オリオンへの警戒は勿論なんですけど、銀の薔薇が咲くときにサーバーがダウンするって噂の方も心配していて、新聞部うちにその辺りに関する情報はないかって相談が来ています」
「そうか。生徒会長に銀の薔薇の開花に立ち会えないか相談してみるつもりだったけど、そういう状況なら難しいか……」

 莉央が言葉を途切れさせるのを見た由美香が、机の上に置きっぱなしになっていたタブレットを引っ掴んだ。

「生徒会にお話を通して頂けるなら、薔薇の開花状況なんかはうちからお伝えすることが出来ます。園芸部から温室の映像も送られてきているので、時間差は殆ど発生しませんし、最悪、温室で見ることが出来なくても、映像で見られると思います」

 タブレットの画面には、相変わらず温室の映像が映っている。
 莉央は画面の中央で微かに煌めく蕾を暫く見つめてから、由美香に視線を移した。

「ありがたい申し出だけど、それだと秋島さんの負担が増えるだろう? 乃木の新聞部といえば、部長が捌く情報量は生徒会長を上回ると聞いてるよ?」
「じゃあ、大江……くんに、連絡役を任せます。もともと、オリオンの記事については彼にメインを任せる予定だったので、連絡先がひとつ増えるくらいは負担にならないはずです」
「僕には嬉しい話だけど、大江君はそれで構わないのかな?」

 突然、話を振られて、良太は由美香と莉央を見比べる。
 由美香の表情を見る限り、これは部長命令だ。断ると後が怖い流れであることは明らかだった。
 もしかしたら、オリオンの特集記事から外されてしまうかもしれない。

(あ。俺もオリオンなんだから、外されても問題はないのか)

 わからないことだらけで、我武者羅にオリオンの情報を追いかけていた頃とは違うのだ。
 けれど。ならどうして、オリオンの騎士である莉央は、わざわざ銀の薔薇の話を聞きに来たのだろうか。
 オリオンの騎士が過ごすというあの部屋には、銀の薔薇の開花を感知するシステムが備わっていた。あんな凄いシステムがあるのに、莉央がここに来た理由……。
 多分、オリオンの騎士になれたからと言って、すべての謎が解けるわけではないのだ。

「……構いませんけど」

 莉央は、良太の結論までの思考を読み取ったように微笑する。

「ありがとう。でもいいのかな。僕だけが得をしている気がするけど?」

 あまりそう思っているようには見えませんけど――と言ってみたくなるような表情だった。
 けれど考えてみれば、昨日も今日も、良太は莉央が感情を出すところを見ていない。
 ずっと自制しているような、規律の中に居るような印象。

(お手本て、そういうことなのかな)

 莉央はコインを祖父に譲られたと言った。
 良太が知らないだけで、もしかしたら、コインを受け継ぐ資格や継承式みたいなものがあるのかもしれない。

「それじゃ、今度うちで取材をさせて下さい。ご存知だと思いますけど、三条さんのファンって多いんですよ!」

 神聖なものを想像していた良太の耳に、現実的でミーハーな声が飛び込む。

「構わないよ。ただ、秋島さんは内部組だから知ってると思うけど、質問の答えは中等部や初等部のときと同じ内容になると思う」
「大丈夫です。切り口を変えますから!」

 現実的でミーハーで逞しい。由美香が二年生ながら乃木学園新聞部の部長として名を知られている秘訣はこの強さだろうと痛感しながら、良太はため息を落とすのだった


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回2月24日(金)更新予定


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