オリオンレイン【第5回】

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前回のあらすじ
『オリオン』の仲間になった良太はコインの力で変身、二刀使いの騎士として、見事に銀の薔薇を退けてみせた。けれどその戦いの中で、良太は銀の薔薇が人間を狙うこともあると知る。薔薇に食べられた人間は、銀の薔薇に『なる』という。謎ばかり深まる日々に、良太の取る行動は――? ⇒ 第4回へ

第3話「金色のショータイム」前編

 茶室で黙想をしていた莉央が、ふとその瞼を上げた。
 ほどなくして、足音が近づいてくる。

「莉央さま、お車が」
「――今、参ります」

 莉央は短く答えて、傍らに置いていた鞄を手に立ち上がる。
 縁側に出て、母屋へと向かう彼の足を止める声があった。

「新しい騎士が現れたか」

 それはひとり言のようにも聞こえたが、莉央は傍らの障子に向かって居住まいを正す。

「剣を使うとか。儂の代では見たことがない騎士じゃな」
「気になりますか」
「いいや。この三条以外では継承式さえ失われて久しい。騎士を辞した者が、迂闊に知を得るわけには行くまいよ。じゃが……そう、4席に、たまには顔を出せと伝言を頼もうか」

 莉央の顎が僅かに上がった。この部屋の主が、誰かに会いたがるのは珍しい。

「承りました」

 小さく一礼すると、莉央は何事もなかったように母屋へと歩き出した。

 

 道行く人が、やや不器用に編んだ金髪をぴょこぴょこ揺らしながらショーウィンドウの前を行き来する少年に、微笑ましい視線を向ける。

「うーん、どっちがいいかなー」

 注目されている本人は、人目を気にする様子もなく、ウィンドウに並んだ黒いうさぎのリュックと白いうさぎのリュックを見比べて、真剣な顔で眉を寄せた。

「ピンクがあったらカンペキだったのに……」

 ぼやきながら、店の前を何度となくうろうろした後、彼はポン、と手のひらを打ち合わせた。

「決めた。白いうさぎさんにしよう♪」

 答えが出たことですっきりしたのか、弾む足取りで店の中へと駈け込んでいく。
 その後ろ姿に、交差点を渡ろうとしていた良太が足を止めた。

(あれ? 今の……)

 覚えのある金色のしっぽを見た気がして、彼は件の店の前に来る。途端、一気に居心地が悪くなった。
 モノトーンの落ち着いた色調でまとめられたように見えた店が、うさぎやクマやネコといった動物モチーフを中心とした、可愛らしいファンシーショップだったからだ。

(見間違いか?)

 店の中に入るかどうかを思案していると、自動ドアが開いて、ピンクの包みを抱えた少年が飛び出して来た。
 危うく衝突しそうになるところ、軽いステップでかわした少年が「おや?」と眉をあげる。
 けれど良太は挨拶も忘れ、コンクリートの地面を見た。
 そこに、さらりと無邪気な声が飛んでくる。

「こんにちは。良太も買い物?」

 それは直前の少年――雪也の隙のない足運びとはあまりに結びつかない。

「いや、俺は通りすがりっていうか……」

 雪也の姿を見た気がしたから寄って来たとは言えず、良太は曖昧に語尾を濁した。
 うまい理由を探しながら、きょとんとした顔で自分を見上げてくる雪也と、その後ろのファンシーショップを見比べていた彼は、思わず素直な感想を零してしまう。

「おまえ、全然違和感ないのな」
「うん。だってぼく、かわいいもの大好きだからね」

 雪也は上機嫌で言い切った。『大好きだから違和感が出るはずがない』という意味だろうか。
 そういえば、コインの力のことも『魔法』と言っていた。割とファンシーな思考なのかもしれない。

「そっか。気に入ったものがあって良かったな」

 日常会話を続けるのは難しそうだと判断した良太は、さりげなくその場を離れようとする。――が。

「あれ? 良太は館に行かないの?」

 当然のように聞かれて、彼は足を止めた。

「土曜だぞ? おまえら、そんなに毎日あそこに集まってるのか?」
「え? でもコイン……」
「そりゃコインは持ってるけど。あそこに来てない奴もいるんだろ? 零って人とか」

 良太はもう、コインが館の外でも使えることを知っている。ということは、あの館に集まることが、必ずしも『星を守る』ことに直結しているわけではないのだ。
 寧ろ、実は人を狙うこともあるとわかった銀の薔薇についての情報を集める方が優先事項の気がして――なにしろ、良太の通う学園では銀の薔薇が育ちつつあるのだから――新聞部の部室に件の薔薇の映像を見に行く途中だった。

「そうじゃなくて。……ひょっとして良太のコイン、光らないの?」
「光る?」

 話の意味が掴めない様子の良太をもどかしく思ったのか、雪也は自分の首元に手を突っ込むと、鎖の通ったコインを引っ張り出す。
 角度によってはガラスさえ切ることも出来る硬度を持つコインに、どんな技術で穴を開けたのか――という疑問も束の間、雪也のコインがぼんやりと仄青く光るのを見て、良太は思わずそれを引っ張った。

「痛たた……」
「あ、悪い」

 雪也が眉を寄せるのに気づいて、慌てて手にしたコインを離す。それから、良太はポケットから自分のコインを取り出した。

「光ってる……」
「これ、ちゃんと通信も入ってるらしいよ」
「ええ!?」

 良太はコインに目を凝らす。特に新しい文字らしきものはない。

「何も変わってない……と思うけど」
「うん。ボクもこの状態だと色くらいしかわからないんだ。でもみんな、Betしてるときは通信できるでしょ?」

 言われてみればその通りだ。どうして通話が成立しているのか不思議に思っていたけれど、あれもコインによるものだったらしい。

「普段から使えるのは零と莉央くらいだよー。ボクにわかるのは、赤いときは銀の薔薇が咲きそうなときで、青は誰かが報告を希望してるときってことくらいかな。でも、色の意味だけでも覚えておくと便利でしょ」

 引っ張り出していたコインをしまいながら、雪也が説明する。

「特に赤く光ったときは、つまり星が助けを求めてるってことだから」
「え!? 星が助けを――って、星そのものから通信が来るのか?」

 星と会話。それは星を守る騎士になることを目指していた良太にとって、衝撃の話だ。

「俺、今まで全然気づかなくて……」

 気づかないというか、良太の記憶にある限り、コインが光ったり、その色が変化したことはない。文字のような複雑な模様を覚えてしまうくらい、毎日飽きずに眺めていたから、その記憶に間違いはない筈だ。
 それとも、自分が知らなかっただけで、例えば授業中なんかにポケットの中で密かに光っていたのだろうか。
 流石にそれは見逃してしまう。
 四六時中コインだけを眺めているわけにもいかないのだ。

(いや、知らないときに光っていたならまだいいけど)

 もしもコインに――というか、星に、まったく頼りにされていなくて、通信を送ることをやめられてしまっていたとしたら――
 良太の表情が少しずつ暗いものになる。

「あれ? えーと、光るとなんとなくわかるから、気がつかなかったなら、今までは光ってなかったんだと思うよ。そんなに真剣に考えなくても……」

 空気を読んだ雪也が言葉を足した。

「なんとなくわかるって、どんな?」
「…………慣れ?」

 まったく参考にならない回答に、良太の表情がいよいよ情けないものになった。

「だ、大丈夫、遠矢もまだたまに見落としてるし!」
「遠矢が?」

 自分より年上の彼がコインの変化に気づかないというのは、少し意外な気がした。

「良太が来るまで、遠矢が一番新人だったからね」

 更に意外な事実に、良太が眉をあげる。どうやら騎士になるのに年齢は関係ないらしい。

「慣れ、か……」

 慣れれば、変身しなくてもコインに入る通信を普通に受け取れるようになるのだろうか。
 莉央や、零という騎士のように。

「あのね。薔薇の蕾が緩むと、館に鈴の音が響くでしょ。だから、知らないことがたくさんあるうちは、館に通う方がいいんだよ」

 諭すように言いながら、雪也が歩き出す。つられて、良太も足を動かした。

「敵を知るにはまず味方からって言うし、それに」

 雪也は不意に、くるりと良太を振り返る。

「コインが光っても光らなくても、館に居れば関係ないしね♪」

 悪戯っぽく言われた言葉で、良太はこの場に居ない人物の行動について素朴な疑問を抱いた。

(あれ? じゃあ遠矢がいつもあの館に居る理由って、ひょっとして……?)

 

 ――第5席、第8席、コインを確認しました。

 果たして。
 良太に疑問を抱かせた人物は、当然のように館のソファで寛いでいた。
 テーブル席では、いつかのように莉央が紅茶を飲んでいる。

「おう。なんだ、良太も一緒か」

 響いたコールでふたりの到着を知った遠矢が、ソファの上で片手をあげた。

「聞いて。良太ってコインが光ること知らなかったんだよ。偶然会えて良かったよねー」

 雪也は報告しながら空いているソファに腰かける。傍らに、先ほど購入してきたピンクの包みを置いた。

「あー、そういや、知らない奴にもらったって言ってたもんな。コインが光るとか知らねぇか」
「遠矢も最初、知らなかったもんね」

 身に覚えのあることを指摘されて、遠矢が誤魔化すように頭を掻く。

「このトンデモコインが肝心な時に光るだけってのがおかしいだろ。もっとこう、音が鳴るとか振動するとか」
「それじゃ携帯端末だよ」
「そうだ、携帯だよ。良太って、メールとか番号とかねえの?」

 話を振られて、良太は反射的に莉央を見る。
 視線に気づいた莉央が、良太の言わんとしたところを把握して話を引き継いだ。

「……彼の連絡先なら、僕が知っている」

 瞬間、何故か広い部屋の中に沈黙が落ちた。ややあって。

「良太、後で俺と連絡先の交換な」

 遠矢が控えめに発言する。

「莉央はね、携帯よりコインの方が使いやすいんだよ」

 お菓子の籠を抱えながら、雪也がさりげなくフォローを入れた。

「あー……と、なんだっけな、さっきまでの話。七不思議?」
「外来棟に現れる妖精の話だ」

 適当に仕切り直そうとした遠矢の言葉を訂正して、莉央は立ったままの良太に視線を向ける。

「大江君も座るといい。……連絡の不備はすまなかった」
「あ、いえ、なんか俺、色々よくわかってなくて。すみません」

 何故か自分の方が悪者になったような気がして、良太は控えめに呟きながら手近な席を探す。

「気にしなくていい。それが普通だ」

 莉央の言葉に視線を上げて、もう一度その視界を横に流したとき、そこに忽然とひとつ、椅子があった。

(えーと?)

 この椅子はどこから……という疑問を持つと同時に、今、雪也が抱えている菓子籠が、いつ出てきたのかが気になり始める。
 ――知らないことがたくさんあるうちは、館に通う方がいいんだよ。
 良太は雪也の言葉に含められた多くの理由を、理解した気がした


著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ


次回3月24日(金)更新予定


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