オリオンレイン【第6回】
前回のあらすじ
銀の薔薇が人を狙うこともあると知った良太は、学校の温室で蕾をつけた薔薇の様子を確認にいく途中で雪也に会う。彼の勧めで『館』に行くと、そこには莉央と遠矢が揃っていた。彼らは『オリオン』として話し合いをしていたようだ。雪也と良太も合流した席で報告される『外来棟の妖精』とは? ⇒ 第5回へ
第3話「金色のショータイム」後編
乃木中央病院は、外来棟と病棟二棟の、3つの建物で構成されている。
外来棟は基本的に17時には業務終了で、18時以降は保安室以外無人になる。
けれどいつの頃からか、妙な噂が出るようになった。
閉棟後の棟内に、願いを叶えてくれる医者が現れるという――
「乃木中央の外来棟って、この前、銀の蔓が捕まえようとしていた女の子が居た場所ですよね?」
莉央の話を聞いていた良太が、確認するように口を挟む。
「そうだ」
「それって、あの子が言ってた『妖精さん』と関係あるんですか?」
良太の中では、『妖精』と『医者』はイメージが真逆だ。
「同一のものかどうかはわからない。ただ、彼女が『何か』と接触したことは確かだ」
「この場合、『何か』は『薔薇』だろ」
遠矢が不機嫌に呟く。
「薔薇って……」
「願いごとを叶えるって言われるくらいだし、姿を変えて見せるくらい簡単だね」
戸惑う良太の耳に、雪也の無邪気な声が届いた。
「問題は、噂になるほどの期間、その場所にあった薔薇が、何故彼女だけを狙ったのかということだ」
莉央の淡々とした声を聞きながら、良太は自分の感じた違和感を追いかける。
銀の薔薇に狙われた少女。けれど、薔薇が彼女を狙ったのは、彼女が『何か』に接触をしたから。
接触をした理由は、願いを叶えてくれるという噂で、つまり――
「銀の薔薇は、願いを叶える?」
ぽろりとこぼれた呟きに、3対の視線が向けられた。
「お前、本当に何も知らないんだな」
「じゃああの薔薇って、本当はいいもの……」
「大江」
唯一言葉で反応した遠矢と話を続けようとする良太を、莉央が短く呼び止める。
「君は、それが良いことだと思うか?」
とても。とても静かな問いかけだった。
「あのね良太。願いって、なに?」
気圧されたように沈黙した良太に、雪也が会話を振る。
「え? えーと。例えば……明日晴れますように、とか?」
良太は咄嗟に適当なことを言う。
「ささやかだなー。じゃあ、明日のお天気を願うのと、世界の破滅を願うのは、どう違うの?」
「それは……全然違うだろ」
「普通はそう思うよな。けどそれは、俺たちの基準だろ」
敢えて言葉にするなら、倫理とか、道徳とか、そういうもののように思う。
「けど、ちょっと願ったくらいで本当に世界が破滅するなんて、誰も思わないんじゃ」
「でも、コインを作ったご先祖様の星はなくなっちゃったわけでしょ」
雪也の指摘に、良太は言葉を失った。
そうだ、だから『星を守るためのコイン』が存在するのだ。
銀の薔薇から星を守るために。
気のせいか、良太は背中が重くなった気がした。
同時に、出会ったときから変わらない、雪也と遠矢の軽口が少し怖くなる。
「あれ、良太が真顔になっちゃった」
「知識と現実が繋がったんだろ」
ふたりはどうして戸惑わずにいられるのだろうか。
「覚悟の違いだ」
まるで良太の考えを読んだような呟きに振り返ると、莉央が紅茶を飲んでいた。彼はカップを戻すことで一拍分の間を置いて、そのままひとり言のように言葉を続ける。
「君は知らない人間にコインを貰ったと言ったが、僕らは違う。血縁者から、伝承という重さごとコインを受け継いだ。その時点で、騎士として負うべきものへの覚悟が出来ている」
「そんなの、俺だって……」
覚悟はある――と言いかけて、良太は口を噤んだ。彼は星を守る人間になると信じていただけだ。
「気にする必要はない。コインを使えるということは、コインが君を認めているということだ。だから、僕らは君が抱いた覚悟を否定はしない。ただ――」
カップに向けたままだった莉央の視線が、良太に流れた。
「君が騎士に選ばれた理由は気になる」
「剣が使えるからじゃない?」
固くなった空気を解すように、雪也が口を挟む。
莉央がじろりと雪也を睨んだ。
「あーあ。知ーらね」
「ボク、そろそろ病院に行くね」
遠矢の声に押されるように、雪也がピンクの包みを抱えて立ち上がる。
「雪也って、どっか悪いのか?」
「違うよー。今日はこの前の女の子が病院に来るんだよ」
慌ただしく出て行こうとしていた雪也の足が、気遣わしげな良太の声に答える間、止まった。
「雪也」
「はーい、もう行くよー」
すかさず莉央に名前を呼ばれて、雪也は逃げるように返事をする。今にも走り出しそうなその背中を、莉央の声が引き留めた。
「いや、彼に任せよう」
雪也は「おや?」という顔をして莉央を振り返り、その視線が良太に向けられていることに気づく。
「あー、そういや適任か。頑張れ新人」
「え、俺? 何?」
他人事のような遠矢の言葉で自分が何かの話の中心になっていると把握した良太は、説明を求めて室内に居る面々を見回した。
「僕らは、あの子が何を願って薔薇に狙われたのかを知る必要がある」
きょろきょろ落ち着かない良太の動きを止めるように、莉央が言葉を足していく。
「雪也に任せる予定だったが、君の方が動きやすそうだ」
「ええ!? 俺が調べるのか? どうやって?」
本心から驚いた様子の良太に、莉央が小さく息を落とした。
「大江。君の所属している部は?」
「……乃木高校新聞部、デス……」
吐息に気圧されたように答える良太の腕を、雪也が掴む。
「ボクが齢が近そうな振りをして声をかけるより、取材って言った方が自然だもんね。でも情報源ってコトで、ボクも一緒に行くよ」
「気が乗らないんじゃなかったのか?」
「機嫌の悪い莉央の傍にいるよりマシ!」
問いかけを追い返すような雪也の言葉に、莉央の表情が僅かに動いた。
考え込むように紅茶に視線を落とす。無自覚だったのかもしれない。そんな顔だった。
「そうだ。このリュック、取材のお礼って言って、あの子にあげてね」
雪也は周りの空気を気にすることもなく、良太にピンクの包みを押し付ける。
それはここに来る途中のファンシーショップで雪也が購入したものだ。店舗から上機嫌で出てきた彼を知っている良太には少し意外だった。
「おまえが使うんじゃなかったのか」
思わず呟くと、一瞬、雪也の頬が膨らんだ。
「良太って多分、ボクの齢、誤解してると思うよ」
口調だけは不満そうに、けれど特に気にした様子もなく言った雪也は、そのまま部屋の外に消える。
(中学生くらいだと思ってたんだけど……)
ぼんやり考えていた良太は、慌てて金色のしっぽを追いかけた。
――第5席、第8席、退室を確認しました。
面会時間の終わりが近いのか、病棟の面会口は人影もまばらだった。
そこから、慣れた様子でひとりの女の子が歩いてくる。
顔見知りの看護師が多いのか、道々声を掛けられては笑顔で答えていた彼女は、自分の前方に立つふたりの人影に気づいて足を止めた。
「……誰?」
「こんにちは。ちょっといい? なんかね、このお兄さんが、キミに聞きたいことがあるんだって」
(いきなりかよ!)
無邪気を装って話しかける雪也の横で、良太が青くなる。
「聞きたいこと?」
「あ、えーとその、俺……いや、僕、新聞……。学校で、新聞部に所属……新聞部なんだけど」
女の子は黙って聞いている。正直、反応がないとやりにくい。
良太は沈黙を避けるために細かい説明を省き、本題に進むことにした。
「最近、ここの外来棟で怖いことがあるって聞いて……」
「怖いことなんて何もないけど?」
思い切って踏み込んだ会話は素っ気なく弾かれる。
「そうなの? おかしいな。えーと……」
こういう時、由美香はどうしていただろうか。
何度か同行させてもらった取材風景を思い出しながら、良太は必死に会話の続きを考える。
「そうそう、街の七不思議っていうの調べてて! ひょっとしたら、ここの噂もそれと関係があるのかもって」
少し調子が出てきた。
「何回か来てみたんだけど、大人の人とか、看護師さんには聞きにくくてさ。そしたら彼が、君なら知ってるかもって教えてくれたんだ」
どさくさに紛れて雪也に話を振る。情報源として同行すると言っていたのだから、構わないだろう。
「どこかで会った?」
「ごめんね。看護師のおねーさんと話してたのが、ちょっと聞こえただけなんだ。このおにーさんに質問されたとき、もしかしてキミが話してたことかなって思って。ボクもちょっと興味あったし」
さらりと説明する雪也に、良太の方が目を丸くする。女の子は小さく首を傾げた。
「あなたも、願いごとがあるの?」
「そーだね。もうちょっと背が伸びたら嬉しいかなあ?」
照れたように言って、雪也は自分の頭の上に手をかざす。良太は自分より頭ひとつ分低い雪也の演技をまじまじと見つめた。
「……内緒よ。夜の外来棟には、妖精のお姫様が来て、出会った人の願いを叶えてくれるの。でも、きちんとお願いしないと怖い夢を見るの」
「夢?」
「だってあんなの、夢だよ。とてもとても怖かったもの。でも、お父さんの病気はちゃんと治ってた。念のために検査するけど、それが終わったら退院できるんだって」
その夢の正体が、自分が倒した銀の薔薇だと知っている良太の記憶を、かする声があった。
――お父さんの具合が。
「……お父さんの具合が毎日悪くなるの。明日なんて、来なければいいのに?」
「りょ……おにーちゃん?」
抑揚なく落ちてきた呟きに、雪也が怪訝な顔をする。
女の子が顔色を変えた。
「だめっ! それはもう言っちゃだめなの!」
彼女は怯えたように外来棟をふり仰ぐ。
「わたし、みんなに聞いた非常口からいつも外来棟に入ってたけど、妖精さんがいるって気づかなかったの。妖精さんに会えないって、そればかり思っていたから、だからつい……」
「ごめんね。もう言わない。おにーちゃん、気を付けてよね」
雪也が言うが、女の子は外来棟を気にしたままだ。
「妖精さん、怒ってないかな……」
「大丈夫。秘密の言葉を口にしたのはキミじゃなくておにーちゃんだからね。心配なら、ボクたちが様子を見に行って来るよ。びっくりさせてごめんね?」
女の子はまだ少し不安そうにしていたが、雪也の言葉に頷くと、病棟の面会口に戻って行った。
「あれ? なんで……」
良太はその不自然な行動に疑問を抱く。彼女はさっき、面会を終えて出てきた筈だ。
「薔薇が来るからだよ」
無邪気さの消えた雪也の声に、良太は何か事態が急変したのだと感じる。
「人は、無意識にあの薔薇から隠れるんだ」
真摯に呟く雪也の目は外来棟を見ている。気づけば辺りに人影はない。面会口からさえ、人の姿は消えている。
「けどボクたちは、外来棟の様子を確認に行かないとね」
雪也の口調がいつもの調子に戻った。
「ねえ。良太はどうしてあの子の願いごと、知ってたの?」
「どうしてって……double-upした時になんか聞こえたっていうか……見えたっていうか」
「ふーん?」
気のない相槌を入れる雪也の表情は見えない。
「良太のコインは、零じゃないとわからないかなあ」
「その、零って人は、騎士になって長いのか?」
「今いる騎士の中では一番先輩だよ」
静まり返った敷地の中なのに、声は全然響かない。まるで、世界に吸収されているようだ。
これはどういう状況なのだろうと周囲を見回した良太は、微妙に視界が霞んでいることに気がついた。ほぼ同時に、雪也が足を止める。
「そろそろ、誰にも見えないよね」
呟いて、雪也は首元から鎖の通ったコインを取り出した。それは仄かに赤く光っている。
赤い光は、銀の薔薇が咲きそうな時の――
彼は指先に挟んだコインを口元に寄せると、優しく囁いた。
「Bet」
口づけのような囁きに応じるように、コインから赤い色が消えて、銀の色が花のように輝きを広げる。
雪也の姿がその輝きの中に消えて、次の瞬間、黒いスーツに銀の仮面の少年が現れた。
「ほら、キミも早く変身する!」
指摘されて、良太は慌ててコインを取り出した。特に赤くないのは、光っていなかったからなのか、それとも騎士が現れたからなのか。
少しの落胆を抱きながら、良太はコインを弾く。高く澄んだ音が空気に溶ける前に、落ちてきたそれを握りこんだ。
「Bet!」
声に合わせて、手の中から溢れだす銀の光。
やわらかな眩しさに目を細めれば、その向こうに幻のように見える知らない場所。絹のように揺れる、仄蒼い銀の――
(――髪?)
突然、視界がクリアになった。
「あれ?」
音の響きも、世界の色も、少し前までとは段違いの状況に周囲を見回した良太は、飛び込んできた景色に呆然とする。
「な、なんだこれ?」
建物に絡み、地面を這う細い細い銀の根。それはまるで蜘蛛の巣のように、空間さえも埋めていて。
「そっか。下から見上げるのは初めてだっけ」
良太の様子にひとり納得した雪也は、少し考える素振りを見せてから、良太を手招いた。
「こっちこっち」
「薔薇か!?」
勇んで駆けつけた良太の上を、黒い影が過ぎる。
「今の……」
見上げれば、空には不自然な方向に橋がかかっていた。
いいや。橋ではなく。今も成長するそれは銀色の――
「薔薇の、蔓」
頑強に見えるその一角が突然、弾けた。同時に、仮面の端から声が聞こえる。
『見学決め込んでると、後で莉央に怒られるぞ』
では上で蔓と戦闘に入ったのは莉央なのだと把握して、良太はもう一度空を見上げた。
「莉央なら、任せちゃって大丈夫かな。せっかく変身したのにね」
砕かれてはまた伸びる銀の蔓を見ながら、雪也が言う。
地上からは蔓を砕く騎士の姿は見えない。莉央の武器は近接戦闘向きではなかったから、ある程度離れた位置に居るのかもしれない。
「凄いな、三条さん」
華々しく砕かれる銀の蔓を眺めていた良太が、率直な感想を落とす。
「莉央は真面目だから……」
同じように砕ける銀色を見ていた雪也が、言葉を止めた。良太も気づく。
薔薇の蔓の、地上に落とす影が増えている。
「良太、莉央に合流するよ!」
叫んだ雪也の手には、金色のスティックが握られている。
彼はそれを、空間を埋める銀の根に向けて振り翳した。
「マジックコール! トランプ!」
声と同時に、金の軌跡からトランプカードが飛び出す。
「ブリッジ!」
それは雪也の声に合わせて並び、銀の根を切り落としながら天空に伸びる橋になった。
彼は当然のように、その橋の上に乗る。
「良太?」
「お、おう」
促されて、支えるものも何もなく宙に浮くカードの上に、良太は怖々足を乗せた。
それは足元でゆらゆらと揺れはするが、平衡を乱すほど斜めになる様子や、重さに耐えかねて落下する様子はなかった。
良太は両掌を合わせて右手に剣を握る。それから、空を覆う銀の蔓を睨むと、先を行く雪也を追って、銀の根を切りながらカードで作られた足場を飛ぶように駆けた。
「莉央。平気?」
聞こえてくる雪也の声に視線を上げれば、少年紳士の隣に白い騎士が立っている。
「問題ない。今夜の薔薇は狩り甲斐がある」
答える莉央の声は呼吸ひとつ乱れていない。
その視線が見つめる『狩り甲斐のある薔薇』を見て、良太は小さく息を呑んだ。
それは異様な光景だった。
外来棟を苗床に、縦横無尽に飛び出して病棟へと伸びる銀の蔓。そのあちこちに、ひと際強い銀の光点が見える。
歩調を緩めながら橋を登り切り、病棟の屋上に立つ莉央と雪也に合流した良太は、光点の形を見て呟く。
「……花?」
「蕾だ」
短い答えに、ぎょっとして外来棟を見直した。
「あれ全部、薔薇の蕾なのか? なんで、こんなたくさん……」
それに。蕾をつけた銀の蔓は、病棟に向かって伸びて来ているのではないだろうか。
「きっと、この病院のたくさんの人が願いごとをしたんだよ。だから、願いが流れてくる方向に苗床を広げるつもりなんだ」
願いが流れてくる方向。それは薔薇に願った人たちの居る場所。
確か、薔薇と繋がり、食べられた人は、銀の薔薇になるのではなかったか。
もし、自分たちが消去しようとしている薔薇の中に、もとは人間だった薔薇があったら。
良太の背を冷たいものが抜ける。
「な、なあ……」
捻じれ、絡まりながら伸びてくる蔓を見て、彼はそれを切るのを躊躇うように口を開いた。
「良太が気にしてること、わかるよ。でもね、心配いらないよ」
「わかるって、心配いらないって、だってこんなの、どうやって見分けるんだ?」
良太には、視界を埋める銀の蔓も、蕾も、全部同じに見える。
「まさか、また『慣れ』とか言うんじゃ……」
「狩れないだけだ」
いくつかの蔓先を銀の弓で射抜いた莉央が、いつも通りの口調で言った。
「騎士の武器では、人間を糧にしている薔薇やその蔓を狩ることは出来ない。銀のコインは、人を傷つけないように出来ている」
説明している最中も、彼の弓は薔薇に向けて放たれている。蕾を狙って連射しても、その半分は蔓によって阻止された。
「数が多すぎるな」
「じゃあ、ボクの出番だね!」
雪也が金のスティックを翳した。
「任せる。大江、僕たちは雪也のフォローだ」
莉央に言われて、良太は雪也の背後に回ろうとする。元気のいい声が、その背を引き留めた。
「double-up!」
雪也の手にしていた金のステッキが、眩い輝きを放つ。それは7条の光となって、彼が描く軌道の通りに残光を残していく。
(なんだあれ。文字?)
思わず見とれていた良太が、瞬く間に形作られては崩れていく金の文字を読み取ろうとしたとき、文字が残した金色の粒子が雪也を包んだ。
やがてその輝きが風に流れて、金の鎧の騎士が現れる。
手には金の飾りのついた黒い杖。少し癖のある金の髪が、金色に縁取られた黒いマントと共に背に流れ。
「この姿も久々だなー」
いつもより少し低い、無邪気な言葉が響いた。
「え、と……雪也? なのか?」
良太は、金の輝きの中から現れた、自分の背丈と同じくらいの身長のその騎士を、唖然とした顔で見つめる。
「そうだよ。だから、魔法だって言ったでしょ」
金の仮面を指先で軽く押さえて悪戯っぽく笑った青年は、笑いを消すと、手にした杖を足場にしているカードにリズミカルに打ち付けた。
それから、ほうり上げた杖を握り直して横に薙ぐ。
「get up」
声に合わせて、橋を作っていたカードが一斉に身を起こす。
それらは少しばかり形が変わって見える。具体的には、カードの体から枯れ木か落書きのように伸びる手と足が。
「It’s show time!」
まるで指揮を振るように、雪也が杖を振り上げる。
カードたちは一斉に、体の中から針と糸を取り出した。
「Let’s hunt!」
声に合わせて、カードたちが金の軌跡を引きながら、一斉に銀色の蕾に向かう。
金の糸が、蔓ごと蕾を絡めとる。
糸から逃れた蔓を狩るのは莉央と良太の役目だ。
「準備完了だよ!」
カードの動きが止まったことを確認した雪也が声をあげ、莉央が金の軌跡の外に跳んだ。良太もそれに倣う。
次の瞬間、金の軌跡から金色の炎が走り、金糸に絡め取られた銀の薔薇を飲み込んだ。
「Accept to Orion .The eternal heart-er my planet!」
辺りが朝を迎えたように輝いて、そして、すべてが夜の闇に消えた――
――第8席、コインを確認しました。
「誰もいないか……」
良太は静まり返った室内に足を踏み入れる。
ひとりでこの館に来たのは、新聞部の調査以来だ。
あれから、堰を切ったように色々なことが起きて、知らないことが多いまま、ただ浮かれていた自分が少し嫌になった。
「つっても、誰もいないんじゃなあ」
呟いて、ふと気づく。テーブルの上にはいつの間にか、淹れたてのお茶が置かれている。
良太はその不思議に、もうあまり驚かなかった。
「……誰か来るかもしれないし、宿題でもやってるか」
手近な場所に鞄を放り投げ、彼は用意された紅茶に手を伸ばすのだった。
著者:司月透
イラスト:伊咲ウタ
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