オリオンレイン【第4回】

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前回のあらすじ
自分がオリオンの騎士だと知った良太は、好奇心からコインを試し、うっかり変身するほど浮かれていた。おかげで、何をやっても上の空。新聞部の部長・秋島由美香にまで注意されてしまう。そんなとき、部室を訪ねてきたのはオリオンの騎士・三条莉央だった。オリオンが普通に学生をしていることに驚愕する良太。さらに莉央は校内でも有名なようで……? ⇒ 第3回へ

第2話「新人騎士は二刀流」後編

 閑散とした駐輪場から自転車を引き出し、裏門を目指していた良太の前に影が落ちる。

「へえ。新人はチャリ通か」

 聞き覚えのある声に視線を上げると、そこには私服姿の青年が立っていた。

「つ、津々見さん? どうしてここに?」

 津々見遠矢はオリオンの部屋で出会った青年――つまり、オリオンの騎士のひとりだ。莉央に続いてのあっさりとした登場に、良太は目を白黒させる。

「え、まさか、うちの教員とか?」

 良太の言葉に、遠矢の眉間に皺が寄った。

「誰が教師だ。そんなに老けて見えるか?」
「や、いや、そんなことは! けど私服だし……」
乃木うちには大学もあるだろうが」

 言われてみればその通りなので、良太は認識を改め――驚きの声を上げた。

「大学生!?」
「なんだよ。文句あるか?」

 良太は無言で首を横に振る。まさか、もっと年上だと思っていたとは言えない。

「つーかさ、お前、校舎の違う俺に気づかないのはともかく、同じ高等部の癖に莉央にも気づいてねえとか、本当に新聞部か?」
「はあ……。さっき、部長にも叱られました」

 どうも、莉央は初等部の頃から文武両道で有名人らしい。けれど、良太の日常はコインの謎やオリオンの正体について調べることが中心だったので、学内の――まして同じ高等部の生徒に、新聞部の活動以外で目を向けたことはなかった。

「ま、女子ならともかく、男じゃ興味ないか。あいつ、外面以外は無愛想だからな」

 遠矢の言葉に、良太は莉央を思い出す。線を引いたような優雅さは、彼にとって最低限の礼儀なのかもしれない。

「で? お前、もう試した?」

 唐突に話を振られて、良太は首を傾げる。

「コインだよ、コイン」
「な……、……な?」

 あまりの直球に言葉も出ない良太を尻目に、遠矢が当たり前のように話す。

「あんなもんで変身できるって聞いたら、試したくなるもんだろ」
「すみません……」
「別に叱ってねえぞ。俺も昔やったし」
「津々見さんも、ですか?」

 意外な話に、良太が視線を上げると、遠矢が渋い顔をした。

「それやめろ。その敬語。面倒臭ぇ。あと敬称もなし。遠矢でいい」
「はい……じゃないか。わかった」
「よし。で、お試し変身な。莉央なら軽率って言うんだろうが、俺は問題ないと思ってる。館のエネルギーが減るから、雪也は不満垂れるかもな」

 そこまで語って、遠矢は足を止めた。

「ん? そうすると、賛成ひとりで反対がふたりか。館のシステムは省エネ推奨中だから、反対派の方が有利だな。――まあ、黙っといてやるよ」
「……次から気を付ける」

 言いながら、自転車を押す良太を見て、遠矢が首を捻る。

「なんだ、お前、館に行かねえの?」

 聞かれて、良太は遠矢が足を止めた場所が教会横の路地の前だと気が付いた。

「いや、用もないのにあまり通うのはちょっと」

 連日、他人の館に不法に侵入する気分にはなれず、良太の腰が引ける。

「なんだよ、真面目な奴だな。俺なんて、授業サボる時はいつも入り浸ってんぞ? 薔薇さえ咲かなきゃ静かなもんだし、昼寝するには最高だろ」
「でも、毎日窓から侵入するのは……」
「はあ? ……だってお前、コイン持ってるだろ?」

 今度は良太が首を傾げる。コインがあるから、どうだというのだろう?

「ああもう、いいから来い」

 乱暴に言い残して、遠矢が路地に入る。良太は少し逡巡して、結局、彼の後に続いた。

 ――第6席、第8席、コインを確認しました。

 鈴のような声を聴きながら、良太は呆然と立ち尽くす。
 緑の茂る玄関で遠矢がコインを翳すと、瞬きのうちに、ふたりはもうこの部屋の中に居た。

「一応、正面からの入室だったろ? 仕組みは聞くなよ。気になるなら莉央に質問しろ。あいつが一番詳しいから」

 良太はぼんやりしたまま頷く。そこへ。

「あ、遠矢と良太だ!」

 ソファの上で本を読んでいたらしい皆高雪也が、軽い声をあげた。

「なんだ、お前も来てたのか」

 良太と遠矢の視線の先で、ぴょんとソファを降りた雪也が早足で寄ってくる。

「莉央からメールがあったよ。昨日の薔薇が、反応が弱い割に成長が早かったの、気になるから、一応詰めとけって」
「俺は貰ってねえぞ?」
「遠矢はいつもここで寝てるから、呼び出す必要ないって思ったんじゃない?」
「常駐確定かよ!」

 ついさっき、ここに入り浸っていると言い切った青年が、苦虫を噛んだような顔で叫んだ。
 良太は部屋の中をぐるりと見回し、他に人が居ないことを確認する。

「今日は三条さんは……?」
「用事があるから、遅くなるって言ってたよー」

 多分、由美香に話していた生徒会への手続きの事だろう。流石の対応の速さに感心していると、同じように部屋の中を一望した遠矢が別の名前を口にした。

「んで、零は?」
「さあ?」

 それはまだ良太が会ったことのない騎士の名前だ。昨日も不在だったところを見ると、普段からあまりこの場所に来ていないのかもしれない。

「最近、開花が増えてんだから、もうちょっと小まめに顔を出せってんだよな」
「莉央に伝言頼みなよ。きっと伝えてくれるよ」
「そしたら莉央にも零にも睨まれるだろうがっ」

 悪びれない雪也の頭を、遠矢が押さえつける。
 その瞬間、室内にガラスの鈴のような音が響いた。

「おいマジか!? まだ夕暮れ時だぞ?」
「マジみたいだねー」

 素通しになる外の景色の果ては、まだ太陽の色を残している。
 天井の星は薄い。前方のスクリーンが映し出す景色の中には、ちらほらと人影が映っていた。

「これは……今夜はボクの出番だね?」

 スクリーンを眺めた雪也が、さっとコインを取り出す。そのまま指で弾こうとするのを、遠矢の手が止めた。

「俺だ」
「えー? 遠矢、いつも行きたがらない癖に!」
「新人にはサポートが必要だろ」

 言われて、良太は自分が指名されていることに気づく。

「ボクだってサポートできるよー」
「お前は駄目。エネルギー食うだろ」
「昨日補給したばかりでしょー!」

 抗議の声をあげる雪也に、遠矢が無言でスクリーンの左下を示した。
 どうやらそこが、館のエネルギー量を示しているらしい。半分を少し超えたくらいだろうか。

「ええ? なんでなんで? 昨日ってもうちょっとあったよね?」
「勘違いだろ。昨日の奴の反応が弱かったこと、忘れたのか?」

 遠矢が素知らぬ顔で話すので、良太はとぼけた振りをする。コインを試したことを隠してもらえるのはありがたいが、少し心が痛い。
 単純に、そんなに『エネルギーを使う』という、雪也のコインの力に興味も湧いたが――。

「良太。行くぞ。出来るんだろ?」

 遠矢に促されて、良太はポケットからコインを取り出す。
 朝のうっかりとは違う。これは、星を守るための初陣だ。

「「Bet」」

 高く澄んだ音と、良太と遠矢の声が重なる。同時に溢れ出す銀の光。その光の幕の向こうで微かに揺らぐ、色のある景色。

(……温室?)

 ――あれはなんだろう。そういえば、朝、変身した時も。
 それは瞬きほどの時間にしか見えない、錯覚のような幻影で。

「良太? 平気?」

 覗き込むような雪也の視線に気づいて、良太は目元を押さえた。
 指を覆う布地と、その向こうの硬質な仮面の感触。

「悪い、ちょっと眩しかった」
「初めてだとびっくりするかもね」
「……」

 どう答えたものかと迷う良太の肩を、遠矢が叩いた。

「ほら新人。行くぞ」

 既にビリヤード台の上には扉が出ている。

「いってらっしゃーい」

 緊張感のない声に見送られて、ふたりは扉を越えた。

 

 まだ地平線が仄かに明るい。けれど、影は濃さを増している。その世界を、良太は遠矢について、波状飛行する鳥のように駆けていく。

「言っとくが、サポートするっつっても、莉央みたいにスマートなことは出来ねえからな」
「ええ?」

 風に乗って流れてきた遠矢の言葉に、良太がバランスを崩した。

「出来る方がおかしいだろ。変身しただけで優雅に化け物退治が出来るようになるなら、苦労はねえよ」

 それはそうかもしれないと、良太は納得する。このバウンディングにも似た疾駆にしても、運動が苦手な人間には難しそうな感じがした。
 何度目か、足元を蹴ったとき、ふたりの視界に銀の線画が映る。

「そういや、お前、武器は?」
「や、だからその、探してるんだけど、それらしきものが見つからなくて」
「……」
「…………」

 互いに妙な沈黙を落としながら、空を駆ける。銀の輝きはもう目の前だ。

『ふたりともー! 早く止めないと蔓の魔法陣が完成しちゃうよー』

 仮面の端から、雪也の声が響いた。

「ったく!」

 遠矢が片手を上げる。その手には青い杖。

(いや、あれは……)

 良太が悟るより早く、遠矢がそれを構えた。前方にはいつの間にか、銀色の球体が並んでいる。遠矢はそのまま、空中で構えたキューで銀色の球を打つ。

「ショット!」

 打たれた球はその先に並ぶ球に連鎖してぶつかり、交差しようとしていた銀の蔓に当たって弾けた。着弾した、と言うべきか。

「効率悪い……」

 宙に浮かんだ銀の球を見ながら舌打ちをした遠矢が、良太を振り返る。

「とりあえずイメージしてみろ、なんかこう、使い慣れたもんとか」
「使い慣れたものって言われても」
「さもなきゃ勢いだ。柏手を打つとか、とんぼ返りするとか、なんかあるだろ」

 何本かの交差部を破壊されたことで遠矢を敵とみなしたらしい銀の蔓が、話している最中にも彼に迫る。
 彼はそれを器用によけながら、宙に並ぶ銀の球を的確に打って行った。満天の星のように思い思いの位置に浮かぶそれらは、互いにぶつかり、弾き合って、銀の蔓に着弾する。
 けれど、銀の蔓が再生する方が早い。
 良太は考えた末、とりあえず両手の掌を打ち合わせた。

(――あれ?)

 掌の間に、消えていたはずのコインを感じる――そう思った瞬間、コインが膨れ上がって、右手に納まった。

「は? 剣だあ!?」
『わー、本物の騎士みたいだ!』

 それは、赤い柄に銀色の刀身を持つ剣だった。

「お前それ、使えんの?」
「剣術なら、一応道場で教わってたけど……でもそれは……」

 遠矢の問いかけにぼんやりと答えた良太は、武器を手にしたことで彼を敵とみなしたらしい銀の蔓とすれ違う。
 銀色の蔓は、良太に届く手前で霧散した。

「凄いな。切るっていうより、刃が触れた部分が砕ける感じなんだ」

 殆ど反射で振ったとしか見えない動きに、遠矢が唖然とする。

「お前、一体何者?」
『戦力百倍だー!』
「百倍は言い過ぎだろ……って」

 通信を通して聞こえた雪也の声を窘めようとして、遠矢が動きを止めた。

「やべえ、おい、少し任せるぞっ!」
「遠矢? どこに……」

 良太が振り向いたときには、遠矢は既に飛んでいる。彼が向かう先はそこより下方、病院らしい白い建物の屋上のようだ。
 そこに、銀の蔓に囲まれて座り込む人影があった。

(人影? なんで、あんなとこに……)

 銀の蔓を切り払い、良太は遠矢の後を追う。
 視界の先で、遠矢が滑空しながらキューを握り込むのが見えた。

「double-up!」

 張りのある声が響いて、遠矢の手にあるキューが青い光に変わる。その光に吸い寄せられるように、空間に星空のように散っていた銀の球が彼の元へと集まっていく。
 銀と青の光が遠矢を包み、その手に青い槍を顕現させる。スーツは青い鎧になった。
 残った光は背後に留まり、青いマントに変化する。
 彼を逃すまいと追っていた銀の蔓が槍に一掃され、人影を囲っていた蔓をも断ち切った。
 銀の茨の檻の中に居たのは、幼い少女だ。

「お怪我はありませんか?」
「何が起こったの……? わたしが明日なんていらないって言ったから、妖精さんが世界を壊しに来たの?」
「大丈夫。貴女は悪い夢を見ただけです。目が醒めれば、世界は前より少しだけ良くなっている」

 遠矢と少女の言葉を通信越しに聞きながら、良太は首を傾げる。

(世界を壊しに来る妖精? 一体、何の話だ?)

「だから、今夜見たことは忘れて、眠ってしまうといい」

 少女は小さく頷いた。

「もう、こんな夢は見ない?」
「そのために、我々が居ます。我らはオリオン。星々を守る者にして、災厄を止める者」

 遠矢が話している最中にも、動きを止めた彼を狙って蔓が伸びる。

『良太、double-upして! 近くに蕾がある!』

 雪也の切迫した声に、良太は言われるまま、剣の柄を握りしめた。

「double-up!」

 視界に広がる色は、赤と銀。その向こうに、さっき遠矢が助けた少女が見える。
 ――お父さんの具合が毎日悪くなるの。
 ――明日なんて、来なければいいのに。

(なんだこれ。あの子、誰と話してるんだ?)

 少女の話す相手は影になって見えない。ただ、微かに、絹のような銀の色。
 それが遠ざかって、代わりに見えたのは、銀の蕾。
 鎧と流れるマントは赤。手元には、赤い柄の、二本の剣。

『二刀流! かっこいいー!!』
「俺が習ってたのはもともと二刀流なんだよ!」

 言い切るなり、良太は二条の銀閃を放つ。近づいていた蔓が割れて、その先に、光の中で見た蕾があった。

(確か、えーと……)

 蕾を隠そうとする蔓を消失させながら、良太は昨日の記憶を辿る。
 求める言葉を見つけるのと、蕾を攻撃範囲に捉えるのは、ほぼ同時。

「我らに星の導きを!」

 二条の銀閃が十字に交わり、流星のように蕾を巻き込んで、霧散させる。
 その瞬間に蔓は動きを止め、そのまま一斉に散り落ちた。
 その地上の流星のような景色を見て、良太は、今頃、あの部屋にも銀の雨が降っているのだろうかと考える。目を閉じれば、目の前にはないその景色が見えるような気がした。

 

 オリオンの部屋に、銀のコインが降る音がする。
 柔らかくきららかな光を眺めていた雪也は、ふと入口を振り向いた。

「あれ? 珍しいね」

 気配を消して入室していた彼は、雪也の察しの良さに苦笑する。

「新人が入ったと聞いたのでね。活躍を見ておこうと思ったのだけど」
「もう終わっちゃったよ?」
「そのようだ」

 彼は画面に映るふたりの騎士に視線を向けた。

「今更、新しい騎士が現れるとは思わなかったよ。一体、何が起きているのだろうね」
「魔法だよ」

 雪也は当たり前のように言って、放置していた本に手を伸ばした。

 

「お疲れ。大活躍じゃねえか」

 さらさらと消えていく銀の蔓を見ていた良太は、声をかけられて我に返った。

「さっきの子は……?」
「空いてる病室に預けてきた。たまに居るんだよ。なんつーか……銀の薔薇と繋がる人間が」

 青い鎧の騎士は、渋い顔をしている。

「あー、騎士様モードは肩が凝る……」

 その口振りから察するに、先ほどのあれは猫かぶりのようなものだったのだろう。今はもう、良太の良く知る遠矢だった。
 だから、良太はそこには触れずに、新しくできた疑問を口にする。

「薔薇と繋がると、どうなるんだ?」
「食われる。食われると、銀の薔薇になる」

 シビアな答えに、続ける言葉を見失った。

「結構ホラーだろ?」

 どうして遠矢がそれを知っているのか。
 今わかっているのは、良太には知らないことが山のようにあるということだけだった


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回3月10日(金)更新予定


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